第35話 「母性本能の芽生え」

文字数 6,474文字

 いろいろ波乱づくめだったテニス旅行の後、九月の後半には僕の通う高校では文化祭が始まった。僕たちの披露する人形劇の内容は、悪い人に幽閉されたお姫様を、王子様が助けに行くっていう、いかにも子供向けの単純な内容だったけど、前日の夜までみんな智美ちゃんの家の離れでリハーサル。ヒロインのお姫様役はクラスの他の女の子になったけど、王妃役はみけちゃん。智美ちゃんは悪い魔女役、そしてますみちゃんは、王子と一緒に王女様を助けに行く犬役。僕は王子を幽閉場所まで案内する森の妖精っていうすごく美味しい役をもらって、上機嫌で声をはりあげていた。
自分ではあまり気づかなかったんだけど、僕の声はいつのまにか、高く透き通る声優さんみたいな声になってるらしくて、それで妖精役はクラス一致で僕になったみたい。後からその事を聞いて僕すごく嬉しかった。
それと実際この芝居配役もクラスの他の女の子達のグループといろいろ調整とか根回しにすごく気を使った事を言っておくね。本当、女の子ってめんどくさい!
 そして文化祭当日。いくつかの幼稚園の子供たちが先生に連れられて入っていくのを見て、もう女の子達はおおはしゃぎ。いつしかそれに混じって、園児を指差してかわいいを連呼する僕がいた。
 いよいよ最初のお芝居の時間。と、たくさんいる園児の前でちょっとした問題が起きた。
「ねえ、最初の挨拶誰がやるの?」
「あ、そういえば、そういうの考えてなかった」
「あ…、いきなりやっちゃえば…まずいか?」
「どうすんのよ!」
 と皆がざわついた時、
「もう、あちきがやりましゅ!」
 いきなりマイク片手にますみちゃんが跳び出て行く。
「みなしゃーん!おはようございましゅー!!」
「おはようーございまーす!」
 元気一杯の幼稚園児の声が聞こえる。その後、さすがにライブで鍛えたのか、身振り手振りをふまえ、園児達を笑わせたり、一斉に何かを喋らせたり。本当ぶっつけ本番だというのに…。
「本当、適役がいて助かったわ」
「そうね」
 智美ちゃんの声に僕は笑いながら答えた。

「王子様?何をそんなに嘆いておられるのですか?」
「私は森の妖精です。王女様の所へ案内してあげましょう。でもそこにたどりつくまでに三つの難しい事をしなくてはなりません…」
 アニメ声優みたいな声と誰かに言われて有頂天になった僕は、本番でもそれを意識してなるべく可愛い声で演じた。
「妖精さーーん!」
 園児達から声が上がる度に僕はぞくぞくした快感を覚える。わあ、これってたまらない!
 やがて芝居が終り、最後の挨拶。誰もがますみちゃんがやると思ってたけど、
「何いってんでしゅか、なんであちきばかり」
「えー…」
「ますみ、お願い…」
 皆がお願いするけど、ますみちゃんは今までの準備の時も困った時に頼られるのにもう疲れたのか、なかなかうんと言ってくれない。
「ゆっこしゃん、最初はあちきがやるから、最後はやってくだしゃいよ!妖精役なかなか人気有ったっしょ?」
「え!?あたし??」
「ゆっこお願い!」
 とうとう僕が出て行かないといけない状況になってしまった。
「早く行けっつーの!」
 そう言って僕の背中を膝でぐいぐい押すますみちゃん。
「いいんでしゅよ!失敗しても適当にごまかしときゃ!相手はガキなんでしゅから」
 小声で言うますみちゃんにマイクを手渡され、とうとう僕は園児達の前に押し出されてしまった。
(ええい!どうにでもなれっ)
 僕は一瞬天を仰いだ後、元気良く飛び出して言った。
「みなさーーーーん、こんにちわあ」
 ありったけの可愛い声で僕は叫ぶ。と、
「あーー妖精さんだ!」
「妖精さーん!」
「妖精さーん!!」
 暫くの間、園児からは妖精さんコールが続いた。幼稚園児あなどりがたし!もうこの年になると声聞いただけで、その声が誰の声かわかるんだ。
妖精さんコールを聞いた時、僕の頭の中ではもう恐怖なんてすっ飛んでしまった。代わりに可愛い園児のみんなのために、何かしてあげようって気持ちで頭の中は一杯になっていく。
「みーなーさーん、面白かったですかー?」
「おもしろかったー」
 口々に叫ぶ可愛い子供たち。ああ、抱きしめてあげたい!
