第23話 「またばれちゃった」

文字数 18,073文字

「振袖って可愛いけどさ、疲れるーっ」
「ああもう、あたし暫く着たくないよぉ」
「もう、トイレだって結構汚かったし…少しでも汚れるのやだし」
 人でごった返す原宿の駅のホームで、少し目立っている僕と、ともこちゃんと、まいちゃんの三人組みが、本当疲れたって様子で話していた。
 ちょっと意識して愛想ふりまきながら神社の境内を歩いていた最初のうちは、結構写真撮られたり、声かけられたり、時には電話番号聞かれたり。ちょっと楽しかったけど、昼過ぎになると、振袖の重みが肩にずっしり。
「早くこれ先生達に持って帰ってあげよ」
 まいちゃんがそう言いながら、お土産代わりに買った昔風の飴玉の小さな包みを目の前にちらちらさせながら微笑んだ。

 慣れない草履と足袋を履いてずっと歩き続けた事によって、足がとっても痛くなってきたけど、早乙女クリニックが見えてきた時は本当ほっとして足も軽くなっていた。と、玄関でともこちゃんがふと足を止めた。
「あれ?ともこどうしたの」
 ふと僕が横に立って聞くけど、何故かずっと玄関を見つめたまま喋らない。
「どうしたの?ともこ変だよー」
 飴玉の包みを少し振りまわしながらまいちゃんも不思議そう。
「なんか、嫌な予感がする…」
「え!?」
僕は耳をすませたりじっと気配とかに気を配ったりしたんだけど、特に何も感じない。
「何も感じないけどなあ。ともこの思い過ごしなんじゃないの?」
 そういう僕に、ともこちゃんがふと向き直る。
「最近あたしの勘、当たるのよ。あたしさ、体の細かい所までさ、じわじわと女の子になっていくにつれて、何かテレパシーというか、なんか超能力みたいなのが備わった気がしてさ。ううん、別になんでもなければそれでいいんだけど…」
「わかったわかったからさ、早く入ろうよ!」
 ともこちゃんらしいお話しだったけど、僕はとにかく疲れていて、早く中に入りたかった。
「ただいまーっ」
 ドアを開け、草履を脱いで揃えようとした時、僕は見慣れない靴がいくつか有るのに気が付いた。
「あれ?今日開業してる訳無いし…誰だろ?」
 ふと奥の診療室の方に目をやると、あれ?なんだか多くの人の気配が…。
「ゆっこ、誰?誰が来てるの?」
「これってさ、男物のスニーカーだよね。あれ、真琴ちゃんと陽子ちゃんのミュールも有る。もう帰ってるのかな」
 まいちゃんに続いて、よく気の付くともこちゃんが、じーっとそこに散らばった靴を見て呟く。
 足にまとわりつく晴れ着を気にしながら、小走りに診療室前へ行き、ドアを開ける僕。
「ゆり先生、ただい!…………ま……?」
 僕は診療室の中のちょっと異様な光景に息を詰まらせる。机の前にうなだれて俯いてるゆり先生、その横でワインの瓶を片手に、顔を赤らめ、ちょっと下品に頬杖ついてる美咲先生。そして、部屋の隅で申し訳なさそうにうつむいてるのは、あれ?真琴ちゃんと陽子ちゃんだ。で、でも、その前で!床に正座してる三人の男…の子達は?あ、あれ!?
(朝霧君!佐野君!中村君!?)
 ちょっと待って!僕今見てはいけない光景を見てる様な気がしてるんだ!えっと何故だっけ、気が動転して理解出来ない!えっとえっと…そう、そうだよ!
(な、なんで今、陽子や真琴と、あの三人が同じ部屋にいるの???)
 陽子ちゃんはともかく、女の子になりかけてる真琴ちゃんが、今元クラスメートと会うのは絶対タブーな筈!!
「あ、あの、ゆっこ!あ、あたしたちさ、先にあなたの部屋行ってるからさ、あ、あははっ」
「あ、あははっ、じゃ、ゆっこ、お先に!!」
 目にしたその異様な光景と、ずばり当たったともこちゃんの勘に驚いた様子で、ともこちゃんとまいちゃんがその場から逃げる様にそそくさと階段を上がって行く。
(なんで?なんで今こんな事になってるの!?)
 その時、僕の気配に気が付いたのか、陽子ちゃんと真琴ちゃんが僕の方をちらっと見た。と、二人の目線は気まずそうに下の方に向けられる。その時、僕は何だか事の顛末が判った様な気がした。
 僕は怒った表情でスタスタと部屋に入り、二人の先生や三人の男の子達のちょっとびっくりした視線も無視し、陽子ちゃんと真琴ちゃんの前に立つ。
「いっいたたっ!」
「堀さん!痛いよっ!」
 二人のそんな声も無視し、その二人の耳を引っ張って、傍らのドアから奥の書斎に引っ張り込み、ドアをバタンと閉める。やはり思った通りだった。そんな事されても二人は相変わらず黙ってうつむいたまま。
「どっちがばらしたのっ!」
 黙ってうつむいたままの二人を前に僕は更に声を鋭くする。
「どっちが!ばらしたのよっ!!」
 同時にうつむいたまま、お互いを指指す二人の姿に、僕は一瞬くらっと来た。
「まさか、あたしが元男だって事も!」
「あ、それは無い。無いよ」
 一番恐れていた事を聞く僕に、陽子ちゃんがすかさず答える。ちょっとほっとした。
「あ、無い無い、無いと、思うんだけど…」
「思うんだけどって!真琴!」
 真琴ちゃんの返答に、僕はちょっとどきっとして問い返す。
「あ、あの!ゆっこ…、あたしはばらしてないんだけど…」
「あの、僕ちょっと口滑ったかも…、あのばらそうとしたんじゃないよ、喫茶店でさ…」
 陽子ちゃんの必死の弁明に続き、真琴ちゃんがもごもごと何か言い訳をし始める。もう半分聞こえてない!僕は目の前が真っ暗になり、傍らの書斎机に手を付き、くらくらっと体を崩した。
「真琴、あんたあんなに嬉しそうに話してたじゃん!今そんな事言わないでよ!」
「よ、陽子ちゃんだってさ!何だよ、僕一人のせいにしないでよっ」
 今度は二人で喧嘩し出す始末!意識が半分遠のいていく僕の耳から聞こえてきた事を元に整理してみると、とにかくあの三人と道でばったり会った後、真琴の女性化がばれて、喫茶店に連れ込まれ、脅されて僕の事を含め、全てを話した…らしい??
(あいつら!陽子と真琴に何て事を!)
 僕は部屋の傍らのモップを掴んで、診察室に飛び込んだ。
「こらー!お前ら!陽子と真琴脅迫しただろ!!!」
 久しぶりの男言葉で怒鳴り、モップを持って部屋で仁王立ちになる振袖姿の僕!いいもん、どうせ僕の事ばれちゃったんだし!
「お前ら、こうしてやるぅ!」
 三人をモップでかわるがわる打とうとするけど、もう久しく使ってない男の言葉を使う違和感と、振袖の重さにに邪魔されてしまう
「堀、ごめん!」
「ごめんよ!」
 謝りつつも、僕の攻撃をひらひらと避ける三人!もう、特に振袖が邪魔!!なんか調子狂ってくる。とうとう僕はモップを持ったまま、三人の傍らにペタンと座り、息を切らせ始めた。
「あのさ、堀!俺達別に脅してないって!そりゃあさ、びっくりしていろいろ聞いたけどさ!」
「だってさ、武見とか渡辺がぺらぺらいろんな事喋ってくるんだぜ!」
「あげくの果てにさ、その、お前が元男だって事や、クラスにそれ知ってる奴がいるとかさ、本当俺達びっくりしちまってさ」
 な、何それ!?
「ちょっと!陽子!真琴!さっきと話し違うじゃない!喫茶店に連れ込まれてさ!脅されたって事で、あたしにあのSOSの暗号送って来たんじゃなかったの!?」
 ゆり先生が半分呆れ顔で怒り、奥の部屋に向って怒鳴る。その時、奥の部屋から二人が飛び出し、呆れ返ってる僕達の横をすり抜け、診察室から飛び出していく。
「こらあ、逃げるなあ!」
 僕とゆり先生が同時に同じ言葉を叫ぶ。それを尻目に猛スピードで階段を駆け上がっていく二人。
「あ、どっちかこけた…あ、純の部屋に入ったな、あー鍵かけたな、あいつら…。暫く出てこないかもなー」
 さっきから赤い顔でワインの瓶片手にラッパ飲みしていた美咲先生が、上目使いに天井を見上げ、どたどたと聞こえる音を聞きながら独り言みたいに呟く。
「そ、それでさ!あんた達なんで床に正座なんてしてんの!?」
 さっきから不思議に思っていた事だけど、今さらの様に聞いて見る僕。でも、その瞬間僕の頭の中に嫌な予感が走った。この三人、文化祭の時に確か…!?
「僕達三人、女の子になる事にしたんです!」
「文化祭の時から、僕達三人、他の男と絶対何か違う、それも共通した何かが…」
「いつも三人集まると良く話ししてたんですけど、今日その、女の子になりかかった渡辺の姿見たら、いてもたっても…」
「それで、今日皆でここにお願いしに…」
 口々に、少し敬語交じりで話す、朝霧クン、佐野クン、中村クン。僕の手からモップが滑り落ち、床に当たってカランと音がした。

