証言者 008 ≪ 最初から敗けていた女

文字数 7,177文字

 



■ 練馬春陽高校2年3組の生徒
  馬場(うまば) 小百合(さゆり) ── Said




 含羞(はにか)みながらも再挑戦しようとする心理はまことに不可思議なものである。

 恥ずかしい気持ちになっているはずなのである。なにしろ含羞んでいるのだから、つまりは恥ずかしがっているというわけである。本来であれば今すぐにでも回避したいはずのその恥ずかしい状態を、しかし、驚いたことに、多くの者はわざわざ延長しようと試みる。

『もっかいもっかい!』

 脊髄反射的にそう叫んで延長する。その心理たるや不可思議の極みである。

 早口言葉のお話である。

『赤巻き紙、青巻き紙、黄巻きまき』

 つっかえてしまったのだから今すぐにでも敵前逃亡を図るべきである。当て逃げや()き逃げでない限り、逃げることは決して悪いことではない。穴があれば入ってもよいのである。

 しかし、彼らはそれをしない。

『もっかいもっかい……赤巻きまき、違う……赤巻き紙、青巻きまき……もっかい……赤巻き紙、青巻き紙、黄まきまきまきひはははは!』

 脊髄反射的に再挑戦を繰り返し、幾度となく含羞みながら、あろうことか最終的には呵々大笑。

 どういう心理だと(いぶか)る次第である。

()てると踏んでいるのだろうか)

 己との闘いに。

 しかし、もともと勝負を持ちかけたのはこちらのほうである。コレ言ってみ?──と。なのに、いつの間にやら自分との闘いになっている。

(早口言葉は、スポーツだった!?

 新発見である。

 なるほど、対戦者がありながら自分とさえも闘うのがスポーツというものである。なにしろ彼女はソフトボール部なのでそのへんの事情は熟知している。失敗を重ね、挑戦を重ね、恥ずかしさを重ね、含羞みを重ね、そうして克己(こっき)を成し遂げるという事情である。しかしその、そのへんの事情がまさか早口言葉にも適用可能とは。

(IOCに連絡だ)

 するつもりはないが、含羞んでもなお挑戦をやめようとしない脊髄反射の恐ろしさに思いを馳せる馬場小百合である。

 先ほどから、

「みなみ野のびのみ、んっふふ……もっかいもっかい!」

 たいそう滑舌の悪い相楽望悠(さがらみゆ)が挑戦を重ねている。含羞みながら、恥ずかしがりながら、しかし研鑽(けんさん)に余念がない。

「みなみ野のびのびのま……みなみ野みのび、んーふふふふ……みなみ野のびのびなまび……原形、なんだったっけ?」

「みなみ()のみ伸び悩みの()真鍋(まなべ)

 初歩中の初歩である。初級編もいいところである。ウォームアップに過ぎない早口言葉なのである。しかし絶望的に滑舌の悪い相楽、

「みなみ野のび伸びなまみのみのまのべ、(ちげ)ぇ!」

 きゅっと瞼をつむり、痙攣(けいれん)したように天を仰ぐ。まさか1回の表でコールドゲームが確定しようとは。

(らち)が明かん)

 そこで馬場、じゃあコレは?──と言って問題を差し替えた。

「やれ(あわ)れまれるやら、あわや謝られるやら」

 方眼ノートにも(したた)めて提示。

 穴が空くほど見つめて熟読する相楽。そして意を決し、

「やれあわま……やれあまや……やれ、あ、わ、れ、ま、れ、る、よし……やれあわやまれ……やれあまわやれ……やれあわまわれるやらあわやあわま、わ、れらる、やらぁはぁん!」

 ついに色っぽい溜め息を吐いて机に突っ伏した。

 暇つぶしが原始的になる夏である。暑さによってエネルギーを無駄にさせまいとする自己保身本能なのか、暑いがゆえにアイデアを閃きにくくなるというただの心身耗弱(こうじゃく)状態なのかは定かではないが、2年3組の教室にいる誰もが必要最低限の人間性を駆使して3時間目と4時間目の行間を食いつないでいる。ある者は口だけを動かして近況を報告し、またある者は耳だけを働かせてスマホの音楽を拾い、ある者は完全に脱力して()、またある者は完全に脱力して惚けている。粗めのモザイクをかければみんなホモサピエンスであると定義されかねないほどの原始的な光景なのである。

