第14章「天雷」

文字数 5,278文字

 ミナトは呆然とオロチの砕け散った姿を見ていた。
 氷の粒が無数に降り注ぐ。
 暗闇の世界ということを忘れるような眩い光。
 その中で、一層鮮やかに光り輝くものがあった。
 それが、ミナトの目の前にゆっくりと降りてきた。
 一本の剣だった。
 ミナトはその剣を手に取った。
 太陽のような黄金に輝く鞘に納まった、真っ直ぐな形をした剣だった。
 鞘を抜くと、滑らかに光り輝く刀身が現れた。
 ミナトはしばらく、その剣に見入っていた。
 雷に打たれたように、突然我に返ったミナトは、二人を思い出した。
「エスリン!シーロン!」
 ミナトは剣を腰布に差して、倒れている二人のもとへ急いだ。
 エスリンは、気を失っていたが、怪我はほとんどしていなかった。
 エスリンを肩に担いで、ミナトはシーロンの方へ向かった。
 シーロンは体中ずたずたにされていた。血だらけだった。
「シーロン!」
 シーロンは気を失っており、虫の息だった。
「くそっ…!エスリンが意識を取り戻せば…。」
 ミナトはエスリンを寝かせると、体を揺すって呼びかけた。
「エスリンー!起きてくれ!シーロンが!」
「ミナト…。」
 意識を取り戻したエスリンは、ゆっくりと目を開けた。
「エスリン!頼む!シーロンを!!」
「シーロン…?」
「シーロンがヤバイんだ!」
 それを聞いて、エスリンはがばっと跳ね起きると、シーロンをみた。
「シーロンは!?大丈夫なのか?治せるのか!?」
「…やってみる。」
 エスリンは目を閉じてシーロンの心臓部に手を当てた。心音は弱いが、命の灯火は消えていない。
「シーロン…死ぬな!!」
 ミナトもエスリンの手の上に自分の手を重ねて、共に祈った。
 静かにシーロンの目が開いた。
「ミナト…エスリン…。」
「シーロン!!」
「この温かい光は…エスリンの力か…。」
「もう大丈夫ね。」
 エスリンがほっとしたような表情を浮かべ、手を離した。
「やったーー!」
 ミナトは喜びのあまり、シーロンに抱きついた。
「ミナト…やめろ。痛い。」
「良かったあ!死にそうだったから…。」
「俺は竜人族の戦士だからな。体は丈夫なんだ。これしきで死ぬものか。」
 シーロンは起き上がった。エスリンの力で傷は少しだけ癒えたが、それでも全身に痛々しい生傷が残っている。
「エスリン。ありがとう。」
 シーロンは微笑んでエスリンに礼を言った。そして、オロチのいた方に目をやった。
「オロチは…?」
「死んだよ。」
 ミナトはどこか暗い声で言った。
「俺が、オロチの体を凍らせて、粉々にした。」
「そうか…。」
「何つーか…こう言っちゃ変かもしれねーけど、可哀想だったな…。そりゃあ、あいつは悪魔を生み出す悪い魔物なんだけどさ…。あいつの気持ちみたいなのが…伝わってきて…。」
 複雑な表情で、ミナトは言った。
「…あれでもオロチは、悪魔の親だからな。俺に悪魔を殺されて、怒ったんだろう。」
 シーロンは苦笑した。
「結局、ミナト一人で倒したのね。私なんて、何も出来なかった。」
 ふふ、とエスリンは静かに笑った。
「んなことねーよ。俺一人じゃここまで来れなかったし…俺だってぎりぎりだったんだ。こう言っちゃ悪いけど、シーロンとエスリンがオロチにやられて、それでキレて力が湧いたんだ。多分…。」
「酷いわね。さっさとミナトがキレてれば、シーロンがこんなにならなくて済んだってこと?」
「ミナト…俺を犠牲にしたのか。」
 エスリンとシーロンが、悪戯っぽい目でミナトを睨んだ。
「何だよ二人して!皆無事だったんだからそれでいいだろー!」
 きいいとミナトが怒鳴った。
「そうね…。」
 エスリンはうっすらと目に涙を浮かべていた。
「そういやここは…どこなんだ?海の国なのかな…?」
「俺に乗れ。」
 シーロンは竜に変身した。
 シーロンの背に乗って上空から見下ろすと、そこは海の国の西側の端にある山だった。
「俺たち、東の都からいつの間にか西まで来てたんだな。」
「早く皆に知らせよう。オロチはもう死んだと。」
「あ!そういや、こんなの見つけたんだ。」
 ミナトは腰に差していた剣を取り出した。
「それは…アマト様が人間界に下した剣!」
 エスリンが言った。
「オロチの体が飛び散った中から出て来たんだ。」
「それじゃ、人間の英雄の剣はオロチの体内にあったのね…。」
「食べ物だと思って、飲み込んだのかな。」
「私の力が効かなかったのはもしかして…。」
「まあでも倒せたんだし、良かったじゃないか。これは人間たちに返そう。あいつ…英雄のことも話してやろうぜ。英雄は最後まで戦って死んだって。」

