第3話
文字数 4,910文字
三
僕はそこで一旦画面を閉じ――それはノートパソコンだった――目をつぶって伸びをする。作者の彼はいつの間にかどこかに姿を消していた・・・と思ったら、まったく同じ姿勢で背後に立っていた。ちょうど死角にいたから、気付かなかったのだ。彼は微動だにせず、目を半分だけ開けて、僕のことを睨んでいた。ためしに立ち上がってみたが、それでも動く気配はない。目を開けたまま眠ってしまったのだろうか、と思って軽く触ってみると、ふっと突然意識を取り戻した。そして言った。
「やあ、久しぶりじゃないか」と。
彼が呆 けているわけではないことは明らかだった。僕がこの奇妙な――あまりに奇妙な――小説を読んでいる間に、どこかに旅をしていたのだろう。つまり精神的な旅だ。
「なあ、バナナ食べるか?」と彼は言った。僕は頷き、一度深呼吸をした。部屋の空気は埃 っぽかったが、そんなことは別にどうでもよかった。とにかく一度意識を弛緩 させる必要があったのだ。もっとも一度バナナを食べて、彼にもらった豆乳(無調整)を飲んでしまうと、急に緊張感が戻ってきた。基本的には途方もない話なのに、なぜか読みやめることができない。それは真実が含まれているからなのだろうか?
それについて彼に質問しようとしたが、そのとき彼がまた例の集中モード(あるいは放心モード)に入っていることに気付いた。僕の座っている椅子の真後ろに両足を広げて立ち、目を半分開けている。呼吸は本当に小さくしかしていない。どこか遠くでサイレンの音が聞こえた。それは警察のものかもしれない。あるいはゴリラポリスのものかもしれない。どちらなのか、今の僕には判断がつかない・・・。
私たちは公園を出て、道の目立たない場所を選んで進んだ。「私たち」とはいっても、終始彼に抱えられてはいたのだが。ここで彼に名前を与えていなかったことに気付く。もちろん最初から名前はあったのだが、諸般の事情によりそれを公表するのを控えていたのだ(それは彼の命を守るためでもある)。しかしさすがに呼び名がないと困るから、この手記においては彼を「G」と呼ぶことにする。私が彼の名前を呼ぶときも、その記号で置き換える。GはもちろんGorillaのGだ。そしてGreatのGだ。
Gはさまざまな抜け道を知っていた。もっとも彼には街の外に出るつもりは毛頭ないらしく、サイレンの鳴り響く中心街に向かっているようだった。私はドキドキしながらその様子を見ていた。一応この逃走劇の一画を担っているとはいえ、行動を起こしているのはほとんど彼の方だった。私はただ状況を観察しているに過ぎない。
人気 のない道の隅を歩いているときに、私はふと気になったことがあったので訊いてみた。
「G」と私は言った。
「何だ?」と彼は周囲を警戒しながら言った。
「ゴリラシティにおいては、すべてのゴリラが職業を与えられるわけですよね?」
「まあ、子どもと老人――老ゴリラ――を除いて、だ」
「あなたは何の仕事をしているのですか?」
「今はテロリストだ、もちろん」。彼はそう言ってニヤリと笑った。「いや、嘘だよもちろん。もともとは新聞記者だったんだ」
「新聞記者?」
「ああそうだ」と彼は言って、だんだん近くなってきたサイレンに耳を澄ました。「消防署のあたりだな・・・。まったく。ああ、そう。仕事の話だったな。俺はもともと新聞記者だったんだ。この街には政府の機関紙のほかに、いくつかの独立系の新聞社がある。あるいは意外に思うかもしれないが、これでいてこの世界は結構自由なんだ。労働さえこなしていればね。それに政府礼賛の記事ばかり読まされたんじゃ、住民もきっと疑問に思うだろう。こいつらは何かを隠しているんじゃないか、とな。だからまあ、政府はそういった新聞社の存在をある程度認めているわけだ」
「なんだか我々の世界の社会主義政権よりも心が広いですね」
「もっともそれもポーズだけだ」とGは言った。「部分的な批判までは認めるが、その根幹については一切言及することは許されない。あくまですべては政府がコントロールしているんだ。俺はそういった状況が嫌で嫌でたまらなかったけどね」
「でもあなたみたいな人――ゴリラ――はそう多くはいない」
「まあな。俺はここでは異端だと思われている。異端ゴリラだと」
「人々は――ゴリゴリは――きっと宗教を信じてはいないのでしょうね」
「基本的にはそうだ。ある意味ではこの街そのものが宗教みたいなもんだからな。適切なドグマを与え、その中で一定の幸福感が得られるように工夫する。ゴリゴリを一括に管理し、有能な者には適切な報酬を与える。疑いを抱く者には異端者のレッテルを貼る。その結果最も自分の頭を使うことのできないゴリラがヒエラルキーの頂点に立つことになる」
「それがあの候補者というわけですか」
「まあ今のところはな」
「さっそく嗅 ぎつけやがったか」とGは言って、すぐ隣の塀の上に飛び乗った。私はその腕に抱えられたまま追跡者の方を見ている。あれはゴリラポリスなのだろうか?