「ゆっこ、ほらこれ!」
 教室に作ったにわか舞台のソデから、ますみちゃんが僕にぽんと何かを投げてよこす。受け取ったそれは僕の演じていた妖精の人形。とっさにに僕はその人形を手に付けて子供たちに再びご挨拶。
「あ、妖精さん!」
 再び子供たちの妖精さんコールが始まる。僕は即座に頭を切り替え、その人形を前に出し、声と共に操りはじめた。
「はーい、良い子のみんなたち、こんにちはー。さっきの人形劇の中で、誰が一番好きかなー?」
「王子様!」
「王女様!」
「ライオン!」
「あ、あのー、ライオンさんは、いたかなー?わんわんさんは王子様と一緒に王女様を助けに行ったわよねー」
 そう言って僕は意地悪そうな笑いをソデにいるますみちゃんに向けると、ますみちゃんは声を殺して大笑いしているみけちゃんの首を今まさに絞めようとしている所だった。
「妖精さんがいい」
「妖精さん好き!」
 もうなんて可愛くていい子達なの!?僕はちょっと涙が出そうになったのをこらえて続けようとした時、
「よいごのみんな、僕はライオンじゃありまじぇん。わんわん無く犬でしゅ」
 ソデ口からますみちゃんが犬の人形を出し、ダミ声で喋る。
「わんわん!」
「わんわんだ」
「犬ってね、わんわんてなくんだよ」
 園児達が好き勝手な事を喋りはじめる。ソデでは笑いをこらえられなくなった女の子達の笑い声が聞こえてきた。
「はーい、それじゃ最後に妖精さんからお話がありまーす。聞いてくれますかー?」
「はーい!」
「妖精さんはねー、これから森へ帰らなくちゃいけないんです。良い子のみんなとはこれでおわかれでーす」
 とうとうげらげら笑い出したソデ口のますみちゃんに向かって、僕は喋りながら足元にあった小さく丸めたガムテーブを足で蹴ってうまく命中させた。
「妖精さん帰っちゃうの?」
 女の子の可愛い声に僕はちょっとキュンとなる。
「では妖精さんから良い子のみんなにお願いでーす。道で見知らぬ人に合っても絶対に付いていっちゃいけません。でないとさっきのお姫様みたいになっちゃいますからね。みんなわかったかなー?」
「はーい!!」
 元気な子供たちの声が教室に響く。
「それじゃあ、いい子にしてたらまた会いましょうね、さようならー」
「妖精さんばいばい!」
「いいこにするからまた来てねー!」
 幼稚園の先生に連れられながら口々に妖精さんに挨拶して出て行く子供たち。引率の先生達も僕に笑いながらお辞儀して帰っていった。
「あんた、適役じゃないの?この為に生まれてきたんじゃない?」
 ふと後ろで聞き覚えの有る声が聞こえる。
「げっ、ゆり先生!?」
 いつのまにか白衣を着たゆり先生が僕の後ろで腕組みして立っている。今までの全部見られたのかと思うと、僕は恥ずかしくて本当顔から火が出る思いだった。聞くと、今日は子供達が大勢おしかけるというので、非常勤カウンセラーのゆり先生にも、園児達の見張りとボディーガードの依頼が来たらしい。
「なんだかんだ言って、ゆっこいっちばん美味しい所もってくし!」
 智美ちゃんがちょっとすねた様子で僕に言う。
「じゃあさ、次誰かやってよね。あたし疲れたから!次智美やりなよ!」
 僕は少し怒って言った。
