終末ヒロイン

文字数 3,605文字

人はいずれ死ぬ。
けれども多くの人達は、それを信じていない。


とある本に書いてあったその言葉に、心がひどく揺さぶられた。そうだ、私も生きているけど、死ぬ時が必ず来るのだと。

突然生に隣り合った、死の概念。
死について語る事は、現代ではあまり誰もしたがらない。誰とも、死について話し合い意見を求める事が出来ない。

しかし、世には『終活』という言葉が流行っているため、私は一人で、ソロ終活をしてみる事にした。

「あれ、部屋の片付けしてんの?」
「うん」

とりあえず先ず始めに、身辺整理。
生しか無かった頃の自分は割と部屋を自由にしていたが、終わりを迎える準備にあたって『立つ鳥跡を濁さず』という事をしてみた。

お気に入りの本。
CD。
DVD。
ポスター。
洋服。
ぬいぐるみ。
あまり使っていないコスメに、
買ったばかりのバッグやポーチ。

こうして一つ一つ手に取ると、自分の歴史が垣間見えてきて、楽しい。
なんだかんだで色々を積み重ねながら生きてきたのだと実感し、過去を味わい噛み締める作業。たまに懐かしさで手が止まるけれど、少しずつ、少しずつ、整理してゆく。

「珍しいね、お姉ちゃんがこんな大規模に片付けするなんて」
「まあ、心境の変化よ」
「ふーん」

背を向けていく妹。まさか死を意識した終活の一環だとは言えず濁した返事を追及されなかった事に、安堵の息を軽く吐く。多分、いつもの気まぐれくらいに思ってくれたであろう軽い雰囲気だった。
言わぬが花、秘すれば花なり、である。

可愛がっている犬のぬいぐるみを棚に片付ければ、一通りの片付けを終えた。
可燃ゴミの袋も二つ出たので、次の指定日、来週月曜日を待とう。使うものと使わないものを仕分けるのは、少し難しかった。まだ使うかもまだ使うかもと、つい残してしまいそうになる。

それなりに整い綺麗になり、広く感じる部屋の中心でぼうっと見渡していると、不意にポケットの中のスマートフォンから着信音が鳴り響く。
画面には、友人の名前が表示されていた。

「もしもし」
「あ、カナちゃん?今日暇?」
「いや、暇じゃない。予定ぎっしり」

そう、終活という予定が。

「えー、そうなの?残念!一緒にご飯行こうと思ったのに」
「ごめん、また誘ってくれると嬉し…」

はた、と。
その瞬間思ったのは、私は終活をしているんだという現実。
そう、死を迎えればこの電話先の友人とも、ご飯どころか二度と会えなくなるかもしれないのだ。
一緒にショッピングに行く事も、他愛のないお喋りに興じる事も、勉強会も、カラオケも、何もかもが出来なくなる。

「いや、行く。行こう、ご飯」
「え、予定は良いの?」
「うん。今変更になったから良い。待ってて、支度するから」
「わ、分かった。ていうか私がそっちに行くよ」
「そう?じゃあ待ってる」

通話を切り、先程片付けたクローゼットの中から外出に耐えられる洋服を選び、引っ張り出しては急いで着替える。
黒のニットに、ワインレッドのロングスカート。髪をゴムとシュシュでゆるくまとめ、軽いメイクで仕上げれば、簡単お出掛けモードの完成。
次いでコートを羽織り、手頃な大きさのバッグに最低限の荷物を入れていく。

予定は確かに変わったが、これも終活。大事な友人との交流はかけがえの無いものだ。
そうだ、ご飯ついでにショッピングしてエンディングノートにするノートを見るのも良いかも知れない。あと、時間が空いたらカラオケに行って…。

「お姉ちゃーん、お友達来たー」

計画を巡らせていると、妹が階段下から友人の来訪を告げてくれた。
近所に住んでいるから、到着は早めになるだろうと支度を手早く済ませて正解だった。

「今行くー」

とん、とん、と階段を下り、玄関へと足早に向かう。
そこにはフェミニンな装いでふわふわした雰囲気を放っている友人の姿があり、私を見ると片手をひらひらと可愛らしく振った。

「お待たせ、カナちゃん。さ、行こ行こ!」
「うん。どこのお店?」
「駅前に新しく出来たレストランなんだけどね、美味しいってもう評判になってて…」

友人の言葉を聞きながら靴を履き、後に続いて外に出る。
すると、ちらほらと白い雪が舞っていた。積もるほどの勢いは無いけれど、まるで羽が舞い落ちるようで美しい。
前を歩く友人も、「雪だー」と喜び、こちらに振り向き楽しそうな笑顔を浮かべてはしゃいでいる。寒さのせいか外を歩く人の数は少なく、静かな冬の空間の中で二人なんてことないお喋りをしながら歩いていく。こういう時間は、割と好きだ。

