第34話
文字数 6,475文字
恋かもしれない…
違うかもしれない…
私はゆっくりと考える。
恋=恋愛は、もっと胸がドキドキするものと、思っていた…
しかし、違った(笑)…
それでも、この歳=33歳にもなって、気になる存在=男ができたのは、嬉しい…
僥倖(ぎょうこう)といっては、身も蓋もないが、この歳=33歳になるまで、これほど、気になる男が、私の身の回りに、現れたことがなかった…
若い頃、いや、幼い頃から、自分で言うのもなんだが、私は男にモテた…
モテモテだった…
理由は、ただ一つ…
私が美人に生まれたから…
それだけだった(笑)…
そして、単純に、私の周りに、私に匹敵する、あるいは、私以上の美人がいないだけだった(笑)…
誰もが、そうだが、小説や、漫画でもない限り、絶世の美女というものは、存在しない…
いや、仮にいたとしても、その美女が、十年、二十年と、その絶世の美女の称号を維持できるわけではない…
人間は誰でも歳を取る。
二十歳の美人が、四十歳の美人に負けるわけがない…
別の言い方をすれば、
四十歳の美人が、二十歳の美人に勝てるわけがない…
歳を取るということは、そういうことだ…
そして、現実に、絶世の美女は存在しない…
あくまで、美人というのは、周囲の人間に比べて、美しいというだけだ…
そして、なにより、そんな人間は、少数…
私の経験で、いえば、2、3千人に、一人は、美人がいる。
これは、当然のことながら、若いコ限定…
この範疇に、35歳以上は入らない…
そして、2、3千人に一人の美人が、偶然、同じ学校なり、職場になり、いる可能性は限りなくゼロに近い…
ゆえに、その美人が目立つだけだ…
仮に、美人が偶然、同じ学校や職場に、何人も居合わせたら、その美人たちは、チヤホヤされなくなる。
Aさんをチヤホヤしなくても、Bさんも、Cさんも、美人だから、その中の誰かに気に入られればいいという発想になる…
だから、Aさんの価値が落ちる…
A=美人=絶対少数派だったのが、BもCも美人だから、絶対少数派ではなくなる…
ゆえに、その価値は暴落するというわけだ(笑)…
そして、美人の絶対的優位な点は、ただ顔がいいというだけで、周囲からチヤホヤされることだ…
頭の良さも、お金の有無も関係がない…
単純に美しいから、周囲の人間が、チヤホヤする。
これは、男も同じ…
若い頃のキムタクのようなずば抜けた美貌の持ち主は、思わず、周囲の人間が、目を見張る…
注目する…
つまり、そこに存在するだけで、周囲の注目を浴びるというわけだ…
話が長くなったが、私も美人だから、モテたが、さりとて、心が動かなかった…
若い頃は、男から何度もデートに誘われ、事実、いっしょにデートの定番で、映画を見に行ったりすることが、幾度となくあったが、これと思う男に出会わなかった…
他人にその経験を話すと、高見は美人だから、選り好みが激しいとか、調子に乗ってるとか、陰口を叩かれたことが、幾度もあり、次第に、その話はしなくなった…
が、事実は、単純に、自分がこれまで、コレと思う男に、出会わなかったに過ぎない…
少なくとも、自分は、そう思っていた…
いつか、王子様がと、夢見る少女のようなことは言わないが、少なくとも、いっしょにいて、楽しいとか、あるいは、この男のことを、もっと知りたいというような男とは、出会わなかったに過ぎない…
あるいは、これは、私が歳を取り、十代や、二十代前半の頃とは、心のありようというか、考え方が変わったのかもしれない…
誰でも歳を取れば、少しずつ変わる…
自分では、気付かなくても、考え方や、モノの味方も変わってくる。
それが歳を取るということだ…
私は考える。
現に、今、私の心がもっとも、惹かれるのは、水野…
あの水野財閥の後継者だ(笑)…
私は、水野財閥というものは、知らないが、あの水野のことは、気になる…
あの長身で、お茶らけた、コメディアンのような態度が、私の心に刺さるというか…
ずばり、気になる!