「何言ってんでしゅか、ゆっこしゃん。こんな大役こなせるのは、もううちのクラスじゃゆっこしゃんしかいません!もう感動ものでしゅ!挨拶ばかりかあんなきっちりまとめてくれるなんて、もう最高でしゅ!」
 大げさに言うますみちゃんに僕は思わず噴出してしまう。とうとう残り四回の劇の最後の挨拶は僕がやる事に決まってしまった。
「ねえ、ゆり先生!ゆり先生ってゆっこと一緒に住んでるんでしょ?」
 クラスの別のグループの女の子から突然そんな声が出る。
「いいなあ、ゆっこ」
「ねえ、ゆり先生って担任持たないの?」
 いきなりの質問にさすがのゆり先生もちょっと驚いた顔をする。
「だめよ、あたしは医者で、学校の先生じゃないんだから」
「そんなの関係ないじゃん!ねえ、うちのクラスの担任やってよ!今の先生やぼったくてさー」
「こら、そんな事言ってあたしを困らせないの!」
 去年僕の入学と一緒にこの学校のカウンセラー(僕を監視?)に着任したゆり先生は、もう学校中では体育の宮田・大塚先生と並ぶ人気者になっていた。週二日の午前中のカウンセリングはいつも二ヶ月先まで予約が埋まっている程。時折学校黙認でメイク教室まで開いてるし。そんな人気者の先生と一緒に暮らしてるなんて、僕ってしあわせ者かも。

 文化祭も終りに近づき、僕たちのクラスはめいめい自分の人形を持って、校門まで子供達を見送りにいった。
「じゃあみんな、王子様やお姫様にさよなら言いましょうね」
引率の先生が子供達をうながすとみんな一斉に手に持ってる人形に向かってばいばいって手を振る。そして
「妖精さーん!」
 そういってたくさんの子供達が僕の元に群がってきた。不思議と無意識に僕はしゃがんで子供達と同じ目線で、一人一人にさよならって妖精人形を使って挨拶した。
「妖精さん、これあげる」
 一人がそういうと僕の手の平に小石を乗せてくれる。
「僕もあげる!」
「あたしもあげる!」
 たちまち僕の手は持ちきれない程の小石や木の葉であふれていく。引率の先生がそれを見て、最後の挨拶をさせて子供達を連れて行った。
「あー、楽しかった…」
 僕はそういってみけちゃんの顔を伺う。
「あたし、保母さんになろうかな…、大変だっていうけど」
「ゆっこなら向いてるかもね」
 そういってみけちゃんが微笑んでくれた。

 舞台の後片付けも終り、僕はどっと疲れが出てトイレに行くついでにその中でちょっと休もうかなと思い、一人でトイレに入った。もう男性自身はクリトリスに変化しちゃったので、以前から他の女の子同様、トイレの後は紙で大事な所を拭く様になっていた。何気なしにいつもの手順でそうしている時、大事な所に何か変な感触の物が付いてる気がした。それは僕の股間に出来た一本の割れ目の中に…。
(えー、変な事になってたらどうしよう)
 普通は女の子って自分の大事な所なんて余程の事が無いと見ないし、見る事自体大変だし。僕もその例外ではなかった。悪いとは思いつつも、僕は今日学校のカウンセラー室にいるはずのゆり先生を訪ねてドアを叩く。返事が無いのでそっと戸をあけてみると、机でうつぶせて寝ているゆり先生を発見。やっぱり今日の子供達のお守で疲れてるんだろうか?
