第4話

文字数 11,528文字

 一九八六年七月八日(ボクは十六才になりクレタの暮らしに物足りなさを感じてた)
           
 ボクは、人気のないビーチに座り、外国船がゆるやかに浮かぶ沖を見ていた。
 海に囲まれた島で、日々変化のない暮らしをした。似たような毎日だった。たいくつさを感じていた。幸せな毎日だったのだが。
 歳が近いクララは、ボクにエアメールをくれた。彼女は、ステーショナリー・ショップで、その夏の初めにアルバイトをしたらしい。
 クララのエアメールを読むと、想像したものだ。彼女は、もうずいぶん成長したのではないだろうか、と。ファンタジーの産物が、ボクのリアルになってしまってた。ボクは、アルバイトで得たお金でダンスフロアに通った。踊る女性たちを眺めていた。時には、スチルカメラを持ち、彼女たちを撮影した。

 ボクはビーチで、チャンを見つけた。去年からずっと彼女はクレタに滞在し続けていたのだ。画家の恋人がいる、そうチャンは言っていたが、彼とはこの一年に何回逢ったのだろう、そんな余計なことをボクは思い巡らしていた。

 そうこうしている日々、ある問題が起きた。問題は、チャンを描いたヌード画が盗まれた、という事だった。そのような事が起きるとは、ボクは全く予想してなかった。
 そして、クララが突然、クレタに遊びに来た。
 ボクは、その日、午後一時までベッドの中にいた。リビングルームの電話が鳴った。ボクは、受話器を取るためにベッドから立ち上がった。クララからの電話だった。
「ロベルト、ワタシ! 分かる?」
「クララ?」ボクは、クララが再びクレタ島に来た事に戸惑い、そして嬉しく感じた。
「ロベルト、他におもしろい人も一緒なのよ。声を聞かせるね」
 誰だろう? ボクは考えた。
「やあ」・・・その声は聞き覚えのある、なにかみんなの好奇心を集める声だった。それは、その前年に出会ったミスター・アカワの声だった。
 ミスター・アカワは言った、「ボンジュルノ、ロベルト。一年ぶりだね。一年ののち、キミは、より成長しただろうね。今、ボクたちはイラクリオン考古学博物館にいる。そこのパブリック・フォンから、キミに電話してるんだよ。クララと、さっきここで会ったんだ。ばったりさ。一年前、チャンの部屋で会った時の面影があったから、彼女だと分かった。ミュージアム・カフェに居るから、キミもこっちへ来て欲しい」
 イラクリオン考古学博物館へ行くと、いつもボクは不思議な気分になった。
「何故、今を生きる者は、過去の歴史が残してきた文化に興味を持つのか?」そう、考えるのとウラハラに、ボク自身、クレタの歴史的海洋文化に引かれる事もあった。

 考古学博物館で、クララとミスター・アカワに会った。一年ぶりだった。ミスター・アカワは、チャンから連絡を受けて、イタリアからやってきた。ミスター・アカワは、風変わりな男でもあった。それならば、はやく、チャンに会えばいいのに、友人と博物館を見学していた。ミスター・アカワは、風変わりに時間を使うことで、生活の中のストレスを減少させていたのだった。
 そのとき彼と共に博物館を見学していた男が、ボクがそれまでに、その名前だけを知っていたアメリカ人、ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニアだった。彼は、少し神経質な面が表出するミスター・アカワと違い、自分を確信するように振舞っていた。
 その日、ボクにとっては、クララとの再会が最も重要な事だった。彼女に再会すると、ふしぎに嬉しくなった。
 ボク、クララ・シュミット、ミスター・アカワ、そして、ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニアの四人は、ミステリアス・チャンが一人でレンタル・ハウスを借りている住宅街へと出発した。(ボクとクララは、チャンのことを、「ミステリアス・チャン」と呼びつづけた。)ミステリアス・チャンは、長くクレタに滞在している間に、ホテルからレンタル・ハウスへ移っていたようだ。
 ボクたちが、ミステリアス・チャンが住むレンタル・ハウスのドア・ブザーを鳴らすと、彼女が、ドアの向こうから「WHO IS THERE?」(だれ?)と尋ねた。
「THIS IS MISTER AKAWA」(ミスター・アカワだが。)
 ミステリアス・チャンはドアを開けた。彼女は普段、わりと肌を見せる服装なのだが、その日は体を隠す長めのサマーセーターを着ていた。
 ボクは密かに、ミステリアス・チャンの腰に彫られたタトゥーに興味を持っていた。なぜなら、その七十年代デザインに興味を持ったから。
 ボクの養父は七〇年代北カリフォルニアに住んでいた。
 その頃彼が撮影した北カリフォルニアの、街の様子の写真が白壁の家にたくさんあった。 その中に、タトゥーを入れた人々が写っていた。
 ミステリアス・チャンのタトゥーのデザインは、北カリフォルニアのものと似ていることにボクは気付いた。そういえば……、彼女には幼少期の記憶がない。
 アメリカ合衆国、北カリフォルニア……、その地名は、養父の影響で、いつもボクの頭の中に浮かんだ。

