妄想
文字数 1,909文字
始まりがいつだったのかは、もう覚えていない。
わたしが小学生になったころには、頭の中に弟くんが居たと思う。
いわゆるイマジナリーフレンド。
フレンドではなく弟の場合はどう呼ぶのだろうと思い、昔調べたところによればイマジナリーコンパニオンと呼んだりタルパと呼んだりもするらしい。
まあそこはわたしにとってあまり重要ではないから置いておくとして。
別に何か家庭や学校で問題があったわけじゃない。
むしろ一人っ子なこともあってか両親はわたしに溢れんばかりの愛を注いでくれたし、両親同士も今なお見ているこっちが恥ずかしいくらいラブラブだ。
学校でもイジメやなにかがあったわけではなく、多くはないが友達もちゃんと居た、特に何の変哲もない学校生活だったと思う。
何か理由があったわけではなく、子どもの頃から当たり前のようにわたしの中には弟くんが居るのだ。
ただそれを周りに言うのはあまり良くないと子どもながらに気付いていたのか、友達や親に話したことは一度もない。
それに別に良いではないか。誰に迷惑をかけているわけでもない。わたしの頭の中に居るだけだ。
子どもの頃からわたしと共に成長していった弟くん。
大人になって一緒に居られる時間が減ったけど、それでも一緒にいる弟くん。
それに今のわたしには、寝る前に弟くんと話す時間以外に癒される時間がないのだ。
────────。
「……」
パソコンをたちあげて、昨日勢いで書いた話を確認する。
これはひどい。
いやまあ、切って捨てるほど酷いわけではないから、修正していけばいけるか……?
見返す作業中に恥ずかしくて死にかける可能性はあるが、真っ白な状態から書くよりはずっといいはず、多分。
今日は担当者さんと打ち合わせがあるし、それまで頑張ろう。
……もう、逃げる気力もないや。
────────。
────────。
────────。
「つ、かれた……」
フラフラになりながら家に向かう。毎回思うのだが人と話す時が一番疲れる、だって原稿と違って自分のペースだけじゃできないし。いや原稿も最終的には締め切りに追われるんだけど。
まあともかく。よほど疲れ切った顔をしていたのか、担当者さんが車で自宅の近くまで送ってくれた。
あの人、あんなに優しかったんだなあ。いや、優しいのは前から知っている。こんなわたしを見限らずに、真摯に作品のことを一緒に考えてくれるような人だから。
そんなことを考えているうちに自宅に着く。そして家の扉に鍵を挿した瞬間に気付いた。夕飯を買っていない。でも今から引き返してコンビニいくのも面倒だな。もういいや、カップ麺くらいあるでしょ。
「ただいまー」
「おかえり、姉さん。わっ、顔色悪いよ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないー……」
「お風呂沸いてるから、先に入っておいで。その間にご飯作っちゃうから」
「ありがとー……」
言われたとおりに浴室に向かい、服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。
後で入るであろう弟くんのことも考えて、身体を洗ってから湯船に浸かった。
「気持ちいいー……」
湯船に浸かったのなんていつ以来だろうか。
実家を出て最初の頃は毎日お湯を沸かしていたが、浴槽を洗うのが面倒になって今はシャワーを浴びるだけになった。
それにしてもお風呂ってこんなに気持ちがいいものなのか。実家に居た頃は毎日お湯が張ってあったのだが、あの時は特に好きでも嫌いでもなかった。
でも今なら長風呂する人の気持ちが分かるような気がする。
流石は気の利く弟くん。後で感謝しなければ。
弟くんといえば、いつから一緒にお風呂に入らなくなったんだっけ。少なくともわたしが中学生の頃までは一緒だったと思う。
今度また一緒に入るのも良いかもしれない、別にお互いよこしまな気持ちなんて湧かないし。
お風呂は沸いてるけどね、わっはっは。
……ふぅ、心が安らぐとくだらない考えが思い浮かぶな、リラックスって大事。創作アイデアが思い浮かぶかもしれないし、今後もたまにはお風呂を沸かして──。
「──いや、なんで!?!?!?」
完全にリラックスしていた姿勢を正す。浴槽からザバッとお湯がこぼれた。
おかしい、明らかにおかしい。まず何故お湯が張ってある?自分で沸かした覚えはないし、そもそもさっき帰ってきたばかりだ。遠隔で沸かす機能なんてもちろん付いてない。
というか弟くんが居た。いや弟くんはわたしの中にずっと居るんだけどそうじゃなくて、目の前に、視界に映ったのだ。
どういうことだ?遂に疲れすぎて幻覚を見ているのか?妄想と現実の区別がつかなくなったのか?
