第2章

文字数 4,585文字

 朝の教室は生徒達の談笑で包まれていた。
 教室に入った結衣は自分の席がある窓際へと向かう。

「結衣。おはよう」

 結衣を見つけた生徒は笑顔で挨拶する。

「おはよう」

 結衣も笑顔で挨拶を返す。
 席に辿り着くと学生鞄を横に掛け、椅子に座る。
 隣の席に視線をやると誰も座っていない。

(あれ? めずらしいな……)

「おはよう。結衣」

 後ろからの声に結衣はゆっくりと振り向く。
 そこには薄茶色の長髪に黒い眼鏡を掛けた女子高生が立っていた。
 友人の井上優香だ。

「おはよう。優香」

 結衣は他の生徒と同じように挨拶を返す。

「今日は遅かったね。心配しちゃったよ」
「ごめん。ちょっと、色々あって……」

 優香は小さな笑みを浮かべながら隣の席に座る。
 二人は席が隣同士になった事がきっかけで仲良くなり、今では親友と呼べる間柄となった。

「そういえば聞いたよ。結衣、レギュラ―入りしたんだって?」
「えっ? まあ……」

 結衣は照れ臭そうに答える。

「すごいじゃん。部員、結構いるんでしょ?」
「そんな事ないよ……」

 興味津々な様子の優香に対して結衣は恥ずかしそうに首を横に振る。

「大会、いつなの?」
「今週の土曜日。近くの総合体育館で」
「今週の土曜日か……」

 そう言ってポケットからスマートフォンを取り出した優香は画面を操作する。

「私も行くよ。その日、予定無いから」
「え? 良いよ。そこまでしなくても……」

 そう言って結衣は勢い良く手を振る。

「良いじゃん。親友の晴れ舞台だよ?」
「……ありがとう」

 結衣は目を細めながら呟く。
 その瞬間、学校のチャイムが響き渡る。

「ほーーら。席に着けーー」

 教室の扉が開き、背広姿の教師が入って来る。
 談笑に包まれた教室が段々と静まり返り、朝のホームルームが始まった。


 静まり返った結衣の教室。
 生徒達は自分の席で一生懸命に問題を解いており、その間を女性教師が静かに歩いている。
 女性教師は細長い目で辺りを見渡す。

「はい! じゃあそこまで!」

 チャイムが鳴った瞬間、女性教師は声を上げる。
 教室中に喜びと悲しみの声が様々な所から出て来る。

「明日、問題の答え合わせをします。じゃあ、昼休みに入ってください」

 教壇に戻った女性教師はそう言って教室を出て行った。
 それを皮切りに教室は段々と騒がしくなっていく。

「やっと終わったーー」

 結衣はそう言って腕を大きく伸ばす。

「優香。問題、全部終わった?」
「うん。何とか」

 優香は教科書とノートを片付けながら答える。

「すごいなー 私なんか全然分からなかったよ」
「教科書にある程度、解き方は書いてあるよ」
「本当に?」

 教科書を素早く手に取った結衣は眉間に皺を寄せながら見つめる。
 小さな沈黙が二人の間に流れる。

「……後で教えてくれる?」

 結衣は困り顔で口を開く。

「良いよ」

 優香は笑顔で頷くと鞄の中から赤いバンダナに包まれたお弁当箱を取り出す。

「ありがとう」

 教科書とノートを片付けた結衣は鞄の中からお弁当箱を取り出す。

「そっちで良い?」
「良いよ」

 優香の問いに結衣は笑顔で頷く。

「ありがとう」

 お弁当箱と椅子を持った優香は結衣の元へと向かう。

「さて、今日は何かな……」

 バンダナを解いた結衣はゆっくりと蓋を開ける。
 右にはふりかけのかかったご飯、左にたこ型のウインナーとゆで卵が綺麗に並べられている。

「相変わらず凄いね……」

 机にお弁当箱を置いた優香は興味津々な目でお弁当を見つめる。

「そう? 優香の方もすごいと思うけど」
「そんな事ないよ……」

 椅子に座った優香はお弁当箱の蓋を開ける。
 右には黒い胡麻のかかったご飯、左には卵焼きと唐揚げが綺麗に並べられている。

「やっぱり、凄い……」

 結衣はお弁当を見つめる。

「あ、ありがとう」

 優香は恥ずかしそうに答える。

「あれ?」

 お弁当を見ながら結衣は眉間に皺を寄せる。

「ど、どうしたの?」

 優香は声を震わせる。

「この卵焼き…… 何かいつもと焼き加減が違うような……」
「き、気のせいだよ」

 優香は顔を横に背ける。

「優香…… もしかして……」
「な、何?」

 優香はゆっくりと結衣の方に顔を向けるとニヤニヤと笑う結衣の顔があった。

「このお弁当…… 自分で作ったでしょ?」
「そ、それは……」