「ところでミサ!さっきの言葉取り消してくれる!」
「あー、何だっけー」
 どうやら、さっきまで美咲先生は、ゆり先生が文化祭の時、この三人に化粧したのが、今回の事の全ての責任だから、私はもう知らないって朝から飲んでるワイン片手に強く言ってたみたい。ところが今の三人の男の子達の証言に、何か気まずい物を感じている様子。
「ミサ!陽子と真琴がこんな極秘の事ぺらぺら喋る様になったのは、あんたの超甘々教育が原因じゃないの!?」
「あー、そうなんだっけ…」
「だからどうすんのよ!もはやあんたに責任が無いなんて言わせないからね!」
「……」
 椅子の上に三角座りで、美咲先生はもうワイン片手に完全に酔っ払い状態だった。ゆり先生もそれを察し、それ以上言葉を続けない。暫くの沈黙の後、ふと美咲先生が椅子から降りようと足を椅子から下ろし、スリッパを履き始めた。長めのスカートの奥から一瞬ちらっと白い物が見えた気がする。
「ミサ!あんたも逃げる気!?」
「あたしは逃げも隠れもしないよぉ」
 そう言い放つと美咲先生は、さっき僕が陽子ちゃん達を問い詰めた書斎に行き、そのままキッチンを回って部屋に戻って来た。片手にはコルクを抜いた新しいワインの瓶、そして片手には何か三冊の少しぶ厚いA四の小冊子を持っていた。美咲先生は、正座している三人の前に立ち、そのうちの二冊をぽんと投げ出した。
「女の子への変身を希望する男の子向けに、あたしが作った問題集。冬休み終わるまでに、全部埋めて持ってらっしゃい。九十点以上取れたら考えてやってもいいわよぉ」
「え、本当!」
「本当ですか!」
 朝霧クンと中村クンがそれを奪う様に手に取る。それを呆然と見ているゆり先生。僕も一瞬声が出なかった。
「あ、あの僕の分は…」
 冊子を取りそこなった佐野クンが不安そうに尋ねる。
「え?あれ?三人だったっけぇ?」
 何故か美咲先生は、酔っ払いながらも一瞬考える素振りを見せ、手に持った残り一冊を佐野クンに手渡した。
「ミサ、本当にいいの?私あなた見直したわ。ごめんなさい、さっきあんな事言って…」
「あたしもう寝るわ、疲れたから」
 ゆり先生の問いに答えず、赤い顔をして、廊下に出てゆり先生の部屋に入っていく美咲先生。と、その途端階段から転げ落ちる様に降りてくるともこ、まい、陽子、真琴の四人の女の子?達。そしてそっと僕達のいる診察室の扉付近で、何か入り辛そうにたむろして、こっちを見つめている。
 いろいろな事が一度に起こって、僕は何がなんだか判らず混乱してしまった。
「あ、あのさ、結局あんた達、女の子になっちゃうの?な、なんで?」
「はい、頑張ります!」
「あ、問題集頑張ります!」
 きょとんとして問い詰める僕に、佐野君と朝霧君が何が何だか判らない答え方。
「あ、あのさ、お・ん・なになるってさ、そんな簡単な事じゃ…」
「堀先輩!頑張りますから応援して下さい!」
 堀先輩って、力強く中村君が答えるけど、あ、あのさ!会話になってないんだけどさ!
「みさ、本当にどうするつもりなんだろ??お金どうすんの?この子達の親に何て言うつもりなんだろ?」
 その時、ほっとした表情で部屋になだれ込んでくる陽子ちゃんと真琴ちゃん。とそれを見てゆり先生がむっとする。
「陽子!真琴!あたしあんた達に山程言いたい事有るんだけどさ!!」
「あ、あのすいませんでした!ゆり先生!」
「後でいっぱい謝ります!」
 ゆり先生の怒った表情も全く気にせず、二人は女性化のチャンスを与えられた三人のクラスメートの男の子達の所へ駈け寄る。
「ねえ、良かったね!良かったね!」
「僕いろいろ教えて上げるからさ!」
 二人の言葉に、正座したままはしゃぐ三人の男の子達。何だか僕すっかり孤立してしまってるみたい。
「あ、いたた…」
「いってぇー」
「正座なんて普段した事無いから…」
 よろよろと立ちあがり始める三人。でも当然足がしびれて思う様に立ちあがれない様子。
「もう、何やってんだよー、正座って女の子修行の必須なんだよ!」
 真琴ちゃんがそう言って、中村君を立ちあがらせようとした。その時、
「あ、ダメ、足が言う事…」
「ちょっと中村クン!わっわあっ!」
 倒れそうになり、咄嗟に真琴ちゃんのスカートを掴む中村君。その途端
「ブチッ」
 鈍い音がして真琴ちゃんのスカートのホックが飛び、中村君の手によってストンと足元に。
「ち、ちょっと!ああ!僕のスカートっ!」
 一瞬ストッキングに包まれたピンクのショーツが見えたけど、慣れたというか、美咲先生の教え通り、赤のセーターを引っ張り、股間を隠す真琴ちゃん。
「あ、渡辺ごめん、あっだめ、足が動かない!」
 足にスカートが絡み、ふらつく真琴ちゃんに、尚も中村君が助けを求めて体を掴もうと。その瞬間!
「ああ、もう見てらんない…」
 僕はちょっと目を背けた。中村君と真琴ちゃんが絡まる様にして倒れ込み、丁度あお向けの真琴ちゃんに襲いかかる様な格好でのしかかる中村君。
「ち、ちょっとどいてーっ!」
 その格好がどういう姿なのか多分わかったのだろう、真琴ちゃんが顔を赤らめながら目を閉じて叫ぶ。ところが中村君は呆然とした顔で、なかなかどこうとしない。
「もう、何やってんだよ!」
 朝霧君と僕が、よいしょって感じで中村君を起こす。真琴ちゃんはすかさず起きあがってスカートを履き、ホックを片手で押さえ、つかつかと中村君の前に歩み寄ると、
「パチッ!」
 もう片方の手で中村君をビンタ!
「馬鹿!変態!これ!スカート!弁償してよね!絶対だかんね!!」
 そう言うと、ビンタした片手でちょっと目を拭いながら、診察室を出て階段をかけあがっていった。
「あ、あのさ、中村クン、真琴ってもう体とかは女の子に近くなってんだからさ、もうすぐ卵巣移植受けるんだよ!あんな失礼な事しちゃ…」
「すっすげえ感じた。俺、渡辺にすっげぇ女感じた。女の匂いしてたし、あの柔らかい体と胸とかお腹とか、ビンタの仕草とか、あれ、もう女じゃん…」
「何馬鹿言ってるの!」
 僕が中村君をこづく横で、朝霧君と佐野君も、なんだか呆然としている。
「あれ、本当に元渡辺だったの?」
「信じられないよ、半年少しで、あんなに女の子になっちゃうものなの?」
 