 レンタル・ハウスのリビングルームに置かれたソファに、ボクたちは座った。
「そう…、絵が消えたの!」ミステリアス・チャンは話を切り出した。
「どの絵?」とボク。
「ワタシの背中から腰までが描かれたヌード画…」ミステリアス・チャンがそう答えると、ボクは、やはり、あのタトゥーが描かれたヌード画か…、と思った。あの、小さいが、変わったデザインのタトゥーには、何か秘密めいた所があった。
「あれ、タトゥーが描かれてたね。あのタトゥーは、北カリフォルニアと関係があるって、ボクは確信してるんだ」
 ボクの意見を皆の前で言うと、クララ・シュミット、ミスター・アカワ、ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニア、そしてミステリアス・チャンの四人の視線が、一気にボクに集中した。ボクは、そう確信する理由、養父のことなどを皆に話した。
 チャンは言った、「ワタシの腰には、ワタシがものごころついた時に、すでにタトゥーがあった……」

       ***

 ボクは、クレタ島の海に囲まれた小さな生活範囲から、外に出たくなっていた。クララは、白壁の家のゲストルームに泊まって、クレタ島までの旅路のことを、ディナーの時に話してくれた。
その頃、ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニアは、ミスター・アカワに、こう提案していた。
「ミスター・アカワ……、ボクは考えたんだよ。あの絵にどれほどの価値があるのか、ボクにははっきり分からない。しかし、ある情報によると盗まれた美術品は、ここから一番近い場所では、イスタンブールで売られることが多い。あの土地には、世界の様々なものが集まるんだ。古代の彫刻から、世界中の現代美術まで……。盗まれた絵はきっと、イスタンブールの市場で見つかる! 行ってみようか?」
 ミスター・アカワは、旅を好む男でもあった。彼が少年の日に夢見たアドベンチャーが、近くに来ていた。さいわいに、彼は、そのアドベンチャーに足を踏み入れるに足る、貯金を持っていた。そして、彼は、その旅……、つまり盗まれた絵を探すアドベンチャーには、他にも仲間がいた方がいい、と考えた。
 ミスター・アカワは、サマー・バケーション中の、ボクとクララをアドベンチャーに誘った。ミスター・アカワは、それまでの仕事で、ある程度の貯金を持っていたが金遣いが荒い人ではなかった。彼は、ボクとクララを二等船室に乗せ、彼自身も同じ船室に乗り、ボクたちはネオ・コンセプト号という名の客船で、クレタを出港した。
ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニアも、同室だったが、彼は、ワイン好きで、ボクの記憶では、彼はミステリアス・チャンと、客船バーのカウンターで、ずっとワインを飲みながらおしゃべりしていた。
 ミスター・アカワは、一八〇〇年代の探検隊長になったような気分の表情で船旅を楽しんでいた。
 これから、どんな人に出会うのか? 本当にイスタンブールに行けば、ミステリアス・チャンのボーイフレンドが描いた絵を見つけることが出来るのか? ボクにとっては、目的はどうでもよかった。ただ、旅を楽しんでた。甲板から見た海は広く、美しかった。

