第34話

文字数 6,475文字

 恋かもしれない…

 違うかもしれない…

 私はゆっくりと考える。

 恋=恋愛は、もっと胸がドキドキするものと、思っていた…
 
 しかし、違った(笑)…

 それでも、この歳=33歳にもなって、気になる存在=男ができたのは、嬉しい…

 僥倖(ぎょうこう)といっては、身も蓋もないが、この歳=33歳になるまで、これほど、気になる男が、私の身の回りに、現れたことがなかった…

 若い頃、いや、幼い頃から、自分で言うのもなんだが、私は男にモテた…

 モテモテだった…

 理由は、ただ一つ…

 私が美人に生まれたから…

 それだけだった(笑)…

 そして、単純に、私の周りに、私に匹敵する、あるいは、私以上の美人がいないだけだった(笑)…

 誰もが、そうだが、小説や、漫画でもない限り、絶世の美女というものは、存在しない…

 いや、仮にいたとしても、その美女が、十年、二十年と、その絶世の美女の称号を維持できるわけではない…

 人間は誰でも歳を取る。

 二十歳の美人が、四十歳の美人に負けるわけがない…

 別の言い方をすれば、

四十歳の美人が、二十歳の美人に勝てるわけがない…

 歳を取るということは、そういうことだ…

 そして、現実に、絶世の美女は存在しない…

 あくまで、美人というのは、周囲の人間に比べて、美しいというだけだ…

 そして、なにより、そんな人間は、少数…

 私の経験で、いえば、2、3千人に、一人は、美人がいる。

 これは、当然のことながら、若いコ限定…

 この範疇に、35歳以上は入らない…

 そして、2、3千人に一人の美人が、偶然、同じ学校なり、職場になり、いる可能性は限りなくゼロに近い…

 ゆえに、その美人が目立つだけだ…

 仮に、美人が偶然、同じ学校や職場に、何人も居合わせたら、その美人たちは、チヤホヤされなくなる。

 Aさんをチヤホヤしなくても、Bさんも、Cさんも、美人だから、その中の誰かに気に入られればいいという発想になる…

だから、Aさんの価値が落ちる…

 A=美人=絶対少数派だったのが、BもCも美人だから、絶対少数派ではなくなる…

ゆえに、その価値は暴落するというわけだ(笑)…

 そして、美人の絶対的優位な点は、ただ顔がいいというだけで、周囲からチヤホヤされることだ…

 頭の良さも、お金の有無も関係がない…

 単純に美しいから、周囲の人間が、チヤホヤする。

 これは、男も同じ…

 若い頃のキムタクのようなずば抜けた美貌の持ち主は、思わず、周囲の人間が、目を見張る…

 注目する…

 つまり、そこに存在するだけで、周囲の注目を浴びるというわけだ…

 話が長くなったが、私も美人だから、モテたが、さりとて、心が動かなかった…

 若い頃は、男から何度もデートに誘われ、事実、いっしょにデートの定番で、映画を見に行ったりすることが、幾度となくあったが、これと思う男に出会わなかった…

 他人にその経験を話すと、高見は美人だから、選り好みが激しいとか、調子に乗ってるとか、陰口を叩かれたことが、幾度もあり、次第に、その話はしなくなった…

 が、事実は、単純に、自分がこれまで、コレと思う男に、出会わなかったに過ぎない…

 少なくとも、自分は、そう思っていた…

 いつか、王子様がと、夢見る少女のようなことは言わないが、少なくとも、いっしょにいて、楽しいとか、あるいは、この男のことを、もっと知りたいというような男とは、出会わなかったに過ぎない…

 あるいは、これは、私が歳を取り、十代や、二十代前半の頃とは、心のありようというか、考え方が変わったのかもしれない…

 誰でも歳を取れば、少しずつ変わる…

 自分では、気付かなくても、考え方や、モノの味方も変わってくる。

 それが歳を取るということだ…

 私は考える。

 現に、今、私の心がもっとも、惹かれるのは、水野…

 あの水野財閥の後継者だ(笑)…

 私は、水野財閥というものは、知らないが、あの水野のことは、気になる…

 あの長身で、お茶らけた、コメディアンのような態度が、私の心に刺さるというか…

 ずばり、気になる!

