第6話 首狩り魔人とチーカマの剣

文字数 6,106文字

都市伝説の中心地、恐怖と不幸の始まり。
およそ4メートル四方だが、ここはかつて落盤事故が起きた雑倉庫。
俺が都市伝説を終わらせる決意をし、怪異の原因に立ち向かおうとしたその瞬間。

怪異の根源である彼の頭骨は、無残にも花柄サンダルに踏み抜かれた。パキッという乾いたものが折れた音がした。

「あれー? ハルくん、どうしてここにいるの」

俺の目には、粉々になった頭蓋骨がうっすら空気に溶けていく姿が映っていた。

ぁぁぁぁ……

思わず俺の口かうめきが漏れた。
これって、白骨死体が壊れただけで、『首狩り魔神を倒した』状況じゃないよな。
うん、俺の認識としても、そう。

「おーい、ハルくん?」

起き上がりかけた俺の体は再び床に崩れ落ちる。
これで彼を通じて都市伝説を終わらせる方法は潰えた。パワー型の『首狩り魔神』を倒すしか、ここを出る方法はないのか。まじ震える。

心配そうに俺を見下ろすのは、俺が心の底から求めていたアンリだった。
アンリが神々しい。アンリのラックの影響か、心なしか空気は軽くなり、俺の恐怖は格段に薄らいだ。足元に力が入る。冬が終わり春になったような暖かさを感じる。
アンリの幸運はつつがなく効果を発揮し、狂気的正気は揺るがない。なんとなく、油断はできないものの、アンリとともにいる限り、もう都市伝説に飲まれるという心配だけはしなくていいじゃないか、という気持ちになる。
でも、これはないだろ、これは。俺はジト目でアンリを見上げる。

「何いきなり踏んづけてるんだよ」

「えっなんか踏んだ!? ごめんっ」

アンリはパッと飛び退いて足を退け、懐中電灯を振り回しながらキョロキョロと床を見回す。

あれ? アンリには彼が見えていない?
ひょっとして、部屋を埋め尽くす死体も見えていないのか?
もし見えていれば、怪奇現象好きなアンリは良かれ悪かれキャーキャー騒いでいるはずだ。


頭の整理が必要だ。
俺はどっぷり都市伝説に巻き込まれている。今も俺の左右で死体は臭気をまき散らしている。あまり考えないようにしているが、顔の右半分には未だ肉片がべちょべちょと付着している。俺は都市伝説の中にいる。

アンリは至っていつも通りに見える。死体も見ていなければ、彼を踏み抜いた認識もない。では、アンリは都市伝説の外、東矢(とうや)が言っていた、たまたま線路に潜り込んで寝過ごしていたパターンなのか?
……いや、この仮定もおかしい。
守衛さんのアンリの記憶は喪失し、東矢の記憶からも薄らいでいた。アンリは都市伝説の世界線にいる。
それに都市伝説は、現実と重なりはするが、現実とは少し異なる都市伝説という名の箱庭だ。都市伝説の深奥と現実世界が交わるのは考えにくい。

とすれば前提は、俺もアンリも都市伝説の中にあるということだ。

もう少し整理をしよう。
俺は都市伝説にどっぷりはまり、都市伝説に関連するものはおおよそ見えている。しかし、アンリは俺が見えるものは微塵も見えていない。
とすれば、都市伝説の認識が俺とアンリで異なるのだ。
認識の問題の場合、俺も大概おかしいが、アンリの狂気は俺をはるかに凌駕する。アンリの脳内では、交番の警察官や学校の教師と同じ並びで『首狩り魔神』が存在していてもなんら不思議はない。
アンリの認識では『首狩り魔神』は終電後に多くの人を殺す。にもかかわらず、死体はなくてもおかしくない。
アンリの認識の確認が必要だ。


俺は振り向いてアンリを見る。
アンリは考え込み始めた俺に飽きたのか、俺の隣にちょこんと座ってカバンから取り出したポッチーをポリポリかじっていた。

「あ、終わったー? ハルくんもポッチー食べる?」

ポッチーを差し出すアンリ。そういえば、落ち着いたら少し腹が減ったな。生存本能というやつだろうか。こんな死体だらけのところで食べる気にはならないが。

「アンリ、おまえ

ここにいる?」

「どうやってー? えーと、終電後に線路に入ったでしょ? とりあえずうろついてたんだけど、途中で飽きちゃって。この先のとこに休めそうなとこがあったからぼへーっとしてたらなんか寝ちゃったっぽい。あ、やべって気づいた時に、こっちの方から音がしたから、『首狩り魔神』かなと思ってきてみたら、ハルくんだったの」

