第46話

文字数 5,523文字

 水野…

 あの水野で、間違いはない!

 私は、ニュースに流れた映像を見た。

 その画像は、どう見ても、六十代には、なる男の映像…

 この男が、水野の父親なのか?

 私は、一瞬、そう思った…

 が、それが、事実かどうかわからない…

 私は、冷静に考える。

 しかし、あの水野になんらかの関係があることは、間違いはない…

 偶然、大昭和に、これまで水野という名前の取締役が存在して、今回、社長に就任した…

 そんなこともないではないが、普通に考えれば、ありえない…

 普通に考えれば、米倉から、大昭和の持ち株会社、米倉奉公会を買い取った水野が、みずから、社長に就任したと、考えるべき…

 それが、普通だ…

 しかし、

 ちょっと待て?

 水野は、水野財閥を運営している…

 これは事実…

 しかし、だとすれば、自分の会社はどうなる?

 誰が経営する?

 考える。

 となると、誰か、水野の一族…

 水野の父親の、弟とか…

 つまり、あの水野の叔父さんあたりの可能性が強いのではないか?

 私は考える。

 いずれ、真相は、後日、わかる。

 明らかになる…

 私は思った。

 米倉正造から、連絡があったのは、その夜だった…

 私のスマホに米倉から、連絡があった。

 私は留守電にしてあったので、米倉からのメッセージを聞いた。

 いや、

 正確に言えば、そのときも、スマホの電源は入れていた。

 だから、電話に出ようと思えば、出れた。

 が、出なかった…

 単純に、電話に出たくなかっただけだ(笑)…

 「…高見さん…ご無沙汰しています…米倉…米倉正造です…」

 メッセージは、そういった言葉から始まっていた…

 「…いや、また、お会いできませんか? ぜひ、また高見さんにお会いしたい…詳細はそのときにぜひ…」

 そこで、メッセージは終わっていた。

 私は、そのメッセージを聞き終わった後、冷静に、考えた。

 これは、一体どういう意味だろう?

 このメッセージを考えれば、要するに、私、高見ちづるに会いたい…

 それだけだ…

 問題は、どうして、会いたいのか、一切、言わない…

 おそらくは、わざと言わない…

 自分に連絡させるために、肝心の用事は一切告げない…

 やはり、策士というか、食えない男…

 ちょうど、電話で言えば、ワン切りと同じだ…

 自分が、どこの誰とも名乗ることなく、ただ、電話を着信させて、相手が電話に出る前に、電話を一方的に切る。

 電話をした相手は、その着信履歴から、誰が自分に電話をかけてきたのか、わかる…

 それを見て、相手が、自分に電話をかけてくるかどうか?

 それを待っている…

 言葉を変えれば、試している…

 しかも、相手が電話に出る前に切るので、料金はゼロ…

 かからない(笑)…

 米倉正造の場合はどうか?

