プロジェクトリーダー・シライシの場合

文字数 3,864文字

 シライシは、シホンマツ道具店に同じ大学から一緒に入った仲間の中で、今までの成果が一番見劣りしていることを気にしていた。特に、自動審判システム(AJS-PRO―DSK03)を世に広めたマツキの存在は大きい。シライシにとっては友人でもありライバルでもあるが、彼がシライシをライバル視しているかは怪しい。
 遠隔地で応援している様子を立体映像としてリアルタイムに配信するという応援支援システム(FRSーYTー02)も、社内からは懐疑的な評価だ。
 企画書では、集客力の弱いマイナースポーツや移動距離の長い敵地での応援を想定して、いわゆる「サクラ」の立体映像を生み出すことでより多くの応援を選手に届ける点を強調していた。つまりは熱心なファンの付いていない団体用のシステムということになるが、サクラの応援を選手は喜ぶのか、嘘偽りを後押しするシステムをは良くないという意見が多くあがった。
 会議に出席していたマツキも積極的には推せないというスタンスであった。
 低評価にもかかわらず彼が諦めなかったのは、このシステムに賭けていたというよりも、マツキに対抗出来ると考えているアイデアが「立体映像を使用した何か」しか無かったのである。本来であればスポーツに関連した企画で通したいところだったが、苦肉の策で、立体映像で動物の動物園という案に企画を変更し、絶滅してしまった動物や希少動物を売りにして集客を見込むものに差し替えた。
 あっさりと応援システムとは全く関係ないものに変更してしまったが、事前検証として、まずは当初の企画通りの応援支援システムをやらせて欲しいと頼み込んだ。
 動物園の企画が好意的に迎えられたことと、シライシの熱意に折れる形で応援支援システムのゴーサインが出た。開発期間は短く設定されたが意に介していない。久しぶりにマツキと同じ土俵に上がれたと意気盛んだった。

 システムを構築するにあたり、最初にターゲットにした競技は野球であった。サクラにしても、全くルールの分からない人形を配置しては応援にならない。システムに競技のルールを組み込む必要があった。もう一つ大事なのは、得点が入ったことを判断出来るのはもちろん、緊迫した状況であるかの判断、ファインプレーにエラーなど、人の感情が起伏するような場面をシステムが理解し、応援に反映させることである。
 プログラミング自体は、プログラム生成型AIが行う作業であるが、それに適切なインプットを与えるのは未だ人間の仕事である。このインプットを与える人材がシホンマツ道具店でも不足している。そのリソースは、野球のシステムに長けた人材を抱えているマツキに協力を仰いだのだがマツキからは色よい回答は得られなかった。マツキはマツキで案件を抱えているのだからやむを得ない結果だった。しかし、開発メンバーのフラストレーションが溜まる結果になった。
「先にマツキさんに根回ししてから企画通して欲しかったな」
「そもそもダミー人形に応援されて嬉しいと思う?」
「うちはスポーツ系システムメーカーなのに、これ終わったら動物園の飼育員みたいな仕事しなきゃならないし」
 こういう状況の収め方をシライシは知らない。特に女性メンバーから言われると難易度は増す。結局彼は、メンバーに仕事を割り振ることを諦めて自分で背負い込むことにした。

 完成したシステムの検証環境としてイヌモリ中学校に根回しをしてくれたのはマツキだった。こういうことをされる度に、感謝と嫉妬がない交ぜになった感情がシライシを覆う。楽天的で社交的、とりあえずやってみる精神のマツキの姿は、シライシがイメージする野球部員そのものであり、まさしくマツキは野球経験者であった。
「理事長は文武両道で行きたいらしいけど校長はスポーツにはあまり興味ないらしい。勉強部門とスポーツ部門で校舎も別になっていて、応援に駆り出されることにそっち側の保護者も否定的らしいから、サクラは望むところのはずだよ」
 どこから仕入れた情報なのか、マツキはシライシにそう教えた。シライシは、自分に欠けた部分を見せつけられたようでため息が出た。
 大会前に行われた学校での打ち合わせで、シライシは全戦での検証を提案した。しかし学校側は、初戦は勝って当然だから応援無し、決勝は他校の目もあるから現地で応援をする意向のため、応援システムを使うのは準決勝のみとしたいと応じた。シライシたちには拒否権は無いため、システムを使っていただけるだけありがたい、と言うしかなかった。
 その後で確認されたのは、立体映像の生徒の水増しが可能かどうかであった。応援用の教室は用意したものの、多くの生徒がスポーツの応援には積極的ではなく、何人集まるかは未定なのだという。可能であることをシライシが言うと、教員たちは出来て当然とばかりに吹奏楽のことに話題を移した。野球の応援には吹奏楽が付き物だと思っているようだが、イヌモリ中学校の吹奏楽部には荷が重いため、そこも含めて上手くやって欲しいのだと言う。
「そのための応援支援システムですから」
 学校側の冷めた対応を前にシライシはそう答えながら、胸の内ではマツキに頼らざるを得なかった自分の不甲斐なさを嘆いた。