 ボクが海を見ていると、すこし離れた所で、ミスター・アカワが心地よい潮風を受けながら、NEWSWEEKを読んでいた。ミスター・アカワは、一九四八年日本生れ。
 その昔、旧日本政府の軍隊はアメリカ合衆国の港を攻撃した。そして二国間の戦争が始まり、一九四五年に旧日本軍は敗戦した、と世界史のクラスで聞いた。
 戦争で荒廃した日本が復興に向けて動き出した頃、この世に生を受けたミスター・アカワのジェネレーションは、アメリカ合衆国に憧れる、戦後日本人のジェネレーションだ。
 一九八六年当時までには、日本のインダストリアル・プロダクトは世界で、優れたものとして認知されるようになっていた。ボクは、SONYのWALKMANを持っていた。
 ミスター・アカワは、当時三十八才。
 その時推定年齢三十四才の、ミステリアス・チャンと彼が共に居ると、二人の光景が、恋人どうしの光景のように見えることもあった。

 ネオ・コンセプト号は、陸に着いた。

 そこから、ボクたち五人は列車に乗り、東ヨーロッパを抜け、イスタンブールに到着した。

「マーケットに、あの絵がある」と主張する、ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニアと共に、無数のテントが立つ、雑踏すさまじいストリートを、ボクたちは歩きまわった。

 ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニアは、実は、細かい行動を、皆に知られずにする所があると分かった。
 彼が、船内で、ワイン飲みとおしゃべりに興じていた風景しか、ボクには思い出せないのだが、あの盗まれたヌード画の写真を、彼はいつの間にか用意していた。
 ネオ・コンセプト号内で、彼は、一人のセーラーマンを見つけ、セーラーマン室のビデオデッキとテレビを使用する許可をもらった。
 一年前ボクが撮影した、盗まれたヌード画を含む数点の絵画の映像が入ったビデオカセットを、ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニアは、旅に持ってきていた。それを、セーラーマン室のビデオデッキでPLAYし、モニターテレビ画面を、ポラロイドのインスタントカメラで撮っていた。

 ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニアは、そのポラロイド写真を、マーケットの売者たち一人一人に見せて、絵画の行方を追った。
「このフォトグラフの絵が、ここのマーケットへ来たとボクは思うんだが…。キミたち、この絵に心当たりはない? あったら、教えてもらえないだろうか」
「その絵は、サンフランシスコから来た人物が買っていった!」誰かが大声で叫んだ。
 ボクらが声のする方を見ると、一人の男がひとごみを逆流して逃げて行った。
 チャンが、追いかけようとした。
「追わない方がいい。彼自身が絵を盗んだ本人だろう。そして彼は、あの絵を、すでに売ってしまった、サンフランシスコから来た人物に。 …そして、その人物は観光客だった。だから、あの男を追っても、今、絵がある場所は分からない。彼はただの泥棒だった。美術品に対して目利きだったが」とミスター・アカワ。

 チャンは、絵の事は、どうでもよくなったようだ。
「もう、いいわ。絵はあきらめる。あとは、イスタンブールの街を見ましょ」

 チャンの執着心のなさから、(ボクはその生き方に共感したが……、)旅は観光となった。

 やがて、皆それぞれのホームタウンへ帰った。

 クララ・シュミットとボクは短い間、恋人どうしだった。

 やがて五人は会うことがなくなり…、十六年の時間が過ぎた。

       ***   ***

 ボクは、三十二才になっていた。(二〇〇二年)
 養父母は、ギリシア・クレタ島で元気に暮らしていた。
 ボクは、アメリカ合衆国に渡り、ノーザン・カリフォルニア、バークレーで映像コンテンツ制作を仕事にしていた。
 バークレーからサンフランシスコまでは、ベイブリッジを越えるだけでいい。
 ボクは時々、ベイブリッジを越えていき、サンフランシスコ・チャイナタウンで食事をした。ボクは、チリオイルをたっぷりかけたバーベキューポーク・フライドライスを好んだ。

