序章 十五話 「ジャングルの中の行軍」

文字数 1,070文字

 難民キャンプから出た後、狗井が率いる反政府勢力軍部隊は周囲を包囲する政府軍の警戒網を潜り抜けつつ、山脈を一つ越えて、味方の村に向かう行軍を開始した。幸哉に選択の余地は無かった。政府軍が難民を支援するNPOを虐殺し始めたとなれば、外国での生活経験のない幸哉にとって、生きる道は狗井達に付いていくことしかなかった。

 難民キャンプを出発した反政府軍部隊の人数は狗井やジョニーを含めて、三十人ほど。外国人は二人の傭兵しか居らず、他は全員がズビエの少数民族出身者から構成される部隊だった。分解した機関銃や小型の砲台を分担して運搬する兵士達に続いて、数十人の難民の生き残り達とともに幸哉はジャングルの中を行軍した。

 大学ではボクシングをしていた経験から体力には自信のある幸哉だったが、それでもアフリカの急峻な山脈を登るのは体力的にかなり堪えた。加えて、難民の中には体の不自由な者もおり、兵士達とともに彼らを補助しながらの登山だったため、行軍は体力だけでなく、時間もかなり要するものとなった。一行がその日の目標地点だった山頂に着いた時には、陽は既に落ち、周囲は夜の闇に包まれていた。

「よくここまで着いてこれたな。大丈夫か?」

 天気は崩れ、暗くなった空から勢い良く雨が降り注ぐ中、夜営をすることとなった山頂で、狗井が大木にぐったりと横たわる幸哉に労いの言葉をかけた。異国での戦闘、ジャングルの中の長距離移動、険しい山脈の登山、全てが幸哉にとって、初めての経験であり、狗井が幸哉の精神面を心配するのも当然のことであった。

「大丈夫です……。生きるため……、ですから……」

 息も絶え絶えといった様子で返答した幸哉の肩を狗井は励ますように叩いた。

「それで良い。明日の朝、ここを出発して、麓の村に向かう。その村になら、お前を国に返す手段もあるだろう」

 疲れ切った様子の幸哉を元気づけるようにそう言って、立ち去ろうとした狗井の背中を幸哉は呼び止めた。

「あのぅ……!」
 狗井が振り返る。兵士ではない幸哉にとっては絶対に確かめたい事が一つあったのだった。

「もう、あんな戦闘は起きないですよね?」

 キャンプで見た凄惨な光景を思い出しながら、心細そうに確かめた幸哉に、狗井は容赦ない答えを返した。

「それは分からん」

 その答えを聞いて、幸哉は不安に心臓の鼓動が速まるのを感じたが、その後に狗井が、「でも……」と続けた言葉が彼の気持ちを少しだけ救った。

「あっとしても、お前は必ず守る。必ずな……」

 そう残して去って行った日本人傭兵の背中を幸哉は体を震わせながら見送ったのだった。
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