私はそんなことを考えながら、会社で、自分の席に座り、ボンヤリと目の隅で、水野の姿を追った。
今、この瞬間、水野は、私から少し離れた位置で、会社の若い女のコたちと、話している。
若い女のコたちは、取引先の水野が来ると、水野の周りに集まる。
水野は、まるで、スターか、タレントのような扱い…
が、若い女たちに、水野への憧れはない…
あくまで、自分と同じ世代の、ちょっと面白い男がやって来たという感じ…
ただ、水野がやって来ると、その場が、一気に華やぐというか、楽しくなる。
決して、米倉のようなイケメンではない…
米倉は、背は、170㎝と大きくはないが、正統派のイケメン…
スーツが似合う男だ…
片や、水野は、今風のチャラ男というか…態度が軽い…
重みがない…
しかしながら、その場に現れただけで、周囲の注目を浴び、短期間に周囲に溶け込む…
これこそが、水野の才能…
おそらくは、水野が持って産まれた稀有の才能だ…
…これが、もし、水野がお金持ちのお坊ちゃまだとわかったら、彼女たちは、どう態度が変わるか?…
私は漠然と、考える。
私が水野をボンヤリと視界の隅に見ながら、そんなことを考えてると、水野が私の視線に気づいた。
会社の女のコたちと、話すのを止めて、私の席の方に歩いてきた。
「…美人の当たり屋さん…なんで、オレの方を見ているの?…」
水野が軽い感じで、私に話しかける。
私は、
…さあ、一体なんのこと?…
と、とぼけようと思った。
しかし、止めた。
なぜなら、今さっきまで、水野と話していた若い女のコたちの視線が、私に向いていることに、痛いほど、気付いたからだ…
女の敵は女…
自分より、年上であっても、年下であっても、女の敵を作ってはならない…
これは、私が、子供の頃から、学んだ鉄則…
美人で、目立ちやすかった私はどうしても、敵を作りやすい…
男から、チヤホヤされる私を見て、ずばり気に入らない女が少なからず存在した。
はっきり言えば、嫉妬…
嫉妬に他ならない…
自分より、ルックスの良い私が、男からチヤホヤされるのが、気に入らないのだ…
そして、いつのまにか、私はそれをうまくかわす術(すべ)を身に着けた。
術(すべ)といえば、大げさだが、極力、彼女たちを刺激しないように、努めることにした。
例えば、今…
…さあ、一体なんのこと?…
と、高飛車に水野に言えば、若い女のコたちの反感を買う…
水野が、自分を見ていると、指摘したのだから、当然、私が、水野を見ていた事実は、変わらない…
下手にこの事実を否定してはいけない…
「…いえ、水野さんが、来ると、にぎやかになって、楽しいなと…」
私は当たり障りのないことを言う。
「…オレが来ると、楽しい?…」
気のせいか、水野の目が、一瞬、わずか、一瞬だが、キラリと光った気がした。
「…それは、オレだから…」
一瞬、鋭い視線を投げたかに見えたが、いつもの軽い調子で、右手の親指で自分を指さしながら、私に言った。
「…それは、どういう意味ですか?…」
「…この180㎝の長身に、この美貌…オレを好きにならない女は存在しない…」
水野がいつもの軽い調子で言う。
さっきまで、水野と談笑していた女のコたちが、遠くから、ケラケラと水野を見て、笑った。
「…おまけに、お金持ちですものね…」
私はわざと言った。
水野が、どういう反応を示すのか、見たかったのだ…
「…お金持ち?…」
周囲の女のコたちがざわついた。
同時に、水野の表情が、明らかに強張った…
…さあ、どうする?…
…さあ、どう出る?…
私は、眼前の水野が、どう出るのか、内心、期待した。
ゴクリと生唾を飲み込むほど、期待した。
そして、水野は、その期待に応えた。
「…さすが、美人の当たり屋さん…このオレの正体に気づいている…」
水野が、まるで、大泉洋のような大げさな身振り手振りを交えて言った。
「…なにを隠そう…このオレ、水野こそ、戦前は、日本二十大財閥のひとつ、水野財閥の御曹司…ものども、控えおろう!…」
と、まるで、水戸黄門のように、手に印籠を持ったフリをして、真顔になった。
次の瞬間、
「…水野財閥って?…」
とか、
「…日本二十大財閥ってなに? 普通は、十大財閥って言うんじゃない?…」