 その夜、ボクは、ディナーのフライドライスを食べ終えると、アジア人ばかりが行き交う、奥のストリートを一人歩いた。
 ストリートで一軒のアンティークショップを見つけた。八十年代映画のVHSビデオカセットが、ショウ・ウィンドウに並べられていた。八十年代映画ファンのボクは、なつかしい気持ちになり、店のドアを開けた。ボクは、ひまだったから、その店のアンティーク展示室の中を、ぶらりと歩いた。

 ボクはそこで思いがけないものを見つけた。まるで、再会したかのようだった。
 十六年前に行方が分からなくなった、あの、チャンのヌード画が、壁にぽつんと立て掛けられていた!

 ボクは、思い巡らせた……。どういう経路で、ここまでたどりついたのだろう? チャンの腰にあるタトゥー……、輪になったトゲ付き薔薇の茎が、その内側デザインを囲っている……。

 チャン本人と最後に会ったのは、もうはるか昔だった。
 二〇〇二年……、チャンは五十才くらいになっているはずだった。もう、盗まれた絵のことなど気にもしないだろう。

 中国人らしいマスターが、ヌード画を見ていたボクのそばに来た。
「お客さん、その絵を気に入ったんだネ?」
「いくらなの、マスター?」
「今、いくら持ってる?」
「二百ドル…」
「それでいいヨ。キミ、そのタトゥーに魅了されたネ?」
「ええ」図星だ。
 描かれていたタトゥーは、何かの意味を持っているようだった。それが、ボクの確信だった。

 絵を、バークレーのアパートへ持ち帰り、壁に立て掛けた。ボクは、じっと絵を見た。ノドが渇いた。コーヒーを入れた。コーヒーをすすりながら、絵の中のタトゥーを見続けていた…。

 結局ボクには、そのタトゥーのデザインが何を表わしているか分からなかった。そして、フロアの上で寝てしまった。

 翌朝、九時半頃だった。あるUCバークレーの学生が、ドアのブザーを鳴らした。彼女は、FILM STUDIES(映画研究科)の学生で…、ときどきボクを訪ねた。
 ボクは窓を開けて、手を振った。
「ハーイ、ロベルト!」と彼女。
「やあ、サラ・サイゴン、早いね」
「キミが遅いのよ」
 サラの両親は、ベトナムからアメリカへ来た。
 彼女の両親は、来たばかりの頃、言葉を学習するため、ハリウッド映画をたくさん見た。そして、それが彼らの趣味となり、毎週金曜二人で映画に行く。その影響でサラは映画好き。ハリウッド映画をよく見るらしいが、FILM STUDIESを専攻するようになってのち、ヨーロッパ映画やアジア映画も見るようになった。
ボクは映画界へのあこがれから、ハイスクールを出ると映画制作を専攻した。商業的に成功する映画を作りたい、と思っていたが、実際には、そのような脚本を書けずにいた。
 サラはボクの事を本に書こうとしてた。彼女は、ボクがハリウッドのディレクターになるまでのバイオグラフィを書いて売り出すのだ、と言った事があった。
「サラ…、ボクがハリウッドのディレクターになるなんて……ないと思うよ」ボクは苦笑いでサラに言った。
「今日は、キミをインタビューなんかしない。すごい映像を手に入れたの! それ、見て」
 サラが持ってきたVHSビデオカセットには、クリアに、反重力飛行をしている宇宙船の映像が入っていた。
 ボクは……、その映像のはじめの方を見ただけなら、よくある3D・コンピュータ・グラフィックス・アニメーションを実写映像に合成したものだと思い込んだだろう。反重力飛行をする宇宙船は……、早朝のゴールデンゲート・ブリッジのサンフランシスコ・エントランス上空に浮かんでいた。やがてカメラが、ズーム・インした。TVモニターに、宇宙船が大写しになった。宇宙船の細部が見えた。とてもリアルに作られたコンピュータ・グラフィックスだと思った。宇宙船に、いくつか窓がついていた。
 カメラは、その一つを大写しにした。宇宙船の窓に人影が見えた。
 オート・フォーカスが、その人影をフォーカスした。
 ボクは、宇宙船の窓の中に見える人物に、心底驚いた!
 チャンだ!
 さらに不思議なことに、昔のままだ……。
 ビデオ映像のクオリティから判断すると、映像は新しい。
 歳をとらないのか……?
 彼女は何者……?
 タトゥーは、いつ頃から彼女にあったのか……?
 とにかく、ボクは、彼女のタトゥーがはっきり描かれた絵を持ってる。
 この宇宙船は本物……?
 人類が作ったのか?
 それとも、宇宙人?
 撮影日は……? TVスクリーンの端に、二〇〇二年十月十五日とある。
 はじめは、リアルに見せるために、合成した日付だとばかり思っていた……。
 それからカメラが引きの映像を見せた。
 宇宙船の下方から、「スタートレック」で見る瞬間移動装置のような光の柱が地面に降りた。
 光の柱の中で、二人の人物たちが地面から、宇宙船内へ吸い上げられた。
 その二人は……! なんと、ミスター・アカワと、そのワイフだった!
 やがて宇宙船は、空の彼方へ去った。
「本物なのか……? この映像を撮ったのはだれ?」
「UCバークレーに通ってる友達。早朝にジョギングしてる。その朝、たまたま、彼女の恋人が同行して、ジョギングしてる彼女を撮影してた……。その時の事らしい……。ビデオカメラを恋人から奪って、彼女、突然現れた宇宙船を撮った」そうサラは答えた。
「ボクは、宇宙船に乗って去って行った三人を知ってる。昔の知り合いだ」
「ほんとに?」
「うん。間違いない」

