第1話 首狩り魔神の都市伝説

文字数 3,512文字

高校2年の1学期、終業式後の放課後。

隣の席では東矢一人(とうやひとり)坂崎安離(さかざきあんり)が都市伝説のうわさ話をしていた。俺は机に突っ伏しながら、隣で話す二人の声を耳から耳へ聞き流していた。
窓からはじりじりと強い日差しが差し込み、俺は海の家の鉄板焼きそばの気分を味わっている。
つまりとても暑い。流れる汗はシャツに落ち、ピッチリと背中に張り付いている。
だから怖い話で涼しくなろうという気持ちはわかる。
ただし、現在話題にのぼっている都市伝説は涼しさのかけらもないものだった。

辻切(つじき)センター駅で首狩り魔神が出る』

首狩り魔神の話の概要はこうだ。
辻切センター駅で終電が駅を出た後、貨物駅車両基地方面の線路から首狩り魔神が現れる。
そして駅構内に残っていた人間の首を無差別に狩ってまわるのだそうだ。すでに何十人という犠牲者が出ている。

幽霊でも不審者でもなく魔神。
『魔神』という響きはどちらかというと暑苦しく、冬向けだ。それに、ゲームならともかく都市伝説としてはリアリティのかけらもない。
だいたい辻切センター駅は3車線が乗り入れるターミナル駅だ。ホームも多ければ駅員も多い。夜間は整備だってしているだろう。そんな中で魔神?なんか現れてみろ、あっというまに不審者逮捕だ。

それに首を狩るという点もよろしくない。何人もが首を狩られているならまさに連続殺人、少なくとも行方不明者多数。ニュースにならないはずがない。特に駅員が行方不明になればすぐわかる。
くねくねとか如月駅(きさらぎえき)とかとくらべても、現実味がかけらもない。俺はこれまでもいろいろと事件だの怪奇現象だのに巻き込まれてきた方だが、ここまで荒唐無稽なのは珍しい。よって、この都市伝説はただのうわさ、白だ。

今思えばこの時の俺は、梅雨が明けたばかりの強烈な日差しと、『魔神』というおかしな語幹に惑わされて、油断していたのだと思う。

「で、首狩り魔神を退治すると願いがかなうんだって」

ますます信ぴょう性の薄れる話を得意そうに重ねたのは、坂崎安離である。トントンと机をたたくアンリの指が、机に突っ伏した俺の目の前を行ったり来たりする。これはアンリが上機嫌の合図だ。
坂崎安離は同級生で、少し垂れた目にくっきりした鼻筋、うるおいに満ちたふっくらした唇を装備している。美少女といっても過言ではない。アッシュブラウンの外はねボブ、左耳の上を淡いピンクの蝶の羽のようなヘアクリップで留めてゆるふわな雰囲気を醸し出している。
が、だまされてはならない。実態はありあまるリアルラックで人生を無双する、最強の天然生物である。東矢に幽霊話を聞いて廃墟に突撃し、DQNと意気投合して花見して帰ってくる猛者だ。ゆるふわな外見にそぐわず、RPGでいうとバーサーカーとか狂戦士とかいったメンタリティを兼ね備えている。

今度も駅に突撃するんだろうなと思ったら、案の定。

「ねぇ、ハルくんも一緒に探検しようよ」

「無茶言うな、俺はアンリと違ってラックがゼロなんだから」

「ハルくんが一緒の方が面白いし。それに女の子一人で変な人に襲われたらどうするの」

「だったら行くな。俺を巻き込むな。だいたいアンリ一人の方がよっぽど安全だろ。魔神でも変質者でも返り討ちにしちまえ」

ハルとは俺のことである。
藤友晴希(ふじともはるき)新谷坂(にやさか)高校の二年生で東矢一人と坂崎安離のクラスメイトだ。
フツメン、ただし、限りなく運が悪い。わけのわからない事件や不幸が俺にどんどんすり寄ってくる不幸体質だ。ステータスが表示できれば、運値は0あるいはマイナスで、不運のスキルだか呪いだかが表示されるに違いない。俺がついていけば高確率でろくでもないことが起こる。

俺の人生は、8歳くらいのころから悪いことばかり降りかかるようになった。そんな坂から転げ落ちるような人生の救世主となったのが、幼なじみのアンリである。本人は全く気付いていないようだが、アンリのラックが俺に影響しているようで、アンリの近くにいる時だけ『

