第1話

文字数 1,014文字

 私はラクダだった。
 夢の中の話だ。
 そこは一面砂の世界で、私はラクダとして自分の立っている場所に何の疑問も抱かずに暮らしていた。変わらない毎日を、ただそのままに享受して生きていくことは、とても幸せなことだと思う。
 窓を開ける。
 なんて眩しいんだろう。
 熱砂からのきびしい照り返しで目が焼かれる。そこにあるのは、見慣れた砂漠だ。
 上半分はどこまでも続く水色の空、そして下半分はこれもまたどこまでも続く砂の海だ。
 昨日もそうだったし、一昨日もそうだった。きっと明日もそうだろうし、それ以後だって変わりはしないのだろう。
 夢の中で砂漠にいたのだって、私がこの景色しか知らないからに他ならない。
 砂と空から成り立つ世界。
 この単調な景色が、私の知るすべての景色だ。
 ぼんやりと私は外を見る。部屋の中ばかりでは息が詰まるから、外を見るのだ。
 空間的に制限された室内よりも、広がりをもった砂と空の世界の方が気持ちを軽やかにしてくれる。
 まあ、部屋の中にいるもの嫌いじゃないんだけどね。
 部屋の中、壁際には大きな本棚がある。そこは好みの本ばかりを集めた、私自慢の本棚だ。そこから本を取り出して、身体を包み込むほどの大きなビーズクッションに埋もれて読書をするのは私の至福の時間だ。
 とはいえ、だ。
 いくら好きなことだとしても、それにかける時間が長ければ長いほど飽きてもくると言うもので。私は疲れた目頭を揉みつつ、また、外を見る。
 と、向こうにラクダを連れた人影が見えた。キャラバンだろうか。
「夢の続きでも見てるみたい」
 ラクダに揺られてゆらゆらと。
 中世の砂漠情緒をたっぷりと含んだ光景に思わず頬が緩む。
 隊は左から右へと進んでいく。いや、違うのか。キャラバン自体は動いてないのだが、この部屋が動くのが早いから追い越しているだけなのだ。
 むかし、母は「この家は流砂の上に乗っているからね」などと説明してくれたけれど、いつか読んだ本には、流砂とは底なし沼によく似たもののことだと書いてあった。そう、けっして家ごと移動させるような砂の流れではなかったのだ。
 ならばこれは何なんだろう?
 砂漠を泳ぐこの砂も、家も、私も、何なんだろう。
 答えをくれる人はいない。
 私はひとりでこの家でいることしかできない。
 なんにせよ久しぶりに見た人間だ。私は窓から半身を乗り出して、大きく手を振る。 
 向こうからは見えているだろうか。
 振り返してくれると嬉しいな。
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