「…だから、水野はダメなのよ…」
とか、
言う声が、女のコたちから漏れた。
当然、誰も、水野が本当のことを言ってるとは、思わない…
その反応を見て、
「…やっぱ、オレがお金持ちと言っても、誰も信じないね…」
と、水野がわざと大げさに肩を落として見せた。
「…当たり前じゃない! …水野がお金持ちだなんて…」
とか、
「…水野は誰が見ても、出世とかに縁のないサラリーマン…パシリよ…」
とか、
いう声が飛んだ。
水野はその声を聞いて、ニヤリとする。
「…やっぱ、バレました?…」
と、いつもの調子の良い口調で、答えた。
「…せっかく、水戸黄門を気取ったのに…」
水野は笑いながら、言う。
「…ということです…美人の当たり屋さん…」
わざと、私にウィンクをして見せた。
私は、水野の反応を見て、戸惑った。
…まさか、本当のことを言うとは!…
同時に、水野のしたたかさを見た思いだった…
この場合、なにより、本当のことを言うのが、一番だ…
仮に、水野の正体が、彼女たちにバレたときも、あのとき、言ったでしょ!と、彼女たちに言うことができる。
なにより、オレは、ウソつきじゃない!と、言い張ることができる…
私は、それに気づいて、水野の大胆な行動に舌を巻いた。
が、そのときだった。
水野が、私に反撃に出た。
「…そういう高見さんは、どうなんですか?…」
「…どうというと?…」
「…高見さん…最近、お金持ちと、交際しているんじゃないですか?…」
「…お金持ちと交際している?…」
女のコの中から、声が上がった。
水野の言葉に、職場に動揺が広がる…
周囲の人間がザワザワとざわめき出した。
とりわけ、たった今、水野と遊んでいた女のコたちが、騒ぎだしそうな感じになった。
口にこそ、しないが、
「…高見さん…やっぱ、金持ちの大物狙いだった?…」
とか、
「…高見さんって、やっぱ、これまで男を選り好みしてたんだ!…」
とか、
「…あの歳まで、金持ちの男をゲットするのを待ってたなんて…」
とか、
言う声が聞こえてきそうだ…
これは、幻聴ではない…
彼女たちの心の声を代弁したに過ぎない…
そんな中、なにより、私自身が一番動揺した。
…どう答えよう?…
私は自問自答する。
私が、普段、男と付き合ったことのないと、言った噂を耳にした、会社の同僚は多い…
そして、現に、私に男の影はない…
これまでは!
それが、今、水野の言葉で、覆った…
…さあ、どうする?…
…さあ、どう出る?…
先ほど、水野に投げた言葉が、まるで、ブーメランのように私に返った…
私の顔に緊張が走った…
職場の周囲の視線が一挙に私に集まった…
周囲が固唾を飲んで、私の答えを待つ。
そんな雰囲気になった。
…さあ、どうする?…
…さあ、どう出る?…
私は悩む。
どう答えていいか、わからなかった…
が、それを救ったのは、意外な人物…
なんと、水野、そのひとだった。
「…なーんちゃって?…」
軽く、水野が笑う。
「…どうしたの? みんな、そんな真剣な表情になって…」
と、おどけた。
「…高見さんも、そんな深刻な顔はしないで、この水野と、付き合えばいいんですよ…この水野財閥後継者と…」
と、水野が軽く言う。
私は、唖然として、水野を見た。
水野は、私を見て、薄く笑っていた。
…やられた!…
私の脳裏に、真っ先に、その言葉が浮かんだ…
私の困った顔を見て、助け船を出したに違いない…
…この男は、私と米倉が交際していることを知っている…
とっさに、そんな考えが浮かんだ。
いや、現実には、米倉と交際=付き合っているわけではない…
しかしながら、私が、あの米倉の一族と、知り合って、あの豪邸に出入りしている事実を知っている。
当然だ!
この水野は、米倉正造の腹違いの妹、好子と、ホテルで、密会しているところを、週刊誌に撮られている。
それを、深窓の令嬢=好子の不倫という形で、週刊誌に掲載された…
水野と好子の関係が、男女の関係であれ、そうでないのであれ、いずれにしろ、二人が、密会していたのは、事実…
好子の腹違いの姉弟の澄子と、正造の二人を追放する策を練っていたに違いない…
その会話の中で、私、高見ちづるのことが、話題にならないわけがない…
話題にならないわけがない?
