文字数 1,525文字

「君たちの命は、替えのきかない電池なんだよ」

 唐突に、命の話になった。

「充電もできなければお金で買うこともできない、電池なんだ」

 でしょ?っという顔をするエレン先生に、誰も何も、返せなかった。

「君は昨日、何をしてた?」

 一番端に座っていた児童に、皆の視線が向けられた。

「君の昨日を教えてよ」

 真剣な眼差しのエレン先生に、戸惑う彼の瞳が揺らぐ。

「が、学校に行きました」
「それで?」
「えーっと、給食がおいしかった、かな」
「あとは?」
「あと?」

 口を噤む彼とふんだんに視線を絡ませたあと。エレン先生は隣の児童に目を向けた。

夏菜子(かなこ)は昨日、何をしてたの?」

 四年生の児童は言う。

「ミカちゃんと遊んだよっ」
「なにして?」
「ブランコ」
「楽しそう」

 慶太(けいた)は?
 そう言われて、五年生の児童は腕を組む。

「お、覚えてない」
「なにも?」
「なんだっけなー。担任に怒られたけど、いっつも怒られるから、なんで怒られたのか忘れた」

 どっと笑いが起きて、エレン先生も笑った。
 そして、三回ほど手を叩く。

「昨日までに使った命の電池は、もう充電できないし、消えちゃったからね」

 笑い声がおさまり、再び児童は静かになる。

「勉強しようが、遊ぼうが、だらだらしようが。電池は消費されていくんだ。ゲームをつけっぱなしで寝ちゃっても、それはおうちの人に電気代がもったいないわね!って怒られるだけだけど、それが命の電池だったらどう思う?命の電池が切れる前夜だったら、そんな使い方するかな?」

 皆がいっせいに首を振る。
 エレン先生はだよね、と言った。もっと大切に使いたいよね、と。

「ここで命の電池のデメリットを教えよう」

 ズバリ。と人差し指を立てて、姿勢を正す。

「いつ切れるか、誰にも分からないんだよ。厄介だよね。今日切れるのか明日切れるのか。はたまた百年後なのか。神様しか知らない」

 その人差し指をそのまま胸にあてて。

「今は……よかった。僕の電池、動いてる」

 その仕草を真似るように、皆も胸に手をあてた。

「だからもったいない使い方をしちゃうんだね。これが電池の切れる前夜だって知っていたら、絶対にそんな使い方しないのに。僕たちはそれを知らないから、スイッチ入れたまんま、ぼけっとしたりしちゃう。まあ、たまにはそれも、いいと思うけど」

 エレン先生は児童ひとりひとりの顔を丁寧に見て、最後、一番奥の席に座っている四年生の僕と目を合わせた。

「命の電池のメリットを言うよ。しっかり聞いてね」

 僕はうんと頷いた。

「なんでもできるんだ。すごいでしょ」

 皆はぽかんとした。高学年の児童数人だけが、頷いていた。

「この電池を使って脳みそや手を動かすとね、なんでもできるんだよ。例えばこの机もそうだし、ペンも。一生懸命考えて、一生懸命作ることに電池を使ってくれた人がいるから、僕たちの生活の一部になった。この学校もそうだし、君たちが大好きなゲームだってそう。まだ見ぬスポーツを生み出すこともできるだろうし、感動するお話を作ることもできる。それをさらに本に映画に。僕は今日、空飛ぶ飛行機を見てこう思ったよ。あれを作るには、きっとたくさんの電池を使ったんだろうなーって。そしてそれを運転するパイロットは、学ぶことにいっぱい電池を費やしたから、夢が叶ったんだろうなって。命の電池の可能性は、無限大だ」

 腕時計に目を落としたエレン先生は言った。

「よし、じゃあ電池の話はこれでおしまい。まだ授業まで少しだけ時間があるから、この部屋は開放しておくよ」

 席を立って、扉を開ける。
 振り向きざまに、こう言った。

「君たちの貴重な電池を使って、僕の話を聞いてくれてありがとう。僕はまた聞くからね。昨日の君は、命の電池を何に使ったの?って」

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