【渡・下地】 1989年10月

文字数 2,428文字

「渡さん、何か小夏がお手伝いすることありますか?」
ランチを食べた後、エスプレッソを3回お代わりしながらもずっとお手紙のようなものを書いている渡さん、きっと、ラブレターに違いない。
「嬉しいこと言ってくれるのは、こなっちゃんだけだよ、そうだな お手紙を書き終えたら肉球のハンコを押して貰える?」
「いいんですか、一応私も女子ですから、彼女さん気分害しますよ」
「あれ、こなっちゃんなんか勘違いしてない?それとも妬いてるの?  だいたいオレッチには奥さんと娘がいるでしょ。
このお手紙はね、宮古島トライアスロン大会への必殺裏技なんだ、こなっちゃんはチームのマスコットだから、サインしてね、ぜひ」

よくよく訊いてみると渡さんのお手紙の中身は誰もが考えつかなかった、チーム全員が大会に参加できる提案だったのです。
渡さんは私がチーム・マスコットだということで丁寧にその骨子を説明してくれました。
チーム・スパチオのこれからの課題として次の3点が重要になっています。
① チームの原則である全員でのレース出場
② ロングレースの体験と問題点の発見・修正
③ チーム・スパチオのプロモーション活動
宮古島大会は人気大会ですからチーム6名全員が当選するとは思えません(選考があるのです)。ここをクリアできることが第一であって、すべてだと私にもわかりました。
渡さんから下地事大会務局長にあてた手紙と一緒に次のようなタイトルの企画提案書が出来上がってました。
【平良市・海老名市 姉妹商店街提携企画
 平良市商店街チームと海老名市商店街チームが市内を疾走する】
ビーグル犬は、自慢じゃないですが賢い犬種と評判です、すぐに渡さんの意図を私は理解します。
「渡さん、ということは平良市にも商店街チームがあるのですか?」

ここで、
一か月前の天草カラオケ居酒屋「四郎の恋」
まで時間を巻き戻します。

「そこのお兄さん、一人で飲んでないでこっちに来るといいさ」

渡さんがウニ・アワビ盛りセットとビールを味わっていた時、声をかけてくれたのが下地さん、トライアスロン主催地同士の親睦と最新情報交換のため宮古島からやってきたのです。
彼も一人で来ていたので、ちょっとお声掛けしたのだそうです。
渡さんはといえば、仲間二人が早寝した後、情報・遠征担当者としてのミッションを全うするため、いつになく混雑している天草の夜に出撃したのです、お仕事はまず名物の海鮮料理を食べて「くちなしの花」を歌ってからね・・と自分に言い聞かせていたところでした。
「ビールの後は泡盛でいい?」
そう言いながら宮古島産だという菊之露VIPゴールドの水割りを渡さんの目の前に。
「宮古だったらオトオリなんだけど今日は好き勝手に飲んで、泡盛は奢りだよ」
「もしかして宮古島の方ですか?」
「そう、大会の事務局をやってるのさ~、こちらのお偉いさんに挨拶したり、大会運営の苦労話を聞かされたりで疲れたよ。ゆっくり飲むから付き合ってよ」
渡さんの幸運の女神がほほ笑んだ瞬間でした、
(それって小夏の笑顔のことですね、きっと)
渡さんは急がず慌てずに、下地さんに伝えたのでした。
海老名商店街チーム、最近大手スーパー、コンビニの進出で将来が危うい商店街が結成したチーム、初心者六人だけど全員が本気なチーム、
そして、
次は宮古島に全員で出場したいことを。

「うちの島も同じ矛盾に悩んでるのさ、大手スーパーやおしゃれなコンビニは島民にとってはずっと夢だった、今その計画が動き出しているのさ」
「地元にも商店街ってあるんでしょ」
「もちろん、俺は商工会の理事長としてもトライアスロン開催の経済効果を前から訴えてきたのさ、しかしその商店自体 先の見えない時代になってきて、何とかしなければと思ってる、いやホントはここで泡盛なんか飲んでる場合じゃないんだよね」
「オレッチのチームは、海老名商店街結束の象徴として動き出したんですよ、みんなでしっかり協力して苦しい時代を乗り切ろうってね」
下地さんは酔ってしまったのか下を向いて何も返事をしてくれない、そろそろ切り上げて宿に戻ろうかと、
「お会計お願いっ」
「ちょっと待って渡君、こんなローカル・ルールが宮古島大会にあるんだけど知ってるかい?」
下地さんは酔っても眠ってもいませんでした、渡さんの知るすべもないことを教えるかどうか考えていたのです。

宮古島トライアスロン大会は「全日本」というタイトルがついてはいるものの成り立ちは島興しの強い想いから開催された極めて地方色の豊かな運営になっています、ただただ日本全国から選手や応援者を呼び込んで島でお金を使ってもらうことだけではなく、スポーツを梃とした島の経済活性を目論んでいるのです。
そのためにもまず健康が第一、宮古島島民にもトライアスロンを普及させようと考えたのです。
昔から島の男たちは暑い日中に仕事を避け昼寝をし、夕食の後三々五々集まっては「オトオリ」と称した泡盛宴会を夜更けまで、翌日は二日酔いで仕事もできず昼寝・・・
この繰り返しですから飲み過ぎのツケ、つまりは生活習慣病に苦しむことになるのです。
下地さんの狙いは、大会を主催すると同時に地元出場者を増やしていくことで島民の健康状態も高めていこうというのです。
「こっちも姉妹都市チームを作るとしたら、渡さんたち出てくれるかい?」
「オレッチ全員出れるのですか、選考なしで?」
「宮古島住民枠ってのがあるのさ、これが意外と埋まらなくて毎年員数を合わせるのに苦労してる、だから海老名商店街チームは平良市商店街チームの招待として出ることにして、
う~ん、まあこっちのチームはぎりぎり何とかなりそうだけど」
「チームと言っても結局は個人のレースですけどね?」
「そこは気にしないさ、商店街チームが出ることに意味があるの、これで大会はぐっと盛り上がるよ」
渡さんの酔いがいっぺんに吹き飛んでいきます、

「戻ったらすぐに仲間と相談して、ご返事を差し上げます、よろしくお願いします下地さん」
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