…そうか!…
…だから、水野が、私の職場にやって来たわけだ!…
好子の口から、私の存在を訊いて、水野の関連会社の社員を装って、私の職場にやって来た…
…そう考えるのが、一番自然だ…
…ずばり、納得する…
…やはり、この男は食えない!…
…食わせ者!…
米倉正造と同じく、食わせ者だ…
と、そこまで、考えて、ふと、米倉の言葉を思い出した。
…たしか、米倉も以前、私に水野のことを言っていた…
…高見さんの職場に、水野という男が、やって来ませんでした?…
と、訊いた。
そして、米倉は水野と、昔からの知り合いだとも言っていた…
つまり、別の味方をすれば、米倉から訊いて、私、高見ちづるを見に来た可能性も捨てきれない…
いや、それはないか?
米倉の言葉から、私に会うことは考えまい…
なにしろ、私自身に、そんな価値はない…
わざわざ、水野が自分の系列の会社の社員を装ってまで、私に会うほどの価値は私にない!
それは、断言できる。
私は考える。
この場合、むしろ、好子の言葉から、私に興味を持ったと考えるのが、妥当…
好子が今現在、自分の置かれた状況を、水野と話し合う中で、私の名前が出た。
そして、私、高見ちづるを調べた。
すると、水野の関連する会社のひとつが、私の会社の取引先であることが、わかった…
それを利用した。
取引先の社員として、私に接触しようとした…
それが真相だろう…
その方が、説得力がある。
私は目の前の水野を見ながら、考えた。
「…どうしたの? 美人の当たり屋さん…そんなにジッとオレを見て…もしかして、オレに惚れた?…」
水野が軽い口調で、訊く。
私は、素直に、
「…ええ…」
と、答えた。
私の返事を訊いて、女のコたちが、
「…えええ?…」
と、大きな声を上げた。
なにより、目の前の水野が、私の言葉に驚いて、目をまん丸くして、私を見ていた…
違うかもしれない…
私はゆっくりと考える。
恋=恋愛は、もっと胸がドキドキするものと、思っていた…
しかし、違った(笑)…
それでも、この歳=33歳にもなって、気になる存在=男ができたのは、嬉しい…
僥倖(ぎょうこう)といっては、身も蓋もないが、この歳=33歳になるまで、これほど、気になる男が、私の身の回りに、現れたことがなかった…
若い頃、いや、幼い頃から、自分で言うのもなんだが、私は男にモテた…
モテモテだった…
理由は、ただ一つ…
私が美人に生まれたから…
それだけだった(笑)…
そして、単純に、私の周りに、私に匹敵する、あるいは、私以上の美人がいないだけだった(笑)…
誰もが、そうだが、小説や、漫画でもない限り、絶世の美女というものは、存在しない…
いや、仮にいたとしても、その美女が、十年、二十年と、その絶世の美女の称号を維持できるわけではない…
人間は誰でも歳を取る。
二十歳の美人が、四十歳の美人に負けるわけがない…
別の言い方をすれば、
四十歳の美人が、二十歳の美人に勝てるわけがない…
歳を取るということは、そういうことだ…
そして、現実に、絶世の美女は存在しない…
あくまで、美人というのは、周囲の人間に比べて、美しいというだけだ…
そして、なにより、そんな人間は、少数…
私の経験で、いえば、2、3千人に、一人は、美人がいる。
これは、当然のことながら、若いコ限定…
この範疇に、35歳以上は入らない…
そして、2、3千人に一人の美人が、偶然、同じ学校なり、職場になり、いる可能性は限りなくゼロに近い…
ゆえに、その美人が目立つだけだ…
仮に、美人が偶然、同じ学校や職場に、何人も居合わせたら、その美人たちは、チヤホヤされなくなる。
Aさんをチヤホヤしなくても、Bさんも、Cさんも、美人だから、その中の誰かに気に入られればいいという発想になる…
だから、Aさんの価値が落ちる…
A=美人=絶対少数派だったのが、BもCも美人だから、絶対少数派ではなくなる…
ゆえに、その価値は暴落するというわけだ(笑)…
そして、美人の絶対的優位な点は、ただ顔がいいというだけで、周囲からチヤホヤされることだ…
頭の良さも、お金の有無も関係がない…
