【小夏とアンナ】 1996年2月

文字数 2,945文字

チャオ 小夏、突然だけど「余命」って言葉知ってる?

えっと、あと何年生きられるかってことですよね、日本人は世界一の長寿国だって言われてるからでしょうか、意外と皆さん余命のこと考えてないようですけど。

というと犬族はいつも意識しているってこと、
小夏もそうなの?

生まれた時から、いつこの命が終わるかわかっています。ドッグイヤーっていうように私たちは生まれた時から余命が短いんですから、その時まで一生懸命生きるんです。
美味しいもの食べて、あそんで、いろんな匂いをクンクンして生きるんです。
一番大事なのは人間の役に立つことなんですけど、これは飼い主さん次第です。
愛してくれる人間には短い余命を惜しげなく使うのがわたしたちの役目なのですから。

ちなみに、小夏の余命はいつまでなの、良かったら教えて?

誤差はあるのですが、あと4年とちょっと といったところです。

とすると2000年3月ごろまでってことね、
それだったら2000年9月のシドニーには行けないわね、
というか、どっちにしても小夏は飛行機がダメだったか。

アンナさんが2000年のシドニーオリンピックに引っかかってることは前から知ってますが、何か新しいことわかったんですか?
それってアンナさんのタイムスリップの目的地なのですか?

そうなの、今日の女子会のメインの話はね、
どうやら私のタイムスリップの行先が見えてきたってこと。
前にもちらっと話したけど、二人のパパ・・・と言っていいわね・・
吉川さんは2020年に世界的なパンデミックの疫病で死ぬの、
随分と先の話だし、小夏の感覚からすれば遠い宇宙のかなたのことかも知らないけど、娘の私としては一度も親子の対面なしで終わるってことは我慢がならない、せめて親子3人で過ごす時間を短くても持ちたかったのよ。
たちが悪いのは、パパはノンノ・・お祖父ちゃんのこと・・に騙されて私とママはもうこの世にいないと信じ込まされているのと、もう一度イタリアに行くと殺されると怖がってるのね。・・・そうだ、この話は小夏から教えてもらったんだったよね、忘れてたわ。
この6年間、パパのそばにいて、なんとかこの古典的なすれ違いを元に戻す方法を考えてみたけど、私の話があんまりにも現実離れしてるでしょ、
チームのメインスポンサーが因縁深いカッシーニ家だってことは遠い親戚ということでなんとか説明をつけてきたけどさ。
パパとノンノが会えばちょっとぐらい流血騒ぎになっても最後は分かり合える可能性もあるけどね・・・なんて悩み続けていたんだ。

アンナさん、パパミケーレに正直に言うしかないでしょう、それで、あとはルチアーノさんと文通するとか、電話するとかで。

それはやってみた、一時パパの頭がおかしくなるのを覚悟で、私は娘です年上ですけど、ってカミングアウトして,真正面から説得することをね。

へ~、どうなりました?

喋ろうとしたらロックがかかっちゃった。

デイヴィッド・ボーイですか?

そのロックじゃないよ、小夏
なんだかわからない力で、突然話すことができなくなってちょっとパニックになった。あれはいつもは勝手に話をしてくれる謎のパワーと同じものだったのかな、
(アンア・カッシーニでいることは許されない、この時代では)というルールがあるのを警告されたみたいだった。 
で、それからはあきらめて時の流れのままにと思っていたの。

まだまだ、このお話続きます?
トイレに行っていいですか、アンナさんのお話聞いてたら、なんだか小夏怖くなったので、
アンナさん一緒に行ってくれますか?

小夏、あなたのトイレと私のは違うでしょ、
一緒にって言われてもねぇ~。

・・・・・・・・・・・・

すいません話の腰を折ってしまいました、
すっきりしたら怖くなくなりました。
じゃあ、新しい展開って何だったのですか。

先月、お正月に加山さんが久々に日本に戻って同窓会と称して食事したでしょ、覚えてる?
渡さんは日本トライアスロン連合の常務理事、
私と吉川さんは小林のコーチングスタッフ、
高倉さん、三船さんはもうトライアスロンは引退してるけど、
加山さんが帰国したので全員集まったよね、チーム・スパチオが。

騒動としか言いようのないどんちゃん騒ぎでしたから忘れるわけないです、
小林さんのオリンピック代表候補、
加山さんのジーロ完走とステージ優勝、
渡さんお得意のオリンピック至上主義批判、
三船さんの「サイナラは言わせない」構想、
高倉さんのサステイナブル農業、
皆さん勝手気ままに主張し喋ってましたね、昔とおんなじだったので感激でした、小夏は。

そのとおり、誰が誰と何を話したかなんて誰も覚えることができないような盛り上がりだったでしょ、でも私は加山さんから聴いたあることに反応したの、例のタイムスリップの落ちどころのヒントよ。

耳には自信のある小夏ですが、さすがにあのような状態で聞き分けるなんてできませんでした・・・というか、あんまりうるさいのでミミ日曜にしてたのがホントのところですけど、

で、何を聞いたんですか?

私のノンノ、加山さんのサイクルチームのボスであるルチアーノ・カッシーニに関する情報。
加山さんを紹介したのは杏奈のパパ フェリエ―リさんということになってるけど、仕掛け人は例によって私、今更どうでもいいけどね。
ルチアーノがオリンピック代表チームのコーチになったてことを加山さんがチラリと言ったのよね。
違うのよ、ケイリンとかロードといったイタリア得意の種目じゃないの、マウンテンバイク女子のコーチになったって、だから加山さんとしてもビッグニュースとしては思えないまま軽く話していたんだけど、私はしっかりと聞いたのね。
ノンノは元ロードの選手だったけど大した実績もなかったから,なぜ代表コーチになれたのかはわからない。でもどこの国もその手の人事は怪しいものよ、現に日本だって吉川さんと私がオリンピック候補小林のコーチですもの。

で、ルチアーノさんがコーチだとどう変るんですか、アンナさんの運命は?

シドニーで逢えるということ、因縁の3人がオリンピックの場を借りてね。
それと、小夏に初めて明かすけど、私の未来予想図には2001年が見えてこないの。
もしかしてこのヘンテコな杏奈・アンナという複合人格は2000年までの賞味期限なのかって、心配していたちょうどその時だったの。

アンナさんの余命、あと5年弱ですね。

小夏の胸のうちにもある決心が・・・
『私に今はっきりとした目的ができました、2000年のシドニーを目指すこと。
もちろんオリンピックではありません・・・・それは・・・』

今日の女子会は、アンナさんとの遠出のお散歩でした、秘密のお話は散歩中に限るというわけです。
いつもは公園や雑木林に出掛けるのですが、たまには街中にということで、最近駅前にオープンした海老名ワーナー・マイカル・シネマというシネマコンプレックス施設を見学しました。
その入り口に面したデッキでアンナさんが座っているスツールの足元に私は伏せてソフトクリームを舐め舐めしていると・・・
冬には珍しい暖かい陽光のもとたくさんの人が幸せそうに映画館からあふれ出てきて、大きなショッピングモールのなかに吸い込まれていきます。

アーケード・ショッピングセンターはこれからどうなるのかしら。
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