第3話

文字数 3,771文字

 翌朝、ボクは、シャワーの音で目覚めた。その部屋のシャワーは、ドボドボと、かなりうるさい音を出すモノだった。
 半ドアになっているシャワー・ルームのガラス扉を見ていると、全裸のクララが出てきて、彼女はそのまま、ティーを入れて飲んだ。
 彼女は、まだボクが寝ていると思っていたのだろうか?
 ボクは全裸の彼女の大きなお尻を眺めていた。
 そうしていると、彼女はもう一杯ティーを入れた。そして、ボクに向き直り、それを運んできた。
「はやく起きて! お父さんが戻ってくるから!」

 ボクはティーを飲み干すと、部屋を出た。

 その夏、ボクの知らない間に、町に新しいカフェが出来てた。イタリアン・カフェだった。通り沿いのテーブルで二人の男性と三人の女性がスープを飲みながら、イタリア語で話をしていた。通りすがりのボクも、そのスープを飲みたくなり、カフェに入り、オーダーした。
 やがて、「本日のスープ」の香ばしい匂いがしてきた。ボクはスープを受け取り、見回した。空席はなかった。それで、カップを持って、立ちながらスープを飲んでいた。
 ふと、入口付近のカゴにフリーペーパーを見つけた。
 スープを飲みながら、フリーペーパーを読む……、ひとときの幸せを感じられた。
 そんなボクを、さっきのイタリア語を話す五人の中の、一人の男性が、彼らのテーブルに招いた。
「ミスター・アカワという者だけど、キミ、ボクらのテーブルに来ないかい?」
 ミスター・アカワという、三十代後半の人物からの突然の誘いに、ボクは正直、とまどった。ボクが何も答えず彼の顔を見ていたら、彼は「いやいや、そんなにへんな顔されると、ボクもどうしていいのか分からなくなる」と英語で言った。
「ボクはね、ローマからここクレタに来た。そう…、バカンスでね。普段はローマに住んでる。キミはここの子みたいだから、この辺の楽しい場所を教えてくれるかも…、って考えた」
 ミスター・アカワは、アジア系だった。ボクは「なぜローマに住んでるの?」と彼に尋ねた。
「まあ、こっちのテーブルに来て欲しい。こっちで話そう」とミスター・アカワ。
 ボクは、そのテーブルに移った。
「ボクは日本にあるコンシューマー・エレクトロニクス・カンパニーから派遣されて、ローマに滞在してるんだ。ローマに支店を作るためにね。家族で移動したから、まあ、なんとか落ち着いて生活してる。今、ちょっとしたバカンスさ」
 彼自身の自己紹介の後、ミスター・アカワは他の四人を紹介してくれた。

「なにか飲むかい?」とミスター・アカワ。
「ワインを」
 十五にもならないボクの、そんな発言に彼と彼のワイフは笑った。そして同じテーブルのイタリア人男性(ミスター・アカワの旧友)と、その恋人も笑っていた。
 もう一人の女性はかなり若かったが、ボクより三才は上に見えた。ミスター・アカワの娘だった。
 ミスター・アカワはビジネスカードをボクにくれた。ボクは、クレタ島のことをいろいろ彼に話した。
 ボクは自分自身の事を、まだあまり分かっていなかった。そして、日々を過ごしていた。養父母は、父親、母親、そして息子のボク…、という家族の光景を楽しんでいた。ボクの性質はトリッパー的だった。そして、感謝すべき事だが、ボクは健康だった。ボクは町を散策し、その光景を見る事を愛した。

 ボクはそれから、あいかわらずバー・レストランの仕事を手伝っていた。
 ある日、町の映画館へ行くと、あのドイツ少女、クララ・シュミットに再会した。ボクは上映中だったフランス映画に見入っていたが、最中、突然となりの席の客から話しかけられた。それが、クララだった。
 クララは「今日、ヒマ?」とボクに尋ねた。
 ボクは思わず映画上映終了後、チャンの部屋へ遊びに行く、……そして、彼女は、クララと同じホテル「宝石」に泊まっている……というようなことを言ってしまった。特に、そんな予定ではなかったのだが。チャンが見せると言った、おもしろい物は気になっていた。
「チャンって誰? ワタシもキミと一緒に行っていい?」とクララ。
「……OK」ボクは答えた。

