第3話ゴムボール

文字数 2,277文字

予選が始まり、一、二回戦は辛くも突破。
けれど、一回戦から、先発の賢治は粘り強く投げたものの、五回で球数が七十球に達し、翔に交代、翔も一人として楽には打ち取れず、1点差でやっと勝利、二回戦は、優太が先発したが、なんと初回から体付きが明らかに違う子から、珍しいスタンドインの一発を浴びた。後は優太も、いい真っ直ぐを持っているのに、五回まで投げ、六回はまた翔が締めた。これまた2点差の勝ちにも関わらず、追い立てられている雰囲気でずっとみんなで守った。康介は打点を挙げたが、相手ピッチャーの緩急の付け方が上手く、全く打てた気がしなかった。二試合共、みんなへとへとになって帰った。試合出場がなかった選手も、しっかりベンチから声を出し、チームを盛り立てたり、監督から、ちょっとあいつが疲れてる、と言われたら、体を動かし、準備した。誰ひとり腐らず二試合共乗り切った。
ここで準々決勝まで進み、一日置いて、勝ち上がりを待つことになった。選手の疲労も考慮して。

なんか俺、先発タイプなのにクローザーみたいになってる(笑)、と翔がおどけると、みんなから、よっ、マリアノ・リベラ!とか、翔の21球!とか、おどけ返された。ふふふ、いい夢見さしてもらったわぁ、と翔が物まねを披露すると、似てる!(笑)だの、盛り上がった。なんとか勝ち上がり、ムードも良くなってきた。日が暮れて、みんなでまたな、とか、じゃあね、と別れて各々の家へ帰った。

次の日の、軽く、疲れない程度の練習に、新しく、隆、という低学年の子が入部してきた。しかも隆は、バッティングをすれば空振りばかり、ノックをするとフライやゴロをポロポロやり、投げれば悪送球。なんだこいつ、とみんなで子供ながらにあまりの下手っぷりを見ていると、康介は役所の仕事帰りのコーチから呼ばれた。
あの子、下手くそだろう?、康介は、言葉に迷いながら、うーん、はい…、と言いにくいことではあったが、答えた。
運動神経がないと思うよね?はい…。
けれど、実は運動音痴というのは、存在しないんだ、康介。えっ、じゃあなんであんなに…うーん。
あのね、運動音痴の子は、早生まれだったり、そうじゃなくても、生まれてからこれまでにしてきた絶対的な運動時間が足りてないんだ、そうなんですか?知らなかった…。
しかもあの子は、だいぶ体からグラブを離すだろう?打球に対して恐怖心を持っているんだ。そうなんですか。びっくりして、ほとんど相づちを打つくらいしか出来ない康介だったが、そこで康介、あの子とこのボールで素手でキャッチボールしたり、ゴロやフライを投げてやって練習してくれないか?君の大事な練習時間をかなり奪ってしまうんだけど。
とコーチから言われた。渡されたのは、おもちゃの、色が付いたゴムのボール。なるほど、これなら極端に言うと、顔に当たっても痛くない。
これを、まず、掴む感覚で捕球させて、恐怖心を和らげて欲しいんだ、全く申し訳ないけど、キャプテンの君にしか頼めない。うーん、僕ももっと上手くなりたいですが…わかりました、やります!ホントにごめん、君にしか頼めない、とコーチは頭まで下げてくれた。康介は恐縮して、そんな、頭まで…こちらこそすみません。
うん、とても君に申し訳ないけどね、とコーチは、康介に隆の練習相手を頼んだ。


康介は、隆くん、と、隆のところへ行った。ちょっと、しばらく俺と練習しよう、隆は、運動が苦手な上、コミュニケーションも苦手のようで、えっ、康介くんが…と口ごもりながら答えた。うん、そう、しばらくね、まだボールを怖がってるから、これで練習、とさっきのおもちゃのボールを軽く投げた。隆は、ボールを取ろうとしたが、少しタイミングが遅れて、手に当たって、顔に少しだけ当たり、転がる。けれど痛くないので、隆も拍子抜けしている。ほら、痛くないだろ?うん…、と隆。
そして、みんなが軽く流す程度の練習をしているのを抜け、二人で、距離を狭めたり遠くしたり、バウンドしたのや、フライを康介が投げ、普通のキャッチボールもする。
少しずつ康介に隆が慣れてきて、だんだん緊張が取れ、口調が少しずつ滑らかになってきた。すると、話している康介がびっくりするほどの野球マニアっぷり。小鶴誠だの、スタン・ミュージアルだの、飛田穂洲だの、中馬鼎(ちゅうまんかなえ)だの、出てくる出てくる。なんだ隆くんは、俺らもびっくりするくらいのオタクっぷりだ、と康介思う。なかなかうまくいかないが、捕球出来ることも増え、みんなが、おーい康介、みんな上がるよ、と呼びに来て、よし、隆、くんはやめた、隆、今日はここまでにしよう。これ、持って帰ったらいいよ、ともうひとつ、ゴムボールを渡す。ヒマな時に触ればいいよ、今日はもうみんなと帰ろう、と隆に伝える。隆も、うん!とすっかり元気が出てきた。正三塁手の喜一郎が、ところで康介、なんで隆くんにつきっきりなの?と至極もっともな疑問を投げたので、実はコーチから、こういう指示があって、と、6年生から1年生までみんなに伝えた。
みんな、知らなかった!そういうことだとは!今まで、なんでも才能じゃないか?と思ってた、と口々に感嘆の声が上がり、康介は説明の責任を果たした。隆のマニアっぷりもちゃんと伝えた。隆、お前すげえ!めちゃめちゃ野球好きじゃないか!上手くなれるよ!と、みんなで打ち解けた。

ついに準々決勝だ。もちろん昨日今日に習い始めた隆は出せないが、みんなのプレーをよく見て、イメージトレーニングもしなさい、とコーチから言われ、はい!と良い返事、みんなで試合へ臨んだ。
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