「いや、自警団だろう」と彼はそんな私の様子を見て言った。「普段は善良な一般市民のゴリラたちだ。しかし一度『スペシャルゴリラウホウホ』が発動されてしまうと、単なる殺人鬼――殺 ゴリラ鬼 ――に変貌してしまう」
「逃げ場はあるのですか?」
「ちょっとした考えがある」と彼は言った。
その後彼は塀の反対側へと下り、路地裏のような場所を通って、今度はまた別の塀をよじ登った。背後から自警団が追ってくる気配が感じ取れたが、それもGのスピードには遥かに及ばない。私は終始じっとしていようと努めていたのだが、なんだかこのゴリラはゴリラ界の中でもかなり特殊な存在なのではないか、という気がしてきた。こいつは一体何者なのだろう?
「俺はごく普通のゴリラだよ」とそこで彼は言った。「ドッグフード工場に勤めている」
「ドッグフード工場?」と私は驚いて言った。
「そうだ。さっきは話が途中で終わってしまったな。俺はもともとは新聞記者だったんだが――そのためには優秀な大学を出ている必要がある――政府に睨 まれてからは、ドッグフード工場に配置換えされた。彼らの命令は絶対だ。俺みたいなゴリラでも白昼堂々と彼らに反抗することはできない。さすがにそんな勇気はない」
「でも今はこんなことをしている。ただのドッグフード工場勤めの一般ゴリラが」
「ハハ。それはあんたのおかげだ。あんたはここでは役立たずだが、しかしなぜか勇気を与えてくれるんだよ。あるいは対等に話ができる相手が、ゴリラシティにはいなかったからなのかもしれない」
そう言ってもらえるとありがたい、と私は言った。
「それはそうと」と彼は言って、雨 樋 を伝って、ある店の屋根にひょいと跳び乗った。一体どんな運動神経をしているんだ?
「ちなみに握力は一トンある」と彼は笑いながら言った。「まあそんなことはどうでもいい。俺はひとまず、あんたをある場所に預けようと思う。いくら勇気がもらえるからといっても、こうして片手が塞がっている状況では政府の中枢に向かうのは難しい。かといって、一人でそこに行っても意味がないんだ。なぜなら俺の計画にはあんたの存在が不可欠だからだ。あんたは時空を越えてやってきた。いわば世界のルールを無視してやって来たわけだ。そしてその人間と俺とがゴリラシティの中枢に行く。そしてある命令を発する・・・」
「しかし今は警戒が強過ぎるのでは?」と私は言った。
「その通りだ。あんたは話が早い。と、いうことで、ほとぼりが冷めるまで俺の知り合いの夫婦のところに匿 ってもらうことにしよう」
「そこは安全なのですか?」と私は恐る恐る訊いた。
「少なくともここよりはな」と彼は言って、周囲を見回した。街中の至るところでサイレンが鳴っている。そしてあの声。
「まあ数日くらいなら大丈夫だろう。というのも彼ら夫婦は、外見上は政府の熱心な支持者、ということになっているからだ。そういう活動を普段からしているんだ。しかし本当は反政府グループの中核的役割を担っている。俺が実行部隊だとすれば、彼らはブレーンだ。これまでにもさまざまな有益な助言を与えてくれた。あんたのことについてもそうだ」