単純に美しいから、周囲の人間が、チヤホヤする。
これは、男も同じ…
若い頃のキムタクのようなずば抜けた美貌の持ち主は、思わず、周囲の人間が、目を見張る…
注目する…
つまり、そこに存在するだけで、周囲の注目を浴びるというわけだ…
話が長くなったが、私も美人だから、モテたが、さりとて、心が動かなかった…
若い頃は、男から何度もデートに誘われ、事実、いっしょにデートの定番で、映画を見に行ったりすることが、幾度となくあったが、これと思う男に出会わなかった…
他人にその経験を話すと、高見は美人だから、選り好みが激しいとか、調子に乗ってるとか、陰口を叩かれたことが、幾度もあり、次第に、その話はしなくなった…
が、事実は、単純に、自分がこれまで、コレと思う男に、出会わなかったに過ぎない…
少なくとも、自分は、そう思っていた…
いつか、王子様がと、夢見る少女のようなことは言わないが、少なくとも、いっしょにいて、楽しいとか、あるいは、この男のことを、もっと知りたいというような男とは、出会わなかったに過ぎない…
あるいは、これは、私が歳を取り、十代や、二十代前半の頃とは、心のありようというか、考え方が変わったのかもしれない…
誰でも歳を取れば、少しずつ変わる…
自分では、気付かなくても、考え方や、モノの味方も変わってくる。
それが歳を取るということだ…
私は考える。
現に、今、私の心がもっとも、惹かれるのは、水野…
あの水野財閥の後継者だ(笑)…
私は、水野財閥というものは、知らないが、あの水野のことは、気になる…
あの長身で、お茶らけた、コメディアンのような態度が、私の心に刺さるというか…
ずばり、気になる!
私はそんなことを考えながら、会社で、自分の席に座り、ボンヤリと目の隅で、水野の姿を追った。
今、この瞬間、水野は、私から少し離れた位置で、会社の若い女のコたちと、話している。
若い女のコたちは、取引先の水野が来ると、水野の周りに集まる。
水野は、まるで、スターか、タレントのような扱い…
が、若い女たちに、水野への憧れはない…
あくまで、自分と同じ世代の、ちょっと面白い男がやって来たという感じ…
ただ、水野がやって来ると、その場が、一気に華やぐというか、楽しくなる。
決して、米倉のようなイケメンではない…
米倉は、背は、170㎝と大きくはないが、正統派のイケメン…
スーツが似合う男だ…
片や、水野は、今風のチャラ男というか…態度が軽い…
重みがない…
しかしながら、その場に現れただけで、周囲の注目を浴び、短期間に周囲に溶け込む…
これこそが、水野の才能…
おそらくは、水野が持って産まれた稀有の才能だ…
…これが、もし、水野がお金持ちのお坊ちゃまだとわかったら、彼女たちは、どう態度が変わるか?…
私は漠然と、考える。
私が水野をボンヤリと視界の隅に見ながら、そんなことを考えてると、水野が私の視線に気づいた。
会社の女のコたちと、話すのを止めて、私の席の方に歩いてきた。
「…美人の当たり屋さん…なんで、オレの方を見ているの?…」
水野が軽い感じで、私に話しかける。
私は、
…さあ、一体なんのこと?…
と、とぼけようと思った。
しかし、止めた。
なぜなら、今さっきまで、水野と話していた若い女のコたちの視線が、私に向いていることに、痛いほど、気付いたからだ…
女の敵は女…
自分より、年上であっても、年下であっても、女の敵を作ってはならない…
これは、私が、子供の頃から、学んだ鉄則…
美人で、目立ちやすかった私はどうしても、敵を作りやすい…
男から、チヤホヤされる私を見て、ずばり気に入らない女が少なからず存在した。
はっきり言えば、嫉妬…
嫉妬に他ならない…
自分より、ルックスの良い私が、男からチヤホヤされるのが、気に入らないのだ…
そして、いつのまにか、私はそれをうまくかわす術(すべ)を身に着けた。
術(すべ)といえば、大げさだが、極力、彼女たちを刺激しないように、努めることにした。
例えば、今…
…さあ、一体なんのこと?…
と、高飛車に水野に言えば、若い女のコたちの反感を買う…
水野が、自分を見ていると、指摘したのだから、当然、私が、水野を見ていた事実は、変わらない…