 とにかく、今日は何がなんだかわからない。まだどうなるかわかんないけど、いつの間にかあの三人組の男の子達が僕の後輩として女の子修行するかもしれない事に。しかもあっさり許可しちゃう美咲先生。その後で聞いたんだけど、喫茶店からうまく三人を早乙女クリニックにおびき出して、先生達が一人一人診察するふりして記憶消去と洗脳しようとしたらしいんだけど、あの三人の思い込みが強くて、ことごとく失敗したみたい。先生達の心理学というか記憶操作って、言うほど全然役にたたないみたい!

 次の日の午後、スーパーはもう開いてるみたいだったので、僕は正月休み中のお菓子とかを買いに、「エブリマート」に向かった。そうそう、昨日から二日酔いで寝込んでいる美咲先生の為に何かアイスクリームでも一緒に。
 レジでは正月二日目なのに、久保田さんが頑張っていた。
「大変だよねー、正月早々からさ」
 レジ打ってる間に僕は彼女に話しかける。
「うん、でもさ、時給かなりいいし、それに…」
 え?それにって?
「あのさ、今日四時で上がるからさ、その頃ちょっと裏口で待っててくんない?」
「え、うん、いいよ」
 そういえば、久保田さんとは店の中とかで話した事は良く有るけど、二人だけで改まって話すのは初めてかなあ。僕はお菓子の大きな包みを抱え早乙女クリニックへ戻る。