ああ、うん。気づいてなかったようだけど『首狩り魔神』いたよ。少しゲンナリする。

「それよりハルくんはどうしてここにいるの? ひょっとして追いかけてきてくれたのかなっ?」

キラキラした目でアンリは尋ねる。追いかけてきたのはそうだが、動機が不純すぎて素直に認めたくはない。
質問はサラッと流し、質問で答える。

「それよりアンリは『首狩り魔神』とあえたのか? そういえばどんなやつなんだ?」

「ううん、『首狩り魔神』見つからない。やっぱりいないのかなぁ?」

アンリは残念そうに眉をひそめる。
踏み抜いておいて何を言っているのかと思いながら、アンリの話を促す。
アンリの『首狩り魔神』像は想像の斜め上だった。

外見イメージは、DQN 3のカンパパ親分だ。古い。そういえばこいつレトロゲー好きだったな。要するに、パンツいっちょで覆面を被ったプロレスラースタイルの巨漢が斧を持っている。身長は3メートルを余裕で超えるむくつけき大男。これ、怖いか? いや、よく考えると怖いな、いろんな意味で……。
それに、魔神ってこうなの? 確かにゲームっぽい響きだと思うけどさ。せめて悪魔家ドラキュラとかそっち方面じゃないの? それにカンパパ親分は普通に人だった気がするよ?

そしてふに落ちた。ゲームでは倒しても死体はでないもんな。ゲーム脳、という言葉がうかぶ。アンリの脳内カンパパ親分、もとい『首狩り魔神』はとうとう火を吹き始めた。

おかしな点がある。
アンリの脳内はさておき、一般的にはカンパパ親分は終電後に人を殺すイメージと程遠い。先程の彼とは似ても似つかない。都市伝説は人伝のうわさで触手を伸ばし、犠牲者を引きずり込む。あまりにありえないうわさは都市伝説として成立しないのだ。
口裂け女がかかと落としをしながら斧を投げてくるって言われても信じないだろ?
都市伝説には話にあった空気感が必要だ。

ようやく俺は誤りに思い至る。
俺はアンリが都市伝説に『囚われている』と思っていた。この前提が、間違いだった。
これアレだ、恐ろしい都市伝説に囚われて出られなくなったのではなく、いちゃもんとも思えるような小さな隙間を強引にこじ開けて、都市伝説にフルダイブしていったやつ。

ぁぁ……。

またしても喉から変な声が漏れる。
アンリは都市伝説にちっとも囚われておらず、端っこでのんきに昼寝をしていただけだった。
張り詰めていた気力も全身の力も抜け落ちて、俺は再び膝から崩れ落ちた。あ、床汚れてる。ジーンズの膝が血塗れになってしまった。今さらだけど。

いや、だが、と頭を振る。俺が来たのは間違いではないと思う。俺のために。
アンリは都市伝説の影響を受けている。線路に入って数時間しかたってないと思っていそうなところからも、この都市伝説の時間軸は少しおかしい。人の記憶を失わせる効果もある。
アンリの自力脱出がいつになるかわからないし、アンリの存在を忘れた俺が、平穏な暮らしを維持できるとは思えない。追ってきたのは間違いではない、はずだ。

では、最後に脱出方法を考えよう。
俺たちは『首狩り魔神』を倒さなくてはならない。
正直、アンリだけならどうにかして勝手に生還するだろう。
でも俺は俺の、アンリによって『少し不運な常人』なみに回復したラックで『首狩り魔神』を打ち倒し、生還を勝ち取らなければならない。難易度高いな。
そのためには敵の分析は不可欠だ。


俺の頭には考えうる限りの『首狩り魔神』像がある。
ただし、アンリに巡り合えた以上、出現するのはラックの高いアンリの『首狩り魔神』だ。
アンリの『首狩り魔神』のカンパパ親分は、荒唐無稽でも勝てる見込みは全く見えない。身長はアンリの倍以上、斧で頭をかち割られておしまいだ。
それに、カンパパ親分=『首狩り魔神』のイメージは俺の認識を超えている。なんらかの方法でアンリがカンパパ親分を倒したとしても、親分を『首狩り魔神』と認識できない俺だけがここに残されるおそれがある。これだけは勘弁してほしい。

そこで、俺は俺とアンリの『首狩り魔神』の認識をすり合わせることにする。

「アンリ、さすがにそれはゲームキャラだろ。パンツいっちょで線路にいるのは不自然じゃないか」

かわいく首を捻って少し考え込むアンリ。

「うーん、そう言われれば、そうなのかな」

「俺は柱の影からちょっとみたけど、服は着てたと思う」

「えっほんと!? 見たの!?」

アンリの認識とあまりにかけ離れるのもまずい。認識と離れない範囲で、過小評価をきめ込む。

「3メートルはなかったと思うよ、そもそもここの天井、3メートルで斧振り上げたら天井に刺さるじゃないか」

「……暗かったけど、身長は大きかったと思う。そうだな……180㎝くらいかな。でも、どっちかというとヒョロ長かった。何か棒を持ってた気がする。斧は木を切るものだし、線路にはないんじゃないかな。」

アンリはキラキラした目で俺の話に聞き入っている。
俺はアンリの反応を慎重に探りながら話しているが、斧から棒へのダウングレードも成功だ。この範囲の『首狩り魔神』像はアンリの許容範囲のようだ。
ついでに思いついた弱点も刷り込む。

「ちょっと調べたんだけど、『首狩り魔神』はネズミや小さな生き物が怖いらしい。」

「えっなんで? 魔神は強いから弱点はないんじゃないかな?」

失敗か?
どういう思い込みかわからないが弱点設定には抵抗があるようだ。まぁ、弱点なさそうだもんな、カンパパ親分。
俺は理屈をこじつけ、戯けた調子で説明する。アンリには面白い方がウケがいい。

