2回―3

文字数 2,136文字

「島棚市の皆さん、全国の皆さん、こんにちはー。『DJマイヤの雑談室』、室長の生方(うぶかた)舞也(まいや)です。今週もどうぞ、よろしくお願いしまーす」

 あの日から数日後。無事に土曜日を迎え、俺はいつものようにラジオの生放送に臨んでいた。ノートパソコンに表示したSNSでは『山菜採りはどうなりましたか?』と声が上がっている。うん、そうだよな。気になるよな。スタッフ全員にも、音楽流す時間カットするから洗いざらい話せって言われてるんだよな。

「えー、SNS上では既に気になってる人もいるようですが、行ってきましたよ。数日前に山菜採りデート。スタッフ一同からも時間が許す限り話せって言われてるんで白状します。単刀直入に言うと、俺達は遭難しかけました」

 すぐさま『えええぇっ⁉』といった絶叫がタイムラインに流れまくる。うぅ、こんな恥ずかしい失敗談、好き好んで公共の電波に流したくねぇよ。でもヒナは『これでネタができたね』だなんて他人事のように言うし、スタッフは『リスナーへの注意喚起も兼ねて!』とか、乗り気も乗り気だ。俺の扱いが雑なのは知ってるけど、リアクション芸人じゃないんだからな?
 まぁ、これがきっかけで山菜採りに興味を持ったリスナーがいるのは確かだから、恥を忍んで真面目に説明する。遭難予防のロープが抜け落ちたこと、夜寒い中歩き回ったこと。ヒナに襲われかけたことはさすがに言わなかった。でも何故か『やらしいことしたんですか!』と聞いてくるリスナーがちらほらいて、俺はつい反射的に「こらーーーーっ‼」って叫んでしまった。

「この番組は未来を担う島棚キッズ達も聴いてるんだぞ! 深夜ラジオみたいなノリで聞くんじゃありません!」

 自分でもびっくりするくらい取り乱してしまった。レギュラーコーナーの時間になって話を打ち切った後も、タイムラインは『やっちゃったのか……』とざわざわしている。違う。やってない。未遂だしそもそも俺はやられた側だ。タチだけど。全てを訂正したかったのはやまやまだが、最終的には欲望に負けたも同然だから「ヤッテマセン」しか言えない。
 気を取り直して番組を進行する。そして放送終了十分前、『愛妻弁当』の出番がやってきた。

「このコーナーは、俺のパートナーが作ってくれた『愛妻弁当』を試食しながら、お昼を待ちわびるリスナーの皆さんを一斉爆撃する飯テロ企画です。俺も毎回中身は知らないけど、今日は採ってきた山の幸を使った『山菜尽くし弁当』って言われてます。どうなるんだろうなー、早速見てみましょー」

 弁当箱の蓋を開ける。おぉっ、辺り一面森の中みたいな優しい緑色だ。それに爽やかな草の香りと、ふんわりとした醤油の匂いが食欲をそそる。

「細かく切ったタケノコとワラビの炊き込みご飯、ミズとワラビの煮付けにヤマウドの天ぷら、それにタケノコと根菜の豚肉炒め……こりゃまた美味そう! 山菜ってレシピが限られるイメージあったけど、色々使えるんだな……では、一足お先にいただきます!」

 俺は具材と共に炊き込みご飯を掬い、かぶりつく。うぅん、美味い! 歯応えがあるけど炊かれて柔らかいタケノコ、ワラビの程良い苦みが癖になる。ご飯の隅には味変用か、ばっけ味噌が添えられている。フキノトウ(ばっけ)の時期は過ぎたけど、これは作り置きだ。炊き込みご飯どころか、天ぷらやタケノコ炒めにも合いそうだから少し残しておく。
 煮付けには七味唐辛子がかかっていてご飯が進むし、天ぷらはカリッカリで予想通りばっけ味噌とよく合うし、タケノコ炒めは旨味と甘味が最高すぎる。山菜がこんなに美味いなんて知らなかった。山菜採りを勧めてくれたリスナーよ、そして文句無しの神作を生み出したヒナよ。まじでありがとう……!

 普段以上に心の声を抑えきれないまま、俺は食レポを続けた。横目で見たタイムラインは断末魔で溢れている。ちょっとやりすぎたかもしれない。でも本音は本音だから許してほしい。
 ラジオブースの外では、スタッフが『終了一分前!』のカンペを出している。名残惜しいが、そろそろ締めないと。

「そろそろお時間のようなので、最後にもう一度。山菜は美味いしタケノコのように初心者でも採りやすいものもあるけど、夢中になりすぎると簡単に遭難します。もし山菜採りに行くなら、家族やご近所さんにあらかじめ予定を伝えて、ルールや節度を守って程ほどにしましょう。間違っても俺みたいにはなるなよ。……ではでは、今日はこの辺で。また来週お会いしましょう!」

 エンディングテーマが流れ、生放送が終了する。俺はほとんど食べ尽くしてしまった弁当を片付けながら、余韻に浸っていた。
 山菜採りに行った翌日、ヒナはタケノコ汁を振舞ってくれた。それがまたびっくりするくらい美味くて、そりゃあ大好物になるよな、って思ったもんだ。弁当箱を開けるまでは正直「これ以上美味くなれるのか?」って疑ってたけど、とんでもない。山菜の可能性は無限大だ。遭難はもう二度としたくないけど、また二人で、山菜採りに行きたいよな。

 さぁて、ランチタイムの後は来週の打ち合わせだ。その後はさっさと帰って、タケノコ汁の残りをもらおう。未だに『やらかした疑惑』で盛り上がるSNSを強制終了し、俺はラジオブースを後にした。


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