わざと、思わせぶりなセリフを吐いて、相手が、自分の誘いに乗ってくることを、待っている…

 そういうことだろう…

 手口は同じ…

 …食えない男…

 今さらながら、そう思った…

 すでに、米倉は、父の平造が、米倉奉公会の株を水野に売り、自らの米倉財閥そのものを、水野に合併させようとしている。

 そこに、米倉正造の居場所はない…

 これは、正造の姉の澄子も同様…

 米倉平造にとっては、自分の妻と、その妻が産んだ、正造の腹違いの妹の好子と、腹違いの弟の新造のみが、ファミリー…

 最初から、平造にとって、正造と澄子は、眼中になかったに違いない…

 なぜ、そうなのかは、わからない…

 そして、その理由を、私は、知らないし、今後も知ることはないだろう…

 また、知りたいとも思わない…

 私にとっては、すべて終わったこと…

 あの水野にしても、今さっき、お風呂に入って、大量の涙を流したことで、すべて、きれいさっぱり湯舟に洗い流した…

 そう思った…

 いや、

 無理にでも、そう思うことにした…

 そして、普通に考えれば、米倉からの私への連絡は、米倉家で、居場所を失った、米倉正造が、なにか、仕掛けようとしている…

 起死回生の逆転劇を仕掛けようとしている…

 そう考えるのが、正しい…

 そして、その起死回生の逆転劇をする上で、私が必要というか、なにか、私の役割があるのだろう…

 しかし、そんなことに興味はまったくない…

 要するに、私を使おうと、考える、米倉正造の腹黒い策略に違いない…

 そして、考えてみれば、最初から、そうだった…

 私が、溝口を通じて、米倉正造に会ったのも、実は、私が、米倉正造の腹違いの妹の好子に似ていたからだ…

 溝口も米倉正造も、好子を溺愛する、米倉平造に、好子とよく似た外観の私なら、気に入られる…

 そして、気に入られた結果、平造から情報が取れると、考えて、私をあの豪邸に招いた…

 溝口は、大昭和の経営陣から、大昭和の株主である、米倉の経営する大日産業に、社長交代の動きがあることを、事前に告げられ、その結果、平造に気に入られると踏んだ、好子によく似た私を、あの豪邸に潜入させた…

 米倉正造も同じ…

 私を使おうとした事実に変わりない…

 一方、私はどうか?

 33歳にもなって、今だ独身…

 付き合っている男もいない…

 私自身は、大して意識はしていなかったが、やはり、潜在意識の中で、今のままでは、マズいと判断したのだろう…

 それを溝口に見透かされ、米倉正造との見合いをセッティングされた…

 そういうことだろう…

 私自身は、結婚を焦っているわけではないのに、溝口はそう見ていなかった…

 それが、真相だろう…

 そして、それは、溝口のみならず、周囲の目もまた、溝口と同じに違いない…

 要するに、自己評価と、他己評価というか、自分が自分をどう思っているかということと、他人が私をどう見ているか?

 その部分に落差というか、違いがある…

 いや、

 あり過ぎる(笑)…

 もっとも、これは、どんな人間も同じだろう…

 大抵の人間は、誰もが、他人が評価するよりも、数段上に、自分を評価している。

 先日、会社の同僚の内山さんが、私を評して、
 
 「…高見さんは、二十歳のときの美しさが、10だとすれば、今は、9…ひとによっては、8とかになったと思ってます…それが、わからないと…」

 と、私を注意してくれた…

 そして、これは、事実…

 内山さんから見た、私、高見ちづるの真実の姿なのだろう…

 私は考える。

 内山さんから見て、私は、ピーターパンではないが、いつまでも二十歳のときと同じくらいの美しさでいると、勘違いしていると、思ったのだろう…

 私自身、そんな自覚はないが、他人はシビア…

 内山さんと同じく、私を見ている人間は多いに違いない…

 それを指摘してくれた、内山さんには、感謝するしかない…

 しかしながら、同時に、内山さんを思った…

 すでに、内山さんが私の隣の席で、二年近く、いっしょにいるのに、あんなに鋭い感覚の持ち主だと、気付かなかった…

 これは、一体、どうしてだろう?

 考える。

 私は考えながら、ふと、ある事実に気付いた…

 水野だ!

 水野の存在だ!

 水野があの職場に現れて、水野に感化されるというか、触発されて、内山さんの能力が、大げさにいえば、開花というか、顕在化した。

 もしかしたら?

 もしかしたら、内山さんと水野は、知り合いなのではないか?

 そんな考えが、ふと脳裏に浮かんだ…

 別に、なにか、理由というか、根拠があるわけではない…

 とにかく、ふと、脳裏に浮かんだだけだ…

 まるで、内山さんの能力が、水野が職場に現れたのと、同じタイミングで、顕在化した…

 もしかしたら?

 内山さんは、スパイ?