「私のこと?」
「そうだ。実をいえばあんたがこの世界にやって来ることは以前から予測されていたことだったんだ。いつか人間の力を借りることになるだろう、と彼――夫の方だ――は言っていた。そしてそのときが来たというわけだ」
「よく分からないのですが、私は一体何をすればいいんでしょう?」
「とりあえずはじっとしていてくれればいい。死なずに、生き延びること。それが第一の課題だ」
「それもなかなか難しそうですが」
と、そのとき、自警団――あるいはゴリラポリス――のものと思われる懐中電灯の光が、束 になってこちらに向かってくるのが分かった。少し距離はあるが、あるいは我々に気付いたのかもしれない。ウホウホ、ウホウホ、という声が不気味に闇の中に響いていた。
Gはとっさに彼らとは反対側の道路に着地し、そのすぐ近くにあったマンホールの蓋を開けた。そしてするりと中に入り込み、器用に蓋を閉めた。中は見事に真っ暗だった。
「地下通路だ。いいか? ここからは一人で進んでもらう。二人で行動するのはリスクが高過ぎるんだ。最初の分かれ道を右。次も右。そして最後を左だ。合言葉は『ハワイ』だ」
「ハワイ?」とものすごく心細くなりながら私は言った。「でも一人で行けるでしょうか?」
「なに弱音を吐いているんだ」と彼は言った。「あんたならできる。だからこそここにやって来たんだ。最初を右、次を右、最後を左だ。合言葉は『ハワイ』。分かったか?」
私は頷いた。彼は私の肩をポンポンと叩いた。
「それじゃあ、おそらく五日間ほど留守にする。俺は可能な限り街を撹乱 し、そして外に出た振りをする。しかし実際は仲間の隠れ家を転々として、中枢を目指す、というわけだ。準備ができたらあんたを連れに来る。それまではじっとしていてくれ」
「オーケー」と私は言った。
「グッドラック。あるいは政府は嘘の発表をするかもしれない。俺が死んだとかなんとかな。でも信じちゃ駄目だぜ。いつも自分の心に風を持っているんだ。そして風のことだけを信じるんだ。いいか?」
「分かりました。でも一つだけ・・・」と言いかけたときにはもう、Gは通路を別の方向に向けて駆け出してしまっていた。私は行けと言われた方向に向き直り、溜息をついた。最初の分かれ道を右、と彼は言った。しかしこうも暗いとなると、それが分かれ道かどうかもよく分からないじゃないか。一人になると急に寒さが身に応 えた。囚人服では薄過ぎるのだ。すぐ左下では水が流れる音が聞こえる。臭 いは・・・決して良い香りではない。あるいは有毒なガスが出ている可能性だってある。私はとりあえず先に進むことにした。闇の中でいくつかの図形が渦を巻いていた。それは私の脳が生み出した幻想なのかもしれない。あるいは実際にそこにあるものなのかもしれない。でもそれに関してはこの世界そのものも一緒だ、と私は思った。何が本当のことなのかなんて、誰にも分からないじゃないか?