 私はそんなことを考えながら、会社で、自分の席に座り、ボンヤリと目の隅で、水野の姿を追った。

 今、この瞬間、水野は、私から少し離れた位置で、会社の若い女のコたちと、話している。

 若い女のコたちは、取引先の水野が来ると、水野の周りに集まる。

 水野は、まるで、スターか、タレントのような扱い…

 が、若い女たちに、水野への憧れはない…

 あくまで、自分と同じ世代の、ちょっと面白い男がやって来たという感じ…

 ただ、水野がやって来ると、その場が、一気に華やぐというか、楽しくなる。

 決して、米倉のようなイケメンではない…

 米倉は、背は、170㎝と大きくはないが、正統派のイケメン…

 スーツが似合う男だ…

 片や、水野は、今風のチャラ男というか…態度が軽い…

 重みがない…

 しかしながら、その場に現れただけで、周囲の注目を浴び、短期間に周囲に溶け込む…

 これこそが、水野の才能…

 おそらくは、水野が持って産まれた稀有の才能だ…

 …これが、もし、水野がお金持ちのお坊ちゃまだとわかったら、彼女たちは、どう態度が変わるか?…

 私は漠然と、考える。

 私が水野をボンヤリと視界の隅に見ながら、そんなことを考えてると、水野が私の視線に気づいた。

 会社の女のコたちと、話すのを止めて、私の席の方に歩いてきた。

 「…美人の当たり屋さん…なんで、オレの方を見ているの?…」

 水野が軽い感じで、私に話しかける。

 私は、

 …さあ、一体なんのこと?…

 と、とぼけようと思った。

 しかし、止めた。

 なぜなら、今さっきまで、水野と話していた若い女のコたちの視線が、私に向いていることに、痛いほど、気付いたからだ…

 女の敵は女…

 自分より、年上であっても、年下であっても、女の敵を作ってはならない…

 これは、私が、子供の頃から、学んだ鉄則…

 美人で、目立ちやすかった私はどうしても、敵を作りやすい…

 男から、チヤホヤされる私を見て、ずばり気に入らない女が少なからず存在した。

 はっきり言えば、嫉妬…

 嫉妬に他ならない…

 自分より、ルックスの良い私が、男からチヤホヤされるのが、気に入らないのだ…

 そして、いつのまにか、私はそれをうまくかわす術(すべ)を身に着けた。

 術(すべ)といえば、大げさだが、極力、彼女たちを刺激しないように、努めることにした。

 例えば、今…

 …さあ、一体なんのこと?…

 と、高飛車に水野に言えば、若い女のコたちの反感を買う…

 水野が、自分を見ていると、指摘したのだから、当然、私が、水野を見ていた事実は、変わらない…

 下手にこの事実を否定してはいけない…

 「…いえ、水野さんが、来ると、にぎやかになって、楽しいなと…」

 私は当たり障りのないことを言う。

 「…オレが来ると、楽しい?…」

 気のせいか、水野の目が、一瞬、わずか、一瞬だが、キラリと光った気がした。

 「…それは、オレだから…」

 一瞬、鋭い視線を投げたかに見えたが、いつもの軽い調子で、右手の親指で自分を指さしながら、私に言った。

 「…それは、どういう意味ですか?…」

 「…この180㎝の長身に、この美貌…オレを好きにならない女は存在しない…」

 水野がいつもの軽い調子で言う。

 さっきまで、水野と談笑していた女のコたちが、遠くから、ケラケラと水野を見て、笑った。

 「…おまけに、お金持ちですものね…」

 私はわざと言った。

 水野が、どういう反応を示すのか、見たかったのだ…

 「…お金持ち?…」

 周囲の女のコたちがざわついた。

 同時に、水野の表情が、明らかに強張った…

 …さあ、どうする?…

 …さあ、どう出る?…

 私は、眼前の水野が、どう出るのか、内心、期待した。

 ゴクリと生唾を飲み込むほど、期待した。

 そして、水野は、その期待に応えた。

 「…さすが、美人の当たり屋さん…このオレの正体に気づいている…」

 水野が、まるで、大泉洋のような大げさな身振り手振りを交えて言った。

 「…なにを隠そう…このオレ、水野こそ、戦前は、日本二十大財閥のひとつ、水野財閥の御曹司…ものども、控えおろう!…」

 と、まるで、水戸黄門のように、手に印籠を持ったフリをして、真顔になった。

 次の瞬間、

 「…水野財閥って?…」

 とか、

 「…日本二十大財閥ってなに? 普通は、十大財閥って言うんじゃない?…」

 「…だから、水野はダメなのよ…」

 とか、

 言う声が、女のコたちから漏れた。

 当然、誰も、水野が本当のことを言ってるとは、思わない…

 その反応を見て、

 「…やっぱ、オレがお金持ちと言っても、誰も信じないね…」

 と、水野がわざと大げさに肩を落として見せた。

 「…当たり前じゃない! …水野がお金持ちだなんて…」

 とか、

 「…水野は誰が見ても、出世とかに縁のないサラリーマン…パシリよ…」

 とか、

 いう声が飛んだ。

 水野はその声を聞いて、ニヤリとする。

 「…やっぱ、バレました?…」

 と、いつもの調子の良い口調で、答えた。

 「…せっかく、水戸黄門を気取ったのに…」

 水野は笑いながら、言う。

 「…ということです…美人の当たり屋さん…」

 わざと、私にウィンクをして見せた。

 私は、水野の反応を見て、戸惑った。

 …まさか、本当のことを言うとは!…

 同時に、水野のしたたかさを見た思いだった…

 この場合、なにより、本当のことを言うのが、一番だ…