 翌日、ボクは、ビデオに撮影されていたゴールデンゲート・ブリッジのエントランス付近を歩いてみた。
 合衆国軍のジェット演習が、ものすごい音を響かせていた。
 ゴールデンゲート・ブリッジは、よく霧に包まれて、視界が見えなくなる。
 その日は、かなりの濃霧で、目の前は真っ白。
 そんな日、宇宙船が飛行してたら、誰にも発見されないだろう……。
 ボクは、完全に霧に包まれたゴールデンゲート・ブリッジの歩道を、マリンカウンティの方向へと歩き出した。
 霧の向こうから、こちらへ向かって来る人影が見えた。
 それは驚くべき再会だった。
 クララだ!
 彼女は、十代の時の面影を残してた。
「クララ!」
「……ロベルト?」
「うん。クララ…、どうしてここに?」
「ミスター・アカワの事、覚えてる? あの人が、ジャーマニーのワタシのアドレスを覚えてて、封書連絡をくれたの。二〇〇二年十月十五日午前五時半に、サンフランシスコのゴールデンゲート・ブリッジへ、遠くより、ある者が来る、と。だけど、ワタシ、その時間に間に合わなくて……。今日二十日でしょ。もう、その日を五日過ぎた。ワタシ、それで……、一週間くらい、サンフランシスコ市内に滞在することにしたの。今日はね、海を見たくてブリッジの歩道を歩いてたんだ」
 その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ロベルトとクララ!!」
 ゴールデンゲート・ブリッジの歩道に現れた人物は……、ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニアだった。十数年ぶりで……、彼の髪には銀髪がかなり混じった。ボクもまた三十代になっていたが。
「いや実はね…」彼は話を切り出した。
「遅れたんでしょ?」とクララ。
「……そうなんだ。アカワが言った時間が早すぎてさ……、寝坊さ。以来、この辺をうろうろ…」
 サラが持ってきたビデオカセットの中の映像と、チャンの絵を、二人に見せるため、ボクはバークレーのアパートに二人を招こうと考えた。
「ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニア…、」ボクは話を切り出した。
「ボクのアパートに来て。バークレーに住んでるんだ」
「ロベルト、キミ、バークレーに今住んでいるの? ボクもバークレーさ! 今、UCのプロフェッサーをやってる」と、ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニア。

