プロローグ

文字数 1,040文字

 夕日に包まれた教室で高校生の桐島咲良は自分の席で読書をしていた。
 周囲に人の姿は無く、ページをめくる音だけが静かに響き渡る。
 しばらくすると学校のチャイムが鳴り、咲良は本から顔を上げる。
 壁に掛けられている時計に視線を移すと時計は五時を指していた。

「もう…… こんな時間」

 窓から見える夕日は半分ほど沈んでいる。

「仕方ない…… 帰ろう」

 咲良は溜息を付きながら本を閉じる。
 その瞬間、彼女の長い黒髪が小さく揺れる。

「ん?」

 後ろを振り向くと窓が少し開いている。

(私、窓なんか開けてたっけ……)

 眉を寄せながら席を立つと静かに窓を閉める。

(早く帰ろう……)

 咲良は素早く学生鞄を手に取ると急ぎ足で教室を出て行った。
 誰もいなくなった教室。
 窓辺のカーテンが風も無いのに小さく揺れた。

(お母さん、怒っているかな……)

 鴉の鳴き声が響く中、薄暗い道を咲良は一人で歩いていた。
 電柱の防犯灯が点々と付き始め、不安という感情が一段と強くなる。
 その時、着信音が咲良のポケットから鳴り響く。

「お母さんかな?」

 防犯灯の下で立ち止まった咲良はポケットからスマートフォンを取り出す。

「え?」

 画面を見た瞬間、目を見張る。

「この画面……」

 細い指で通話ボタンを押すとスマートフォンを耳に当てる。

「もしもし?」

 恐る恐る話し掛けると同時に防犯灯が一瞬、点滅する。

「もしもし? 聞こえますか?」

 再び話し掛けるが通話口には何も聞こえない。

「あの…… あなたは一体……」

 その時、凛の背中に冷たい悪寒が走る。

(何?)

 スマートフォンを耳から離し、勢い良く後ろを振り向く。
 しかし、そこには何も無い。

「何なの?」

 再びスマートフォンを耳に当てる。

「いたずらはやめてくれませんか?」

 強めの口調で通話口に話し掛ける。
 その瞬間、すぐ後ろから人の気配は現れた。
 突然の出来事に咲良は体を一瞬、強張らせる。

「誰かいるの?」

 咲良は声を震わせる。
 しかし、物音一つしない沈黙が流れる。
 鋭い視線が背中に注がれ、振り向くことが出来ない。

「ねえ? いるんでしょ? 何か言ってよ……」

 涙を微かに滲ませながら凛は再び聞く。
 しかし、気配と視線は消えない。

「お願い…… やめて……」

 咲良は涙声で懇願する。

「ふふ……」

 その時、耳元で静かな笑い声が聞こえた。

「ひぃ!」

 その声に驚いた咲良は勢い良く振り返った。
 防犯灯が再び点滅し、そこにいたはずだった咲良の姿は跡形も無く消えていた。
 その後、咲良の姿を見た者はいない。
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