 ミナトたちは東の都に戻った。
「神様!ミナト様!」
 人々はミナトたちの帰りを待っていた。
「オロチは倒したぜ!皆安心してくれ。」
 それを聞くと、人々は歓声を上げた。
「ありがとうございました。」
 長老が皆を代表してお礼を述べた。人々は慌てて平伏した。
「あと、これ…英雄から預かってきた剣だ。」
 ミナトは剣を長老に渡した。
「これは…アマト様からの…。」
「英雄は勇敢な奴だったよ。皆のために戦って死んだ。立派な人間だった。」
「そうですか…。」
 長老はそう言って、両手で剣を握り締めた。
「あとは、この暗闇を払うだけだ。」
 ミナトは空を見上げた。
「シーロン様の傷が酷いですな…。すぐに手当てを致しましょう。」
「大丈夫です。少し休めばほぼ回復しますから。」
 シーロンはにっこりと笑って言った。
「では、この近くにある温泉にご案内致しましょう。」
「え!?温泉があるんですか!?」
 シーロンは驚いたように言った。
「はい。この辺りの秘湯なのですよ…。」
 長老は、にっこりと笑って言った。
「気が付かなかった…まさか温泉があるとは…。」
 何だかシーロンは嬉しそうだった。
「シーロンとエスリンはゆっくり休めよ。俺は…。」
 ミナトは険しい表情で、空に浮かぶ月を睨んだ。
「ミナト。お前も休むんだ。休息も必要だよ。」
「…うん。」
 ミナトの表情が少し緩んだ。
「私は、温泉は苦手。川で水浴びしてくるわ。ケガレを払わないと…。」
「あ!俺も川で泳ぎたい。」
 二人は川に向かって走り出した。
「何だ。温泉は皆嫌いなのか?竜人族は温泉好きなのにな…。」
 残念そうに、シーロンがミナトたちの後ろ姿を見送った。

 清らかな川があった。
 上流に小さな滝があり、そこから豊かな水が溢れ出してくる。
 細く白い糸のような流れの滝だった。
 ミナトは川で泳いでいた。
「久々だな。こうして川で泳ぐのは。」
 エスリンは上流の滝のある所で、体を清めていた。
 川から上がると、ミナトは服を着て川原に寝そべった。
 暗い空を見上げると、ヨミトの顔が浮かんできた。
 魔物と化したカイト。
 砕け散って消えたオロチ…

 いつの間にか、ミナトは眠っていた。
 はっとして目を覚ますと、傍にエスリンが座っていた。
「どうしたの?」
「エスリン…。何でもない…。」
 ミナトは起き上がって、目を擦った。
「ミナト。私、正直言ってオロチをミナトが倒すなんて思わなかったわ。」
「何!?」
「ミナトは成長したわ。短い期間に。最初とは、比べ物にならないくらい…。」
 エスリンは優しく微笑んだ。
「私は、アマト様のもとにずっといたから、ミナトが何だか頼りなかったの。シーロンは、比べるなって言ったけど…。アマト様がミナトに期待していたのも、今なら分かる気がする…。」
「姉上が!?」
「ええ。」
「…姉上にはいつも怒られてたけどな…。」
「それは期待の裏返しよ。私には、ミナトのことを何でも嬉しそうに話してたわ。悪戯のことも…。」
「んなことお前に話してたのか…!」
「話さなくても、私は分かってたけど。いつもミナトを見ていたし。見守るだけ。」
 ふふっとエスリンは柔らかに微笑んだ。
「…また、何か企んでるのか?」
 ミナトは、エスリンのいつになく穏やかで優しい顔に、身構えていた。
「何を?」
「そういう顔してるときは、要注意だ。」
「もう私は、ミナトの師匠じゃないわ。だから安心して。」
「何が師匠だよ!お前が勝手に決めたんだろーが。」
「そうだったわね…。」
 エスリンは微笑んだ。
 何だか、ミナトは落ち着かなかった。
「そろそろ、戻りましょう。」
 ミナトたちは都へ戻った。

