初めてプレゼントをもらいました

文字数 2,964文字

 ゆっくり見ていいと言われても、どうしても待たせることはできない。早く決めなくちゃ、と焦りながら物色する私の後ろを静かに着いてくる黒崎さん。どうやら黒崎さんは何も買うつもりは無いらしい。
 とにかく早くしなくてはと思いながら探していて、目に入ったのはイルカのぬいぐるみだった。両手で抱えるとちょうどいい具合に収まりそうな大きさで、ふわふわしていて、クリクリとした大きな目がかわいくて、それを一目見て気に入った。

「かわいい……」
「それにする?」
「はい」

 これならいい思い出と共に、廃れることなく、いつまでも持っていることができそうだ。そんなことを考えてしまって、押し込めたはずの切なさが再び込み上げる。

「貸して」
「ふぇ?」

 言われた意味が分からず、ぬいぐるみを抱えたまま固まった私から、黒崎さんは勝手にそれを奪っていく。そして、スタスタと歩き始めてしまった。
 その先にレジがあることに気が付き、何をしようとしているかが分かって、慌てて追いかける。

「黒崎さん! 待って、ください」
「待たないよ」
「ダメです。待って、」

 黒崎さんは私の言葉を軽く躱しながら、運悪く混んでいなかったレジであっという間に会計済ませてしまった。そして、ショップを出たところで、ぬいぐるみが入った袋を軽く上げて口角を上げる。

「僕からのプレゼントということで、貰ってくれる?」
「で、でも」
「本当は内緒サプライズで買った方が喜んでくれるかなと思ったんだけど、やっぱり欲しいものがいいだろうと思って」
「そんな……どちらにしてもいただくなんて」
「貰ってくれないと、この子行き場がなくなっちゃうよ。だから、藤原さんの家に連れて帰ってくれない?」

 そんな言い方されたら、うまく断ることができないよ……。

 実際かわいいと思ったものだし、今日の思い出にとも思った。それを黒崎さんからのプレゼントだと思うと、ますます大事なものになりそうだ。
 それに、きっと黒崎さんは引いてくれない。意外と押しが強くて、頑固な人だと思うから。

「……うぅ」
「ね?」
「あ、ありがとう、ございます」
「うん。じゃあ、これは帰る時に渡すね」
「……はい」

 やっぱり少し強引。でも、すごく嬉しい。宝物になること間違いなしのぬいぐるみ。それを持っている黒崎さんも、私に負けじと笑顔を見せてくれている。

 まるで、私へのプレゼントを買えて喜んでくれているような……。
 いやいや、冷静に考えて。そんなわけないじゃない!
 どうして黒崎さんが私へのプレゼントを買えて喜ぶというの?
 気のせいだよ。

 きっといつもと変わらない優しさなだけ。ふるふると頭を振って、現実を見るためにそう結論付けた。

「そろそろ行こうか?」
「あ、はいっ」

 そう言われて見上げると、黒崎さんはいつの間にか出口の方へと身体を向けていた。
 慌てて黒崎さんの隣へ並ぶと、私とは反対側の手にぬいぐるみを持ち替えて、キュッと手を握ってくれる。それがあまりに自然な仕草で、身体は火照っていくのに思考はフリーズしてしまった。

「嫌?」
「え?」
「手」
「いいい、いや、じゃない……です」
「良かった」

 また手を繋いでくれるんだ。隣に並んだ黒崎さんをそっと見上げると、クスッと笑って笑みを深めてくれた。その表情に引き込まれてしまう。
 何度も笑顔は見ている筈なのに、繋いだ手の温もりと覆われている男性的な手の感覚も相まって、黒崎さんに手を引かれるまで見惚れてしまっていた。
 歩き始めた黒崎さんはいつの間にか真っ直ぐ前を見ていて、その横顔に出口から入ってくる太陽の光が当たり、とても美しい。男性に『美しい』なんて変かもしれないけど、今の黒崎さんにはぴったりだと思う。
 そして、何故か儚げにも見える。シャープな顎のライン、男性にしては色白で肌理きめの細かい肌、そして決して温度の上がらない雰囲気のせいだろうか。
 冷たいわけではないのに、黒崎さんの周りの雰囲気がガラリと変わることが想像できない。いつも冷静で落ち着いていて、笑う時ですら乱れることがない。

 ……声を上げて笑うところを見てみたいな。おなかを抱えて笑うことなんてあるのかな。

 なんとも言えない気持ちになり、ジッと見ていることができずに、真っ直ぐ前を向いて視線を落とした。
 どうして黒崎さんの様子が引っ掛かるんだろう。気になる……けど、私から踏み込んで聞くなんていうテクニックはない。
 結局どうすることもできないまま、車へと着いてしまった。それから、助手席のドアを開けてくれる黒崎さんに恐縮しながら乗り込んだ。
 この時になって、改めて黒崎さんを意識してしまって、運転席に乗りこんできてからはフロントガラスに穴が開くのではないかと思うほど前を見つめた。
 散々二人で過ごして、多少は慣れたかなと思っていたのに全然ダメらしい。やっぱり密室に二人きりでは緊張感がまったく異なる。唸ってはいけないのに、油断すると漏れてしまいそうだ。
 どうしよう、どうしよう。そんな言葉で頭が一杯になっていると、ふと視界に陰ができた。

「え?」

 我に返って目の前にできた壁に焦点を合わせてみる。何かが近過ぎてすぐには焦点が合わなかったが、鼻を掠めた匂いに魔力があるように、あっという間に身体の自由が奪われ硬直した。

「ひゃうっ⁉」
「ごめん、シートベルト」
「えっ、あ、」

 この状況に言われたことも理解できずに戸惑っていると、カチャンという音が耳に入ってきた。そして、黒崎さんの身体が離れていく。
 触れたわけでもないのに、その温かさまで感じてしまった。顔が接近したことによって、黒崎さんの呼吸を意識してしまったからだろうか。戻ってきた明るさと共に、新鮮な空気が肺に入ってきた。

「ごごごご、めん、なさいっ」
「ううん。疲れちゃった?」
「いいい、いえ! まだまだ元気です!」
「そっか。元気でなにより」

 黒崎さんはそう言ってクスクスと笑う。

 失敗してしまった……!

 せっかく一緒にいるのにぼんやりしてしまうなんて。そのせいで、シートベルトをすることすら忘れるなんて。しかも、今のはなんだ。まさかの胸キュンシーン。
 いや、私が主人公ヒロインというところがありえないのだけれど、黒崎さんが俳優ヒーローとしてなら成り立つ。

 ……ドラマ、みたいだった!

「じゃあ、出発するね」
「わっ⁉」
「どうかした?」
「っ! な、なんでもないです!」

 黒崎さんを俳優さんにして胸キュンドラマを展開していたがために、突然の声に驚きましたなんて言えない……!

「何かあれば言ってね。途中休憩したい時も」

 黒崎さんは小さくクスクスと笑いながらも、そう言って車を走らせ始めた。今日はいつもにも増して笑われている気がする。『一緒に笑う』というより『私が笑われる』という感じだけれど。
 今まで一番長い時間を過ごしているのだから、笑う機会は必然的に多くなるのは分かる。でも、そんなにも私はおかしいのだろうか。それとも、実は黒崎さんが笑い上戸なのかもしれない。
 少し拗ねて膨れてしまいそうな自分の頬を両手でギュッと挟んでみる。すると、膨れることは回避できたが、逆に唇が尖がってヒヨコのようになってしまった。これでは拗ねていることに気付かれなくても、変顔を晒していることになる。慌てて手を離し、窓の外へと顔を向けた。
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