4 1798春:出航準備(@ローマ:チビタベッキア)1
文字数 3,793文字
あの頃、ドゥゼ将軍は、大忙しの日々を送っていた。
武器や食料、物資の調達はもちろん、母を残して船に乗りたくないと言い出した戦隊長に、名誉と義務を説いて説得することまで、彼の仕事だった。
それは、もうひとつの戦争だった。戦争の、祭りのような側面、活気ある、気持ちの張った時間だった。
ローマには、ボナパルト司令官の妹、ポーリーヌがいた。彼女から、ラインの英雄・ドゥゼ将軍に、ひっきりなしに、サロンへ来るように、お誘いが来ていた。時には、婦人たちの私室まで出向くよう、促す手紙もあった。
だが、俺の上官は、決して彼女らの元へ行こうとしなかった。代わりに、ドン・ファン役を引き受けたのは、サヴァリだった。サヴァリは、俺と同じく、ドゥゼ将軍の副官になっていた。
不満げにラップは言う。
「ドゥゼ将軍は、パリにいた時も、軍人や、限られた人としか、会おうとしなかったんだ。有名人のサロンに呼ばれても、断ってばかりいて。花の都で、彼は、まるで隠者のように、引きこもって暮らしていたんだ」
2年前の、ライン河右岸進出やケール出撃を、パリの新聞は、華やかに報じ立てた。本人の知らぬ間に、ドゥゼ将軍は、パリで、大変な人気者になっていた。去年の春、ディアースハイムの戦闘で脚を銃撃された時は、ストラスブール中の女性が、見舞いに押しかけてきたくらいだ。(*司令本部がストラスブールにあり、ドゥゼはここで療養していた)
その後、ドゥゼ将軍は、ボナパルト将軍に呼ばれて、パリへ異動した。
「パリでも、ストラスブールと同じように、あちこちのマダムから、サロンへ来てくれるよう声をかけられたのに」
サヴァリは口を尖らせた。
ドゥゼ将軍が引き籠って暮らしていたということは、彼の副官であるサヴァリも、当然、どこのサロンへも出られなかったわけだ。
「サロンには、パリじゅうの美女が集まるっていうものな」
俺が揶揄すると、サヴァリはむくれた。
「違う! コネ作りだよ! 軍人だけじゃなくて、政府の人間とも、パイプを作っておくんだ。そうすれば、軍への補給が滞れば、口をきいてもらえるし、僕達の給料未払いだって、なんとかなるはず!」
実際、ライン方面軍にいた当時は、武器弾薬はおろか、医薬、食料に至るまで、軍は不足に悩まされた。
しかし、聞くところによると、俺らのいたライン・モーゼル軍が窮乏していた一方で、ボナパルト将軍麾下のイタリア(遠征)軍の兵士達には、きちんと給料が支払われていたという。
フランスが貧乏なのは、知っている。政府に金はない。いったい、どういう手を、ボナパルト将軍は使ったというのか。もちろん、フランス兵士として、略奪は、厳しく禁じられている。少なくとも、ライン軍ではそうだった。
「今だって、ボナパルト将軍の親族と、接触しておくのは、とても大切なことだ。今や彼は、遠征軍の、総司令官だから」
サヴァリは言ってのけた。
「ボナパルト将軍のまん中の妹は、ルクレール将軍(*1)と結婚したばかりだろ?」
ポーリーヌは、結婚前にジュノー(*2)と、また、あろうことか、フレロン(*3)とも噂があった。
「だが、彼には、もう一人、美人の妹さん(*4)がいるぜ? それに、養女(*5)も、大層愛らしいと評判だ」
サヴァリが鼻を蠢かす。
「下の妹は、止めとけ。ミュラ(*6)が狙ってる」
ミュラは血の気が多い。恋敵とあらば、決闘くらい申し込みかねない。こんなんでも、サヴァリは俺の同僚だ。ライン・モーゼル軍時代からの仲間だ。慌てて、釘を刺した。
「そんなつもりは全くない。あのな、ラップ」
サヴァリはむっとしたようだ。
「その時々で、力のある人間におもねることは、とても重要だ。ドゥゼ将軍にはそれができないから、僕が、代わりにやってるんだ」
童顔でよく気の回るサヴァリは、ローマの女性たちのサロンで、大いに人気を博しているらしい。
俺は、肩を竦めた。
「そんなこと言って、お前、ドゥゼ将軍が笑ってたぞ。『(遠征には)女性を連れていけないので、みんな、買いだめに走ってる(*7)、って」
「下品な!」
「言ったのは、俺じゃない。ドゥゼ将軍だ!」
ふくれっ面のまま、サヴァリは包みを取り出した。
「ボナパルト将軍の妹さんから、ドゥゼ将軍へ、贈り物を預かってきた」
「キャンディー(*8)じゃないか」
「うん。明らかに子ども扱いされてるな、ドゥゼ将軍」
俄かに暗い顔になり、サヴァリは頷いた。
◇
権力におもねるどころか、ドゥゼ将軍は、自分に与えられた名誉ある役職を、拒んでばかりいた。
何度指揮官を命じられても断り続け、将軍たちの
ドゥゼ将軍は、金や富や地位には、全く関心を持っていない。
彼は、自分からはるばる、イタリアの勝者、ボナパルトに会いに行った。ボナパルトが対英軍を設立すると、麾下に入ることを承諾した。
その時彼には、ドイツ軍の右翼司令官(旧ライン軍総司令官)という、栄誉ある地位が授けられていたというのに。
……「ボナパルト将軍は、優れた軍人だ。彼の栄光は、彼の下にいる者の上にも輝くだろう」
他ならぬドゥゼ将軍自身から、そう聞かされた時は、唖然としたものだ。彼が、栄誉を求めている? あり得ない!
