「弟くん」
文字数 2,409文字
「わあっ!ビックリした!」
勢いよく脱衣所の扉を開けると、目の前に弟くんが居た。
「あ、ごめんね、着替えを置こうかと思ってさ」
弟くんの手元には、確かに私が部屋着に使っている衣服があった。
「お、お手数をお掛けしました」
「なんで敬語?」
本物だ、本物の弟くんだ。顔も、体格も。
「というか姉さん、そんなビショビショのままで脱衣所出ようとしたの?流石に駄目だよ、風邪ひいちゃうよ」
話し方も、声も。
「姉さん?聞こえてる?」
わたしの中にいる弟くんそのものだ。
「……なんか、混乱してる?」
「あ、いや、大丈夫っす……」
「なにその語尾。……本当に大丈夫?」
「あの、あれあれ、あれだよ、流石にバスタオル巻いただけで出るのはアレだったかなって」
今この状況でヤバいやつは確実にわたしの方だろう。
語彙力もヤバいことになってる。
「そうだね、ちゃんと身体拭いて髪も乾かして、着替えないと。風邪ひいちゃうからね」
「ああうん、そうね」
「じゃあここに着替え置いておくから。何かあったら呼んでね」
そう言って弟くんは脱衣所を後にする。
やばい。顔がにやけるのが止まらない。
もうこの際わたしの頭がおかしくなったとかでもいいや。
今日は人生で最高の日かもしれない……!
────────。
「おおー……!」
「そんなに感動するようなものは作ってないよ」
何を言うか。実家を出てから家に帰ればご飯におかずと汁物がある日々がいかに贅沢だったのかを思い知らされたというものだ。
「いただきます!」
「いただきます」
まずはみそ汁を頂く。美味しい。みそ汁ってこんなに美味しかったんだ。
「インスタントだよ?」
よほど顔に出ていたのか、弟くんが謙遜する。
インスタントだって買う手間に作る手間、そして使った容器を洗う手間が発生するのだ。バカにしてはいけない。
続いてサバの塩焼き、そしてご飯。
焼き魚なんていつ以来だろうか。茶碗に盛られたご飯も久々だ。というかもう全部が懐かしい。
汁物にお魚、そしてお米。これだけで充分なんだよ、食事って。ああ、色んな意味で温かい。
「美味しい?」
「美味しいよ。ありがとう、本当にありがとう……」
「どういたしまして」
そして何より、誰かと食べるご飯。
それだけでもうご馳走なのに、相手はあの弟くんだ。
今のわたしなら、ヘビやワニを出されたって美味しく食べられる。
……元から美味しいんだっけ。まあいいや。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした」
食べ終わると同時に弟くんが食器を片付け始めたので、わたしも自分の食器を片付ける。
この子がわたしの知る弟くんなら、絶対にわたしの分まで全部片付けようとするからだ。
「あ、姉さんは座ってていいよ、疲れてるでしょ」
「これくらい、大丈夫。それにほら、お話ししながらやれば、あっという間でしょ?」
「……じゃあ一緒に洗いものしよっか、子どもの頃みたいに」
「う、うん、子どもの頃みたいに。え、えへへ」
二人で並んでキッチンに立つ。シンクは狭いので弟くんが食器を洗って、わたしが洗い終わったものを拭いていく。
「あ、さっきはごめん」
「なにが?」
「いやその、タオル一枚で脱衣所で暴れまわっちゃって。なんかこう、テンションが上がり過ぎたというか」
「なんだ、そんなの大丈夫だよ。姉さんがケガしなくて良かった」
「あと大変お見苦しいものをお見せしました」
「別に気にしてないよ、姉弟だし」
弟くんの顔をチラッと見る。気にしている様子は本当にない。
そうそう、こういう反応でいいんだよ。
