二. 東京(ユウター2)
文字数 2,447文字
ダウンタウンをぬけ出す前、慶介の奴は気をきかせたのか、シティの中心からパウエルストリートに向かった。おかげで有名なケーブルカーや坂道の風景を一緒に楽しむことができた。
「いま借りているシェアハウスは大学から車で十五分くらいのところ。くわしい話はあとでするけど、日本から友人が来るっていったら、お前用にもう一部屋借してくれるって」
「ありがたすぎて、泣ける」っていうと、奴は笑いながらハンドルをきり、トンネルをくぐりぬけた。すると広いフリーウェイに出た。スカイブルーの空を眺めながら、オークランド・ベイ・ブリッジを通過したらうれしくなっちゃってさ、思わず口笛を吹くところだったよ。
「へぇ、いい景色だなぁ」
「うん、天気もここ数日で一番いい気がするよ」
そういいながら車のウインドウを少しさげる。気持ちのいい風が入ってきた。思わず深呼吸するとむせちゃってさ。その様子に慶介が笑う。
「ところで、ユウタ。いまホテルをキャンセルできる?」
「ああ、そうだった」
オレはスマートフォンを取りだすと、ホテル予約のキャンセルボタンを探して押してみた。
「今日のぶんはキャンセル代が発生するけど、明日以降の予約は全額返金されるって」
「上等だね」ってヤツはいいながらスピードをあげた。オークランド・ベイ・ブリッジの下には大西洋が広がっていてさ、たくさんの海鳥が旋回している。そこからやってくる風がオレたちの髪もさらっていった。
「アメリカでゆっくりしていってくれ。彼女とのこともあるだろうけど」
「いや、べつに彼女とケンカしたからきたわけじゃないぜ」
急にカナの話をするから一応いいわけはした。やっぱりだれかが慶介に密告したな。
車はゆるやかな坂道をあがると、やがて端正な住居街にたどりついた。どうやらここにある家の一つが目的地らしかった。
「着いたよ。ユウタ、お疲れ」
到着したシェアハウスは、古いアメリカ映画に登場するみたいな大きな邸宅でさ。お隣さんもその先もずっと邸宅がつづいていた。しみじみと周囲を見回すオレをよそに、慶介はスーツケースからトランクをおろすと、キッチンへつづくドアを開ける。
「大丈夫だよ、入って」
おそるおそる家に入ると照明がついていない。けれども広いリビングが奥へとつづいているのがみえる。
「バスルームは二つあるからそのうちの一つを自由に使っていいって。一応伝えておくと、ときどきアルバイトで娘さんのベビーシッターをしているよ。算数をみるとか、一緒にショッピングにいくこともあるし」
「慶介がベビーシッターをしているの? 」
「うん、頭のいい子だよ」
「そっか。で大家さんのお名前は」
「ジェシカだ」
ジェシカって名前を聞くとアメリカだな、となぜか感じる。
「金融業を辞めて今はバーテンダーとして働いているよ、彼女とはオープンな関係でつき合っているし、おふくろも彼女に会っている」
「へぇ、すごいな」
「そうだろ。ジェシカもおふくろを紹介してから少し態度が変わったかな。彼女が一番苦手なのは騒音だ。オレが日本人だから静かに過ごすだろうって貸してくれたのかもしれないけど」
そういってヤツは二階のつきあたりのあるドアを開けた。スーツケースを車から降ろしドア開く慶介の身のこなしは優雅で、とても同じ年齢とは思えない。
「この部屋を使っていいって」
六畳くらいの部屋に清潔なシングルベッドと小さなデスク、クローゼットが置いてある。かなりシンプルだが使い勝手がよさそうな部屋にオレは案内された。
「アメリカの大手メーカーのベッドだよ。知っているか、超高級品だ」
そういいながら、慶介はベッドに座るとマットをポンポンとたたいた。
