一.

文字数 1,536文字

 (元気スタンプ)カナにお前がアメリカにいったのは伝えといたけどアパートの鍵を渡しといてってだって。なぁ、これってオレがあずかっていいの(汗スタンプ)。

 アメリカにきてすぐのメッセージはカナの近況だった。オレの想像をはるかにこえて、断固拒否ってヤツだな。でもまぁ、これ以上カナの気持ちを考えても仕方ない。

 「(涙マーク)そっかぁ、わるいが頼んだぜ(汗マーク)」と友人に打ち返すと、とりあえずベッドから出てみることにした。

 時計をみると、針は六時半をさしている。カーテンを開けると外は明るくてさ。さっそくスーツケースからジーンズをとり出して着替えをすませると、部屋を出た。すると一階でなにやら声が聞こえてきた。

「ユウタおはよう。こっちにおいでよ」

 いちはやくオレに気づいた慶介がシリアルの箱から手をはなして手をあげる。横にいた大家さんも「ハイ、コンニチハ」とほほ笑んだ。

 オレはあわてて彼らの座るテーブルに腰をかける。挨拶をしたその女性は聞いていた年齢より若くてさ、なかなかの美人だった。ここだけの話、オレは大家という存在にはロクな目にあったことがなくてね。だからかな、ちょい苦手意識を持っていた。

 だけどジェシカはなんていうか、おそらく十人中八人が「感じのいい人ですね」って答えるんじゃないかな。とにかく華がある女性だったよ。

 「彼女は帰ってきたばっかりでね。一緒に朝食にしようと思っているけど、どう?」

 「おお、イイね」

 こうやってコミュニケーション取りながら大家さんと上手くやっている慶介をみて安心した。これだけでもアメリカにきてよかったって思うぐらいだ。ジェシカと慶介は朝食中にオレの家賃の交渉もしてくれて、かなりありがたい値段でまとまった。

 「ユウタは観光ビザなのね。ということは最長で九十日間アメリカにいられるってことになるわね。長いのかな。いえ、短いのかしら?」

 「それはユウタしだいじゃないかな」

 朝食をとるとジェシカは席を立ち「じゃあね、ユウタゆっくりしてね」とオレに笑顔を見せ、自分の寝室に去っていった。

 「ジェシカって、あの有名なロイヤル銀行で働いていたんだろう。バーテンダーっていうのはギャップがあるな」

 「そう、銀行時代も知っているけど、いまのほうがリラックスしている気がするよ」とヤツはいう。

 そうこうするうちに、朝の陽ざしが強くなってきた。今日は暑くなりそうだな。

 今朝の慶介は、昨日の態度とは別人みたいに大学の講義が気になっているようでさ。コーヒーを飲み終えるとソワソワしながら立ちあがっちゃってね。家の鍵とそばにあった棚から本を一冊引きぬいた。

 「これは玄関の鍵、で、こっちがダウンタウンのガイドブックだ。オレが大学にいっている間に役に立つと思う。とりあえず、ここら辺を散歩してこいよ」。

 わりと気軽に無茶ぶりをする慶介を見ると、奴はニヤリとして「区画が整備されているから迷子になることはまずないと思うよ。あとキッチンだけどシリアルとジュース、そしてコーヒーは好きなだけどうぞって。運動したければ公共のジムもあるし、図書館も近くにある。ああ、二、三キロほど先に広い公園もあるよ」とつづける。

 「いい環境みたいだな」

 「そうだな。いい場所かどうかはあとで教えてよ。迷ったらメールか電話を」

 「いや、おまわりさんに聞くから。しかし夏休みなのにまだ授業があるのか」

 「そりゃもう毎日さ。ネイティブに追いつくには夏休みしか時間がなくて」そういうと奴はじゃあ、といってキッチンを去った。

 はれて異国に放置されたオレとしてはガイドブックをチェックしてみようと本のタイトルに視線を向けた。しかしこれがまた英語でさ。まずは単語の勉強かと途方にくれたよ。
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