そういう作品が好きな人には申し訳ないが、兄妹や姉弟で裸を見てドキッとする、みたいな展開わたしはあんまり理解できないんだよなー。
あと血が繋がってないって分かった瞬間異性として意識し始めるやつも。まあ宗派だから仕方ないんだけど。
ともかく、この反応というか最早反応さえないこの返しはまさにわたしの中の弟くんなのだ。
「はい、これで最後。二人でやるとあっという間だね」
「ねー」
本当にすぐ終わった。
昔一人でやってた頃は長く感じたものだ、だからこそコンビニ弁当やおにぎり生活が始まったわけだが。
「ね、一緒にアニメでも見ない?」
「いいね、見よっか」
そう誘うと弟くんはリビングのモニター前にある”弟くん用に買った座椅子”に座る。
アレはこの家を借りてすぐに自分用の物と一緒に買ったものだ。表向きは来客用として、わたしの中では弟くん用として。
弟くんがそれを当然のように自分の場所だと認識していることが、なんだか嬉しかった。
「ん、どうしたの」
「んーん、なんでもないよ」
────────。
アニメを数話見て、日付が変わる少し前。
弟くんはお風呂に入るね、と言って脱衣所へ向かったので、歯磨きなどを済ませて寝る支度をしていたところ。
大きな問題にぶち当たってしまった。
「寝床、どうしよう……」
そう、ベッドは一つしかない。
座椅子なら二つくらい買っても邪魔にならないし値段もいうほど高くないが、ベッドは値段が高いし場所を取る。
一応、これまた表向きは少し大きい方が落ちないからという理由で。わたしの中では弟くんと一緒に寝るのを想定してセミダブルのベッドを買っている。枕も一応二つある。
が、セミダブルは意外と小さいのだ。二人で寝るにはいささか無理がある。気付いた時には時すでに遅しだった、困ったのは今日が初めてだけど。
「どうしたの?」
「えっと、寝床どうしようかなって」
「……?いつも通りでいいんじゃない」
いつも通り。
そうか、寝るときの姿はわたしが寝ているからわたしの頭の中にはないが、そういう記憶は別のなにかで補完されるのか、分からんけど。
とりあえず、そのいつも通りとやらに──。
「よいしょっと」
「え」
「おやすみー」
弟くんはわたしを抱きかかえてベッドに潜った。
つまり、わたしが弟くんの上に覆いかぶさるわけだ。
なるほど。
これがいつも通り。
「……」
別にドキッとしたわけじゃあないが。
絵面が不健全すぎるから明日ベッドを買いに行こう……。
勢いよく脱衣所の扉を開けると、目の前に弟くんが居た。
「あ、ごめんね、着替えを置こうかと思ってさ」
弟くんの手元には、確かに私が部屋着に使っている衣服があった。
「お、お手数をお掛けしました」
「なんで敬語?」
本物だ、本物の弟くんだ。顔も、体格も。
「というか姉さん、そんなビショビショのままで脱衣所出ようとしたの?流石に駄目だよ、風邪ひいちゃうよ」
話し方も、声も。
「姉さん?聞こえてる?」
わたしの中にいる弟くんそのものだ。
「……なんか、混乱してる?」
「あ、いや、大丈夫っす……」
「なにその語尾。……本当に大丈夫?」
「あの、あれあれ、あれだよ、流石にバスタオル巻いただけで出るのはアレだったかなって」
今この状況でヤバいやつは確実にわたしの方だろう。
語彙力もヤバいことになってる。
「そうだね、ちゃんと身体拭いて髪も乾かして、着替えないと。風邪ひいちゃうからね」
「ああうん、そうね」
「じゃあここに着替え置いておくから。何かあったら呼んでね」
そう言って弟くんは脱衣所を後にする。
やばい。顔がにやけるのが止まらない。
もうこの際わたしの頭がおかしくなったとかでもいいや。
今日は人生で最高の日かもしれない……!