 仮に、水野の正体が、彼女たちにバレたときも、あのとき、言ったでしょ!と、彼女たちに言うことができる。

 なにより、オレは、ウソつきじゃない!と、言い張ることができる…

 私は、それに気づいて、水野の大胆な行動に舌を巻いた。

 が、そのときだった。

 水野が、私に反撃に出た。

 「…そういう高見さんは、どうなんですか?…」

 「…どうというと?…」

 「…高見さん…最近、お金持ちと、交際しているんじゃないですか?…」

 「…お金持ちと交際している?…」

 女のコの中から、声が上がった。

 水野の言葉に、職場に動揺が広がる…

 周囲の人間がザワザワとざわめき出した。

 とりわけ、たった今、水野と遊んでいた女のコたちが、騒ぎだしそうな感じになった。

 口にこそ、しないが、

 「…高見さん…やっぱ、金持ちの大物狙いだった?…」

 とか、

 「…高見さんって、やっぱ、これまで男を選り好みしてたんだ!…」

 とか、

 「…あの歳まで、金持ちの男をゲットするのを待ってたなんて…」

 とか、

 言う声が聞こえてきそうだ…

 これは、幻聴ではない…

 彼女たちの心の声を代弁したに過ぎない…

 そんな中、なにより、私自身が一番動揺した。

 …どう答えよう?…

 私は自問自答する。

 私が、普段、男と付き合ったことのないと、言った噂を耳にした、会社の同僚は多い…

 そして、現に、私に男の影はない…

 これまでは!

 それが、今、水野の言葉で、覆った…

 …さあ、どうする?…

 …さあ、どう出る?…

 先ほど、水野に投げた言葉が、まるで、ブーメランのように私に返った…

 私の顔に緊張が走った…

 職場の周囲の視線が一挙に私に集まった…

 周囲が固唾を飲んで、私の答えを待つ。

 そんな雰囲気になった。

 …さあ、どうする?…

 …さあ、どう出る?…

 私は悩む。

 どう答えていいか、わからなかった…

 が、それを救ったのは、意外な人物…

 なんと、水野、そのひとだった。

 「…なーんちゃって?…」

 軽く、水野が笑う。

 「…どうしたの? みんな、そんな真剣な表情になって…」

 と、おどけた。

 「…高見さんも、そんな深刻な顔はしないで、この水野と、付き合えばいいんですよ…この水野財閥後継者と…」

 と、水野が軽く言う。

 私は、唖然として、水野を見た。

 水野は、私を見て、薄く笑っていた。

 …やられた!…

 私の脳裏に、真っ先に、その言葉が浮かんだ…

 私の困った顔を見て、助け船を出したに違いない…

 …この男は、私と米倉が交際していることを知っている…

 とっさに、そんな考えが浮かんだ。

 いや、現実には、米倉と交際=付き合っているわけではない…

 しかしながら、私が、あの米倉の一族と、知り合って、あの豪邸に出入りしている事実を知っている。

 当然だ!

 この水野は、米倉正造の腹違いの妹、好子と、ホテルで、密会しているところを、週刊誌に撮られている。

 それを、深窓の令嬢=好子の不倫という形で、週刊誌に掲載された…

 水野と好子の関係が、男女の関係であれ、そうでないのであれ、いずれにしろ、二人が、密会していたのは、事実…

 好子の腹違いの姉弟の澄子と、正造の二人を追放する策を練っていたに違いない…

 その会話の中で、私、高見ちづるのことが、話題にならないわけがない…

 話題にならないわけがない?

 …そうか!…

 …だから、水野が、私の職場にやって来たわけだ!…

 好子の口から、私の存在を訊いて、水野の関連会社の社員を装って、私の職場にやって来た…

 …そう考えるのが、一番自然だ…

 …ずばり、納得する…

 …やはり、この男は食えない!…

 …食わせ者!…

 米倉正造と同じく、食わせ者だ…

 と、そこまで、考えて、ふと、米倉の言葉を思い出した。

 …たしか、米倉も以前、私に水野のことを言っていた…

 …高見さんの職場に、水野という男が、やって来ませんでした?…

 と、訊いた。

 そして、米倉は水野と、昔からの知り合いだとも言っていた…

 つまり、別の味方をすれば、米倉から訊いて、私、高見ちづるを見に来た可能性も捨てきれない…

 いや、それはないか?

 米倉の言葉から、私に会うことは考えまい…

 なにしろ、私自身に、そんな価値はない…

 わざわざ、水野が自分の系列の会社の社員を装ってまで、私に会うほどの価値は私にない!

 それは、断言できる。

 私は考える。

 この場合、むしろ、好子の言葉から、私に興味を持ったと考えるのが、妥当…

 好子が今現在、自分の置かれた状況を、水野と話し合う中で、私の名前が出た。

 そして、私、高見ちづるを調べた。

 すると、水野の関連する会社のひとつが、私の会社の取引先であることが、わかった…

 それを利用した。

 取引先の社員として、私に接触しようとした…

 それが真相だろう…

 その方が、説得力がある。

 私は目の前の水野を見ながら、考えた。

 「…どうしたの? 美人の当たり屋さん…そんなにジッとオレを見て…もしかして、オレに惚れた?…」

 水野が軽い口調で、訊く。

 私は、素直に、

 「…ええ…」

 と、答えた。

 私の返事を訊いて、女のコたちが、

 「…えええ?…」

 と、大きな声を上げた。

 なにより、目の前の水野が、私の言葉に驚いて、目をまん丸くして、私を見ていた…

                
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