オレはベッドを見つめ、ふと立ちあがると窓ごしから外を見た。通りにはちょうど真っ赤なコンバーチブルがとまっていた。。部屋を見回すオレをまぶしそうに見ていた慶介だったけど「少し待っていて」といい、やがて紅茶が入った大きなマグカップとベーコンレタスと卵のサンドイッチを乗せたトレイを運んできた。
「ビールを切らしててわるい。今日はこれで勘弁して」
そういいながらトレイをテーブルに置くと、慶介は小さなイスに腰をかける。ようやくお互いがゆっくり向き合うことができたわけだけど、どういうわけか緊張しちゃってね。うまく飲むことができなかったな。
「紅茶なんか運んでもらうの、はじめてだな」
「本当に? 」
「いや。うーん、どうかな」
「まあ、ね。いろいろ散策したいだろうけど今夜はここで。バスルームは二階のつきあたりにあるよ。悪いけど今日中にやらなきゃいけないレポートがあるから、明日になったら話そう」
「お前の部屋ってどこなの?」
「バスルームの向かいだよ。今度部屋のなかを……。いやもう。まったく整理ができていないから。片づけておくよ」
「いいよ、片づけなくても。その……。よかったのかな、急に日本からきたのって」
「よせよ。悪いわけないじゃないか、うまくいえないけど」
慶介は「とにかく休んでほしいな。また明日」とだけいってドアを閉めてしまった。
残されたオレとしては、窓からの景色を眺めてみることしかできなくてさ。小高い丘のうえにある上品な邸宅。そして舗装された道路と整備された街なみ。まさにアメリカの上流階級が暮らす街って感じだった。
後ろをふり向くとドレッサーの鏡に少し疲れた表情のオレの姿が映っていた。思わず「おつかれさん」って、自分につぶやいてみる。それからシャワールームにおそるおそる行ってみた。バスタブの脇には清潔なバスタオルが用意されていたので、少しホッとする。
こうして第一日目は過ぎようとしているんだけど、自分でもなかなか順調なスタートに安心したところはあるんだ。本当なら誰かにメールでもしなきゃいけないところなんだろうけど、瞼が重くなっちゃってさ。すぐにベッドにもぐりこんだ。
夜中に慶介がドアを開けた気がしたけど、夢だったのかもしれないな。
「いま借りているシェアハウスは大学から車で十五分くらいのところ。くわしい話はあとでするけど、日本から友人が来るっていったら、お前用にもう一部屋借してくれるって」
「ありがたすぎて、泣ける」っていうと、奴は笑いながらハンドルをきり、トンネルをくぐりぬけた。すると広いフリーウェイに出た。スカイブルーの空を眺めながら、オークランド・ベイ・ブリッジを通過したらうれしくなっちゃってさ、思わず口笛を吹くところだったよ。
「へぇ、いい景色だなぁ」
「うん、天気もここ数日で一番いい気がするよ」
そういいながら車のウインドウを少しさげる。気持ちのいい風が入ってきた。思わず深呼吸するとむせちゃってさ。その様子に慶介が笑う。
「ところで、ユウタ。いまホテルをキャンセルできる?」
「ああ、そうだった」
オレはスマートフォンを取りだすと、ホテル予約のキャンセルボタンを探して押してみた。
「今日のぶんはキャンセル代が発生するけど、明日以降の予約は全額返金されるって」
「上等だね」ってヤツはいいながらスピードをあげた。オークランド・ベイ・ブリッジの下には大西洋が広がっていてさ、たくさんの海鳥が旋回している。そこからやってくる風がオレたちの髪もさらっていった。
「アメリカでゆっくりしていってくれ。彼女とのこともあるだろうけど」
「いや、べつに彼女とケンカしたからきたわけじゃないぜ」
急にカナの話をするから一応いいわけはした。やっぱりだれかが慶介に密告したな。
車はゆるやかな坂道をあがると、やがて端正な住居街にたどりついた。どうやらここにある家の一つが目的地らしかった。
「着いたよ。ユウタ、お疲れ」