 エアコンは、ない。そんな最先端の文明の利器はパル高には存在しない。このご時世なのだしそろそろ設置すべきでは?──という意見が出たらしい噂はしばしば耳にするのだが、ご覧のとおり、惨憺(さんたん)たる糠喜びの毎日である。

 しょうがない、だから馬場はクラスメートに早口言葉を挑戦させている。チンパンジーであると定義されるのも(しゃく)なので、インターネットで拾った早口言葉を自己流にアレンジした早口言葉を元手に、人間らしく、慎ましく、クラスメートの相楽を犠牲にして過酷な真夏の暇つぶしに臨んでいる。

「じゃあコレは?」

 容赦しない。方眼ノートに次なる手を認める。

『きのう赤巻き紙、さっき青巻き紙、いま黄巻き紙』

 よく聞く3段階活用的な早口言葉、まだまだ序の口の早口言葉ではあるが、最後の「黄巻き紙」の前に「今」を足すことでやや難易度をあげている。我ながら絶妙だと思わないでもない。

 すると犠牲者の相楽、再び顔をあげてノートに見入る。大人っぽい雰囲気を持つ女なのだが、反面、児戯に夢中になりやすい。ホッピングとフラフープだけで今年のゴールデンウィークを乗り切ったという、外連味(けれんみ)のないナチュラル女である。

 しばし鋭いキツネ目をノートに注いでいた相楽だが、わずかに上体を起こして気道を確保すると、

「きのう赤巻きまき……きのう赤巻き紙、さっきあか……きのう赤巻き紙、さっき青巻き紙、きま黄巻きまき……きのう赤巻きがき……きのう赤巻き紙、さっき青巻き紙、ひま黄巻きまき……い、ま、き、ま、き、が、み……きもう……きのう赤巻きがき……きもう赤巻……きのう赤巻き紙、さっき青巻き紙、いま黄、巻き、まき……」

 絶望的な呪文を唱えた。そして「No!」と叫んで天を仰ぎ、腰まで届く黒髪をかきむしる。

「才能ねぇあたしッ!」

「じゃあコレ」

 しかし馬場は容赦しない。

『公社教唆(きょうさ)の協賛業者』

「公社こうしゃ……公社教しゃ……きょう社……公社教唆、の、協しゃん……公しゃん教しゃ……公社教しゃ……公社ぎょうしゃ……公社こうしゃ……こう、こ、こう、しゃ、公社、きょう、さ……公社教しゃ……ワッツ!?……公社教しゃ……きょう社、教しゃ……きよおぉぉぉ!」

「じゃあコレ」

三和土(たたき)か肩叩き器かが聞きたい』

「三和土か肩叩たたき……三和土か肩叩たききき……かたきか……三和土か肩叩たたききき……三和土か、肩叩、き、器、が、き……三和土か肩たきき、が、き……かたきか……三和土かかかきききぐききぐぐごごごぉぉぉ!」

「じゃあコレ」

『出社時に定規(じょうぎ)座、帰社時に馭者(ぎょしゃ)座』

「出さず……出社、時……出社時にぞうぎじゃ……出社時に定規じゃ……出社ち……出社時……出社し……出社時?……出社時に定規じゃ……出さ時に……すっ……し……すす……しゅっ……出社時、に、定規、座、帰社、時、に、馭ささ……馭さ座……馭者じゃ……ぎょ……ぎょぉしゃぁざぁ……出さ時、に、ぞおぉぉぉぎじぁぁぁぁ言えねぇぇぇ!」

「はいコレ」

『右耳にミニにきび』

「ヨユー。右耳ににぎにぎき……右耳ににぎみきび……右にきにみぎみ……右にに……右み、み、に、にきび……ミニ!……右にみに……右耳にみみみきみ……右みぎ……右に……右にに……右ににににににきにぃぃぃ!」