それに、誰がどう考えても、ドゥゼ将軍の方が、ボナパルト将軍より、格上だ。
たとえば、昇進は、ドゥゼ将軍の方が、断然、早い。
准将(brigadier) は4ヶ月と2日、将軍(major general)に至っては2年も、ドゥゼ将軍の方が早い。
ドゥゼ将軍が、ライン軍の将校として、最高ランクに着いた年齢(25歳)では、ボナパルトは、しがない大尉capitaineにすぎなかった。ヴァンデ鎮圧を拒否し、パリに出てきたはいいが、金も仕事もなく、食事は一日一食、という貧乏時代である。(*9)
格としては、ドゥゼ将軍の方が、断然上なのだ。それなのに、自分から、はるばるイタリアまでボナパルトに会いに行ったあげく、その下に入るなんて。
ボナパルトにしてみれば、ライン軍の英雄が、向こうから懐に飛び込んできたようなものだ。ドゥゼ将軍を取り込むことによって、自らも、箔をつけることができたわけだ。
ドゥゼ将軍がボナパルト将軍の部下になったことは、正直、不満だ。普通、逆だろう。イタリア軍の勝利だって、南ドイツでのライン軍の活躍があってこそだ。
だが、俺は、ドゥゼ将軍が行くところなら、どこまでもついていく。たぶん、サヴァリも。
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*1 ルクレール将軍
前年(97年)の戦いで、イタリア(方面)軍の勝利の知らせを運び、ライン方面軍に休戦の知らせを齎した。小説「負けないダヴーの作り方」30話「最後の命令」で、この様子を描いています。
https://novel.daysneo.com/works/episode/cc1e30e3d9b41b8869249a21b8b7f173.html
*2 ジュノー
トゥーロン包囲戦(1793)で、ナポレオンの補佐官に。後、ジュノーは、ナポレオンの下の妹、カロリーヌ(結婚後。*4)ともスキャンダルを起こしている。
*3 フレロン
ルイ=マリ・スタニスラス・フレロン。政治家。ダントン派から、反ジャコバン派に転向した変節漢。
*4 もう一人の美人の妹
カロリーヌ。後にミュラと結婚する。
*5 養女
オルタンス。ナポレオンの最初の妻、ジョゼフィーヌの連れ子。一説によると、ナポレオンは彼女をドゥゼと結婚させようとしていたとある。
https://www.napoleon.org/histoire-des-2-empires/biographies/desaix-louis-charles-antoine-1768-1800-general/
一方で、彼女は、ナポレオンの初期からの補佐官・デュロックと恋仲だったとも。
https://www.frenchempire.net/biographies/duroc/
ちなみに、彼女が結婚したのは、ナポレオンの弟、ルイだが、後に別の男性(タレーランの実子)と不倫、子をなした。
*6 ミュラ
ナポレオン時代の元帥、後、ナポリ王。ミュラは、エジプトから帰還してすぐ、ブリュメールのクーデター(1799.11)で、カロリーヌの保護を手配した。翌年、彼女と結婚。
色恋沙汰が入り組みすぎ!
ボナパルト家の面々を語ると、これだから……
*7
特派員に認めた、ドゥゼ自身の言葉
"Chacun fait des provisions puisqu'on ne peut (pas) emmener de dames."
*8 キャンディー
"diavolinos" と呼ばれる飴(bonbon)。詳細わかりません。どなたか、ご存じの方、教えてください。
*9
その3年前には、故郷コルシカに帰ってばかりという、不自然な休暇が多く、軍をクビになった記録もある(彼の後任が指名されていた)