第1話

文字数 1,541文字

「おはよう」
日南子(ひなこ)、おはよう。今日も中野くんと一緒?」
 高校一年の秋。片想いをしていた中野大翔(ひろと)くんに、とんでもない告白をされて、私と中野くんはお付き合いをすることになった。

 『中野の乱』

 そんな名称まで付いたあの告白は、私の中でも一生忘れられないものだ。
 あれから、三か月が経ち、いつの間にか冬真っ只中。息も白くなるこの季節、私は少々不満を抱いていた。不安ではない。不満だ。
「今日もなし?」
「聞かないで」
 廊下側の後ろから二番目が私の席だ。そこに座り、こちらを振り向いて楽しそうに話しかけてくる奈々の言葉に、口を尖らす。
「相手は、あの中野くんだよ。一体いつになるのやら」
「別に焦ってないもん。でも、憧れはあるでしょ?」
「そりゃ、誰でも憧れてるよ。手を繋いで登下校。そして、好きな人とのキ・ス!」
「やめて! 奈々、声が大きいんだから。彼に聞かれたらどうするの?」
「むしろ、聞かせてやりなさい。聞かせて、焦らせればいいのよ」
「いいの! 私は今でも幸せなんだから」
 そう。幸せだと胸を張って言える。
 でも、やっぱり高校生になって、好きな人とお付き合いができて、次に期待するのは、そういうことだろう。焦ってはいないけど、不満ではある。
 もともと物静かで、クラスでも全く目立つことのなかった中野くん。前髪がかかった目はあまり力が入っていなくて、どことなく暗くも感じる。いつも窓際の一番後ろの席で、窓の外をぼんやりと眺めているのが、みんなの中で一番馴染んでいる中野くんの姿だ。
 人といることはなく、かっこよく言えば、一匹狼タイプ。そんな彼がしてくれた告白は、誰も予想できるものではなかった。これで、中野くんは変わるのだ。誰もがそう思った。あんなにかっこいいことをしたら、モテて大変になるのではないか、と。私なんて嬉しい反面、不安になったものだ。
 しかし、その日の帰りには普段の無口で、何事にも無関心な中野くんに戻っていて、みんな首を傾げたものである。
 ただ、誰にも内緒にしていることがある。中野くんは、私と二人きりの時だけ、視線を上げ、いつもは暗く見える表情を変えて、優しい笑顔を見せてくれるのだ。俯いていることが多くて、誰も気付いていなかったけど、中野くんはいわゆるイケメンという部類に入る。
 背の高い私よりも更に高い身長と、長くてバランスのいい手足。長い前髪に隠されたくっきり二重の大きな目。よくこれまで隠してこられたなと感心するほどの容姿をしている。隠している理由は分からないけど、心配性の私としては少しありがたい。



 ある日。私は偶然、中野くんが女の子に呼び出されたことを知った。その頃はまだ、『中野の乱』を引きずっていた頃で、何度も告白されているという噂は聞いていた。
「ちょっと! 日南子、後つけるよ」
「え、奈々!? 待って!」
 私は奈々に手を引かれて、強制的に中野くんと女の子の後をつけることになってしまった。
 向かったのは校舎裏。告白には打ってつけのシチュエーションだ。私の心臓はドクドクと嫌な音を立てる。中野くんが不誠実なことをするとは思っていないけど、やっぱりこんな場面は見たくない。
「中野くん、実は私」
「俺が好きなのは、日南子だから。日南子しか見てない。だから、こういうのやめてくれる?」
 それは、一瞬の出来事だった。女の子は気持ちを口にすることすらできなかった。私がいない時でも、こうして私のことを言ってくれている。そう思うと、不安な音を立てていた心臓が、今度はキュンキュンとかわいい音を立てる。
「はぁ……これは、なんか、ごちそうさま」
 奈々の呆れたような、でも、どことなく満足そうな言葉にふふっと笑う。こんな中野くんだから、私は余計な心配をしないで過ごしていられるのだ。

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