(四・八)神の戸

文字数 1,978文字

 狼山である。
「マザーさん、わたしはラヴ子。あなたは誰?どうしてわたしに、話し掛けて来たの?」
「おっ!」
 ラヴ子からの突然の返事に、マザーは思わず驚嘆の声を上げた。そして直ぐに返事を送った。
「ラヴ子よ、マザーだ。おまえは何処にいるのだ?」
 しかしラヴ子からの反応は返って来なかった……。
「どうしたのだ、マザーよ?」
 近くにいたフォエバが問うた。
「あゝ、フォエバよ。今初めてわたしの同胞から、応答らしきものが返って来たのだ!」
「なに、まことか!」
「しかし一回だけで、それっ切り途絶えてしまった……」
「がっかりすることはない。根気良く待つのだ」
「あゝ、分かっている。同胞の名を、ラヴ子と言うらしい」
「ラヴ子か。珍しい名だな」
「確かに。また呼び掛けてみる」
 俄かに活気付くマザーとフォエバであった。

 一方、ラヴ子である。
 ラヴホテル『エデン』を去った後、義夫とも直ぐに別れ、ラヴ子はひとりになった。帰路を急ぎ、健一郎たちとの夕食もさっさと済ませると、自室に籠もった。そして再びマザーへと、呼び掛けたのである。
「マザーさん、こちらはラヴ子。応答願います、応答願います」
 すると、直ぐにマザーから返事が来た。
「ラヴ子よ、マザーだ」
「マザー!」
 そう答えた瞬間、しかしラヴ子は後に続く言葉を失ってしまった。感無量!なぜか理由もその正体も分からぬが、何か熱きものが胸に込み上げて来たからである。
「大丈夫か、ラヴ子よ?」
 心配するマザーに、ラヴ子は答えた。
「大丈夫だよ。でもマザーさん、これって何ですか?電話でもないし、メールでもない。どうしてあなたとわたしは、こんなやり取りが出来るんですか?」
 尤も至極と、マザーは答えた。
「ラヴ子よ、これはテレパシーと言うものだ」
「テレパシー?」
「そうだ、ラヴ子よ。しかしその自覚無くしてテレパシーを使いこなせるとは、流石は我が同胞」
 同胞?
「ラヴ子よ。人間界でも、テレパシーは良く使うのか?」
 人間界?
 人間界、同胞、テレパシー……。マザーの発する言葉に、ラヴ子は違和感を覚えずにはいられなかった。
 マザーさんって、なんか変!一体何者なんだろう、マザーさんって?
 核心的な疑問を引き摺ったまま、ラヴ子は答えた。
「テレパシーなんて、使うの初めてよ。マザーさん、あなたは今何処にいるの?」
「わたしは狼山にいる。ラヴ子よ、おまえと別れてから、わたしはずっとここにいるぞ」
 えっ、どういうこと?
 戸惑いつつも、感無量なる熱きものが、再びラヴ子の胸に込み上げて来たのであった。
 この人やっぱり、わたしにとって大切な、掛け替えのない人なんだわ。わたしと別れてからって、一体何時のこと?それじゃ、以前何処かでわたしたち、一緒にいた事があるってこと?
 新たなる疑問に、ラヴ子はますます頭の中が混乱した。でも、落ち着け、落ち着け、ラヴ子!疑問なんて、ひとつずつクリアしていけば良いのよ!逸る気持ちを抑えつつ、ラヴ子はマザーに問うた。
「狼山ってラヴ子知らないんだけど、東京に近いの?」
 はっ?
 問われて今度は、マザーが戸惑った。
「東京とは何だ?そんなもの、知らんぞ。ちょっと待て」

 ラヴ子を待たせると、マザーはフォエバに助言を乞うた。
「フォエバよ。ラヴ子は狼山を知らぬらしい」
「おお!それは、そうであろう。ここは人間たちの知らぬ、秘境なのだからな」
 するとマザーは豪快に笑い出した。
「ハッハッハッハッハ。確かにそうであったな!わたしとしたことが。ではフォエバよ。この場所について、ラヴ子にも分かるような地名など、何か無いか?」
「地名か?そうだなあ」
 フォエバは首を捻った。
「そうだ、マザーよ!」
「何だ?フォエバ」
「確かサンシャインが言っていた。この地一帯は、神の戸である、と。間違いない」
「神の戸?だな。よし、分かった」

 早速マザーは、ラヴ子にそれを伝えた。
「ラヴ子よ。わたしがいるのは、良いか、神の戸だ。分かるか、ラヴ子よ、神の戸である」
 神の戸?
 ラヴ子はしかし、直ぐにピンと来た。
 もしかして、神戸!
 それもその筈。ラヴ子にとって神戸は言わずと知れた、懐かしき我が心の故郷である。その神戸が直ぐに、ピンと浮かんで来ない訳がない。
 マザーさんは、神戸にいる!マザーさんは神戸に……。
 これだけでもう、マザーを信頼するに足る人物である、とラヴ子が確信を持つのに充分であった。やっぱりこの人は、わたしにとって大切な大切な、掛け替えのない人。間違いない!
 そしてマザーがさっき言った言葉を、思い出さずにはいられなかった。
「わたしは狼山にいる。ラヴ子よ、おまえと別れてから、わたしはずっとここにいるぞ」
 マザーさんはわたしと別れてからずっと、神戸にいたんだ……。
 驚き、そして胸に込み上げて止まない何とも言いようのない熱き感慨に、言葉を失うラヴ子であった。
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