「はいコレ」

『シャア少佐操作中』

「シャアそうさ……シャアそうさ……シャア少しゃ……シャア少、さ?……シャア少しゃ……シャア少しゃ……シャア、少、佐、しょう、操、しゃ、さ、操、作、ちゅ……さアそうさ……さアそうさってなんだ!?……シャア少しゃ……シャアそう、佐……シャアそうしゃ……シ、シ、シャアァ、しょぉぉぉ、しゃ、シ、シ、シャァァァァァ!」

「コレ」

『全車種、早春標準装備』

「全車す……じぇん……全、全、車、種、しょう、早、春、しょう準、しょう、装、そう、備……全さす……全さ……全、さ……全、し、車種……全車す……全さす……全さす……全さすふふふはははははは!……全さす……ぜん、ぜ、ぜ、全、さす……」

「次」

(かに)、網目、神、アニメ』

「蟹、あにめ……蟹、あに……蟹、網、目、かに……蟹、あに、め……蟹、あ、み目、かに、神、ア、ニメ……かみ網、目……蟹あ、にめ、蟹あ、に……か、く、く、か、蟹、あ、にめ……あに……蟹、あにめ……蟹、あ、あにめ……てか蟹アニメってなんだ!? 蟹あにめ、かにアニメ……神!……蟹、あ、にめ……か、か、かか、かにゃぁにめぇぇぇ!」

「次」

『最優秀シャンソンショー奏者』

「最優秀サンソン……最優すう……最優秀……最優秀サンソンソーそうさはははははは!……最優秀サンソンソーぉはははははは!……最優秀、シャン、ソン、ショー、奏、者……最優秀サンソンソーっはははははは!……最優秀サンソンソー……最優秀サンソンソー……最優秀サンソンソーはははははは言える気がしねぇ!」

「じゃあ次」

『謎のなぞなぞ(など)なのだと云う謎なのだぞ』

「えぇぇぇ……? 謎のなぞなぞなぞ……謎のなぞなぞなぞ、なぞ……謎のなぞなぞ、等、など、なの、だと、云う、謎、なぞ、なの、だぞ……謎のなぞなぞなぞなぞなと云う謎なぞなぞははははははあたし謎しか言ってねぇ!……謎のなぞなぞなぞ……謎のなぞなぞ等なぞ……謎のなぞなぞなぞなぞ……謎のなぞなぞなぞなぞ……謎……謎……な、ぞ……ぉ……」

「じゃあラストね」

急遽(きゅうきょ)休校で空虚休業』

「急こ……急遽……急遽休きょう……急こくうきょう……くう……きゅ、急、遽、休、校、で、空、こ、虚、休、業……くう……急……急遽く……くうこ……くう遽……急、遽……急遽休きょう……急こ……急遽くう校……くうこくう校ぅははははははピッコロみてぇにタマゴ吐きそうなんだけど!」

 だんだん難易度はあがっている。つまり、初級編の『みなみ野~』でつまずいている相楽に『謎の~』も『急遽~』も言えるわけがないのである。言えるわけがないとわかっていながら容赦なく問題を差し替え続けるのだから、この馬場という女、まさに鬼畜のごとし。

 ところが、対する相楽ときたら、

「ヤぁベぇ顎が痛ぇ!」

 髪をかきむしりすぎて旋毛(つむじ)がもっさりと立ちあがり、まるで下敷きで静電気をこさえたような状態になっている。いわゆる「アホ毛」である。そのアホ毛をもっさりと逆立てたまま、馬場への怨み言を口にするでもなく顎をさすっている。まったく、つきあいのよいお人好しなのか、ただの天然なのか。

(恥ずかしいはずなんだけどな)

 早口言葉は大敗に終わったのだから、普通、恥ずかしい気持ちになるはずである。目の前の敵に背中を向けて逃亡を果たしていてもおかしくはない。しかし、

「顎が部位破壊」

 相楽は逃げない。むしろ清々とした表情を馬場(てき)に向けている。まるで人間に慣れた蔵王キツネ村のキツネのよう。

(でもそれは望悠(みゆ)に限った話じゃない)

 早口言葉に挑んだ者は必ずこうなる。たいていは失敗に終わるのだが、なんにしても必ず清々とした表情を(たた)えるのである。これは、もしやスポーツにもないことなのかも知れない。

過程(プロセス)の楽しさが先行するから?)

