配達された二通の返信

文字数 2,674文字

 時空を超えて、どこにでも、何時にでも、誰にでも手紙を届けられる不思議な郵便配達人・ケン ポストマン、彼は配達した二通の手紙への返信を携えて再び昭和20年の硫黄島へと向かいます。


        『配達された二通の返信』


「誰だ!」
「あ~、銃は下げて下さいよぉ、ワタクシですよ、ワタクシ」
「お前は……あの時の郵便配達人だな?」
「そうですそうです、あの~、銃の方は」
「手を下げて良し、銃を向けてすまなかったな」
「いや~、お二人の立場ならガサゴソ音がすれば警戒しないわけにも行きませんよ~」
「今度はなんだ?」
「お手紙をお届けに」
「手紙?……もしや……」
「ええ、こないだお預かりしたお手紙へのお返事ですよ」
「本当か? ではあの手紙は……」
「はい、ちゃんとお届けしましたよ、だからお返事があるんです」
「そうか……おや? 一通しかないのか?」
「はい、お二人宛で一通です」
「どういうことだ?」
「それは読んで頂くしか……ワタクシは郵便配達なんで中身は知りませんから」
「それはそうだな……確かに宛先は連名だな、差出人は……岩村和夫、和子となっているが……」
「和子さんの旧姓は小田さんですよ」
「えっ? と言うことは……」
「はい、お二人の息子さんと娘さんはご結婚されてます」
「それは……どういう縁で……」
「え~と、詳しいことはあんまり言えませんけど、ワタクシがお手紙をお届けした時、お二人は近くにいらっしゃいまして……初対面の時お二人とも硫黄島からのお手紙を持ってらした……これ以上の縁と言うのはちょっとないですよね~」
「それは君が気を利かせてくれたと言うことか?」
「あ~、まあ、お二人が近くにいらっしゃればお届けする手間が半分になりますから」
「それはどうかな? 君はそんな理由で動く男とも思えないが……」
「ええ、まあ、もしかしたらそんなことになるかな~なんてことくらいは思いましたけど」
「そうか、お節介を焼いてくれたものだ、素晴らしいお節介をな……小田……」
「ああ……不思議な縁だと思っただろうな……それより早く開けてくれ」
「ああ、そうだな……写真?」
「元気そうな男の子だ……これは、もしや……」
「ええ、お二人のお孫さんですよ」
「そうなのか……岩村……」
「ああ……孫の顔が見られるとは……例え偽の手紙でも嬉しいよ」
「偽物じゃないですよ~、中味を読んでくださいよ~、お子さんでなければ知らないはずのことを書いて頂けるようにお願いしましたから」
「そ、そうか……そうだったな……」
「……確かに大人用のグローブだった……そうか、あいつ、キャッチボールを続けてくれと強情を張ったが……うすうすわかっていたのか……」
「……確かに庭のハナミズキは和子の誕生祝にもらったものだ……では、あの手紙は確かに届けてくれたんだな?」
「それがワタクシのお仕事ですから」
「では写真のこの子は本当に……」
「岩村、お前に似ているな」
「いや、お前にも似ているぞ、小田」
「……岩村、母親同士も元気で仲良くしているそうだ」
「そうか……何よりの報せだな……」
「君、確かケンとか言ったな?」
「ええ、ケン・ポストマンですよ、郵便屋ケンちゃんで良いですけどね」
「もう一回だけ配達を頼めないだろうか」
「良いですよ~、何度でも」
「いや……これが最後になるだろう……」
「……そんな……」
「もう水も食料も尽きた、このまま洞窟に潜み続けていても行く末は同じだ」
「まさか……」
「明日の朝未明、突撃する」
「待ってください、あ、そうだ、なんなら一年前のあなた方にお届けすることもできますよ」
「意味がない……良いんだ、日本が滅びることがなく、子供たちも無事に成長して孫まで出来てる、妻たちも達者で仲良くしていると言う……これ以上の望みはないよ」
「は……はい、では、お二人のお手紙、必ずお届けします」
「すまないな、何度も……この通りだ」
「あ、そんな、お手をお上げに……ワタクシは郵便配達ですからお手紙をお届けするのが仕事なんですよ~」
「では、しばらく待ってくれるか?」
「はい、ごゆっくりどうぞ……」

 一時間後、ケン・ポストマンは自転車をきしませながら帰って行った。
 キィ~コ、キィ~コと言う音もいつもより寂しそうに……。

「小田、行くぞ」
「ああ、岩村、今生の別れだな」
「別れでなんかあるものか、俺たちの子や孫は……」
「そうだったな、日本の未来、子や孫の未来はずっと続いて行くんだな」
「ああ、俺たち二人の血を受け継いだ孫の未来がな」
「思い残すことは?」
「そりゃあるさ、孫の……和彦の成長を見守ってやりたかったよ」
「俺もだ、次は……女の子が生まれると良いな」
「ああ、お前、きっと甘いじいちゃんになっただろうな」
「人のことを言えるのか?」
「ははは……確かにな……」
「……思い残すことはあるが、悔いはない」
「ああ、日本の、俺たちの妻と子、そして孫の未来を守るために」
「俺たちは戦友、産まれた時は別々だったが、死ぬ時は一緒だと言ったが……」
「それだけじゃない、同じ孫を持つことになるんだからな、戦友以上の縁だ」
「ああ、違いない」
「行くぞ!」
「行こう!」
 二人は洞窟から飛び出して行った……。


「これは……」
「お父様方からお子さんへ……つまりお爺ちゃん方からお孫さんへの手紙です」
「これも硫黄島から?」
「はい……」
「二人は……」
「……玉砕の覚悟を固めていらっしゃいました」
「そうですか……わざわざありがとうございます……これは和彦宛の手紙ですから、息子がもう少し大きくなったら渡すことにします」
「きっとお子さんの宝物になるのではないかと」
「そうですね、我々夫婦への手紙も大事にしまってあります……ここに」
 和夫は仏壇の引き出しを開け、二通の手紙を見せると、新しい手紙を添えて元通りにしまった。
 そして蝋燭に火を付けると線香をかざした。
「ひとつだけ教えていただけますか?」
「なんなりと」
「二人は和彦の……孫の写真を見て、喜んでくれましたか?」
「それはもう……蕩けてしまいそうな笑顔で、お前に似てる、いやお前だと言い合ってらっしゃいました」
「そうですか……ありがとうございます」
 和夫はチーンとリンを鳴らして手を合わせた。
 仏壇には二柱の位牌と二枚の写真……妻や子供の幸せと孫の健やかな成長を天上から見守り続ける男たちがそこで微笑んでいた。
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