余命宣告

文字数 1,027文字

はじめて死神の姿を目撃したのは1ヶ月ほど前だった。



俺の住んでいるこの寮は、身の回りのことの殆どを寮長と数名の用務員がやってくれている。

その日もいつものように朝食を食べていると見たことのない黒い格好の男が現れた。はじめは新しい用務員だと思った。用務員が変わるのは稀にあることらしく、実際俺も変わったところを見たことがあるので大して気にも留めなかった。

男は寮の一室の扉を開け、部屋の住人を外へ連れ出した。いつものように中庭にでも出たのだろう。そう思っていた。

しかし、それ以降彼らが帰ってくることはなかった。

これは始まりだった。

その後、男は3日おきに現れ、寮の住人をどこかへ連れ去っていった。流石に危機感を覚えた数名が反抗したが、最後には取り抑えられ連れていかれた。

自分たちの力ではどうにもできないと思い、寮長や用務員たちに相談もしたがまるで取り合ってもらえなかった。それどころか、目の前で男が住人を連れ去っているというのに見えていないかのように食事の準備や掃除を行っていた。

寮長たちには認識すら出来ない。

そこで俺は悟った。男は死神なのだと。


俺たちは寮の扉を自力で開けることが出来ない。脱走することも反抗することもできない。ただその時が来るのを待つことしかできないのだ。


ある日、死神が連れ出していく部屋の規則性を見つけてしまった。いつ来るかもわからない死が明確なものになった。しかし、それがわかっても俺にはどうすることもできない。己の無力さを痛感する。

1日に寮長たちが食事の準備や掃除をする時間、回数は決まっている。俺にはそれが死へのカウントダウンに思えてならない。

 4日前に右隣の部屋に住んでいた友人のランドが、昨日は恋人のレースが死神に連れて行かれた。

心が悲しみと怒りに支配されてどうにかなりそうだった。それなのに俺はいつもと変わらない生活をしている。ここ数日で知ったのは己の無力さと心が悲しみのどん底にいようとも腹は減るということだった。どうやら食欲というのは、心と切り離された別の場所にあるらしい。怒り、悲しみながらも料理はスルスルと喉を通っていく。

ああ、明日から俺は死の恐怖に支配されて生きていくのだろう。そう思いながら眠りについた。

死まで残り1日。


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