生徒会長・ヒメカの場合

文字数 3,999文字

 ヒメカはイヌモリ中学校の生徒会長である。
 学校は、勉強目的で入学する生徒と、野球などの部活動を目的に入学する生徒で校舎が分かれていて、両者の交流は活発とは言えない。彼女はいわゆる勉強部門の生徒だが、生徒会にはスポーツ部門の生徒もいるため、他の勉強部門の生徒に比べると交流は多い方だろう。
 学校は、勉強部門の生徒がスポーツ部門の生徒を応援することが当たり前だと捉えているが、ヒメカはそれが不満だった。壮行式で激励し、試合で応援したところで抜きんでた結果を残すわけでもなく、結果報告会で定型文の感謝の言葉を聞かされるだけでは心が動かない。だからと言って、みんなの努力を認めないわけではない。単に見返りが少ないことが疑問で、それなら応援の時間を勉強や自己探求に使った方が効果的だろうとヒメカは思っているのだ。
 だから、自分が生徒会長になってすぐ、部活動の応援に対して異議を唱えたのだった。
 
 イヌモリ高校で海外の大学を進学希望先としている生徒の割合は五割を超えている。学校として、世界の大学ランキングにランクインしている大学への進学を推奨していて、国内の大学を重要視してはいない。そんな環境だから、前年度卒業生の海外大学進学実績が芳しくなかったことは、高校だけでなく中学も含めた教師たちに危機感を与えた。実は、実績の下降曲線はそれ以前から始まっており、校長と教頭は年度末をもって解任されている。
 そのような状況となったことで、改めてヒメカの主張が脚光を浴びた。当時は黙殺されたも同然だったが、同様の意見が高等部からもあがっていたのだ。
 だから、シホンマツ道具店からの応援支援システムのオファーは、イヌモリグループにとっては渡りに船であった。応援支援システムが用途転用で、継続使用の見込みは少ないとの説明はあったが、まずは導入して勉強部門とスポーツ部門のバランスを取る取り組みを見せることが大事という判断だった。
 学校側が生徒に対してシステム導入の連絡をしたのは、地区の中学校の総合体育大会が開かれる一週間前、壮行式の場だった。システムについては次のように説明された。
《応援支援システムは野球部の準決勝にのみ試験導入される》
《学校に居ながらにして現地の試合を見ることができる》
《試合会場には生徒たちの立体映像が映し出される》
 あわせて、今回からは応援は自由参加であることが通知され、応援に向かわない生徒は自習するよう指示が出た。

 その日の放課後の生徒会室では、学校の応援に対する方針変更を受けて、急遽生徒会として何をすべきかが話し合われれことになった。生徒の応援が自由参加になったことはとても大きな変化であったのだが、立体映像という、いかにもテクノロジーを駆使したような単語に関心が向かっていて、生徒会役員たちも応援システムに興味津々であった。
「立体映像ってどのくらいきれいに映るんだろうね?」
「自分で確認出来ないし、立体映像にこうさ、近づいて凝視されたら気持ち悪いよね」
 そう話すのは共に勉強部門のトモエとサエだった。彼女たちにとっては、立体映像としてどう映るかが最大の関心事のようである。ヒメカはやれやれと思いながら話に割って入った。
「そんなことより、色々制限がある中で私たちが何が出来るかを考えないといけないの」
「自由っていう方針なんだからそれでいいでしょ。ヒメカはそれすら、なんでしょうけど」
 トモエがつっけんどんに答えた。ヒメカが応援中止を求めたのは生徒会役員の総意ではなく、彼女のスタンドプレーだった。このため、ヒメカと他の役員との間には軋轢がある。
「応援をしたくないわけじゃない。するのなら、した分だけ何か残らないと意味がない」
「なんでそんなに意味に拘るのかが分からないから話できない」
 トモエとヒメカはお互いに向き合って視線を合わせているが、それ以上言葉は出てこない。
「前に見返りって言い方をヒメカがしていたと思うけど、俺たちスポーツ部門の生徒が応援してくれた人たちに感動とか元気を与えてくれればいい、っていうことを言いたいのかな?見返りって?」
 それを見かねたのか、陸上部に所属するソウタが言った。繰り返された「見返り」という言葉は何か卑しいイメージで、ソウタにそういう印象を持たれているのなら否定したいとヒメカは思った。
「何に感動するかなんてその人次第なのに何言ってるのやら」
「まあ、確かにトモエの言う通り。でもやっぱり、うちの学校ってそもそも勉強部門とスポーツ部門で壁があるんだろうな、って。距離が遠い人から感動も元気ももらえないというか」
 この言葉にはトモエも頷いている。
「自由参加っていうことは、応援に来てもらうための努力を各部でしないといけないんだって俺は思った。どっちにしても陸上部は競技場の都合で応援は入れられないけど、今回野球部のために応援してもらえるような工夫が必要かなと。部は違うけどクラスメートも野球部にいるからね」
 「考えてみる」と言い残して生徒会室を出て行くソウタの背中を見ながら、ヒメカは置いてけぼりを食らったような気分になっていた。