到着したシェアハウスは、古いアメリカ映画に登場するみたいな大きな邸宅でさ。お隣さんもその先もずっと邸宅がつづいていた。しみじみと周囲を見回すオレをよそに、慶介はスーツケースからトランクをおろすと、キッチンへつづくドアを開ける。
「大丈夫だよ、入って」
おそるおそる家に入ると照明がついていない。けれども広いリビングが奥へとつづいているのがみえる。
「バスルームは二つあるからそのうちの一つを自由に使っていいって。一応伝えておくと、ときどきアルバイトで娘さんのベビーシッターをしているよ。算数をみるとか、一緒にショッピングにいくこともあるし」
「慶介がベビーシッターをしているの? 」
「うん、頭のいい子だよ」
「そっか。で大家さんのお名前は」
「ジェシカだ」
ジェシカって名前を聞くとアメリカだな、となぜか感じる。
「金融業を辞めて今はバーテンダーとして働いているよ、彼女とはオープンな関係でつき合っているし、おふくろも彼女に会っている」
「へぇ、すごいな」
「そうだろ。ジェシカもおふくろを紹介してから少し態度が変わったかな。彼女が一番苦手なのは騒音だ。オレが日本人だから静かに過ごすだろうって貸してくれたのかもしれないけど」
そういってヤツは二階のつきあたりのあるドアを開けた。スーツケースを車から降ろしドア開く慶介の身のこなしは優雅で、とても同じ年齢とは思えない。
「この部屋を使っていいって」
六畳くらいの部屋に清潔なシングルベッドと小さなデスク、クローゼットが置いてある。かなりシンプルだが使い勝手がよさそうな部屋にオレは案内された。
「アメリカの大手メーカーのベッドだよ。知っているか、超高級品だ」
そういいながら、慶介はベッドに座るとマットをポンポンとたたいた。
オレはベッドを見つめ、ふと立ちあがると窓ごしから外を見た。通りにはちょうど真っ赤なコンバーチブルがとまっていた。。部屋を見回すオレをまぶしそうに見ていた慶介だったけど「少し待っていて」といい、やがて紅茶が入った大きなマグカップとベーコンレタスと卵のサンドイッチを乗せたトレイを運んできた。
「ビールを切らしててわるい。今日はこれで勘弁して」
そういいながらトレイをテーブルに置くと、慶介は小さなイスに腰をかける。ようやくお互いがゆっくり向き合うことができたわけだけど、どういうわけか緊張しちゃってね。うまく飲むことができなかったな。
「紅茶なんか運んでもらうの、はじめてだな」
「本当に? 」
「いや。うーん、どうかな」
「まあ、ね。いろいろ散策したいだろうけど今夜はここで。バスルームは二階のつきあたりにあるよ。悪いけど今日中にやらなきゃいけないレポートがあるから、明日になったら話そう」
「お前の部屋ってどこなの?」
「バスルームの向かいだよ。今度部屋のなかを……。いやもう。まったく整理ができていないから。片づけておくよ」
「いいよ、片づけなくても。その……。よかったのかな、急に日本からきたのって」
「よせよ。悪いわけないじゃないか、うまくいえないけど」
慶介は「とにかく休んでほしいな。また明日」とだけいってドアを閉めてしまった。
残されたオレとしては、窓からの景色を眺めてみることしかできなくてさ。小高い丘のうえにある上品な邸宅。そして舗装された道路と整備された街なみ。まさにアメリカの上流階級が暮らす街って感じだった。
後ろをふり向くとドレッサーの鏡に少し疲れた表情のオレの姿が映っていた。思わず「おつかれさん」って、自分につぶやいてみる。それからシャワールームにおそるおそる行ってみた。バスタブの脇には清潔なバスタオルが用意されていたので、少しホッとする。
こうして第一日目は過ぎようとしているんだけど、自分でもなかなか順調なスタートに安心したところはあるんだ。本当なら誰かにメールでもしなきゃいけないところなんだろうけど、瞼が重くなっちゃってさ。すぐにベッドにもぐりこんだ。
夜中に慶介がドアを開けた気がしたけど、夢だったのかもしれないな。