第2話
文字数 2,363文字
「寒かったー! うち、もう絶対外に出ーへんから!」
助手席に座った遥は、そう言ってぼくに自分の缶コーヒーを差し出してきた。
「何?」
「いっぱい振ったし、寒かったからもうホットちゃうで。それやったら運転しながら飲んでもいけるやろ?」
「遥、飲まへんの?」
「カフェインには眠気を覚ます効果があるんやろ? うち、もう外出たくないから、運転中に眠くなってきたら亮太がこれ飲んだらええやん」
そうだった。遥は昔からこういう人だ。口は悪いけどよく気が利いて、時々、不器用な優しさを押し付けてくる女子だ。忘れてた。
「亮太はまだまだ長旅やからな……」
エンジンをかけると、遥はシートに深くもたれてぼそっと言った。
──え?
「あ! そっか! ちゃうやん! 遥は片道の新幹線代だけやけど、おれは往復の高速代やん!」
「やっと気付いたか」遥は爆笑した。
「やっぱりさっきのコーヒー代返せ!!」
「やから返したやん」
「冷めてるやんけ」
「暖かい車でホット飲んだら余計眠なるって亮太が言うから振って冷ましたんやん」
「まあええわ。じゃ、貸しな」
「いやや。何も借りてないもん」
「じゃ、次は遥が奢れ」
「あーもう、うるさいうるさい。うち、もう寝るから!」
「え? おいおい! もうすぐ着くから寝るなって! それに東京に着いたって遥のマンションどこにあるんかもわからんし!」
「……目黒」
遥は目を瞑ったまま寝言のような声で言った。
わざとらしかった。
「それはわかってるて! 目黒のどこよ? 道に迷って会社も 遅刻したらどうするん!?」
結局、今日の同窓会は遅刻を理由に欠席した。
遥はもともとどっちでもよかったみたいだった。
「どうする? 完全に遅刻やで」
ぼくが聞くと、遥は車の時計にチラッと目をやっただけで、すぐに前を見た。
「ほんまやな。もう欠席でもええんちゃう? 行きたいん? 同窓会」
目の前の車のストップランプがまた光って、遥の眼の端に映った。
「行きたいって言うか、せっかくやしな……」
国道25号線は相変わらず混んでいた。
ぼくは横の歩道を走る自転車に追い越されていくのを目で追いながら、自転車やったら間に合うのにな、と思っていた。
「なんで? クラスに好きな子でもおったん?」
「別にそんなんちゃうし!」
「なにそんなにムキになってん? 怪しいな。ほんまにおったんちゃうん? 白状してみ?」
助手席の方からぼくの顔を覗き込んだ遥と、一瞬だけ目を合わせてからぼくは答えた。
「おらんて。いや、せっかく遥も東京からわざわざ来たのになって思っただけや」
「うちは別にいいで。明日の昼までに東京戻れたら」
「遥がよかったらそれでもええんやけど。あ、そういえばこの前、杏奈 ちゃんと会ってん。たまたま。コンビニで」
「え、そうなん!?」
遥の声のトーンが上がった。
「遥、高校の時仲良かったやん? 最近連絡取ってないみたいやけど」
「そうやな~。卒業して短大行ってからもよう遊んでたけど……杏奈に彼氏できてからはほとんど会ってなかったな」
「杏奈ちゃんもそんなこと言うてたわ。やから、今度の同窓会来るでって言うたら喜んでたで」
「え? やけど行かへんやん」
