第52話 エピローグフィオナ

文字数 2,705文字

 EBCニュース。本日の特集は題して『セントラルパーク・デスマッチ』だ。若いキャスターが目を丸くして、ゲスト解説員の言葉に耳を傾けている。

「セントラルパークで発生した爆撃と大乱闘の犯人は、タイタンコーポレーションのCEOであるオーフェンです。証拠として、私が現地で撮影した映像をご覧ください」

 ゲスト解説員はフィオナだ。彼女が言うとディスプレイに映像が流れる。飛行物体から炎が飛び、セントラルパークを破壊している。カメラがズームして飛行物体によると、飛行物体が人間であることがわかる。そしてその顔にピントがあった瞬間、映像は一時停止された。

「これは……ミスターオーフェンですね。間違いなく彼が爆撃を行っている。しかも、ニューヨーク市民や警官に向けて。世界一の大富豪である彼が、いったいなぜこんな恐ろしいことをしたのでしょうか」

「コレクションのためです。彼はライオンの毛皮を欲しがったのですが、持ち主に断られたため、暴力に訴えたのです」

「彼が古美術品を集めていたのは有名ですが、まさかこんなことをしていたとは。以前にもこういった暴力を行っていた可能性はありますか?」

「はい。ニューヨークではここ最近、美術品の取引を断ったため放火されるという、本件に似た事件が複数起こっておりました。私はそれらとの関係についても調査を続けています」

 一時だけど証拠を持っていたんだけどね。フィオナは表情を崩さず、心の中でため息をついた。私は、オーフェンが『プロメテウスのほぐち』を強奪した証拠をスマートフォンで撮影していたけど、それは破壊されてしまった。もし今それを世に出すことができれば、さらなるスクープとして嵐を巻き起こしたことは間違いない。そうしたら自分は一躍時の人で、政治記者だろうがキャスターだろうが、進路も思いのまま。多くの選択肢が用意された場合、私はいったいどの道を選ぶのだろうか。

「本日のニュースはここまでです。フィオナさん、今日はどうもありがとうございました」

「はい。どうもありがとうございました」

 キャスターに声をかけられ、フィオナは想像の世界から戻ってきた。テレビ出演という仕事が増えたために疲れているのだろうか、最近集中力が欠けている。これまでずっとやりたいと願っていた報道の仕事に関われているというのに、私はいったいどうしてしまったのだろうか。単なる疲労か、それとも他にやりたいことができたのか――。

「ハロー、フィオナさん。お話したいことがあるのですが、お時間よろしいですか?」

 資料を抱えてスタジオを去ろうとしていると、背後から声をかけられた。振り返った場所にいたのはテレビ局のお偉いさんだ。彼の目つきは鷹のようにするどい。物事の本質を見極める、報道業界に住まうものの眼光がまっすぐにフィオナを見つめている。

「ええ。どういった御用でしょうか」

「番組内で言っていた、ミスターオーフェンの調査についてです。進捗状況はどうなっているのか気になりましてね」

「順調です。複数の事件に関与していたことを確信するところまで行きました。あとは物証だけですが……、一度は入手できたので、もう一度必ず入手するつもりです」

 フィオナはオーフェンの屋敷でのことを思い出し、力強く答えた。

「ふうむ、『一度は入手できた』ですか。いったい何があったのですか?」

「言っても信じられないようなことが起こりまして……」

 フィオナは言葉に詰まった。暗殺チームに殺すと脅されたことや神話の力をどう説明すればいいのだろう。ありえないことばかりが起こった。説明するにも下手な言い方をすれば、妄想癖を疑われかねない。

「言い淀んでいますね。もしや証拠を渡すよう脅されたり、金で懐柔しようとしてきたのではないですか?」

「えっと……、実はそうなんです。」

「やはり。あなたは若いから知らないのも無理はないが、大きな事件を追っていると、こういったことがたびたび起こるのです。そして残念な事ですが、恐怖に屈したり金に溺れてしまう者もそれなりにいます。正しさを貫くのは難しい。その点あなたは『証拠を再び手に入れてみせる』と言った。恐怖も誘惑もはねのける、素晴らしいガッツです。そのガッツをEBCニュースで振るってはくれませんか?」

「それは、その、EBCニュースの記者に誘っていただいているのですか?」

「はいそうです。専属の記者になりませんか? 今やっているデルポイというオカルト雑誌社やレスラーに関する仕事は離れてもらうことになりますが、構いませんよね?」

 やった! 今までの努力が認められた! やりますやります、もちろん記者をやりますとも!
 ……ってこたえるはずだったのに。

「ありがたい申し出ですが、お断りします」
「は……? 断る? 断ると言ったのですか? 何故ですか?」

「EBCの記者になるとデルポイの仕事を辞めなくちゃならないみたいですから。私、オカルト記事の仕事も事件を追うのも両方とも好きなんです」

「好きだって? あんなバカバカしい記事をですか。君には才能がある。そんな何の役にも立たないことはやめて、我々と働きなさい」

「確かにオカルト記事はバカバカしいですよね」

 フィオナは苦笑いした。彼が以前の自分と全く同じことを言っているからだ。

「ふうむ。そこまでわかっているなら自分がどうすべきかわかるでしょう」

「申し訳ないんですけど、私はオカルトの記事をつづけます。確かに報道の仕事よりも社会の役に立たないかもしれませんが、私の記事を読んだ人が楽しんでくれるんです。それはもう、すごいんですよ。みんな『うおー』って感じで叫んで騒いで、子供みたい。それを見てたら私まで楽しくなっちゃって、その時に思ったんです。人を楽しませるのも報道と同じくらい素晴らしいことだなって。だからごめんなさい。私はオカルトも報道も両方とも頑張ります」

 そう言ってフィオナは振り返りもせずその場を去る。その胸には、今までに感じたことのない気持ちが広がっていた。不思議だわ。あれだけやりたかった報道記者の仕事を断るなんて。しかもちっとも迷わなかった。私ったら本当にオカルトの仕事が好きなんだわ。どんな記事を書こうか考えるだけでワクワクしてくる。少し前まで大っ嫌いだったのに、信じられない。これも彼の、アレックスのおかげね。ちょっとおバカだけど、熱くて、いつも真剣なライオン男。彼が私に人を楽しませる素晴らしさを教えてくれた。

 フィオナはスケジュール帳を開いた。この後は『ニューヨークのライオン男』とある。取材の予定だが、彼に教えなければならないこともある。まだ少し早いが、行かなくては。
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