 早乙女クリニックに入ろうとした瞬間
(チクッ)
 何だか後頭部に、何だか針で刺した様な微かな痛みを感じる。
(あれ?)
 慌てて触って見るけど、別に異常は無いみたい。何だろ?今の感覚。そういえば、昨日ともこちゃんが変な予感するってドアの前で立ち止まってたっけ?もしかして、僕にそんな能力が備わって??今何か起きてるとか?そんな事無いよね。ちょっとびっくりしたけどさ、昨日はとりあえずはいい日だって事になるんだもんな…。
 なんて事を考えつつ、玄関を上がり診療室を覗くと、あ、あれ?なんかまた美咲先生とゆり先生が何か話してる…。

「だってさ、あたしあの三人にそんな事言った記憶無いもん!」
「じゃあ、あんたが作った問題集をあの三人に渡したでしょ?あれなあに?」
「あたし渡した?陽子と真琴に冬休みの宿題って事で渡したつもりだったんだけど??」
「ああもう、みさ!あんた記憶ごっちゃになってる。その問題集で九十点以上取ったら訓練受けさせるって、あんた皆の前で言ったじゃん!」
「え??嘘??、あたし、陽子と真琴に対して、これで九十点取れたら、卒業試験のいくつかを免除してやるって…、じゃあたし言っちゃったの?あの三人に!?」
「もう!おかしいと思った!あの三人すっかりやる気で喜んで帰っていったわよ!皆が証人だもん!」
「ええええええーーーーーーーーーー!」
 美咲先生が二日酔いの頭痛と、事の重大さに頭を抱えている。やっぱりそうだったんだ!美咲先生酔っ払って、しかもあの三人と陽子と真琴の区別がわかんなくなって、なんか訳のわからない事言っちゃったみたい。
「もおお!どーすんの!どーすんの!ね、どーすんのよ!あんたがあんな所にあたしの好きなワインいっぱい置いとくからいけないんじゃん!」
「買っとけって言ったから買っといただけじゃん!!」
 なんか、口論が低レベルになってきたみたい。とその時、
「クスッ」
 階段の上から微かな笑い声。
(誰?)
 と僕は階段の下から見上げると、ふとその気配が姿を消す。あ、多分陽子ちゃんだと思う。
「大丈夫よ。あの問題集、普通の男じゃ九十%なんて絶対無理無理。出来っこないって!」
「そうなの?ならいいんだけどさ」
 二人が沈黙する。
「ただいまー!」
「あ、ゆ、ゆっこ?あ、お帰りなさい。ほら、ミサ!その話しはまた後で。あと、結城先生とこから来る訓練生の事とかさ!また後で」
 え?なになに?結城先生の紹介で?どんな子が来るんだろ?

「久保田さーん、お疲れ様」
「あ、堀さん、ごめんね、こんな所まで呼び出してさ」
 午後四時の待ち合わせ。緑の制服に包まれた久保田さんは、何やら後ろ手に何やら隠してるみたい。
「はい、堀さん。これあたしからのプレゼント」
 それは片手で抱きかかえられる位の可愛いウサギの縫いぐるみだった。この前みけちゃん家の赤ちゃんを見てからというもの、僕は瞳のぱっちりした可愛い縫いぐるみには本当目がなくって!
「あ、ありがとーっ、これくれるの?え?でもなんで?」
 どうして今時にこんなのくれるんだろ。ふと、久保田さんは寂しそうな表情になりくるっと背を向ける。今日はまだ暖かいけど、可愛いブラとブラウスだけの久保田さんが少し寒そう。
「堀さん。私、もうすぐここ辞めるかもしれない。そしてね、暫く遠い所へ行くかも」
「え?どうして?」
 ちょっとびっくりして僕は問い掛けるけど、理由は聞かせてくれない。
「暫く一人で、寂しく暮らすんだ。でもさ、二年位たったら戻ってくるからさ。それまでその縫いぐるみをあたしだと思ってさ、大事にしてて」
 え?何だか良くわかんないよ?どういう事?久保田さんの手を両手で握って、訳を言ってくれる事をせがむ僕。とその時、久保田さんの目から一筋の涙がつーっと流れる。
「あ、あの、久保田さん?」
「悔しい!とっても悔しいの!」
「え?どうしたの、ねえ?」
「お願い!理由は聞かないでっ!」
 僕の胸に顔を埋めて、静かに泣き出す久保田さん。僕はそんな彼女の背中を暫く抱いてあげる。彼女の背中のブラが手に当たるけど、別にもうなんとも思わない。だって僕も同じ物付けてるもん。もう同性だしさ。
「ね、堀さん、二年後の今日、この時間にここで会おうよ!絶対ね!」
「あ、うん、分かった。あの、ちょっと良くわかんないけど、頑張ってね!」
「堀さんありがとう!あたしあなたの事絶対忘れないから!」

 最後は笑顔で別れたんだけど、何なんだろ?何で僕なんだろ?ひょっとして久保田さんて友達がいないとか?そんな事無いか…。あ、でも可愛いなこのウサギ。エブリマートからの帰り道、僕はもうそのウサギの置き場所をあれこれ考えていた。

 正月の浮かれ気分も消えつつある一月四日、ちょっと退屈な日が続いた。ともこちゃんとまいちゃんは、地元の友達と遊びに帰っちゃったし、陽子も真琴も、朝からどこかへ行っちゃった。みけちゃん、智子ちゃん、そしてますみちゃんまで、どこかへ外出していて、誰もいない。仕方ないのでちょっと青山あたりまで出かけて、美味しいコーヒー飲みながら他のクラスメート達と携帯でだべってた。ふと僕は元旦の騒動を思い出した。結局美咲先生が酔っぱらって、間違いであの三人組みにいろいろ言ったみたいだったな。どんな問題集かわかんないけど、結構難しいみたいだから、そのうち諦めるんじゃない?。ああ、でも、あの三人にはちゃんと口止めしなきゃ!どう言えばいいんだろう!
 とにかく僕や陽子ちゃん、真琴ちゃんが女の子になりつつある体だって事を誰にも言わない様にお願いする為、携帯で三人の所に次々電話かけるけど、結局誰も繋がらない。
「変な日!」
 思わず大きな声出しちゃって、喫茶店の他のお客様が僕の方を向く。ちょっと恥かしくなり、僕はその店を後にした。