 しかし、

(いや、ゲームアプリではこうはいかない)

 ゲームなのだから過程の楽しさが先行しそうなものだが、失敗してヘラヘラする確率とイライラする確率は常に半々である。つまり、敵前逃亡に至らない理由を説明するための根拠として「ゲーム性」をあげるのは不足が過ぎるというもの。

 となると、残る推測はただひとつ、

(失敗を楽しむ娯楽だから?)

 これが最有力説なのかも知れない。

 早口で言えない、つっかえてしまう──そのワチャワチャとした光景や、原形を失ってしまった語呂の滑稽(こっけい)さを楽しむことが大前提となる娯楽だとすれば、失敗しても恥じ入る必要はない。むしろ失敗こそが唯一の成功であり、敗北こそが唯一の勝利なのである。そして、成功、勝利とくれば、もはや敵前逃亡を図る理由はない。恥ずかしがらず、清々として御の字なりと胸を張ればよいのである。

(敗けて勝つ──とかいうヤツだ)

 試合では敗けたが勝負には勝った──とかいう美意識的なヤツである。(どう)の精神を好む、まこと日本人的なヤツである。

(確かに、つっかえずに言えたとたん、呆気なく場が白けるのが早口言葉。接待以上の歓迎(ウェルカム)がその場に漂うことはない)

 内心では誰もが舌打ちすることウケアイである。コイツわかってねぇ──みたいな。

(望悠は勝者だったわけか)

 殿堂入りの一騎当千だったわけである。

 その、無双状態でドン(カツ)した相楽、不意に、

詩帆(しほ)さんは()える?」

 馬場の後方に向かって問いかけた。

 ぎょっとして振り返る。

 そこには、

「なに?」

「早口言葉さ」

 

がいた。

 仁科靖典(にしなやすのり)の机の上に小さなお尻を乗せ、小さな巨人が背後霊のようにこちらを向いている。

 気づかなかった。いつからいたのか。

「早口言葉?」

「コレ」

 すると、まるで抱きついてくるかのように上半身を乗り出し、少女が馬場の机上を覗きこんだ。とたん、猛烈なカカオの匂いが急襲。そんな匂い、つい今し方までしていなかったのに──いや、していたのかも知れない。推測に夢中で気がつかなかっただけなのかも。

 アホ毛も気にせず、方眼ノートを指さす相楽。

『みなみ野のみ伸び悩みの身の真鍋』

「言えるよ?」

 さも普通のことであるかのように断言する少女。そして、

「みなみ野のび伸びなまみののびのまなめ」

 さも当然のことであるかのように詠唱した。

 しばし、間が空く。

「……えッ!?