僕はそこで一旦画面を閉じ――それはノートパソコンだった――目をつぶって伸びをする。作者の彼はいつの間にかどこかに姿を消していた・・・と思ったら、まったく同じ姿勢で背後に立っていた。ちょうど死角にいたから、気付かなかったのだ。彼は微動だにせず、目を半分だけ開けて、僕のことを睨んでいた。ためしに立ち上がってみたが、それでも動く気配はない。目を開けたまま眠ってしまったのだろうか、と思って軽く触ってみると、ふっと突然意識を取り戻した。そして言った。
「やあ、久しぶりじゃないか」と。
彼が
「なあ、バナナ食べるか?」と彼は言った。僕は頷き、一度深呼吸をした。部屋の空気は
それについて彼に質問しようとしたが、そのとき彼がまた例の集中モード(あるいは放心モード)に入っていることに気付いた。僕の座っている椅子の真後ろに両足を広げて立ち、目を半分開けている。呼吸は本当に小さくしかしていない。どこか遠くでサイレンの音が聞こえた。それは警察のものかもしれない。あるいはゴリラポリスのものかもしれない。どちらなのか、今の僕には判断がつかない・・・。
私たちは公園を出て、道の目立たない場所を選んで進んだ。「私たち」とはいっても、終始彼に抱えられてはいたのだが。ここで彼に名前を与えていなかったことに気付く。もちろん最初から名前はあったのだが、諸般の事情によりそれを公表するのを控えていたのだ(それは彼の命を守るためでもある)。しかしさすがに呼び名がないと困るから、この手記においては彼を「G」と呼ぶことにする。私が彼の名前を呼ぶときも、その記号で置き換える。GはもちろんGorillaのGだ。そしてGreatのGだ。
Gはさまざまな抜け道を知っていた。もっとも彼には街の外に出るつもりは毛頭ないらしく、サイレンの鳴り響く中心街に向かっているようだった。私はドキドキしながらその様子を見ていた。一応この逃走劇の一画を担っているとはいえ、行動を起こしているのはほとんど彼の方だった。私はただ状況を観察しているに過ぎない。
「G」と私は言った。
「何だ?」と彼は周囲を警戒しながら言った。
「ゴリラシティにおいては、すべてのゴリラが職業を与えられるわけですよね?」
「まあ、子どもと老人――老ゴリラ――を除いて、だ」
「あなたは何の仕事をしているのですか?」
「今はテロリストだ、もちろん」。彼はそう言ってニヤリと笑った。「いや、嘘だよもちろん。もともとは新聞記者だったんだ」
「新聞記者?」
「ああそうだ」と彼は言って、だんだん近くなってきたサイレンに耳を澄ました。「消防署のあたりだな・・・。まったく。ああ、そう。仕事の話だったな。俺はもともと新聞記者だったんだ。この街には政府の機関紙のほかに、いくつかの独立系の新聞社がある。あるいは意外に思うかもしれないが、これでいてこの世界は結構自由なんだ。労働さえこなしていればね。それに政府礼賛の記事ばかり読まされたんじゃ、住民もきっと疑問に思うだろう。こいつらは何かを隠しているんじゃないか、とな。だからまあ、政府はそういった新聞社の存在をある程度認めているわけだ」
「なんだか我々の世界の社会主義政権よりも心が広いですね」
「もっともそれもポーズだけだ」とGは言った。「部分的な批判までは認めるが、その根幹については一切言及することは許されない。あくまですべては政府がコントロールしているんだ。俺はそういった状況が嫌で嫌でたまらなかったけどね」
「でもあなたみたいな人――ゴリラ――はそう多くはいない」
「まあな。俺はここでは異端だと思われている。異端ゴリラだと」
「人々は――ゴリゴリは――きっと宗教を信じてはいないのでしょうね」
「基本的にはそうだ。ある意味ではこの街そのものが宗教みたいなもんだからな。適切なドグマを与え、その中で一定の幸福感が得られるように工夫する。ゴリゴリを一括に管理し、有能な者には適切な報酬を与える。疑いを抱く者には異端者のレッテルを貼る。その結果最も自分の頭を使うことのできないゴリラがヒエラルキーの頂点に立つことになる」
「それがあの候補者というわけですか」
「まあ今のところはな」
おい! いたぞ! ウホウホ!
という声が突然響き、懐中電灯の光が我々の目に飛び込んできた。何頭かの集団になったゴリラたちが手に武器を抱え、こちらに迫ってくる! 石のようなものも何個かものすごいスピードで飛んできた。「さっそく
「いや、自警団だろう」と彼はそんな私の様子を見て言った。「普段は善良な一般市民のゴリラたちだ。しかし一度『スペシャルゴリラウホウホ』が発動されてしまうと、単なる殺人鬼――
「逃げ場はあるのですか?」
「ちょっとした考えがある」と彼は言った。
その後彼は塀の反対側へと下り、路地裏のような場所を通って、今度はまた別の塀をよじ登った。背後から自警団が追ってくる気配が感じ取れたが、それもGのスピードには遥かに及ばない。私は終始じっとしていようと努めていたのだが、なんだかこのゴリラはゴリラ界の中でもかなり特殊な存在なのではないか、という気がしてきた。こいつは一体何者なのだろう?
