ドール・ハウス

文字数 2,056文字

子供の頃、お人形遊びが好きだった。
お人形に綺麗なドレスや洋服を着せて、小さな家具で世界を作る。
とても楽しくて、わくわくして、幸せで。
そんな時間が、何より好きだった。
少しずつ少しずつ年を重ねて大人になっていっても、その「好き」は変わる事無く心に輝いていた。


だから私が『ドール』という領域の趣味に出会ったのは、最早必然だった。


「ただいまー」

9時5時の仕事から帰り、そのまま部屋のソファに座っている可愛いドールの元へと一直線に向かう。
手に持っているおもちゃ屋の紙袋の中には、ドール用の洋服と靴が入っていて、きっと彼女に似合うと思い買って来た。

「あやめ、ただいま。お土産だよー」

ソファの上のドール、『あやめ』の頭を指先で撫でながら話し掛ける。
お手入れの甲斐あって、長い黒髪はさらさらとしている。色素が薄めの肌、そしてこだわりの深紅のグラスアイはどことなく妖しく、しかし艶やかで美しい。
ちなみにあやめが今日着ているのは、真っ黒なゴシック。ロリータではなく、ゴシック。黒地に赤薔薇の刺繍が施されたドレスが実によく似合っている。頭から足先まで黒で統一しているが、その重厚な雰囲気に呑まれないあやめの美貌。見れば見る程に虜になっていくのを、日々実感させられる。

自分の着替えもそこそこに、あやめに買ってきたお土産を開けていく。
今回買ったのは、シンプルな部屋着。ドール用の白パーカーとジーンズに、赤いスニーカーである。あやめには豪奢なドレスが似合うが、たまにはこうした一般的な装いも良い。
カジュアルからスポーティまで、稼ぎが追い付けばもっとたくさんの服を買い揃えていくのが夢だ。五段ある箪笥のうち、二段をあやめ用にしており、いつかその二段をあやめの服でいっぱいにしたい。

「…うん!似合う似合う、可愛い!」

早速買って来た白パーカーとジーンズを着せてみると、やはりよく似合っていた。スニーカーを履かせてみれば、今にも活動的に動き出しそうな雰囲気である。
テーブルに置いていたスマートフォンを手に取り、何度も何度も写真を撮る。誰に見せる事も無いが、こうして撮影して残していく事に意義がある。

ちなみにあやめが座っている白いソファは、あやめ専用にと買ったものであり、部屋での撮影は主にここに座らせながら行う。

子供の頃に憧れた、可愛いお人形と二人きりの世界。大人になって、確実にその憧れは叶えられている。

「大人がお人形遊びなんて、みっともない」
「大人にもなって、恥ずかしい」

そういった手厳しい意見も聞きはするが、生憎私は周囲に明かす事なく一人でめいっぱい楽しんでいるため、気にしない。むしろますますのめり込んでいる。
ネットではドールと一緒に旅行をしたり、バイクや車で出掛けたりと、色んな楽しみ方をしている人達を見るが、私はこの部屋の中でのあやめと二人きりの世界を楽しんでいて、外に連れて行くというのはまだ考えていない。


(そうだ、そろそろウィッグミストの買い置きを補充しておこう)

(その前に、あやめの服用の洗剤。新しいの欲しいかも)


こうして、あやめの事を色々考える日々がとても楽しい。あやめと出会わせてくれた、自分の中のドール趣味に深く感謝している。
ドールはドールを呼ぶ、と界隈では言われており、一人お迎えしたらまたお迎えしたくなるらしいが、今のところその予定は無い。ただ、あやめだけを深く可愛がっていたい。

窓から差す西陽が、部屋を橙色に染めてゆく。
ここは小さな、小さな世界。
まるで、大きなドールハウスのような。

(ああ、美しいなあ)

橙の光と影に彩られたあやめを眺めながら、その美しさに息を吐く。

ドールハウスの一部となっても、彼女と共に生きられて、こうして共に在れるのなら、それはどんなに幸せだろう。

いっそあやめの事だけを考えて生きていけたら、なんて楽しい人生なのだろう。

ドールをお迎えした人達は、皆こんな気持ちを抱くのだろうか。それとも人それぞれで、また違った思いでドールと一緒に居るのか。
そこはよく分からないけれど、自分の愛着が大きいものだという事だけは分かる。

(…そういえば、もうすぐ秋だなあ)

あやめと過ごすようになってから、季節の巡りが、景色が、とてもきらきらとしている。

子供の頃のお人形遊びから、成人するまで…ドールという趣味を知るまでの間、自分の人生には大きな余白があった。
色んなものを見て色んな事を楽しんではいたが、ドール程に夢中になる事はなく、何だかぼんやりふわふわした期間だったと記憶している。

きっと子供の時点で、私の趣味の方向は定まっていた。
そしてドールを知り、あやめに出会って、方向は完全に固定された。

(私、幸せだなあ)

あやめの綺麗な顔を見つめ、深く感じる。

あやめは私にとっての幸福そのもの。

憧れと夢を叶える人生の幸福。

誰に認められなくても、この幸せは本物だ。


(入り込んできた微風に、あやめの黒髪が僅かになびく)

(この子が動き、表情を変える事は無くても)

(私は誰より幸せだと、心から思えた)



小さな世界、大きなドール・ハウスより。




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