       ***

 ボクとクララは、チャンが泊まっていた部屋へ行った。
 ボクがドアをノックした。
「だれ?」チャンの声がした。
「ロベルト…と友人のクララ」
 しばらく、ドアの向こうが静かになった。そしてまた、チャンの声がした。
「ロベルト…、ロベルト…? だれだったかしら?」
「バー・レストランでアルバイトをしている者だけど…」とボクは言った。
 ガチャッとドアが開いた。
 チャンは自室では、アンダーウェアだけで過ごすようだ。ドアを開けたチャンは、アンダーウェアだけだったため、クララはへんな顔でボクを見た。
 とにかく、ボクらはチャンの部屋の中へ招かれた。ボクとクララを中へ招き入れると、チャンは、アンダーウェアのみを付けていた身体を隠すために、急いでダーク・カラーの薄いマテリアルのシャツとタイト・ジーンズを着た。
「ロベルト……だったかしら……、この前ワタシが言ってたおもしろい物を見に来たんでしょ?」
 チャンは微笑み、奥の部屋へボクらを案内した。
 奥の部屋には、その一週間ほど前に出会ったミスター・アカワがいた。ミスター・アカワは、日本のコンシューマー・エレクトロニクス・メーカーからヨーロッパへと派遣された男だった。その風貌は、ややカールした髪に黒い髭……、ちょっとボヘミアン・ルッキングだった。彼はビデオカメラをローマで販売しようとしていた。
「ボクが何故こんなに忙しくて難しい仕事についてしまったのか分からないけど、ボクは自分の仕事を気に入ってる。しかし、時々バケーションを取って気持ちをOFFにする事で、ボクはなんとか業務をつづけてるよ。バケーションはいい」
 そう言う彼は、奥の部屋のソファにゆっくりと腰掛けて、ソルティドッグを飲んでいた。
チャンはミスター・アカワと、バー・レストランで知り合った。
 ミスター・アカワが座るソファを取り巻く壁には、七枚の絵画が置かれていた。
 それらこそがチャンの言う、「おもしろい物」だったのだ。
 それらを描いたのは、パリで、チャンと同棲中の画家だった。
 絵画は、どれも顔の部分が影になっている女性のヌードだった。ヌードの女性の腰には、タトゥーが描かれていた。ボクはハッとした。チャンのヌードを描いた絵画だと気付いたから。
 ボクらが部屋に入ってきた時、チャンは急いで服を着たが、その時ボクは、後ろ姿でジーンズに足を通すチャンの、腰のタトゥーを見逃さなかった。それは小さなタトゥーだったが、変わった形だった。七枚のヌードの中で、その形がしっかりと描写されているものは、一枚だけだった。
だれもが息を呑むような、チャンのスタイルを見ると、ボクはすこし、彼女とミスター・アカワの関係を疑ったが、・・・薬指にリングを付けているミスター・アカワは、チャンとたまたま、バー・レストランで知り合い、絵画に興味がある事を話し、そしてチャンは、彼女の恋人の絵をミスター・アカワに見せて売り込んでいたところだったらしい。
 ミスター・アカワは、自分自身の審美眼を持っている男性だった。
 ミスター・アカワはチャンの部屋にあった、いくつかの絵を静かに見ていた。彼は特に何も言わなかったが心の中では、いくつかの絵に対して、「好き・興味がない・嫌い」を自身の審美眼で決めていたようだった。
「ボクは、アートという表現が好きだ。アーティストに対して批評家が言う批評には、ボクはほとんど関心がない。ボクは、ボク自身が心地よいと感じるアートを欲しいのさ」ミスター・アカワが言った。
「ここには、いい絵があると思うよ。ボクは今、絵を買う程のお金を持ち合わせてないんだ。アメリカの友人に、いい絵があるって連絡するよ。彼の名は、ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニア。彼は新築した家に飾る絵を欲しがってた。ちょっと、ここの絵をビデオカメラで撮影していいかな?」
「OK!」とチャン。
 ミスター・アカワは、大きな黒いバッグから、ビデオカメラを出した。ボクはずっと、そのバッグに何が入っているのか気になっていた。ボクは映画が好きだったから、ミスター・アカワが取り出したカメラをじっと見ていた。
「キミ撮影してみるかい?」ミスター・アカワは、大きなビデオカメラをボクに手渡した。
「そのボタンを押せばテープが回りはじめる。ボクはね、キミたちの世代が、こういうモノを使って、新しいアートを作っていくと思ってる、ロベルトくん!」
 ボクはそこにあった絵を一つ一つ、撮影した。その間、ミスター・アカワは、彼の友人ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニアに宛てて、便箋に手紙を書いていた。

* ボク (ロベルト・ディアス)
* クララ・シュミット
* ミスター・アカワ
* ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニア
* ミステリアス・チャン(クララがチャンをこう呼んだ。)
 五人のコネクションが、ある財宝さがしにつながっていった・・・・。



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