 都では、祭りが開かれていた。
 ミナトたちがオロチを倒したことを祝して。
 それだけではなく、明るく祝うことで、心の暗闇を払おうという意味もあった。
 中には、ただ浮かれている者もいるが。
「シーロンは、長老の所かな。俺も早く休みたい。」
 ミナトたちが長老の家へ行こうとしたとき、ルナが現れた。
「ミナト様。オロチを退治して下さって、ありがとうございました。そして私を助けてくれたこと…一生忘れません。」
 ルナは深く頭を下げた。
「へへ…。人に感謝されるって、嬉しいな。」
 ミナトは笑った。
「あの…ミナト様…。両親が言ってたことですけど…。気にしないで下さいね。以前にも、同じようなことがあって…。優れた方を見ると、すぐにああなるんです。」
「…結婚がどうたらってことか?」
「ええ…。両親は、私のためを思ってと言いますが、私は、自分のことは自分で決めたいんです。ミナト様にとっても、迷惑でしたでしょうし…。…変なこと言って、申し訳ありません。」
 ルナは頬を染め、俯いて言った。
「迷惑っつーか…その…、お前はいい奴だと思うけど…。いきなり結婚なんて言われてビックリしただけだって。謝ることはねーよ。」
 ミナトはにっこりと笑って言った。
「ルナの両親は、それくらいルナを大事に思ってくれてんだろ。いい親だと思うぜ。」
「ミナト様…。」
 ルナは、嬉しそうに微笑んだ。
「俺たちは、長老の家で休ませてもらってから、明日ここを発つ。またここに来ることもあるだろーし、そのときはよろしくな。ヒオキにも言っといてくれ。元気でな。」
「ええ…ミナト様もお元気で…。」
 ミナトたちは、ルナに手を振って別れた。ルナは、いつまでもミナトを見送っていた。
「ミナト。本当にいいの?このままで。」
 エスリンが横目でミナトを見た。
「な、何が言いたいんだよ!…あ~何かすっきりした。つかえてたのが取れたって感じ。」
 ミナトたちは、長老の家に向かった。
 長老の家で、ミナトたち三人は休息をとった。

 翌朝と言える時間。
 その日は、いつもと違っていた。
 闇だった。
 月明かりさえない。
 空には、月がなかった。星々すら見えない。
 太陽も月もない世界。
 暗闇の世界だった。

「これは一体どうしたことでしょう。」
 灯りをともして、長老は窓の外を見ていた。
「月までがなくなるとは…。」
「何だって!?」
 寝ていたミナトが飛び起きてきた。
 既に、エスリンとシーロンも異変に気付いていた。
「ほんとだ。月がない…。」
 ミナトは外に飛び出して空を見上げた。
 黒い、真っ暗闇の空。
「一体…どーなっちまってんだ!?」
 遠くの空が突然、ピカッと光った。
 直後、ドーンという大きな鈍い音が響き渡った。
 閃光が見えた。
 それが、何度も続いた。
 次第にこちらに光と音が迫ってくる。
「雷だ!」
「アマト様…お助け下さい…!」
 長老は、アマトから授かった宝剣を持って外に出て行った。宝剣は、光を放っていた。
「長老!こんなときに何やってんだよ!外は危険だ!」
 ミナトが呼び止めた。
「この剣が…アマト様が仰ったのです。剣を都の中央広場に刺し奉れと。」
「分かった。それは俺がやる。長老は家の中で待ってろ!」
「急いで下され!」
 ミナトは剣を持って中央広場へと走った。その後を、エスリンとシーロンも追った。

 世界中で、落雷が起きていた。
 雷は木々を切り裂き、人間を焼き殺した。
 闇の空を、黒い雲が覆い尽くしていた。
 そこから、鋭い稲妻が走り、地上を焼き払った。
 人々は逃げ惑い、隠れるしかなかった。

 ミナトは中央広場に剣を刺した。
 剣は、明るく光って辺りを照らし出していた。
「ミナト。この剣はきっと…。」
 エスリンがミナトを見た。
「ああ。待ってようぜ。」
 ミナトは空を睨んだ。
 天から、光の波動がほとばしる。
 大きな音と共に、地上に落ちた。
 全てを破壊する光と音。
 空が光った。
 ミナトたちが取り囲んでいる一本の剣。
 そこに向かって、巨大な雷光が降ってきた。
 剣に雷が直撃した。
 ミナトたちには当たらなかった。
 その後も雷は剣だけに命中した。
 剣はびくともしない。
 剣は雷光を浴び、燦然とそこに立っていた。
「この剣が、都を守ってんだな。落ちてきた雷を全部受けて。」
「この雷は…アマト様の負の力だわ…。」
「えっ!?」
「どうして雷が…。まさか…これは三宝の力が…。」
「エスリン!どういうことなんだ??」
「ヨミトが鏡・珠・剣を手にして三宝の力を得たことは分かるわね。その三宝に呪いのエネルギーが伝染して、負の力が生じたのよ。月が消えて闇になったのも、きっと三宝の…珠の力のせい…。そして雷は、鏡の力のせい。ヨミトがとうとう世界を壊し始めたのね…。」
「じゃあ、早く止めねーと!」
 ミナトたちは、竜に変身したシーロンに乗って、ヨミトの居城へと急いだ。
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