第18話 教会と助っ人その2

文字数 1,954文字

「ヘイヘ~イ、お前らいい子にしてるか? ライオンの腹話術を始めるぞ」

 教会の庭。ささやかな広さで子供が力いっぱい遊ぶには手狭だが、花壇には季節の花が植えてあり、雰囲気はよい。アレックスが車椅子の子供を頭上に掲げたまま乗り込むと、教会のスタッフは肝を冷やしたが、それ以上の大歓声がアレックスを出迎える。

「ライオンが来たぞー」「僕も高くに持ち上げてくれよ」「早く、腹話術早く」

 子供たちは大騒ぎだ。中には無言で飛びつく子もいる。常人なら倒れこんでしまうところだが、流石はプロレスラー。アレックスが車椅子の子供を掲げたまま腹筋に力を入れると、飛び込んできた子は鉄の壁にぶつかったような衝撃を受けて目を丸くするのだった。

「騒がしい子供だな。こういう奴らはサバンナで生き残れないぞ。行儀よく座りなさい」

 ヘラクレスがうなると、子供たちはアレックスを囲んで素直に座った。アレックスはそれを確認すると、車椅子の子を一番見やすい正面に下ろして腹話術を始めた。

 腹話術とはいうが、実際は自ら言葉を発せるライオンの毛皮、ヘラクレスを手に持って好き勝手しゃべらせるだけだ。アレックスが特にやることはないが、腹話術はとにかく好評だった。

「こんにちは、子供たち。私はサバンナという場所から来たのだが、何か質問はあるかな」

「はい。ライオンさんの好きな食べ物は何ですか」

「シマウマだ。もちろん焼いて、レモンを絞ったやつな」

 子供たちはうけた。シマウマという答えは思ったとおりだったろうが、焼いて、しかもレモンまで要求するとは思うまい。そばで見守っていた教会のスタッフも微笑んでいた。

「そうだ、他にも好きな食べ物がある。君たち、わかるかな」

 ヘラクレスが問いかけると、子供たちは我先にと答える。

「キリン! バーベキューソースをかけたやつ」「チーズバーガーのピクルス抜き」「ターキーサンドのポテト添え」

 様々な答えが出るが、どれも違うらしい。ヘラクレスは黙って首を振った。アレックスの予想はキャビアだが、きっと違うだろうなとも思っていた。

「結構いいところをついているが、あともう一息だなあ」ヘラクレスはそういって子供たちを見回し、車椅子の子をじっと見つめる。「正解は君たちみたいな、小さくて柔らかい人間の子供だ」

 ヘラクレスはそう言って車椅子の子にじゃれつく。毛皮を手にしているアレックスも引っ張られているので、はた目には毛皮を手にしたアレックスがふざけているようにしか見えない。毛皮がひとりでに動くなんてことはあり得ないのだから当然だ。

 あとはうまくやれ。ヘラクレスが口の形でそう伝える。

 アレックスは車椅子の子にヘラクレスをかぶせ、肩車した。

 高くに上がった子が楽しそうな悲鳴を上げた。そうなると他の子供たちは黙ってみていられない。我先にと殺到し、アレックスは子供を全て受け止めた。抱き上げたり、腕にぶら下がらせてその場で回ってみたり。もはや腹話術でも何でもないが、子供たちは楽しそうだった。

「アレックス兄ちゃん、今度は馬になってくれよ」

「馬か? 別にいいけど、もっといいことをしてやろう。ほおら、これがジャイアントスイングだぞ~」

 アレックスが一人の子供を抱えてジャイアントスイングの構えをする。誰もがよく知るプロレスの華というべき技で、教会のスタッフも知っていたらしい。慌てて止めにやってきた。

「ちょっとあんた。いくら何でもそれは危ないだろう」

「なあに心配いらないって。俺はプロだぜ、プロレスラー。ケガなんてさせるわけないさ」

「それでもだめだ。子供が真似してケガしたらどうするんだ。子供はプロじゃないんだぞ」

「それは練習すれば……、いや、たしかに危ないな」

 アレックスは反省した。プロレスの魅力を伝えたかったが、確かにこのやり方はよくない。体の出来上がっていない小さな子供に、いきなりハードな技をこなす筋力はない。もっと簡単で、そして楽しい物はないか……。

「ね~え、アレックス。研究所について調べたいんだけど、あんたのスマートフォン貸してくれない? あたしのやつって、ほら、壊されちゃったじゃない」

 フィオナが事務室の窓から身を乗り出し、手を振っている。アレックスとアンソニーは子供に引き留められながらも窓へ向かった。

「ああかまわんよ。バックパックに入ってるから使ってくれ」

 フィオナは事務室に戻ると、バックパックからスマートフォンを取り出した。研究所の名前はなんだったかしら。新聞を見て調べようと手に取れば、否応なく見出しが目に入ってくる。

「ニューヨークにライオン男出現」

 いやだわ。こんなオカルト記事みたいのが一面なんて。こんな状況なのに、どうしても自分の仕事を意識しちゃう。もし私が同じタイトルでオカルト記事を書くとしたら――。
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