下手にこの事実を否定してはいけない…
「…いえ、水野さんが、来ると、にぎやかになって、楽しいなと…」
私は当たり障りのないことを言う。
「…オレが来ると、楽しい?…」
気のせいか、水野の目が、一瞬、わずか、一瞬だが、キラリと光った気がした。
「…それは、オレだから…」
一瞬、鋭い視線を投げたかに見えたが、いつもの軽い調子で、右手の親指で自分を指さしながら、私に言った。
「…それは、どういう意味ですか?…」
「…この180㎝の長身に、この美貌…オレを好きにならない女は存在しない…」
水野がいつもの軽い調子で言う。
さっきまで、水野と談笑していた女のコたちが、遠くから、ケラケラと水野を見て、笑った。
「…おまけに、お金持ちですものね…」
私はわざと言った。
水野が、どういう反応を示すのか、見たかったのだ…
「…お金持ち?…」
周囲の女のコたちがざわついた。
同時に、水野の表情が、明らかに強張った…
…さあ、どうする?…
…さあ、どう出る?…
私は、眼前の水野が、どう出るのか、内心、期待した。
ゴクリと生唾を飲み込むほど、期待した。
そして、水野は、その期待に応えた。
「…さすが、美人の当たり屋さん…このオレの正体に気づいている…」
水野が、まるで、大泉洋のような大げさな身振り手振りを交えて言った。
「…なにを隠そう…このオレ、水野こそ、戦前は、日本二十大財閥のひとつ、水野財閥の御曹司…ものども、控えおろう!…」
と、まるで、水戸黄門のように、手に印籠を持ったフリをして、真顔になった。
次の瞬間、
「…水野財閥って?…」
とか、
「…日本二十大財閥ってなに? 普通は、十大財閥って言うんじゃない?…」
「…だから、水野はダメなのよ…」
とか、
言う声が、女のコたちから漏れた。
当然、誰も、水野が本当のことを言ってるとは、思わない…
その反応を見て、
「…やっぱ、オレがお金持ちと言っても、誰も信じないね…」
と、水野がわざと大げさに肩を落として見せた。
「…当たり前じゃない! …水野がお金持ちだなんて…」
とか、
「…水野は誰が見ても、出世とかに縁のないサラリーマン…パシリよ…」
とか、
いう声が飛んだ。
水野はその声を聞いて、ニヤリとする。
「…やっぱ、バレました?…」
と、いつもの調子の良い口調で、答えた。
「…せっかく、水戸黄門を気取ったのに…」
水野は笑いながら、言う。
「…ということです…美人の当たり屋さん…」
わざと、私にウィンクをして見せた。
私は、水野の反応を見て、戸惑った。
…まさか、本当のことを言うとは!…
同時に、水野のしたたかさを見た思いだった…
この場合、なにより、本当のことを言うのが、一番だ…
仮に、水野の正体が、彼女たちにバレたときも、あのとき、言ったでしょ!と、彼女たちに言うことができる。
なにより、オレは、ウソつきじゃない!と、言い張ることができる…
私は、それに気づいて、水野の大胆な行動に舌を巻いた。
が、そのときだった。
水野が、私に反撃に出た。
「…そういう高見さんは、どうなんですか?…」
「…どうというと?…」
「…高見さん…最近、お金持ちと、交際しているんじゃないですか?…」
「…お金持ちと交際している?…」
女のコの中から、声が上がった。
水野の言葉に、職場に動揺が広がる…
周囲の人間がザワザワとざわめき出した。
とりわけ、たった今、水野と遊んでいた女のコたちが、騒ぎだしそうな感じになった。
口にこそ、しないが、
「…高見さん…やっぱ、金持ちの大物狙いだった?…」
とか、
「…高見さんって、やっぱ、これまで男を選り好みしてたんだ!…」
とか、
「…あの歳まで、金持ちの男をゲットするのを待ってたなんて…」
とか、
言う声が聞こえてきそうだ…
これは、幻聴ではない…
彼女たちの心の声を代弁したに過ぎない…
そんな中、なにより、私自身が一番動揺した。
…どう答えよう?…
私は自問自答する。
私が、普段、男と付き合ったことのないと、言った噂を耳にした、会社の同僚は多い…
そして、現に、私に男の影はない…
これまでは!
