第2話 放課後の討論教室
文字数 1,217文字
徹底討論「りんごは果たして四角いのか、丸いのか」。この決着をつけるべき時がとうとう訪れた。
放課後の教室には、私と汲田しかいない。
汲田は、この死闘を前に入念な準備体操をしていた。最初は組体操をしようとしていたから、止めた方がいいよと忠告したら、敵に塩を送るなと怒られた。
一方の私は足首を何度も何度も念入りに回していた。中学生の時に体育教師から言われた言葉、そう「足首回すことなんて、生きててそうそうないから、今のうちに謳歌しろよ」を胸に刻んでいる私は、暇さえあれば足首を回すことで、教師の言葉の前半を否定しつつも、後半を肯定し続けていた。
窓が閉めきられた風の吹かない教室は、嵐の前の静けさがずっと続けばいいのに、とでも言いたげだった。オーディエンスはいない。ヒラメたちの舞も、コオロギの合唱もそこには必要なかった。
りんご丸い派の私と汲田は、争わずに穏便に生きていけるはずだった。だが、昨今のディベートブームに影響を受けた私と汲田は、無理やり火種を作ってしまった。
「どっちが四角側で、どっちが丸側にする?」
汲田は静寂を切り裂いて、主導権を私に譲ってくる。
「できるだけ公平に決めたいけど、公平の定義についてまずは決める?」
私はその主導権をバウンドさせて、汲田の股下を通した。
「公平の定義は決めなくていいと思う」
汲田は私が股下を通したのではなく、通りやすいように足を開いていたというような態度を取った。
「私も決めたい人だけ決めればいいと思ってた」
私は最初から主導権なんてなかったマジックを披露した。
「考えたんだけど、りんごが四角いか丸いかもさ、決める意味ってあるんだっけ?」
汲田も負けじと、主導権が不安に変化するマジックをして対抗してきた。
「決める意味なんてないんだけど、もう今更引き下がれないでしょ」
その不安を主導権に戻すことで、種明かしをしたという構図になった。
「そうだよな。もう勝負は始まっちゃったんだもんな」
汲田は、不安を主導権に戻したのは、種明かしではなくマジックの続きであると強引な主張をした。
「じゃあ、バトミントンをして勝った方が、四角側と丸側のどちらにするか選ぶってのはどうかな?」
私は、主導権を海に返すというパフォーマンスを入れることで、このマジックに厚みを持たせると同時に、マジックという芸事を孫の代まで途絶えさせはしまいとする執念を見せつけた。
「バトミントンなら、私勝つだろ。みいこスポーツ音痴だし」
汲田はクジラだった。とびきり大きなクジラだった。
「さあね、それはどうだろうね」
私は自分の意地汚さに、心を病みながらも、これでいいんだと言い聞かせた。
しかし、バトミントンをするには、ラケットもシャトルも用意がなかった。そして、それらがなくてもバトミントンをやってみせるという情熱も想像力もなかった。バトミントンができないなら、討論の立場を決めることもできない。
だから私は討論をやめた。
放課後の教室には、私と汲田しかいない。
汲田は、この死闘を前に入念な準備体操をしていた。最初は組体操をしようとしていたから、止めた方がいいよと忠告したら、敵に塩を送るなと怒られた。
一方の私は足首を何度も何度も念入りに回していた。中学生の時に体育教師から言われた言葉、そう「足首回すことなんて、生きててそうそうないから、今のうちに謳歌しろよ」を胸に刻んでいる私は、暇さえあれば足首を回すことで、教師の言葉の前半を否定しつつも、後半を肯定し続けていた。
窓が閉めきられた風の吹かない教室は、嵐の前の静けさがずっと続けばいいのに、とでも言いたげだった。オーディエンスはいない。ヒラメたちの舞も、コオロギの合唱もそこには必要なかった。
りんご丸い派の私と汲田は、争わずに穏便に生きていけるはずだった。だが、昨今のディベートブームに影響を受けた私と汲田は、無理やり火種を作ってしまった。
「どっちが四角側で、どっちが丸側にする?」
汲田は静寂を切り裂いて、主導権を私に譲ってくる。
「できるだけ公平に決めたいけど、公平の定義についてまずは決める?」
私はその主導権をバウンドさせて、汲田の股下を通した。
「公平の定義は決めなくていいと思う」
汲田は私が股下を通したのではなく、通りやすいように足を開いていたというような態度を取った。
「私も決めたい人だけ決めればいいと思ってた」
私は最初から主導権なんてなかったマジックを披露した。
「考えたんだけど、りんごが四角いか丸いかもさ、決める意味ってあるんだっけ?」
汲田も負けじと、主導権が不安に変化するマジックをして対抗してきた。
「決める意味なんてないんだけど、もう今更引き下がれないでしょ」
その不安を主導権に戻すことで、種明かしをしたという構図になった。
「そうだよな。もう勝負は始まっちゃったんだもんな」
汲田は、不安を主導権に戻したのは、種明かしではなくマジックの続きであると強引な主張をした。
「じゃあ、バトミントンをして勝った方が、四角側と丸側のどちらにするか選ぶってのはどうかな?」
私は、主導権を海に返すというパフォーマンスを入れることで、このマジックに厚みを持たせると同時に、マジックという芸事を孫の代まで途絶えさせはしまいとする執念を見せつけた。
「バトミントンなら、私勝つだろ。みいこスポーツ音痴だし」
汲田はクジラだった。とびきり大きなクジラだった。
「さあね、それはどうだろうね」
私は自分の意地汚さに、心を病みながらも、これでいいんだと言い聞かせた。
しかし、バトミントンをするには、ラケットもシャトルも用意がなかった。そして、それらがなくてもバトミントンをやってみせるという情熱も想像力もなかった。バトミントンができないなら、討論の立場を決めることもできない。
だから私は討論をやめた。