「ん?」

「い、いや。じゃ、じゃあ、コレ……は?」

 相楽の指がその下へとスライド。

『やれ哀れまれるやら、あわや謝られるやら』

 躊躇なく少女は応える。

「やれあまやまれるやら、あわやあまやまられるやら」

 またもや間が空く。

「じゃあ……コレ」

 さらにスライド。

『きのう赤巻き紙、さっき青巻き紙、いま黄巻き紙』

「きのう赤巻きまき、さっき青巻きまき、いまい巻きまき」

 間。

「……コレ、は?」

『公社教唆の協賛業者』

「公社こうしゃのこうしゃんきょうしゃ」

 間。

「……コレ」

『三和土か肩叩き器かが聞きたい』

「三和土か肩叩たたききがかが聞きたい」

 間。

『出社時に定規座、帰社時に馭者座』

「出さ時にぞう規じゃ、帰さ時に馭さ座」

 間。

『右耳にミニにきび』

「耳みにににににきび」

 間。

『シャア少佐操作中』

「サアそう佐操作つう」

 間。

『全車種、早春標準装備』

「全さす、早すんそうずん装備」

 間。

『蟹、網目、神、アニメ』

「蟹、あに目、かに、アニメ」

 間。

『最優秀シャンソンショー奏者』

「最優すうサンソンソー奏さ」

 間。

『謎のなぞなぞ等なのだと云う謎なのだぞ』

「謎のなぞなぞなぞなぞ云う謎なぞなぞ」

 間。

『急遽休校で空虚休業』

「くうこくう校で空こくうこう」

 この少女、すべてをつっかえずに言うのである。あげくの果てには、

「ね?」

 念を押して胸を張るのである。

 おぉぉ──どちらとも取れる感嘆符で唸る相楽。

(つっかえ……つっかえる……つっかえ、る、とは?)

「つっかえる」の定義が完全に崩壊した馬場。

 すると少女、

「じゃあこっちからも早口言葉の問題を出すよ」

 淡々と、こんな問題を提示したのである。

「赤マルキーニョス、青マルキーニョス、黄マルキーニョス」

「え?」
「え?」

 馬場、相楽、ともに著しく狼狽。

「マル……?」

「ご存知、あのマルキーニョスだよ、望悠?」

「あぁ……マル、キー、ニョス」

「赤マルキーニョス、青マルキーニョス、黄マルキーニョス」

「赤、マルキーニョス、青、マルキーニョス、黄、マルキーニョス」

「マルコス・ゴメス・デ・アラウージョのことだよ。かつてJリーグでも活躍したよ。ちなみに、ここでいうマルキーニョスはマルコス・アオアス・コレアのことではないんだよ。じゃあ次の問題」

「え」

「赤ストイコビッチ、青ストイコビッチ、黄ストイコビッチ」

「スト……?」

「ご存知、あのストイコビッチだよ、望悠?」

「はぁ……赤、ストイコビッチ、青、ストイコビッチ、黄、ストイコビッチ」

「名古屋グランパスエイトを築きあげた伝説だよ。妖精(ピクシー)と言えばピンとくるかな。じゃあ次の問題」

「もう?」

「赤リトバルスキー、青リトバルスキー、黄リトバルスキー」

「リ、リト……?」

「ご存知、あのリトバルスキーだよ、望悠?」

「はぁ……赤、リトバルスキー、青、リトバルスキー、黄、リトバルスキー」

「ピエール・リトバルスキー。リティの愛称でお馴染みだね。日本人よりも日本人の心を持つ英雄だよ。ちなみに再婚した今の奥さんは日本人だよ」

「はぁ」

 少女と相楽のやり取りを後目(しりめ)に、馬場の思いはある一点の真実へと至っていた。

(し、詩帆さんは)

 さっきまであれこれと推測していた自分自身がとても矮小(わいしょう)に思えてくるような、あまりにも悪魔的な真実。

(詩帆さんは……我が強い!)

 用意された早口言葉が

なのではなく、己の(げん)こそが

なのである。むしろ、少女の言に添えないような早口言葉を用意したほうが愚者である──というロジックだったのである。

 つまり、だから少女に恥ずかしがる理由はない。含羞むまでもなく、ましてや再挑戦するまでもない。再挑戦するのは早口言葉を持ちかけたほうなのである。少女がなにを口にするのか予想を立て、その通りの言葉を持っていってようやくトントンなのである。トントン──つまり引き分けなのである。引き分け──つまり少女が敗北することは永遠にないのである。

 失敗を楽しむという次元にはいなかった。最初(はな)から勝利していることが大前提……いや、

だった。

(Oh)

 とんだエゴイスト。

 馬場はもはや、

「赤北澤豪、青北澤豪、黄北澤豪」

「きたざわ、つよし?」

「ご存知、中盤のダイナモだよ、望悠?」

「はぁ……赤、北澤豪、青、北澤豪、黄、き、た、ざ、わ……意外と(むず)いなコレ」

 逃げる間もなく穴に蹴落とされて埋められた──そんな気分。




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