 イヌモリ中学校が準決勝を戦う日が来た。シライシたちは早朝から現場に入り、靄がたち込める球場のスタンドでリハーサルを行った。システムの課題は、特にサクラが直射日光を受けると発色が悪くなってしまう点であるが、それが遮られている状況下では、及第点を与えられる結果であった。
「この後本当に晴れますかね?」
 新人のアカマが言った。研修終了後にチームに加わった彼女はすぐにチームに溶け込み、チーム内の空気を読んで、シライシと他の社員の間を繋ぐ役割をこなしてくれた。シライシと違って人を巻き込んで仕事ができるタイプだ。
「立体映像のコントラスト調整をオートにしておいて、日射量の変化に対して実体とサクラでどういう違いが出るのかをデータ収集したいから、出来れば晴れて欲しいんだが」
 シライシは答えたが、アカマは詳しいことは理解出来ていないようで頷きもしなかった。
 試合前のセッティングも終えて、球場の脇に停車していた車内で学校の教室に生徒が集まるのを待っていた。
「ここまで集まりが悪いのも驚きですね」
 アカマの言葉に、皆は同じ思いを持ったようだった。
「朝自習が長引いてるとか、トイレに行ってるとか、そういうことだろう。もう試合開始まで時間も無いし、回線を繋ぐと集まるかもしれない。やろう」
 シライシのゴーサインで回線が接続され、データのロードが始まった。教室にいる人数は一桁台に留まっているが、検証用のデータ収集処理を仕込んでいるために時間がかかる。
 球場の様子を映すモニターには、皆がスタンドを見ながらロードの終了を待っている様子があった。そしてロードが終わって映し出された映像は、どうやら期待と異なっていたらしい。選手たちの表情は晴れなかった。
「このままだとなんだか申し訳ないことしている感じになりますよね」
 アカマは立体映像の少なさを嘆き、選手に同情した。応援されていないという意識が、モチベーションを下げる要因になることは想像に難くない。
「・・・サクラの用意しよう!」
 シライシは、今になってシステムのコンセプトに対する問題をようやく受け入れた。しかし、同時にそれを振り払うように大声で指示を出した。そうは言っても今は引けないのだ。
「今教室にいる生徒たちは残しておきますか?」
「ひょっとしたら友達かもしれないから消さないで残しておこう。あと、サクラの男女比率は全校生徒の男女比率と一致させるように。攻撃用の吹奏楽の準備は終わってるよね。何分後にサクラを合成できる?」
「三分もあれば十分だと思いますよ」
「三分後に急に満員っていうのはさすがにわざとらしいから、切れのいいところで、イヌモリの裏の攻撃が始まるタイミングで差し替えよう。もう映像を粗くして、それから立体映像の動作を止めてしまって、回線のトラブルっぽく振る舞っていい」
 シライシの指示で各自が一斉に作業を始めた。
 
 イヌモリ中学校は、初回から三失点を喫していた。
 その発想の冷徹さから誰も言葉にはしなかったが、応援システムとしての効果を測るにはまたとない機会になりえるとスタッフたちは思っていた。応援の少なさにショックを受けていた選手たちが、突如大勢から応援を受けたらどうなるだろうか。分かり易く下がっていたモチベーションが分かり易く上がって得点を取り返したとしたら、このシステムの効果を示すエビデンスになるのではないか。
「もう始めちゃいましょうか?」
 アカマが尋ね、シライシが頷いた。
 その直後からイヌモリ中学校の反撃が始まった。空の雲は消え、眩しい陽射しがグラウンドに降り注いでいた。コントラスト調整機能が働いてデータ収集が始まると、一部の立体映像のリアクションに遅れが生じた。そんなことを気にも留めないイヌモリ中学校は活気づいていて、塁上にランナーをためている。
「この勢いで点を取っていけたら、システムの有効性を認めてもらえるかもしれないですね」
 アカマの言葉で、シライシはイヌモリ中学校の教師たちを思い出した。きっと彼らは試合を見ていないだろう。
「このシステムは精神的ドーピングだ」
 シライシがそう呟いたのと同時に、イヌモリ中学校に得点が入った。サクラたちは嬉しそうに飛び上がっていたが、シライシの表情は晴れなかった。
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