「ねえ、雪って何処に行くんだろうね」
「…。水分に戻って、土の中とか空とか…?」
「じゃあ、人間と一緒かなあ」
「成る程」

友人の何気ない言葉に深く感心する。確かに人間も、生命が終われば大体空か土の中だ。
終活を考える身にはタイムリーな話だと思う。

「でもさ、人間には魂があるよね。魂って何処に行くのかな」
「それは死んでみないと分からない」
「そうだよね。けどさ、死ぬって必ず来るけどなんだか実感無いよね」
「学校の卒業と同じでしょ。自分が卒業する実感が無いって感覚、あれじゃない?」
「おー。納得」

こうして時折深い話に転がるのも、この友人との会話の楽しさの一つだと感じている。というか本当にタイムリーな話題過ぎて、終活について色々考えているのがばれているのではないかと思ってしまうが、多分、そんな事は無い。はず。

「じゃあ、今は魂の学校生活中ってこと?」
「卒業がいつか知らされていないけどね」
「スリリング!」
「退学や休学も自分の意思じゃないけどね」
「こわっ!」

冷たい風が微かに吹いて雪の欠片を散らしてゆく中、魂の行き先について語り合う。まるで小説の中のワンシーンみたいだ。そうなるとこの場合、ヒロインは誰になるのだろうか。この友人か、それともまだ登場していない誰かか、はたまた知らない場所に居る知らない他人か。ちなみに私はヒロインに深い言葉を投げかける、村人A的ポジションを熱望する。ゲームでよく村の中に居るあの存在だ。

「でも、全部死んだら分かる事だから」

きっと、その時になったら全てが判明するのだろう。人間が何処から来て何処へ行くのか、何のために生きてきたのか、人生とは、…生きているうちに分からなかった事が、全て。
そう思うと少しだけ楽しみでもあるかも知れない。

「そっかー。じゃあそれまで安心して人生過ごして良いって事だね!」
「そうね」

結局はそういうことだと、個人的には思う。
死の先に関しては死ぬ時に分かるんだから、生きてるうちは生きていれば良いと。
春のあたたかさは春になれば味わえるんだから、今はこの雪舞う冬を楽しんでいれば良い。つまりはそういうことなんだと。

だからと言って、死について考えるのが悪いというわけでもなく、私の頭の中から終活が除外される事もない。

「とりあえず私達は、これからレストランで美味しいご飯を食べるべき」
「カナちゃんの言う通り!実は朝食べてないから楽しみなんだ」

目の前で明るく可愛らしく笑う友人は、今度はレストランのメニューに思いを馳せ始めたようだ。
このくるくる変わる所も、一緒に居て楽しい所だと思う。多分、終活をしている事を話したとしても、それなりにノッてくれるんだろうな、とも。

白い息を吐き、寒さに身を固くしながらもあれやこれやと話が出来る今は、悪くない。
そしてこういう楽しい時間を過ごしていると、私はこの時間のために生まれて来たのではないか、と感じる。
いずれ必ず死ぬとしても、この時間を過ごすために生きているのだと。


(ああ、終わりを意識すれば、日常は輝くと知ってしまった)


「ねえ、ご飯が終わったら買い物して良い?」
「うん!何買うの?」
「ちょっと、ノートとペン」
「ふうん。私も何か買おうかな」

終活のためのエンディングノートとは言わないけれど、それで良いだろう。
友人はどうやら服を買いたくなったようで、ブティックに付き合ってよと誘ってくる。勿論、断る理由は無い。

きらきら、きらきらしている。
曇天も雪も寒さも、友人も自分の吐息も、何もかもが。とてもきらきらして、愛おしい。
きっと死を目前とした時、ふと思い出すのはこういう時間なのだろう。
誰とも死について語り合う事は出来ないと、そう考えていたのに。友人と思わぬ会話が出来た。この楽しさを、私はきっと思い出して笑い、死ぬだろう。

それは遠い未来かも知れないし、今すぐそこにあるものかも知れない。神のみぞ知る、終わりの日。いずれ来る自己の終末の日。

「カナちゃん?」
「うん?」
「いや、何だか眩しそうにしてたから。どーしたの?」

「…何でもないよ」

その時に、少しでもたくさんの思い出を持っていこう。このかけがえの無い、眩しい日々の記憶を。

未来は誰にも分からないのだから、せめて絶対の終わりを怯えずに迎えたい。

(とりあえず、今これからは食事を楽しんで)




エンディングノートに綴る言葉を考えながら、
私は友人と冷たいコンクリートの道路を歩いていった。




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