頬をつねる。痛い。
お湯を手ですくい上げて顔にかける。覚めない。
というかお湯が本物だ。
わたしは今すぐにでも確かめたくなって、浴槽を、浴室を飛び出した。
わたしが小学生になったころには、頭の中に弟くんが居たと思う。
いわゆるイマジナリーフレンド。
フレンドではなく弟の場合はどう呼ぶのだろうと思い、昔調べたところによればイマジナリーコンパニオンと呼んだりタルパと呼んだりもするらしい。
まあそこはわたしにとってあまり重要ではないから置いておくとして。
別に何か家庭や学校で問題があったわけじゃない。
むしろ一人っ子なこともあってか両親はわたしに溢れんばかりの愛を注いでくれたし、両親同士も今なお見ているこっちが恥ずかしいくらいラブラブだ。
学校でもイジメやなにかがあったわけではなく、多くはないが友達もちゃんと居た、特に何の変哲もない学校生活だったと思う。
何か理由があったわけではなく、子どもの頃から当たり前のようにわたしの中には弟くんが居るのだ。
ただそれを周りに言うのはあまり良くないと子どもながらに気付いていたのか、友達や親に話したことは一度もない。
それに別に良いではないか。誰に迷惑をかけているわけでもない。わたしの頭の中に居るだけだ。
子どもの頃からわたしと共に成長していった弟くん。
大人になって一緒に居られる時間が減ったけど、それでも一緒にいる弟くん。
それに今のわたしには、寝る前に弟くんと話す時間以外に癒される時間がないのだ。
────────。
「……」
パソコンをたちあげて、昨日勢いで書いた話を確認する。
これはひどい。
いやまあ、切って捨てるほど酷いわけではないから、修正していけばいけるか……?
見返す作業中に恥ずかしくて死にかける可能性はあるが、真っ白な状態から書くよりはずっといいはず、多分。
今日は担当者さんと打ち合わせがあるし、それまで頑張ろう。
……もう、逃げる気力もないや。
────────。
────────。
────────。
「つ、かれた……」
フラフラになりながら家に向かう。毎回思うのだが人と話す時が一番疲れる、だって原稿と違って自分のペースだけじゃできないし。いや原稿も最終的には締め切りに追われるんだけど。
まあともかく。よほど疲れ切った顔をしていたのか、担当者さんが車で自宅の近くまで送ってくれた。
あの人、あんなに優しかったんだなあ。いや、優しいのは前から知っている。こんなわたしを見限らずに、真摯に作品のことを一緒に考えてくれるような人だから。
そんなことを考えているうちに自宅に着く。そして家の扉に鍵を挿した瞬間に気付いた。夕飯を買っていない。でも今から引き返してコンビニいくのも面倒だな。もういいや、カップ麺くらいあるでしょ。
「ただいまー」
「おかえり、姉さん。わっ、顔色悪いよ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないー……」
「お風呂沸いてるから、先に入っておいで。その間にご飯作っちゃうから」
「ありがとー……」
言われたとおりに浴室に向かい、服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。
後で入るであろう弟くんのことも考えて、身体を洗ってから湯船に浸かった。
「気持ちいいー……」
湯船に浸かったのなんていつ以来だろうか。
実家を出て最初の頃は毎日お湯を沸かしていたが、浴槽を洗うのが面倒になって今はシャワーを浴びるだけになった。
それにしてもお風呂ってこんなに気持ちがいいものなのか。実家に居た頃は毎日お湯が張ってあったのだが、あの時は特に好きでも嫌いでもなかった。
でも今なら長風呂する人の気持ちが分かるような気がする。
流石は気の利く弟くん。後で感謝しなければ。
弟くんといえば、いつから一緒にお風呂に入らなくなったんだっけ。少なくともわたしが中学生の頃までは一緒だったと思う。
今度また一緒に入るのも良いかもしれない、別にお互いよこしまな気持ちなんて湧かないし。
お風呂は沸いてるけどね、わっはっは。
……ふぅ、心が安らぐとくだらない考えが思い浮かぶな、リラックスって大事。創作アイデアが思い浮かぶかもしれないし、今後もたまにはお風呂を沸かして──。
「──いや、なんで!?!?!?」
完全にリラックスしていた姿勢を正す。浴槽からザバッとお湯がこぼれた。
おかしい、明らかにおかしい。まず何故お湯が張ってある?自分で沸かした覚えはないし、そもそもさっき帰ってきたばかりだ。遠隔で沸かす機能なんてもちろん付いてない。
というか弟くんが居た。いや弟くんはわたしの中にずっと居るんだけどそうじゃなくて、目の前に、視界に映ったのだ。
どういうことだ?遂に疲れすぎて幻覚を見ているのか?妄想と現実の区別がつかなくなったのか?
頬をつねる。痛い。
お湯を手ですくい上げて顔にかける。覚めない。
というかお湯が本物だ。
わたしは今すぐにでも確かめたくなって、浴槽を、浴室を飛び出した。