 ところが、次の日も全く状況は同じだった。そしてその次の日も!?なんで?どうして?僕はいろいろな所へ電話した結果、以前変質者から助けてもらったますみちゃんのお母さんから手がかりを掴んだ。
「ますみなら、金井さんの所へ遊びにいっとるとよ。ここ二、三日ずっとだねー。あれ、堀さん行かんかったとね?」
 え、智美ちゃんとこってずっと電話かけてたけど家も携帯も誰も出なかったもん!まさか!みけちゃんも??
(仲間はずれ!村八分!)
 その言葉が僕の頭の中で鳴り響いている。どうして?僕何か変な事皆にしたっけ?どうして僕だけ仲間はずれにされるの!?悔しくて目に涙がにじんで、僕は携帯をしまう。僕はキッと唇を噛んで、大急ぎで着替え、智美ちゃん家へ向かった。

「智美なら裏の別宅にいるよ。ああ、その電話番号はここじゃないよ。その別宅の電話だよ」
 智美ちゃん家に別宅なんて有ったんだ。でもそんな事どうでもいい!僕は誰かの顔見たら思いっきり嫌味言ってやろうと思って、裏に廻り別宅のチャイムを鳴らした。
「はーい、智美しゃーん!すっごい早かったですね、今開けますからね。有りました?苺とチョコのムース?あれエブリマートしか売ってないかも知れない…」
 奥から響くのは、間違いなく、それはチャイムの主を智美ちゃんと間違えたますみの声!やっぱりここにいたんだ!僕をのけ者にして!
「あちきは、どんなに落ち込んでても、それ一個食べれば、その、…ギャアアアアアアアア!!」
 きゃあきゃあ言いながらドアを開けた途端、僕と鉢合わせしたますみちゃんがとんでもない悲鳴を上げる。
「ハロ、ますみ。なんか楽しそうじゃん。あたしがいなかったらそんなに楽しいんだ!」
 僕はますみちゃんをすり抜け玄関で靴を脱ぐ。と異様に多い靴の数!見なれている物もいくつか!みんな僕をのけ者にして!ここ数日楽しくやってたんだ!
「ゆ、ゆっこしゃぁぁん!今入ってはいけましぇぇぇん!!」
 服を引っ張るますみちゃんの手を解き、僕は大股で歩き、怒った様にそこの襖を開けた。てっきりいろいろなお菓子とかジュースが置いてあって、皆で楽しくやってるんだと思ってた!でもそこで見たのは???
「あ、あんた達、な、何やってんの?」
 お菓子とか飲み物も有るには有った。でもそこで目についたのは、何かをコピーした紙の山といろいろな本。そして、僕の顔をきょとんと見る、みけ、そして朝霧君と佐野君そして中村君。その他に、
「陽子!真琴!いるのわかってんだから!出てきなよっ」
 玄関に二人のサンダルが有ったし、こそこそと奥の押し入れに隠れようとする陽子ちゃんのスカートと、真琴ちゃんとのスカートからみえたピンクのパンツを僕は見逃さなかった。そこへ、大きなビニール袋を手に持った智美ちゃんが到着。
「な…なーんだ、とうとうばれちゃったの」
 どすんとビニール袋を畳の上に置くと、智美ちゃんが溜息をついた。

「え!じゃあの問題集の答えを皆で考えてあげてたの?この数日!?」
「だ、だってさ、こんなの普通の男の子じゃ無理よ。あたしたちでも難しいのにさ!それにゆっこに聞けばいいんだろうけど、だってゆっこったらさ、美咲先生側の人でしょ?聞ける訳ないじゃん」
 僕の問いに、智美ちゃんが少し膨れっ面しながら答える。僕は拍子抜けしたと同時に、少しでも皆を疑った事を後悔した。
「最初佐野君から私に電話がかかってきたのよ。私が状況把握するのに少し時間かかったけどね。ともかく佐野クン達が陽子とか真琴みたいに、女の子になる修行するのに必要だって事だけは理解したけどさ…」
 ふと傍らのコピーを見ると、
「着物の着付けで、以下の図の各小物の名前と着付けの順序を番号で示せ」
「以下の写真のスカート及び上着の種類を正確に書け」
(うわあ、結構難しいよ、特に男の子になんてさ)
 只僕にとっては、以前いろいろと叩き込まれたから、答えるのはそう難しくなさそうだけど…。ぺらぺらと紙を覗いてると、陽子ちゃんが覗きに来る。
「あのさ、陽子と真琴が何故ここにいるのよ!」
「だって、この冊子さ、休み明けに私達に宿題として出されそうなんだもん。答え予め知っておこうと思ってさ…」
 やっぱりあの時階段の上で話し聞いてたの陽子ちゃんだったんだ。でもなんてずる賢い事考えてるんだろう。
「とにかく早くやりましょうよ!冬休みの終りまで時間ないんですから!」
 朝霧君を手招きして、ますみちゃんが傍らのホッチキス留めのコピーと、料理の本を同時に見始める。何か料理の事も問題に出てるらしい。傍らでは、智子ちゃんも中村君と一緒にどこからか借りてきたらしい編物の本をめくり始める。
「ゆっこ!ちくったら絶交だかんね!」
 みけちゃんが佐野君と一緒に着物の着付けの本を見始めた。陽子ちゃんと真琴ちゃんも、それぞれ何か散らかった部屋の中で、コピー探したり、資料の本めくったり…。なんだか僕一人だけ取り残された感じ。
「あのさ!みんな、この三人が女の子になっちゃってもいいの?」
 なんかあっけに取られた感じで僕が聞くけど…、
「いいんじゃないの?ちゃんと女の子になるんならさ」
「文化祭の時はばれなかったしねー」
「女友達増えるだけいいでしゅよ…」
 皆問題集とコピー用紙とにらめっこで、誰も僕の方を向かない。なんか本当にのけ者になった気分!
「みけ!着付け難しいって言ってたよね!貸しなよ!」
「え?ゆっこ!?」
 みけちゃんと佐野君の座ってるちゃぶ台の上から、美咲先生から手渡された問題集を手に取り、みけちゃんの手からシャープペンシルをひったくって、ドスンと脇に座り、まだ殆ど記入されていないその問題集に書き込みを始めた。
「え、ちょっとゆっこ…」
「ゆっこしゃん!いいんでしゅか?もしばれたら…」
 驚いてこっちを向く智美ちゃんとますみちゃん。
「誰かがばらさなきゃいいんでしょ!」
 僕はもうやけになって、それに回答を書き込んだり、訂正したり。
「もう、これ違ってる!」
「料理のさしすせそって知らないの!?味付けは砂糖・塩・酢・醤油・味噌の順でしょ」
「ルイ・ヴィトンとエルメスのマークの違いもわかんないの?もーっ誰この本の持ち主?」
 朝霧君がうつむいたまま手を上げると、ぱしっと彼の頭をはたくますみちゃん。本当、こんな状態で、よく女の子になろうなんて…、もう!
 とにかく、さんざんわいわい騒ぎながらだけど、あたりが暗くなった数時間後、やっと問題集の回答記入は終了した。
「はいこれ。皆で写してさ、あと帰ったら自分の字でちゃんと書き直してね、朝霧クン!」
「堀、ありがとう!」
「ゆっこ、ありがとう!」
 その問題集を朝霧君に手渡すと、すっかり疲れた僕は家に帰ろうと玄関に向かった。
「陽子、真琴早く帰っといでよっ」
 僕は足早に智美ちゃんの家から早乙女クリニックへ向かった。