       ***

 ボク、クララ、ドクター・カールトン・ジュニアは、サンフランシスコ市を出た。ベイブリッジを車で渡り、対岸のバークレー市に着いた。
 ボクのアパートは、UCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)へ徒歩で行ける距離に建っていた。
ボクは、クララたちを部屋へ招き入れた。
「ああっ! あのヌードだ…。十数年ぶりに、見たよ…」ドクター・カールトン・ジュニアが感動したように言った。
「ドクター・カールトン・ジュニア、この絵を撮ったビデオテープ持ってなかった?」とボク。
「この十数年、引越しを何度かして……、いろんな物を捨ててしまった」
 彼は、そう言うと、ゆっくりと絵に寄り、絵の中の、チャンのタトゥーをまじまじと見た。
 しばし、彼は沈黙した。
「オオオー!」
 突然、彼が大声を出した。
「このタトゥー、この図が表わしているのは、風景だ! 薔薇茎サークル内のデザイン…、これはバークレーの、ある場所から見た、風景だ。サークルの中に星マークがあるね、それが、船のシルエットみたいなものの左端と重なっているね、このシルエットは、アルカトラズ島、通称ザ・ロックだよ。サンフランシスコに面した岬に星マーク・・・・・・。」
 ドクター・カールトン・ジュニアが言った。
「風景が見られる場所へ行きたい」
 ボクは、アパートのパーキングプレイスに駐車していたマイカーを取りに行き、アパートのエントランスへ回した。

 ミスター・カールトン・ジュニアの指示通りにボクは車を運転した。
 それは十五分のドライブだった。
 丘に着いた。
 その場所から、ゴールデンゲート・ブリッジを含むランドスケープを眺めることが出来た。手前に、ザ・ロック……。その向こうに、サンフランシスコとマリンカウンティを結ぶ、ゴールデンゲート・ブリッジ……。
 ボクは思った、「確かだ。ここから見た風景が、簡略化されて、あのタトゥーのデザインとなっている。きっと、星マークの場所に何かがある」
「行こう、アルカトラズへ」ドクター・カールトン・ジュニアが言った。
サンフランシスコのシンボル的存在、ゴールデンゲート・ブリッジとアルカトラズ島に、何かの秘密が隠されているのか…、そう考えるとボクはドキドキした。

 アルカトラズ島へ向かう前日、ボクは一人でバスに乗り、ゴールデンゲート・ブリッジ入口周辺のバス・ステーションで下車し、色々な国々の観光客を集めるゴールデンゲート・ブリッジを眺めた。近くには、お土産を売るショップがある。ボクは、そのショップに入り、並べられた色々なプロダクトを手に取って見た。北カリフォルニアに住み始めてから、しばらくになるが、そのショップに入った事は、それまでなかった。奥に、1セント銅貨を潰して、楕円形のスベニアメダルにする機械があった。
試した。
 ゴールデンゲート・ブリッジの絵がメダルに刻まれた。

 次の日、ボクたち三人は、モーターボートを使って、アルカトラズ島へ上陸した。
 そしてアルカトラズ島の、サンフランシスコ・フィッシャーマンズウォーフが対岸に見える岬を調査した。
 やがて、夜が来た。
 満月だった。
 しかし夜霧は深く、特に何の発見もなかった。
 ボクら三人は、霧の間から時折見える満月を眺め、ため息をついた。
 満月が、次第に、大きくなり始めた・・・・・・・・・・。
 いや、月は、別の方角に見える・・・・・・・・・・。
 霧の中から現れたのは、満月ではなかった・・・・・・・・・・。
 宇宙船の下部ライトだ!
 サラ・サイゴンが見せてくれたビデオでは、この下部ライトから、光の粒子が放射された………と思っている矢先、ライトがさらに明るくなった。
 光の粒子が放射された。
 クララ、ドクター・トーマス・レブンワース・カールトン・ジュニア、そしてボクの三人は次々に、光に呑み込まれた。
 次の瞬間ボクらは、地面を離れ体ごと浮き上がった。
「信じられないよ!」ミスター・カールトン・ジュニアが叫んだ。

