第18話 模倣

文字数 965文字

 しばらく、戦後文学の椎名麟三を耽読した。全集には「月報」という薄い付録がついていて、そこに毎回、椎名麟三と関わった人達による回想録が記されている。そこに、「小説を書くのを断念した」元作家の手記があり、これにガツンとやられてしまった。
 椎名麟三の文体は、「である」「のだ」調で、ユーモアを交えて難しい思想の話が多い。私は、その誠実な人柄、会ったことはないが、伝わってくる…その人柄に惹かれて、20歳の頃から古本屋で買い漁っていた。いわば、憧れの作家だ。

 だが、その月報に「小説断念」を書いていた元作家も、椎名麟三の大ファンだった。そして文体も書き方もテーマも、憧れの作家を真似ていた。つまり、その人の目標は「椎名麟三のようになる」ことだった。だから憧れの作家に近い作品が書けた時、ひとりで悦に入り、目的を完遂した気になっていたというのだった。
「これではダメだ」と、元作家は痛感したらしい。模倣は、はじめのうちはいいけれど、自分自身の所謂オリジナル、自分の文体、書き方、思想を確立しなければ、地に足の着いた作品は書けやしない。

 だが、椎名麟三の影響をあまりに受け過ぎたその人は、その「毒」から抜け切ることができず、結局筆を折った、という話だった。
 これを読んで、自分も痛感した。そうだ、オレもこのままじゃダメなんだ、と。(自分は作家ではないが)
 いい作品、追いたい作家、求めていた文章に巡り逢うと、すぐその影響を受ける自分、これは日常生活でもそうなのだが、これじゃダメだと、本気で思った。
 読後、時間が経って、「ホントウにダメなんだ」と思わないようにしよう、ダメな自分を受容しながらやっていこう、という気配はみせているが。

 … 正直なところ、自分の文章能力の限界を感じて、もう投稿サイトに書くことを半ば観念した。文章に、それなりに賭けていたから、いえば絶望的な一ヵ月だった。
 けれど、自分で限界をつくってしまうことは、文章づくりにかぎった話でなく、自分自身の今後の生き方に関わってくる問題なのだ。
 好きな作家の影響を受ける自分、それはそれとして包容し、みつめる。だが、その感化される自己の、なぜ感化されるのか分からない自己、その自己へ、手ぶらでやんわり、向かって行ければ、と考えている。行ければ、という消極的な態度でしか言えないが。
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