「ほら、まだ持ってこない。やっぱり無理だったでしょ。そりゃそうよね。所詮あの問題集、男の子が解くなんて無理なのよ。ふふふ、あきらめたみたいねぇー」
 冬休みの最終日の朝、陽子ちゃんと真琴ちゃんと伊豆への帰り支度を始めるながら、美咲先生は意地悪そうに僕に言う。
(もう、あいつら何やってんだよーっ)
 ゆり先生の部屋で一人知らん顔でファッション雑誌を読むふりする僕。陽子ちゃんと真琴ちゃんも何かそわそわしている。その時、
「はーい…、あ、あれ?あなた達?」
 チャイムを慣らしたのは、中村君と佐野君と朝霧君の三人組みだった。諦めたと思ってたらしい美咲先生が、驚いた様子で応対する。
「お願いしまーす」
 三人はそう言うと足早に帰っていった。
「ゆっこ、来たよ来たよ!あいつら来たよ」
 ゆり先生と一緒に降りてきた僕の傍らに陽子ちゃんがやってくる。真琴ちゃんも階段をどたどた降りて僕の横に。
「ねえ、ゆり。あの三人回答持ってきたみたいだからさ、ちょっと来てくれる?」
 と言うと、美咲先生はゆり先生と共に奥の書斎へ消えた。僕と陽子ちゃん真琴ちゃんはゆり先生の部屋で待つ。何かいたずらがばれないかってひやひやする、そんな感じだった。
「ゆっこ、まさか九十点以下なんてことないでしょうね…」
「そうだよ、もしそうだったら責任重大だよっ」
 あ、あんた達ね!
「僕の気も知らないで、そんな事言う?あんたら!」
 突っつき合い始める僕達だったけど、二人はいつまでたっても出て来ない。その時、ゆり先生が地下室へ降りていく足音が聞こえる。えーなんでだろ?

「ゆっこちゃーん、ちょっと聞きたい事あるんだけどーぉ、書斎まで来てくれるぅ?」
 ゆり先生の部屋から、僕の部屋に三人とも引き上げてきた時、部屋の電話が鳴り、美咲先生の呼び出しの声が聞こえる。受話器を置いた時、僕はぞーっとした。
「美咲先生からだけどさ、何かばれたかも…。ほら、今さ、怒ってる時のあの気味の悪い猫なで声でさ…」
「え、あの声の調子で!?あの声の時、顔は全然笑ってないんだよね…」
「うわー、堀さんいってらっしゃい…」

「あの、先生?何か…」
「立ってないでさーぁソコ座ったらぁ?」
 やばい、絶対何かばれたかも…。僕は必死で動揺を隠すけど、多分隠し切れてないと思うなあ…。美咲先生はそんな僕を無視する様に続けた。
「今さあ、あの三人の持ってきた回答見てるんだけどさあ、すごいよねー、良く頑張ったよねえ。全員九十点。しかも皆同じ所間違えてるしぃ。まあ三人で一緒に考えたのかもねーぇ。まあ、もしそうだったとしても、それは許してあげよう」
「え、じゃあ、三人合格なんですか!?」
 僕はしらを切って、わざと嬉しそうな表情を見せた。ところが美咲先生は答えてくれない。今度はゆり先生が話し始めた。
「朝霧君の回答見てるんだけどさ、面白い事が分かったのよ。ほらここ、数字とか○×で答える問題の所なんだけどぉ。誰かの字にそっくりなのよね」
 僕は全身凍ったかと思った。まさか!あれだけちゃんと書き直せって言ったのに!手抜きしたなあ!朝霧君!ゆり先生は意地悪そうにその回答のページを僕に向けて開き、かつ、以前僕がホルモン剤注射の前に必ず書かされていた数枚の問診表を同時に並べられた。
「ほら、ゆっこちゃんてさ、四と九と三角の書き方に特徴有るんだよねー。ほらこの二つ、そーっくりだよねー」
 僕は黙って下を向いていた。なんか取り調べ室で刑事に責められているみたい。
「どおしたの?もう証拠あがってんだからさ、白状したら?あんたが全部書いたんでしょ!」
「あ、あの…はい、すみません」
 僕は観念した。でもいいよ!悪いの朝霧君だしさ、僕もやるべき事はやったもん。でもさ…。
「でも先生!僕が全部やったんじゃないです。三人必死になって、何とか全部埋めようって、すっごい努力してたんです!僕、中村クンとかのそんな姿見てたら…」
「あの女の子達も協力してたんでしょ?」
「え?あの女の子達って…」
「みけちゃん、智美ちゃん、ますみちゃんよ」
 ゆり先生も意地悪そうに答える。ああ、もうだめ、全部ばれちゃってる。で、でもどうしてみけちゃん達まで手伝ったって事が…。
「中村クンの回答にこんなのが挟まってたのよ」
 全てがばれて震えている僕の前に、ゆり先生が何か小さな封筒みたいな物を投げて寄越した。恐る恐るその封筒を手にした僕の口から、声にならない声が出る。
「推薦状?」
 多分智美ちゃんの字だろう。封筒にはしっかりそう書かれていた。慌てて中を見ると、封筒と同じ智美ちゃんの文字で、何やらびっしり書かれていた。