「は? もう行かへんことになってるん? 決定?」
「やって遅刻やし。亮太のせいで」
「別におれのせいちゃうけどな。それやったら電話くらいしといて。なんか、おれ嘘ついたみたいになるやん」
「あー、せやな、うんうん。また今度しとく」
「今したらええやん」
「やって、もうそろそろ同窓会始まるくらいの時間やろ?」
「ええやん別に。今度とか言うてたら絶対忘れるって」
「なんでそんなにしつこいん? 亮太はうちの親か。ほんま全然変わってないな」
ずっと前を向いていた遥が、サイドミラーの方に顔を向けたのがわかった。
「うるさい。早よ電話せえって」
「もー何なん? あ! もしかして亮太の好きな子って……杏奈やったん!?」
遥はこっちに向き直って、声を大きくして言った。
「は? なんでそうなるねん。コンビニで杏奈ちゃん彼氏とおったし」
「そんなん関係ないやん。彼氏おっても好きなもんは好きやろ?」
「そりゃそうやけど……」
「大丈夫。諦めるんはまだ早いって。そういう話ならうちに任しとき」
「そうやな……って、おれ別に杏奈ちゃんのこと好きちゃうし!」
「照れるなよ」
「照れてへん」
「ほんなら誰が好きやったん?」
一瞬、どう答えたらいいのかわからなかった。
「やから……おらんし」
ぼくはボソッと言った。
「ほんまかいな。やって亮太って今まで誰とも付き合ったことないんやろ?」
「ええやん別に。おれは運命の子が現れるの待ってんねん」
「アホや。そんなん待ってても出てけーへんで。自分から掴みにいかんと」
車は南海電鉄難波駅の前の緩い右カーブを、道なりに幾つも走る車のテールランプと一緒に並んで進んでいた。
いつの間にか流れはスムーズになっていて、今からだったらどこへでも行けそうな感じだった。
「で? 今からどこ行く?」
「どこでもいいで。運転するんは亮太やし。あ、うちが東京行ってから何か新しいの出来たとかないん? あったら紹介してよ」
「そうやな……ららぽーとは? 門真にデカいのできてん」
「うーん……買い物はええわ」
「そうか、あ、もうちょっと通り過ぎたけど通天閣は? なんか滑り台みたいなん出来たらしいで」
「串カツかー」
「いや、串カツ目当てじゃなくて、滑り台な」
「それよりなんかぱーっと気分が晴れるようなとこないん?」
「なんやそれ……あ! そうや! そういえばエキスポシティにVSPARKできたらしいで」
「マジで!? 行く!!」
「決まりやな。日本一の観覧車もあるし! ついでに大阪の夜景しっかり目に焼きつけときや」
遥は振り向いて、ぼくに笑顔を見せた。
助手席に座った遥は、そう言ってぼくに自分の缶コーヒーを差し出してきた。
「何?」
「いっぱい振ったし、寒かったからもうホットちゃうで。それやったら運転しながら飲んでもいけるやろ?」
「遥、飲まへんの?」
「カフェインには眠気を覚ます効果があるんやろ? うち、もう外出たくないから、運転中に眠くなってきたら亮太がこれ飲んだらええやん」
そうだった。遥は昔からこういう人だ。口は悪いけどよく気が利いて、時々、不器用な優しさを押し付けてくる女子だ。忘れてた。
「亮太はまだまだ長旅やからな……」
エンジンをかけると、遥はシートに深くもたれてぼそっと言った。
──え?