ボクらは、宇宙船の中で、チャン、ミスター・アカワ、そして、彼のワイフに会った。
 宇宙船を操縦していたのは人型ロボット(ヒューマノイド)だった。
 ミスター・アカワは「ボクが言った時間に来られなかったが、みんな、間に合ったよ。グッドジョブ!」と言った。
ボクは、思い出したように言った、「ボクらは、あのタトゥーのデザインが、アルカトラズの岬を示していると判断して、アルカトラズの岬へ行った。そこへ、この宇宙船が来た。岬に何が隠されているの?」
 相変わらず、美しいスタイルを持つチャンは、答えた。
「ロボットパイロットRP5が話してくれるわ」
 宇宙船を操縦していたロボットが、宇宙船を自動操縦に切り替えた。ロボットは、シートから立ち上がると、ボクの所へ来た。
「ワタシは、RP5。ヨロシク。チャンは、中国系アメリカ人の地球人と、惑星X3T人との間に、一九五二年に誕生。チャンが三才の時、一人で宇宙船から出た。その時、宇宙船は出発した。出発するしかなかった・・・。ワタシたち・・・、それは、惑星X3T人三名と、地球人のチャンの母、そしてワタシ、・・・・・・計五名は、地球の海底にうもれた財宝をさがしていたトレジャーハンターズだった。財宝はある場所にかくしてある、今も。 しかし、地球から六百万光年はなれた小惑星の宇宙海賊が、ワタシたちの事を知り、地球まで追ってきた。 ・・・・・・それで、ワタシたちはいそいで出発した、財宝を残したまま。 チャンが居ない、と気付いた時、すでに宇宙船は大気圏を出ていた。もう、戻れなかった。うしろには、海賊船がせまってきた。彼らのレーザーを受け、ワタシたちの船はエンジンをやられた。ワタシの他の四名は、二組に別れ、脱出用の二人乗り宇宙ボートで脱出。ワタシは気を失い、気が付くと、宇宙は漂流していた」
 RP5が、船内コントロール・パネルを操作した。
 宇宙船のフロントウィンドウの外に見えていた、アルカトラズの岬の崖が、突然、上下に割れた。巨大な崖が上下に割れると、その割れ目の奥が、トンネルのようになっているのが分かった。宇宙船は、トンネルに入って行った。
 トンネルは、ゴールデンゲート・ブリッジまでつながっていた。
 ゴールデンゲート・ブリッジ真下の海底にトンネルの出口があり、宇宙船は、そこから、しぶきを上げて水面に出た。宇宙船の天井ドームが開いた。ボクたちは風を受け、フロアに立った。
 RP5が「これは、トレジャーハンターズのチームマークだ。仲間のみんなの腰にあるんだ」と言って、自分の腰を指差した。チャンのタトゥーと同じデザインが、RP5の腰にも付いていた。
 コンクリートで出来た、橋を固定する建造物に、RP5は背中を向けた。コンクリートの壁面に左右が逆になった、同じデザインの光模様が浮き出た。その部分が大きな穴となり開いた。
その中にあったのは、「財宝」だった。

「ワタシは、今回、チャンをつれもどすため、なんとか地球に来た」とRP5。
 その財宝は、地球の七つの海に沈んでいたものを、X3T星人たちが、彼らの技術を使って、引き上げたものだ、という事だった。チャンは、X3T人のDNAも持つため、地球人とはちがう歳の取り方をする、と知った。

RP5は僕らを宇宙の冒険へと連れて行こうとしていた・・・、
「この財宝をキミたちにも分けようと思う。だから、脱出ボートで脱出し、今も宇宙のどこかで漂流している四名をさがす旅に共に来てくれないか!」

FIN(白い天使の舞い降りる家にて)
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