』なみの幸運にあずかれる。
そのせいか、アンリに命を救われたのも一度や二度ではないが、これはまた別の話だ。

ちなみに東矢一人も同級生だ。こいつもアンリと違う方向で変なやつである。
長い眉に薄い唇、マッシュショートというのか、眉ぎわまで伸ばした髪からのぞく色素の薄い瞳。中性的な整った顔立ちだが、それを飛び越えて存在感が薄い。目の前にいてもほんとにここにいるの?って感じがする。
目立つアンリと一緒でも、東矢と一緒にいれば存在感が薄れるという謎スキルを持つ。
東矢は口を開けば都市伝説だの妖怪だの、そんな話ばかりしている。ようするに、不思議ちゃんだ。RPGでいうと魔法使い? 面白いことが大好物のアンリと仲が良い。
ついでにアンリの近くをうろうろしていることの多い俺もよくつるんでいるし、なぜか俺とも気が合う。まあ、俺には他にろくに友達と呼べるやつはいないのだが。

「でもせっかく夏休みだし、あさっての土曜に行ってみようかな? 願いもかなえたいし?」

俺がぼんやりとアンリの指先を眺めていると、いつのまにか実行する計画が立っていたようだ。

計画はこんな内容らしい。決行は今週土曜。終電が終わる0時半ごろ、駅のトイレかどこかに隠れて駅員の見回りをやり過ごし、3車線分順番にホームを探検するようだ。

(おり)しも夏休みである。
うちの高校は寮があり、普段は俺もアンリも東矢も寮で生活している。アンリは学校には土曜に帰省する届けを出し、実家には日曜に帰ると伝えて、バレないように駅で一晩過ごして実家に帰る予定らしい。何という時間差トリック。こういうところは計画的である。
そもそもの魔神に会う計画はずさんの一言だが、アンリのラックを前提とすると、駅員にも警報装置にもひっかからずに駅を探索し、ケロッと日曜に報告の電話をかけてくるだろう。

シャヮシャヮと窓の外で鳴くクマゼミの声を遮り、東矢がアンリに問いかける。

「坂崎さんはどんな願い事があるの?」

「うーん、面白いこと? があるといいな? あっ、菊チョコラがほしい」

キスチョコラはいわずとしれたスライム型の底が波打ったチョコだが、何万袋かに一つの割合で底の波が大幅に増えたキスチョコラならぬ菊チョコラがまじっているらしい。これを見つけて食べると願いがかなうのだとか。願いをかなえるために願いをかなえる魔人を探すとか、意味が分からない。アンリにとって、面白ければそれで良いのだ。
ちなみに俺は、菊チョコラはただの製造ミスだと思っている。
話は持っていくお菓子に移り変わった。遠足か。

結局のところ、アンリを止めたとしても無駄だ。いつも通り駅に突撃して何事もなく帰ってくるのだろう。


チャイムが鳴った。俺はバイトの時間になった。

「魔神に会えたら写メっとけよ」

「オッケーまかせてっ」

机から顔をあげた俺は、アンリのハイタッチをさらりとかわし、教室のドアに向かう。ガタガタする戸を力ずくで閉じた。


途端、廊下にフッと影がさし、ひゅうと冷たい風が吹く。温度が少しだけ下がったように感じ、首筋にチリチリとした不快感が走る。こういう時は、たいてい嫌なことが起こる。
アンリのいる燦々(さんさん)と日の当たる教室と違い、北の山側に面した廊下は灰色で薄暗く、少し(かび)臭い。建物が古いせいもあるのだろう。ざわざわと湿った葉擦れの音だけが聞こえる中、誰もいない廊下で小さくため息をつく。

俺は『

』運が悪い。

それは十分に自覚している。自覚しているからこそ何かあったときに備えて安全マージンを取るよう心がけている。
俺の安寧はアンリのラックにかかっている。あと何日かはアンリの強大なラックの残り香でまともに生活できるだろうが、夏休みは1ヶ月以上もある。残りは自力で乗り切らないといけない。
寮では飯も出るし、運が悪いんだから引きこもっていたいのは山々だ。けれども、ろくな身寄りがない俺は金を稼がないと生活が回らないし、いざという時は金がないと話にならないのも事実。

薄く陰った灰色の廊下を靴を鳴らして歩きながら、もう一度、小さくため息をつく。
俺は何事もないことを祈りながらバイトに向かった。





日曜、アンリからの電話はなく、連絡が全くとれなくなった。
アンリは文字通り、消えてなくなってしまったのである。
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