それが、今、水野の言葉で、覆った…
…さあ、どうする?…
…さあ、どう出る?…
先ほど、水野に投げた言葉が、まるで、ブーメランのように私に返った…
私の顔に緊張が走った…
職場の周囲の視線が一挙に私に集まった…
周囲が固唾を飲んで、私の答えを待つ。
そんな雰囲気になった。
…さあ、どうする?…
…さあ、どう出る?…
私は悩む。
どう答えていいか、わからなかった…
が、それを救ったのは、意外な人物…
なんと、水野、そのひとだった。
「…なーんちゃって?…」
軽く、水野が笑う。
「…どうしたの? みんな、そんな真剣な表情になって…」
と、おどけた。
「…高見さんも、そんな深刻な顔はしないで、この水野と、付き合えばいいんですよ…この水野財閥後継者と…」
と、水野が軽く言う。
私は、唖然として、水野を見た。
水野は、私を見て、薄く笑っていた。
…やられた!…
私の脳裏に、真っ先に、その言葉が浮かんだ…
私の困った顔を見て、助け船を出したに違いない…
…この男は、私と米倉が交際していることを知っている…
とっさに、そんな考えが浮かんだ。
いや、現実には、米倉と交際=付き合っているわけではない…
しかしながら、私が、あの米倉の一族と、知り合って、あの豪邸に出入りしている事実を知っている。
当然だ!
この水野は、米倉正造の腹違いの妹、好子と、ホテルで、密会しているところを、週刊誌に撮られている。
それを、深窓の令嬢=好子の不倫という形で、週刊誌に掲載された…
水野と好子の関係が、男女の関係であれ、そうでないのであれ、いずれにしろ、二人が、密会していたのは、事実…
好子の腹違いの姉弟の澄子と、正造の二人を追放する策を練っていたに違いない…
その会話の中で、私、高見ちづるのことが、話題にならないわけがない…
話題にならないわけがない?
…そうか!…
…だから、水野が、私の職場にやって来たわけだ!…
好子の口から、私の存在を訊いて、水野の関連会社の社員を装って、私の職場にやって来た…
…そう考えるのが、一番自然だ…
…ずばり、納得する…
…やはり、この男は食えない!…
…食わせ者!…
米倉正造と同じく、食わせ者だ…
と、そこまで、考えて、ふと、米倉の言葉を思い出した。
…たしか、米倉も以前、私に水野のことを言っていた…
…高見さんの職場に、水野という男が、やって来ませんでした?…
と、訊いた。
そして、米倉は水野と、昔からの知り合いだとも言っていた…
つまり、別の味方をすれば、米倉から訊いて、私、高見ちづるを見に来た可能性も捨てきれない…
いや、それはないか?
米倉の言葉から、私に会うことは考えまい…
なにしろ、私自身に、そんな価値はない…
わざわざ、水野が自分の系列の会社の社員を装ってまで、私に会うほどの価値は私にない!
それは、断言できる。
私は考える。
この場合、むしろ、好子の言葉から、私に興味を持ったと考えるのが、妥当…
好子が今現在、自分の置かれた状況を、水野と話し合う中で、私の名前が出た。
そして、私、高見ちづるを調べた。
すると、水野の関連する会社のひとつが、私の会社の取引先であることが、わかった…
それを利用した。
取引先の社員として、私に接触しようとした…
それが真相だろう…
その方が、説得力がある。
私は目の前の水野を見ながら、考えた。
「…どうしたの? 美人の当たり屋さん…そんなにジッとオレを見て…もしかして、オレに惚れた?…」
水野が軽い口調で、訊く。
私は、素直に、
「…ええ…」
と、答えた。
私の返事を訊いて、女のコたちが、
「…えええ?…」
と、大きな声を上げた。
なにより、目の前の水野が、私の言葉に驚いて、目をまん丸くして、私を見ていた…