「推薦状」
 早乙女ゆり先生、美咲あゆみ先生

 来年の女性化訓練生として、中村昭君、佐野秀樹君、朝霧優治君を推薦致します。私達女性の目から見ても、彼等はとても優しくて、繊細で、同性としてお友達になりたい雰囲気の有る男の子達です……

 その一枚の便箋には、あの三人の男の子をなんとか女の子にしてあげて!と女の子側からの思いが綴られている。そして最後に「金井智美」「水無川恵子」「如月ますみ」の三人のサインが入っていた。そうなんだ、彼女達三人もこの文章必死で考えて…。
「あ、ちょっと何するの!」
 僕はゆり先生からボールペンをひったくると、ますみちゃんのサインの下に「堀幸子」とサインした後、目を瞑り、祈る様な気持ちでその推薦状を両手に持ち、
「ゆり先生、美咲先生、僕からもお願い致します!」
 僕はそれを高々と美咲先生の前に差し出した。
「そういえばさ、私達推薦状書いてもらった事は有るけどさ、貰ったのって初めてだよね」
「嬉しかったわ、あのアメリカのさ、なかなか弟子取らない事で有名な、竹内教授宛てにさ、ライ先生に書いてもらった留学の推薦状」
 ゆり先生は僕の手から智美ちゃん達の直筆の推薦状を無言で手に取り、再び二人で何か懐かしい物を見る様に眺め始めた。
「んで、どうしようか。ここまで皆に愛されてるあの三人、このままにしとくとさ、この子(と言って僕を指差す美咲先生)とか他の子が騒ぎ始める様な気がしてさ」
「今日の午後、結城先生が一人連れて来るでしょ?その時話してみようか」
 なんか、横で聞いてると、ひょっとして受け入れられるのかも?
「あの、美咲先生、ゆり先生、そのOKなんですか?」
 恐る恐る聞いてみる僕。
「まだわかんないわよ!さあ、ちょっと準備が有るから部屋に戻ってらっしゃい!」
「あの問題集、あんたがやってなんで九十点しかとれないのよ!たるんでるわね!」
 先生達の厳しい口調に、僕は逃げる様にその場を離れた。

 午後に結城先生と一緒に来るお客様用にと、僕はお茶菓子のケーキを買いに出かけた。どんな子が来るんだろうって、わくわくしながら僕は帰り道を急ぐ。早乙女クリニックに着くと、ゆり先生の部屋で話し声がする。あ、もう来てたんだ。
「ゆっこちゃん?帰ったの?紅茶はもう出したから、ケーキ五つ皿に乗せて持ってきなさい」
 僕は大きなお盆に、ケーキを乗せた皿を五つとフォークを載せて、ちょっとどきどきしながら部屋に入った。部屋の奥のソファーには結城先生と、あれ、どこかで見た女医さんらしき先生、そして、その横でずーっとうつむいているレディースのジーンズ履いた子が一人。
(あ、この子なんだ…)
 恥かしいのか、ずっとうつむいてるけど、ショートに切りそろえたさらさらの髪が綺麗。
「ああ、ゆっこ君か。こいつ初めてだっけ。ゆうって言って俺の女房だ。年はゆり君と一緒だよな」
「ゆっこちゃん。何回かお会いした事有るかもね。結城ゆうです」
 大人しそうで綺麗な女の人が挨拶する。
「あ、あのさ、「ゆうきゆう」だとすごく言いにくいから、みんな旧姓で呼んでるよ。早瀬ゆうでいいぜ」
「あ、あの、そうですね。早瀬ゆうで結構です」
 柔らかそうな物腰で再び挨拶する早瀬先生に僕もそっとお辞儀した。
「…そんでさ、頼みたい一人ってのが、ゆうの横に座ってる子なんだけど、俺の女房の知り合いみたいなんだけどさ。おい、恥かしいの分かるけどさ、いつまでもうつむいてないでちゃんと挨拶しろよ。あ、こいつ久保田って言うんだ。ほら、そこにいるのが、君の二年先輩になる堀さんだよ」
 と、その言葉にうつむいていたその可愛い男の子がすっと顔を上げた。僕の方もさっきから、何か変な予感がしてたんだけど、丁度その時目線が合った。お互い凍った様に暫く相手を見つめあう。
「あーーーーーーーーーーーーー!」
 先に声を上げたのは相手の方だった。
「うっうそーーーーーーーーーー!」
 続いて声を張り上げる僕。先生達は、その光景に思わず引いた。
「あ、あの誕生日プレゼントくれた…堀さん?」
「エブリマートでレジやってる…久保田さん!?」
 びっくりした僕は、もう少しでケーキのお盆を床に落とす所だった。
「な、なんでぇ!お前達知り合いだったのかよ?」
 と、その驚きの言葉を聞いたのか、二階から陽子ちゃんと真琴ちゃんが降りてきて、半開きのドアから中を覗く。
「あああ!あのスーパーの人」
「制服着てないからわかんなかったけど、やっぱあのスーパーの人なんだ!」
 いきなりドアを開けて入って来る二人。
「おいおい、どうなってんだよ。まあいいや、知り合いなんだったら話が早ぇ。ちょっと事の顛末を、ゆうから話させてもらうけどさ」
 早瀬先生が今までのなりゆきを話し始めた。
 