「ゆり先生…」
 僕の言葉に目を覚ましたゆり先生は、目をこすりながらじっと僕の顔を見つめる。
「なんだゆっこちゃんじゃないの。何の用?学校にいる時はお互い干渉は無しって言ったでしょ。帰ってからにしてよ」
「干渉無しったって、去年も今年も文化祭干渉したくせに」
「いいからわかったわよ!何?何の用?」
 そう言いながらゆり先生はやっと僕に向き直ってくれる。
「あのさ、あそこの感覚が…変なの」
「変て、どんな風に?」
 ゆり先生の顔がちょっと真剣になった。
「何か変な物が付いてる感じがするの…」
 ちょっと僕は恥ずかしそうに言う。暫く僕の顔を見つめていたゆり先生の顔が真剣な表情になる。
「ちょっと、そこのベッドの上に寝て、スカートまくってパンツ脱いで!」
「え?」
 僕がためらってる間に先生は部屋の入り口に鍵をかけ、窓を黒いカーテンで閉じてしまう。
「何やってんの、早く。本来こんな所で診察するべき事じゃないんだから!」
 僕はしぶしぶその場でパンツを脱ぎ、ベッドの上に寝転んだ。
「足開いて!恥ずかしがらずに!」
 スカートをめくって、寝転んで立てた膝を強引に左右に広げられ、まるで妊婦さんの診察される姿になってしまう。先生と二人きりだというのにすっごい恥ずかしい。
「ゆっこちゃん、その変な感触の物って、これ?」
 何か皮膚の一部みたいなのをゆり先生が軽くつまむ。
「あ、それ…だと思う」
「これ全部そうじゃない?」
 先生がその不思議な物を指でつまんだ後、それを指でなぞりはじめる。それは丁度僕の股間に出来た割れ目の、小水が出る穴を中心に、お尻の方へ楕円状に付いてるみたいだった。あれ、今…触られてわかった!、もしかして…
「ゆっこちゃん。あれよ。女の子の一番大事な所が出来はじめてる」
 やっぱり…。
「ほら、前に出来た割れ目の中の上の方にさ、更に小さな割れ目が出来てて、そこの縁に赤黒い肉塊がリング状についてるの。いずれこれが発達して大きくなって…」
 ゆり先生はちょっと言葉を選ぶ様なそぶりをする。
「大きくなってさ、あたしのと同じ形になるの」
 そういうと、ゆり先生はちょっと意地悪な笑顔で僕を見つめた。
「あ、これが出来てるっと事はひょっとしてあれも…」
 女の子とおんなじ形になってきた僕のあそこを、ゆり先生が冷たい指でいろいろ触診する。うわ、気持ち悪い。僕のあそこ、なんだかぬるぬるしているみたい。
「あった!これだ」
 その冷たい指が、僕のあそこにいつのまにか出来ていた穴に入ってくる。その途端
「きゃん!!」
 短い悲鳴を上げ、両膝をぴしゃっと閉じる僕。運悪くそれが僕を触診しているゆり先生の頭を思いっきり挟み込み、両膝がもろ先生の頭にぶつかった。
「いったーい!」
 手をこめかみに当てて先生が一歩ベッドから後ずさりした。
「何するのいきなり」
「先生ごめんなさい、でもいきなり変な感触が…」
 それは痛い様な、びっくりする様な。そしてむずがゆい様な、今まで経験した事のない感触だった。
「先生、今触った所って、もしかして…」
 痛がってた先生の顔がみるみる優しい顔になった。
「そうよ、赤ちゃんが出てくる所よ」
 その言葉を聞いた時、僕の心臓の鼓動がものすごく早くなったのを覚えてる。手足の感覚が消え、目は天井の一点をずっと見据え、口は半開きのまま、何か喋ろうとしても動かなかった。
「どうしたの、ゆっこちゃん」
 答えようにも声が出ないし、体が動かせなかった。僕にとって、とっても、とっても嬉しいショックで!今日会ったたくさんの子供達。その子達が生まれてくる場所が、とうとう僕に出来始めたんだ。
「それにしても、いつのまにかここまで変化してるじゃないの。今まで全然気づかなかったの?」
 相変わらず、僕はベッドの上でただ呆然としていた。
(僕の体、僕の…)
僕の驚きの大きさを察してくれたのか、もうそれ以上ゆり先生は何も聞かず、ふとベッドを離れた。
「初潮、いつかしらね…」
 ベッドから離れてゆり先生が独り言の様に言う。
「初潮…」
 やっと僕の口から言葉が出た。
「知ってるでしょ。初めての生理の事。女の子がオンナになった印。赤ちゃんが産める体になったよって事を知らせる使者の事。そうね、そして毎月の生理は、女の子が綺麗になる魔法みたいだって言う人もいるわ。掛けられたらかけられる程、綺麗に女らしくなるってね。もうここまで変身が済んじゃったなら、あなたももうすぐなんじゃない?」
 僕の呼吸が驚きでだんだん荒くなってくる。僕に生理が来るなんてまだ先だと思ってたのに。
「あ、ゆっこちゃん。ペンションであなたに言った事一部撤回」
 再びベッドに近づき、僕の側に立ってゆり先生が続けた。
「ゆっこちゃんに初潮が来るまでは、あたしの弟子でいいよ」
 そういうと僕ににっこりと微笑んでくれた。
「ゆり先生、ありがとね。女の子にしてくれて…」
 僕は軽くゆり先生の細い腰をぎゅっと抱きしめた。
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