 いや、スパイというと、大げさだが、水野に頼まれて、職場の雰囲気を伝えている可能性は捨て切れない…

 水野が、米倉から、米倉奉公会の株を買い取り、大昭和の大株主となり、大昭和は、金崎実業を買収する…

 これは、溝口の例からわかるように、すでに、大昭和は、何年も前から、金崎実業を買収するために、プロジェクト・チームを組んで、調査していた。

 同様に、水野もまた、独自に、金崎実業を調査していても、おかしくはない…

 なにより、普通に考えれば、水野もまた、米倉との合併を決断する上で、さまざまな情報のすり合わせというか、情報を交換しているに違いない…

 そして、その情報交換は、数年前から、遡ると考えるのが筋…

 若い男女のように、一目ぼれで、いきなり出会ってばかりで、結婚ということは、考えられない…

 大きな会社だ…

 従業員も多い…

 若い男女のように、当人たちの意志だけで、結婚はできない…

 結婚=合併する上で、さまざまな情報を交換したに違いない…

 そして、その動きを、おそらく、米倉正造は掴んだに違いない…

 私は、とっさに思った。

 なにか、自分の周りで起こっている…

 それを探るために、溝口と結託して、私をあの豪邸に招いたということだろう…

 にもかかわらず、米倉正造は、自分の予想外というか、想定外のことが起こった…

 それが、米倉と水野の合併だった…

 そして、その結果、米倉正造は、追放されるというか…

 少なくとも、社長の目はなくなった…

 米倉正造は、今、なにを思っているのだろう…

 以前、米倉と、あの豪邸に向かう際に、週刊誌の記者に尾行されたことがあった。

 その記者が、

 「…米倉の騒動の原因はアナタじゃないのか?…」

 と、米倉正造に断言した。

 米倉正造は、当然、その発言を認めるわけはなく、

 「…なにを…バカな…」

 と、否定した。

 しかし、私は、あの記者の発言は真実であると思う…

 そして、米倉好子…

 冷静に振り返ってみれば、好子と水野の密会は、好子の不倫でもなんでもなく、米倉と水野が合併する上でのなんらかの相談と考えるのが正しい…

 そして、問題は、好子と水野がホテルで密会したのが、深窓のご令嬢の不倫という見出しで、週刊誌に載ったこと…

 これこそが、米倉正造の仕業ではないか?

 私は、突然、思った…

 なぜなら、二人の密会を不倫に変えて、報道することで、米倉と水野の合併に水を差すことができるからだ…

 なにより、米倉と水野が合併することで、米倉正造の社長の目は消えた。

 米倉と水野が合併することで、一番の被害者というか、不利な立場になるのは、米倉正造に他ならない…

 一番利益を損なう人間が、米倉正造に他ならない…

 その事実に、今さらながら気付いた…

 そして、この場合、単純に考えれば、利益を損なう人間が、利益を損なわないよう、行動する…

 それが、好子と水野の密会を不倫と呼んで、週刊誌の記事にすることではないのか?

 そこまで、考えると、水野が、既婚者といった米倉正造の発言も怪しい…

 本当に既婚者かどうかはわからない…

 なぜなら、米倉好子は、独身…

 水野もまた独身ならば、不倫にならない…

 ゆえに、水野は妻帯者でなければならない…

 いや、妻帯者と報道されなければ、ならない…

 すべては、米倉正造が仕組んだ不倫劇ではないか?

 私は、思った。

 つまり、水野と米倉の合併劇を台無しにするべく、仕掛けたのではないか?

 そう、判断できる。

 そして、さらに、考えれば、米倉正造の父の平造は、それがわかっているからこそ、隠密というか、極秘に、水野との合併を進めていたのではないか?

 私は推測する。

 つまり、最初から、平造にとって、正造は、異分子であり、排除の対象であったのではないか?

 私は、考える。

 だが、なぜ、正造は排除の対象だったのか?

 それはわからない…

 ただ、わかることといえば、平造にとって、家族とは、好子と新造と、その産みの母であり、平造の妻の三人のみであるということだ…

 何度も言うが、その中に正造と澄子は入らない…

 おそらくは、澄子の夫の直一も同じだろう…

 平造にとって、守るべき対象ではないということだ…

 では、平造が守るべき対象とは、なんなのか?

 それが、家族を除けば、米倉そのものではないのか?

 戦前からの名門の米倉…

 その存続を考える上で、水野との合併が、ベストと判断したのだろう…

 米倉の名前は消えるが、会社や財産は残ると判断したに違いない…

 だが、当然、その平造の決断に、正造も澄子も納得するはずがない…

 なにか、行動を起こす…

 おそらく、それに、私を必要とする…

 そのための、先ほどの電話ではないのか?

 私は思った。

 いずれにしろ、それは、まもなく明らかになる…

 そして、その中で、私は、またあの水野と再会することになる…

 これは、直感…

 大げさにいえば、女の直感…

 だが、そこまで、大げさに考えずとも、この米倉と水野の合併が、この先、一波乱も二波乱も巻き起こすことは、誰の目にも明らかだった…

               
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