 普段でも女の子っぽく見える高校一年の彼は、やはりずっと昔から自分の性に疑問を持っていたらしい。そして、いきなり手術代を貯める事と、女としての生活や仕草に慣れる為、親に内緒で、高校が終ると、「エブリマート」で女の子としてバイトし始めたらしい。まだ声変わりもなく、容姿も女っぽい彼が、男として疑われる事無く、更衣室も女子用を使用し一年が過ぎた。
「ところがさ、その更衣室に盗撮ビデオが仕掛けられたんだよ…」
 結城先生が早瀬先生の言葉に割り込んだ。
 
 誰もいない事と慣れで、気が緩んだのか、久保田さんはちょっと大胆な着替えを行い、胸の無い体と、ショーツの前の脹らみを、そのビデオに撮られてしまったらしい。最初久保田さん家に百万円の支払いを催促する脅迫状が届き、無視していると、とうとう学校のクラスメートとスーパーに、そのビデオが送り届けられたらしい。
「もうどこにも帰る場所がなくてさ、よくそこで買い物してたうちの家内に、手術してくださいなんて来たもんだからよ。あんた達の所にお願いに来たんだ」
 早瀬先生と結城先生の話中、再び久保田さんは悲しそうにうつむいていた。
「でもまあ、久保田さんよ。ここに来たら安心だぜ。ちょっとトレーニングは厳しいかもしんねえけどよ、そこのゆっこちゃんなんて、多分あと二年したら赤ちゃん生める体になるんだからよ。な、ゆっこちゃん。三月に受けるんだよな?お○○こ張り付ける手術」
「ちょっと!結城先生!」
「結城先生!生徒の前で下品な話やめてください!」
 ゆり先生と美咲先生が怒って抗議する。
「あ、わかったわかったよ。でも判り易くていいべ、はっはっは」
「あなた、いいかげんにしてください!」
 おっとりだけど厳しい口調で早瀬先生が結城先生を嗜め、足をつねったおかげで、ようやく結城先生が静かになった。
「あの、本当なんですか?本当にちゃんとした女の子になれるんですか?」
 なんか心配そうに僕に聞く久保田さん。
「本当だよ。私みたいに卵巣移植済んだ人が三人、そこにいる陽子ちゃんや真琴ちゃんは、これから移植されるんだ。特に真琴ちゃんなんてさ、半年前は普通の男の子として学校通ってたんだよ。それに…」
 僕は純ちゃんの事を話そうと思ったんだけど、ちょっと辛くて止めた。
「あ、あのさ、スーパーの裏でさ、遠い所へ行くって言ってたのは、まさか…ここの事だったの」
 僕の言葉にちょっとバツが悪そうに頷く久保田さん。
「あ、あの、こっちこそびっくりして、今でも信じられないんだけど、堀さんて、本当に元男の子なの?」
 広末○子似のその顔の目が、まだ信じられないって顔で…。
「それじゃ、宜しく。今年は楽だろ?一人だからさ。例の調査研究頼んだよ」
「あ、あの…結城先生」
「な、なんだよ、他に何か有るのか?」
 席を立とうとする結城先生をゆり先生が引きとめ、そして中村君達三人の事を長々と話し始めた。

「おい、ちょっと待て、ライの親父はその事知ってるのか?」
「話せる訳無いでしょ、今そんな事。事後処理にするから、だから研究費少し回して!お願い!」
「あたしからも、お願いっ!」
 目を瞑って祈る様に美人のゆり先生と美咲先生に哀願され、結城先生も少し困った様子。
「んな事言われてもよぉ、回す程の研究費なんてないぜ、あゆみ!(美咲)お前、島一つ持ってるだろ?それ売れば三人分なんて軽いんじゃねえのか」
「だめ!あれは生徒達の大事な大事な研修場所なんだから!」
 少し慌てて拒否する美咲先生。横で聞いてる僕も、ちょっとあの島を売るなんて事はやめて欲しかった。
 少しの沈黙の後、早瀬先生が口を開いた。
「あなた、ほらゆっこちゃん達の手術が成功したら、ゆりさんと美咲さんとあたしたちにも報奨金が出るじゃないですか。それをそのまま使ってもらって、あたしたちの分もそちらに回せば足りるんじゃないですか?」
「え、馬鹿!俺はあれ頭金にしてでクルーザー買おうと思ってたんだよ!」
(余計な事を!)てな感じで突然結城先生が怒り顔を早瀬先生に向けた。
「え、結城先生!報奨金の噂ってやっぱり本当だったんですか?」
 ゆり先生が驚いて聞く。
「ええ、ちゃんと出るはずよ。但し、ゆっこちゃん達の子宮移植が成功すればのお話し」
 結城先生の怒った顔も気にせず、早瀬先生が続けた。
「だから、ちゃんとゆっこちゃんと、ともこちゃん、まいちゃんの手術はちゃんと上手く進めてね。あたし達の報奨金はそちらに回すから。あなたいいでしょ!それで!」
「勝手にしろぉ…」
 とうとう結城先生がふくれはじめた。
「あ、あの、結城先生!免許とったらさ、あたしの「さふぁいあ」好きに使っていいからさぁ」
「ばかやろう、あんな化粧臭い船に乗れっかよ!」
 結城先生の機嫌を取る様に喋る美咲先生だけど、結城先生の機嫌は収まらなかった。

「とにかく研究費用はなんとかなるかもしれないわね…」
 車で帰る結城先生達を見送りながら、ゆり先生が呟く。
「ゆり、とにかく今後忙しくなるからわ。私は陽子と真琴の最終テストと手術の段取り有るし、とにかくあの三人の事はとりあえず任せるからさ。両親への説得頼むわよ!」
「わかったわよ…」
 とにかく、まず僕の子宮移植手術に、陽子、真琴の卵巣移植、そして中村君、朝霧君、佐野君、久保田君の施設入所、そして僕の結果を見て、ともこちゃん、まいちゃんの子宮移植…これだけ有るんだ。なんだか忙しそう…
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