────────。
「おおー……!」
「そんなに感動するようなものは作ってないよ」
何を言うか。実家を出てから家に帰ればご飯におかずと汁物がある日々がいかに贅沢だったのかを思い知らされたというものだ。
「いただきます!」
「いただきます」
まずはみそ汁を頂く。美味しい。みそ汁ってこんなに美味しかったんだ。
「インスタントだよ?」
よほど顔に出ていたのか、弟くんが謙遜する。
インスタントだって買う手間に作る手間、そして使った容器を洗う手間が発生するのだ。バカにしてはいけない。
続いてサバの塩焼き、そしてご飯。
焼き魚なんていつ以来だろうか。茶碗に盛られたご飯も久々だ。というかもう全部が懐かしい。
汁物にお魚、そしてお米。これだけで充分なんだよ、食事って。ああ、色んな意味で温かい。
「美味しい?」
「美味しいよ。ありがとう、本当にありがとう……」
「どういたしまして」
そして何より、誰かと食べるご飯。
それだけでもうご馳走なのに、相手はあの弟くんだ。
今のわたしなら、ヘビやワニを出されたって美味しく食べられる。
……元から美味しいんだっけ。まあいいや。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした」
食べ終わると同時に弟くんが食器を片付け始めたので、わたしも自分の食器を片付ける。
この子がわたしの知る弟くんなら、絶対にわたしの分まで全部片付けようとするからだ。
「あ、姉さんは座ってていいよ、疲れてるでしょ」
「これくらい、大丈夫。それにほら、お話ししながらやれば、あっという間でしょ?」
「……じゃあ一緒に洗いものしよっか、子どもの頃みたいに」
「う、うん、子どもの頃みたいに。え、えへへ」
二人で並んでキッチンに立つ。シンクは狭いので弟くんが食器を洗って、わたしが洗い終わったものを拭いていく。
「あ、さっきはごめん」
「なにが?」
「いやその、タオル一枚で脱衣所で暴れまわっちゃって。なんかこう、テンションが上がり過ぎたというか」
「なんだ、そんなの大丈夫だよ。姉さんがケガしなくて良かった」
「あと大変お見苦しいものをお見せしました」
「別に気にしてないよ、姉弟だし」
弟くんの顔をチラッと見る。気にしている様子は本当にない。
そうそう、こういう反応でいいんだよ。
そういう作品が好きな人には申し訳ないが、兄妹や姉弟で裸を見てドキッとする、みたいな展開わたしはあんまり理解できないんだよなー。
あと血が繋がってないって分かった瞬間異性として意識し始めるやつも。まあ宗派だから仕方ないんだけど。
ともかく、この反応というか最早反応さえないこの返しはまさにわたしの中の弟くんなのだ。
「はい、これで最後。二人でやるとあっという間だね」
「ねー」
本当にすぐ終わった。
昔一人でやってた頃は長く感じたものだ、だからこそコンビニ弁当やおにぎり生活が始まったわけだが。
「ね、一緒にアニメでも見ない?」
「いいね、見よっか」
そう誘うと弟くんはリビングのモニター前にある”弟くん用に買った座椅子”に座る。
アレはこの家を借りてすぐに自分用の物と一緒に買ったものだ。表向きは来客用として、わたしの中では弟くん用として。
弟くんがそれを当然のように自分の場所だと認識していることが、なんだか嬉しかった。
「ん、どうしたの」
「んーん、なんでもないよ」
────────。
アニメを数話見て、日付が変わる少し前。
弟くんはお風呂に入るね、と言って脱衣所へ向かったので、歯磨きなどを済ませて寝る支度をしていたところ。
大きな問題にぶち当たってしまった。
「寝床、どうしよう……」
そう、ベッドは一つしかない。
座椅子なら二つくらい買っても邪魔にならないし値段もいうほど高くないが、ベッドは値段が高いし場所を取る。
一応、これまた表向きは少し大きい方が落ちないからという理由で。わたしの中では弟くんと一緒に寝るのを想定してセミダブルのベッドを買っている。枕も一応二つある。
が、セミダブルは意外と小さいのだ。二人で寝るにはいささか無理がある。気付いた時には時すでに遅しだった、困ったのは今日が初めてだけど。
「どうしたの?」
「えっと、寝床どうしようかなって」
「……?いつも通りでいいんじゃない」
いつも通り。
そうか、寝るときの姿はわたしが寝ているからわたしの頭の中にはないが、そういう記憶は別のなにかで補完されるのか、分からんけど。
とりあえず、そのいつも通りとやらに──。
「よいしょっと」
「え」
「おやすみー」
弟くんはわたしを抱きかかえてベッドに潜った。
つまり、わたしが弟くんの上に覆いかぶさるわけだ。
なるほど。
これがいつも通り。
「……」
別にドキッとしたわけじゃあないが。
絵面が不健全すぎるから明日ベッドを買いに行こう……。