「あ! そっか! ちゃうやん! 遥は片道の新幹線代だけやけど、おれは往復の高速代やん!」
「やっと気付いたか」遥は爆笑した。
「やっぱりさっきのコーヒー代返せ!!」
「やから返したやん」
「冷めてるやんけ」
「暖かい車でホット飲んだら余計眠なるって亮太が言うから振って冷ましたんやん」
「まあええわ。じゃ、貸しな」
「いやや。何も借りてないもん」
「じゃ、次は遥が奢れ」
「あーもう、うるさいうるさい。うち、もう寝るから!」
「え? おいおい! もうすぐ着くから寝るなって! それに東京に着いたって遥のマンションどこにあるんかもわからんし!」
「……目黒」
遥は目を瞑ったまま寝言のような声で言った。
わざとらしかった。
「それはわかってるて! 目黒のどこよ? 道に迷って会社
結局、今日の同窓会は遅刻を理由に欠席した。
遥はもともとどっちでもよかったみたいだった。
「どうする? 完全に遅刻やで」
ぼくが聞くと、遥は車の時計にチラッと目をやっただけで、すぐに前を見た。
「ほんまやな。もう欠席でもええんちゃう? 行きたいん? 同窓会」
目の前の車のストップランプがまた光って、遥の眼の端に映った。
「行きたいって言うか、せっかくやしな……」
国道25号線は相変わらず混んでいた。
ぼくは横の歩道を走る自転車に追い越されていくのを目で追いながら、自転車やったら間に合うのにな、と思っていた。
「なんで? クラスに好きな子でもおったん?」
「別にそんなんちゃうし!」
「なにそんなにムキになってん? 怪しいな。ほんまにおったんちゃうん? 白状してみ?」
助手席の方からぼくの顔を覗き込んだ遥と、一瞬だけ目を合わせてからぼくは答えた。
「おらんて。いや、せっかく遥も東京からわざわざ来たのになって思っただけや」
「うちは別にいいで。明日の昼までに東京戻れたら」
「遥がよかったらそれでもええんやけど。あ、そういえばこの前、
「え、そうなん!?」
遥の声のトーンが上がった。
「遥、高校の時仲良かったやん? 最近連絡取ってないみたいやけど」
「そうやな~。卒業して短大行ってからもよう遊んでたけど……杏奈に彼氏できてからはほとんど会ってなかったな」
「杏奈ちゃんもそんなこと言うてたわ。やから、今度の同窓会来るでって言うたら喜んでたで」
「え? やけど行かへんやん」
「は? もう行かへんことになってるん? 決定?」
「やって遅刻やし。亮太のせいで」
「別におれのせいちゃうけどな。それやったら電話くらいしといて。なんか、おれ嘘ついたみたいになるやん」
「あー、せやな、うんうん。また今度しとく」
「今したらええやん」
「やって、もうそろそろ同窓会始まるくらいの時間やろ?」
「ええやん別に。今度とか言うてたら絶対忘れるって」
「なんでそんなにしつこいん? 亮太はうちの親か。ほんま全然変わってないな」
ずっと前を向いていた遥が、サイドミラーの方に顔を向けたのがわかった。
「うるさい。早よ電話せえって」
「もー何なん? あ! もしかして亮太の好きな子って……杏奈やったん!?」
遥はこっちに向き直って、声を大きくして言った。
「は? なんでそうなるねん。コンビニで杏奈ちゃん彼氏とおったし」
「そんなん関係ないやん。彼氏おっても好きなもんは好きやろ?」
「そりゃそうやけど……」
「大丈夫。諦めるんはまだ早いって。そういう話ならうちに任しとき」
「そうやな……って、おれ別に杏奈ちゃんのこと好きちゃうし!」
「照れるなよ」
「照れてへん」
「ほんなら誰が好きやったん?」
一瞬、どう答えたらいいのかわからなかった。
「やから……おらんし」
ぼくはボソッと言った。
「ほんまかいな。やって亮太って今まで誰とも付き合ったことないんやろ?」
「ええやん別に。おれは運命の子が現れるの待ってんねん」
「アホや。そんなん待ってても出てけーへんで。自分から掴みにいかんと」
車は南海電鉄難波駅の前の緩い右カーブを、道なりに幾つも走る車のテールランプと一緒に並んで進んでいた。
いつの間にか流れはスムーズになっていて、今からだったらどこへでも行けそうな感じだった。
「で? 今からどこ行く?」
「どこでもいいで。運転するんは亮太やし。あ、うちが東京行ってから何か新しいの出来たとかないん? あったら紹介してよ」
「そうやな……ららぽーとは? 門真にデカいのできてん」
「うーん……買い物はええわ」
「そうか、あ、もうちょっと通り過ぎたけど通天閣は? なんか滑り台みたいなん出来たらしいで」
「串カツかー」
「いや、串カツ目当てじゃなくて、滑り台な」
「それよりなんかぱーっと気分が晴れるようなとこないん?」
「なんやそれ……あ! そうや! そういえばエキスポシティにVSPARKできたらしいで」
「マジで!? 行く!!」
「決まりやな。日本一の観覧車もあるし! ついでに大阪の夜景しっかり目に焼きつけときや」
遥は振り向いて、ぼくに笑顔を見せた。