「俺はごく普通のゴリラだよ」とそこで彼は言った。「ドッグフード工場に勤めている」
「ドッグフード工場?」と私は驚いて言った。
「そうだ。さっきは話が途中で終わってしまったな。俺はもともとは新聞記者だったんだが――そのためには優秀な大学を出ている必要がある――政府に
「でも今はこんなことをしている。ただのドッグフード工場勤めの一般ゴリラが」
「ハハ。それはあんたのおかげだ。あんたはここでは役立たずだが、しかしなぜか勇気を与えてくれるんだよ。あるいは対等に話ができる相手が、ゴリラシティにはいなかったからなのかもしれない」
そう言ってもらえるとありがたい、と私は言った。
「それはそうと」と彼は言って、
「ちなみに握力は一トンある」と彼は笑いながら言った。「まあそんなことはどうでもいい。俺はひとまず、あんたをある場所に預けようと思う。いくら勇気がもらえるからといっても、こうして片手が塞がっている状況では政府の中枢に向かうのは難しい。かといって、一人でそこに行っても意味がないんだ。なぜなら俺の計画にはあんたの存在が不可欠だからだ。あんたは時空を越えてやってきた。いわば世界のルールを無視してやって来たわけだ。そしてその人間と俺とがゴリラシティの中枢に行く。そしてある命令を発する・・・」
「しかし今は警戒が強過ぎるのでは?」と私は言った。
「その通りだ。あんたは話が早い。と、いうことで、ほとぼりが冷めるまで俺の知り合いの夫婦のところに
「そこは安全なのですか?」と私は恐る恐る訊いた。
「少なくともここよりはな」と彼は言って、周囲を見回した。街中の至るところでサイレンが鳴っている。そしてあの声。
スペシャルゴリラウホウホ! スペシャルゴリラウホウホ!
「まあ数日くらいなら大丈夫だろう。というのも彼ら夫婦は、外見上は政府の熱心な支持者、ということになっているからだ。そういう活動を普段からしているんだ。しかし本当は反政府グループの中核的役割を担っている。俺が実行部隊だとすれば、彼らはブレーンだ。これまでにもさまざまな有益な助言を与えてくれた。あんたのことについてもそうだ」
「私のこと?」
私のこと
?「そうだ。実をいえばあんたがこの世界にやって来ることは以前から予測されていたことだったんだ。いつか人間の力を借りることになるだろう、と彼――夫の方だ――は言っていた。そしてそのときが来たというわけだ」
「よく分からないのですが、私は一体何をすればいいんでしょう?」
「とりあえずはじっとしていてくれればいい。死なずに、生き延びること。それが第一の課題だ」
「それもなかなか難しそうですが」
と、そのとき、自警団――あるいはゴリラポリス――のものと思われる懐中電灯の光が、
Gはとっさに彼らとは反対側の道路に着地し、そのすぐ近くにあったマンホールの蓋を開けた。そしてするりと中に入り込み、器用に蓋を閉めた。中は見事に真っ暗だった。
「地下通路だ。いいか? ここからは一人で進んでもらう。二人で行動するのはリスクが高過ぎるんだ。最初の分かれ道を右。次も右。そして最後を左だ。合言葉は『ハワイ』だ」
「ハワイ?」とものすごく心細くなりながら私は言った。「でも一人で行けるでしょうか?」
「なに弱音を吐いているんだ」と彼は言った。「あんたならできる。だからこそここにやって来たんだ。最初を右、次を右、最後を左だ。合言葉は『ハワイ』。分かったか?」
私は頷いた。彼は私の肩をポンポンと叩いた。
「それじゃあ、おそらく五日間ほど留守にする。俺は可能な限り街を
「オーケー」と私は言った。
「グッドラック。あるいは政府は嘘の発表をするかもしれない。俺が死んだとかなんとかな。でも信じちゃ駄目だぜ。いつも自分の心に風を持っているんだ。そして風のことだけを信じるんだ。いいか?」
「分かりました。でも一つだけ・・・」と言いかけたときにはもう、Gは通路を別の方向に向けて駆け出してしまっていた。私は行けと言われた方向に向き直り、溜息をついた。最初の分かれ道を右、と彼は言った。しかしこうも暗いとなると、それが分かれ道かどうかもよく分からないじゃないか。一人になると急に寒さが身に
その通りだ
、という声が聞こえたような気もしたが、たぶん気のせいだろう。なぜなら私はここで完全な一人ぼっちだったからだ。