 それから何の動きもないまま大会は始まった。
 ソウタ自身も大会に参加する選手の一人である。結局、自分のことで精一杯で何も出来なかったのだと思うと、ヒメカの気分も落ち着いた。
 初日、ヒメカはどの部の応援にも行かなかったが、野球部が勝ち上がったという連絡があった。応援用に開放する教室の設営作業があるため、生徒会担当の教師と一緒に生徒代表として立ち会うことになった。
 ただ作業を見ているだけだったが、余程退屈だったのか教師が言葉を発した。
「こないだ送った吹奏楽部の動画はちゃんと使えそうでした?」
「そうですね、ちょっと時間的に足りなかったのでループの間隔は短くはなりそうですが、この教室との表示切替をしながらなので、それほど違和感なく演奏している風には見えるのではないかと」
「それなら良かったです」
 ほんの短い会話だったが、ヒメカは察した。吹奏楽部の生徒から動画の撮影と、外部公開の許可証へのサインを求められたことは聞いていたが、応援支援システムに取り込まれるのだろう。しかも、何らかの加工がされて。
「あと、例のサクラの件ってどんな段取りになってます?」
「教室に集まった生徒次第です。徐々にでも増えそうならケアしませんが、見込みが悪そうなら数分でサクラは差し込めますので」
「なんだかんだでそれなりに集まると思うけど、もしもの時はお願いしますね」
 その言葉と共に設営作業の立ち合いは終わったようで、業者の人間は教室を出て行き。ヒメカも礼をした。下げた頭がこれまでになく重たく感じた。
「じゃあ、もう終わったから帰って大丈夫だぞ」
「先生、サクラって何か、応援の水増しってことですか?」
「水増しって言うとネガティブイメージだな。選手にエールを送るための手段の一つだ」
 笑顔でそう言うと、ヒメカは教室に一人残された。
 とても一人で抱えきれないと思ったヒメカは、生徒会役員に対して明日の朝登校したら生徒会室に集まるようお願いする通知を出した。

 大会二日目の朝。まだ朝もやが消えずに残る中、生徒たちが登校してきていた。
 生徒会室には、ソウタを除く全員が集まった。ソウタは今日も大会である。
 ヒメカは、昨日聞いた吹奏楽部やサクラの話をした。サクラの意味を知らなかった人もいたので丁寧に説明をした。要は水増しして体裁を整えようという魂胆なのだと。
「人を騙してまで応援する必要ある!?」
「まばらに応援するのも格好良くはないけどね」
「トモエは何でも私の反対の立場をとる」
 ヒメカは不満気に言った。
「でも私は正直言うと、知らないまま今日を終わりたかった。なんでって、それはもう生徒会の範疇を超えてる」
 トモエの言葉にヒメカも含めて押し黙ってしまった。
「なんかゴメン。でも、私たちに出来るのはソウタから来てる動画の方じゃないかって」
「動画?ひょっとして応援してもらうための工夫のこと?」
 学校から支給されている端末を開くと、ソウタから生徒会宛に動画が届いていた。作成日時を見ると深夜である。
 再生し、そこにいる全員で狭い画面を覗き込んだ。スポーツ部門と思われる生徒たちが、野球部への応援と、学校をあげて応援するよう呼びかけをしている。意識してのことなのか、野球部への応援パートは、野球部員個人宛のメッセージになっていて、部員の名前が字幕で出るようになっていて、視覚と聴覚に訴えるようになっている。
 《校内のディスプレイに流すよう許可取って流して欲しい》
 ソウタからのメッセージだった。
 元々責任感の強い者の集まりである。ここまでされると行動あるのみだった。

 許可は下りた。校内に掛けられているディスプレイにソウタの動画が流れた。
 しかし、試合開始時刻が近づいて応援用の教室に生徒会役員が行ってみたが人はいなかった。
「逆に、ソウタの動画を球場に流せれば良かったのに。誰かも分からない立体映像なんかに応援されるより百倍マシなのに」
 トモエは悔しそうに言った。サエの目は潤んでいる。
 教室にある大型ディスプレイにはグラウンドの様子が映し出されていた。試合が始まるところで選手たちが整列していた。
「野球って試合時間どのくらい掛かるか知ってる?」
 ヒメカはトモエに尋ねた。
「プロの試合だと二、三時間だと思うけど、中学生はどうだろう?分かる?」
 トモエは一緒にいた一年生の役員に聞いた。男子なら知っているのではないかと思ったからだった。
「中学生は七回までで少し早く終わるから長くても二時間程度だと思いますけど」
「じゃあ私、みんなに声掛けてみる。ソウタの動画だって見てないのよ、きっと」
 ヒメカは教室を駆け出した。その行動の先にどんな見返りがあるかなんて一切考えずに。
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