「『首狩り魔神』は終電から始発まで働いて、他は線路で休んでるだろ? 線路は真っ暗だからさ、急にネズミが出ると怖いよね、指とかかじられちゃったりして」

「アハハ、なんかドラいもんみたいでかわいいねっ」

基礎事実である彼がネズミを怖がっている以上、ネズミが怖いといううわさはこの都市伝説に受け入れやすい。おそらく弱点として承認されるだろう。
しかし、これ以外の弱点を詰め込むことは難しい。今手に入るもので、弱点になりうるものが思い浮かばない。持ち込んだナイフが弱点となるなら楽だったのだが、相手が『首狩り魔神』である以上、刃物を怖がるイメージが作れない。倒さなければならないんだから、ポマードとか追い払う系のキーアイテムを作るのもNGだ。直接的な攻撃方法としての弱点がほしかったが、難しいな。

なんとか弱点にしたネズミがどう使えるかも重要だ。
捕まえてきて油断を誘う? その隙にアンリに攻撃してもらう?
相手は『180㎝のヒョロ長体型』まで弱体化することに成功した。俺が盾になればしばらくはもつかもしれない。
再び考え込む俺の肩を、アンリはトントンとたたく。

「ねえ、私いいこと考えた。ネズミが弱点ならこれで倒せるんじゃない?」

自信満々でアンリが出してきたものに、俺の目が点になる。

チーカマ。チーズ入りかまぼこ。

スーパーでよく売ってるな。
なんとなく、遠い目になっている自信がある。
なぜそうなった。なぜ束で持っている。

「えー。ネズミってチーズ好きじゃん。ネズミの好きなものは弱点になるかなと思って。あと、チーカマは東矢君のオススメ。一泊するんだったらチーカマとかおなかにたまるものも持ってった方がいいよって」

そういえばそんな話してたな。しかし、
チーカマ、チーカマ、チーカマ。
3回唱えてもなぜチーカマが弱点になるという発想に至るのか、心底わからない。
仮に弱点になったとしても、チーカマでどうやって戦うのか。
俺は二の句がつげず押し黙る。固まった俺を差し置き、アンリは束になったチーカマの一つをむき、にこりと微笑み俺に差し出す。

「食べてもお守りになるかな」

相変わらず発想は訳がわからないが、アンリが言うなら一理あるのかもと思った。
素直に受け取り、半分こにしたチーカマをかじる。口の中は胃酸と鉄の味がした。


チーカマはさておき。
口に手を当て、再び考え込む。
状況としては、だいぶん好転している。
俺は正気を保った(多分)ままアンリに会えたし、アンリの幸運値に期待してうまくやれば『首狩り魔神』を倒せるかもしれない。いや、倒さなければならない。

武器は……あまり考えたくないが、チーカマか……。
チーカマ自体はアンリが言い張ってるのだから少しは何か効果があるのかもしれない。
いや、そもそも弱点は弱点に過ぎないわけで、最終的には倉庫の隅に転がっている鉄パイプか持参したナイフでなんとかするしかないだろう。
不幸な俺は、当然のように絡まれるのも日常だ。最低限の自衛くらいはできるように鍛えてある。最低限を超える不幸には多少鍛えてるくらいじゃどうしようもないしキリがないので、結局少し動ける程度だが。
俺は部屋の隅の鉄パイプを手に取り、何度か素振りをする。鉄パイプの長さは1.5メートル程度。部屋の外に出た場合は柱などの障害物の多いので振り回すには向かないが、突くこともできるし『首狩り魔神』の『棒』を防ぐこともできるだろう。

決戦の場所は、やはりここがいい。
入り口が一つで背水の陣だが、ここで倒せなければどうせ俺は死ぬ。
壁を背にすれば『首狩り魔神』の出現を入り口のドアに固定できる。部屋の外は線路が続く。外に出れば、『首狩り魔神』がどこから攻撃してくるか予測ができない。一方、室内からなら、二人分の手持ちのライトで前方の暗闇くらいは散らすことができるので、視界も比較的確保できる。動かせない障害物も少ない。
それにここは怪異の中心地でもある。アンリのラックが運命を強引にねじ曲げるなら、根元であるここがふさわしいように思えた。

アンリには死体の存在は伏せておくことにした。
言ってもはしゃぐか気を取られるだけで、あまり戦闘に役立つとは思えない。それに正直、不確定事項は少なければ少ないほど良い。俺は動きやすいよう死体を丁寧に端に寄せ、手を合わせる。アンリがいなければ、俺もこいつらの仲間入りだっただろう。

こういった俺の準備は、客観的には随分油断しているように見えるかもしれない。
しかしアンリに不幸は訪れない。アンリに不利なタイミングで『首狩り魔神』が襲いかかってくることはない。アンリのラックは信頼に値する。


俺が準備をしている隣で、アンリはチーカマを割いて剣の形にしようとしていた。
結果、へにょりとくたびれる大量のチーカマ細切りが製造された。
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