最後の返信

文字数 2,734文字

「父さん、あけましておめでとうございます」
「ああ、おめでとう」
「お兄ちゃん遅い、寝坊助ね」
「まだ8時だぜ、休みなんだから遅くはないだろ? 和美もあけましておめでとう」
「うん、おめでとう、お兄ちゃん、今年もヨロシク」
「宿題ならヨロシク言われる筋合いはないぞ」
「バレた? でもわからないところを教えて貰う分にはいいでしょ?」
「まあな」
 台所から母の和子がひょっこり顔を出す。
「和彦? ちょうど良い所に起きて来たわ、もうすぐお雑煮が出来るけどお餅は何枚?」
「う~ん、三枚かな」
「わかったわ」
 岩村家のお正月、例年と変わらない家族水入らずの元旦の朝。
 昼前にはそれぞれの母親もやってくることになっている、仏壇の上に掲げた二枚の写真も心なしか微笑んでいるかのようだ。

「和彦、今年から高校三年だな、進路のこととかは考えているのか?」
「来年の話をすると鬼が笑うとか言うけど、もう考えておかないとね」
「どうなんだ?」
「父さん……」
 和彦はあぐらを解いて正座した。
「俺、防衛大学校を受けようと思う」
「防衛大か……卒業後は自衛官にならないといけないんだぞ」
「当たり前だろ? その為の防衛大なんだから」
「そうか、その覚悟があるなら異存はこれっぱかりもない、頑張れよ」
「防衛大に入ったら寮生活になるのよね……そこはちょっと寂しいわ」
 母の和子がそう言うと妹の和美も寂しそうな顔になる。
「え~? 寮に入っちゃったら勉強教えてもらえなくなっちゃう」
「ああ、そろそろ俺に頼るのはやめて和美も自分で頑張れ」
「うん……そうだよね……」
「ははは、和美はお兄ちゃんっ子だからな……ほら、お年玉をやるから元気出せ」
「うわぁ、ありがとう」
「和彦にもな、来年で最後になるかもわからないな」
「ああ、そうだね……って言うか、父さんよりも背が伸びたのにお年玉貰うって気恥ずかしい気もするんだ」
「ははは、親にとっちゃ子供はいつまでも子供なのさ……和彦にはもうひとつお年玉があるんだ」
「え? なんだい?」
「いいから、まずは仏壇に手を合わせなさい」
「ああ、そうだったね、おじいちゃんたちにもおめでとう言わないとね」

 岩村家の仏壇には位牌が二つ並んでいる、和夫の父親と和子の父親のものだ。
 二人は戦友であり、無二の親友でもあった、そして硫黄島で同じ日の同じ時刻に戦死した
『生まれる時は別々だが死ぬ時は一緒』を地で行った間柄、そして和彦、和美の兄妹にとっては共通の祖父でもある。
 ひとしきり一緒手を合わせると、和夫は仏壇の引き出しの奥から一通の封筒を取り出した。
「和彦、これはおじいちゃんたちからのお年玉だ」
「手紙……? でも、俺が生まれるずっと前に亡くなってるんだよね?」
「ああ……まず何も言わずに読みなさい」
「わかった」
 かなり古ぼけた封筒で紙質も悪い、和彦は丁寧に封を切って便箋を広げた。
「これは……俺に宛てた手紙……だよね」
「そうだ、俺も中身は読んでいない、お前への手紙だと聞いていたしな、内容もおおよそ想像できるから、お前が十八になったら渡そうと思ってしまっておいたんだ、少し早いが防衛大を志すと言うんでな……」
「確かに『和彦へ』とあるけど、おじいちゃんたちがどうして俺の名前を?」
「俺と母さんのなれそめは話したよな」
「ああ、何度も聞いてるよ……母さんが学生運動の闘士だったってのは未だにピンと来ないけど」
「あたし、すっかり考えを改めたからね……仲間だと思っていた人に殺されかけて、敵だと思っていた人に命を救われたんだもの、天地がひっくり返っても不思議はないでしょ?」
「それは確かに……」
「これは話していなかったが、俺たち機動隊が突入する少し前に、二人ともケン・ポストマンと名乗る不思議な郵便配達人から手紙を受け取っていたんだ」
「……もしかして、それはおじいちゃんたちからの?」
「不思議な話だろう? 二十年も前に戦死した父親からの手紙だと言って渡されたんだからな、最初は信じられなかった、でも中身を読むと父さんしか知らないはずのことがちゃんと書かれていたんだ」
「あたしへの手紙の方にもね」
「ケン・ポストマンって……」
「時空を超えて、どこへでも誰にでも手紙を届ける郵便配達人だと言っていた、俺も最初は自作自演を疑ったが、彼が俺の子供時代のことを知ってるはずはないし、そもそも一触即発の危険な場所に届けてくれたんだ、伊達や酔狂でそんなことをするはずもない……今は彼の言葉を信じているよ、そして彼がお前宛てにだと届けてくれたのがその手紙だ……」
「YSマークの野球帽のことが書かれてる……確かにプロ野球を見に連れて行ってもらった時に買ってもらったんだ、すごく嬉しかったからはっきり覚えてる……この手紙を書いた人は俺のことを知ってる……」
「お前の写真を手紙に同封してケンに届けてもらったんだ」
「終戦の年、まだ国鉄スワローズは出来ていないはず、ましてYSマークの野球帽なんか見たことがないはずだよね……これは本当におじいちゃんたちからの……」
「お前がそう信じるなら、間違いなく本物だよ」
「……信じるよ……」
「何と書いてあった?」
「明日の朝突撃するって……硫黄島だろ? それって玉砕覚悟だったってことだよね」
「そうなるな」
「この戦争には負けるだろうが、微力でも日本を守ることになるんだから悔いはないとも……」
「ケン・ポストマンから昭和は六十三年まで続いて、日本は経済大国になると聞いていたそうだからな」
「俺たちの命が和夫と和彦を通してお前に受け継がれるのが何よりうれしいって……」
「そうか……和美の写真も見せてやりたかったな……」
「それと……」
「それと?」
「決して親より先に死ぬなとも……」
「そうか……」
「……この手紙、貰っても良いんだよね?」
「もちろんだ、お前宛の手紙だからな」
「防衛大に受かったら寮にも持って行くよ、俺のお守り……いや人生の指標になるよ、この手紙は……」
「お前がそう思うなら、おじいちゃんたちも喜ぶだろうな」
「もう一度仏壇に手を合わせるよ……おじいちゃんたちに感謝して、その志は俺が引き継がせてもらいますってね……」

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 その時天上では……。
「ケンよ」
「はい、神様、何でしょうか?」
「どうやらもう一度硫黄島に行って貰わないといけないようだな」
「そうですね……今度は和美ちゃんの写真入りの手紙を届けるんですよね? 玉砕の前日に」
「そうだ、頼んだぞ」
「ええ、こんな配達ならば何度でも喜んで」

 ケンは少しばかりチェーンがさび付いた自転車にまたがると元気よく漕ぎ出した。
 上手すぎる鼻歌も今日はいつもより弾んでいた。
 ケンもまた神様からのお年玉をもらったかのように。
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