 結衣の言葉に優香は顔を下に向ける。
「……うん」

 少し黙り込んだ優香は小さく頷く。

「なるほど。だから、遅かったんだ」

 結衣は納得したように首を縦に振る。

「やめてよ…… 恥ずかしい」

 優香は顔を手で覆う。

「そんなに恥ずかしがらなくても良いじゃん。その卵焼き、とても美味しそうだよ? 形も良いし……」
「本当?」

 優香はゆっくりと顔を上げる。

「うん。それは保証する」
「ありがとう……」

 笑顔で頷く結衣に優香は照れ臭そうに言う。

「さ、食べよう」

 結衣は箸を持つが優香は黙って自分のお弁当を見つめる。

「どうしたの?」
「結衣……」

 優香は恥ずかしそうにお弁当を差し出す。

「何?」
「卵焼き…… 一つあげる」
「え? 良いよ…… そんな……」

 結衣は小さく手を振る。

「良いの。私が食べて欲しいと思ったから」
「……じゃあ」

 結衣は申し訳なさそうに箸で卵焼きを掴む。

「いただきます」

 ゆっくりと口に運び、食べ始める。
 二人の間に沈黙が流れる。

「どう?」

 優香は恐る恐る聞く。

「うん。美味しい」
「本当?」
「本当」

 頷く結衣に優香はホッと息を吐く。

「美味しいよ。これ、何か隠し味とかあるの?」

二人は和気あいあいとお弁当を食べ始めた。


 お弁当を食べ終え、二人はいつも通りの談笑を始めた。

「いたずら電話?」
「そう!」

 優香の問いに結衣はスマートフォンを操作しながら声を荒げる。

「うちのスマホにさ、無言電話が掛かってきたの」
「無言電話?」

 結衣の言葉に優香はスマートフォンを操作する手を止める。

「そう。しかも夜の十二時に」

 結衣は深い溜息を付く。

「今時、いるんだね? 変ないたずらする奴」
「夜の十二時……」

 優香は静かに呟く。

「何? どうしたの?」
「結衣……」

 優香は真剣な表情で結衣を見る。

「その電話…… 本当に十二時に掛かってきた?」
「うん。時計も見たし……」

 結衣は恐る恐る答える。

「そう……」
「何、何なの……」

 結衣は不安な表情で優香を見る。

「ううん。私の考え過ぎかも……」

 優香は優しく笑い掛ける。

「どういう事?」
「結衣は知らない方が良いよ」
「何で? 親友の私でも教えられない事?」

 結衣は小さく口を尖らせる。

「だって、結衣…… 怖い話とか、苦手でしょ?」
「そ、それはそうだけど……」

 ふてくされた表情で結衣は優香の方を見る。

「……分かったよ」

 軽い溜息を付いた優香はゆっくりと話し始める。

「結衣さ、テレちゃんって知ってる?」
「テレちゃん?」

 結衣は小さく首を傾げる。

「うん……」
「知らない」

 頷く優香に対して結衣は首を大きく横に振る。

「何、その…… テレちゃんって?」
「最近、流行っている都市伝説なんだけど……」

 優香は真剣な視線を結衣の方に向ける。

「テレちゃんって言う幽霊が色々な人に無言電話を掛けてくるの」
「無言電話?」
「そう。真夜中の十二時に」

 優香の言葉に結衣の心臓がドクンと鳴る。

(偶然だよね?)

「それで?」
「その電話に出てしまったら……」

 結衣の問いに優香は黙り込んでしまう。
 小さな沈黙が二人の間に流れる。
 周辺の声が雑音と感じる沈黙だった。

「出てしまったら?」

 結衣は恐る恐る口を開く。

「……絶対に自分から切ってはいけないんだって」
「えっ?」

 優香の言葉に結衣は目を丸くする。

「どうしたの?」
「ごめん。てっきり、呪われるとかと言うのかなって……」
「ああ、なるほど。それが普通だよね」

 優香は首を縦に振りながら言う。

「でも、自分から切ってはいけないって……」
「それはね、無言電話を自分から切っちゃうとテレちゃんがやって来て、何処かに連れて行っちゃうらしいの」

(え?)

 結衣の体に謎の衝撃が走る。

「自分から切ると…… 連れて行かれる……」

 結衣は静かに呟く。

「うん。他にも色々言われているんだけど……」
「そ、そうなんだ……」
「結衣…… もしかして……」

 不安な表情で優香は結衣を見る。

「自分から切ったの?」
「まあ…… うん」

 戸惑いながらも結衣は小さく頷く。

「でも、噂なんでしょ?」
「まあ…… そう思いたいんだけど……」

 すぐに笑顔を取り戻す結衣に優香は複雑な表情をする。

「何? どういう事?」
「結衣さ、隣町の事件、知ってる?」
「事件?」

 結衣は思い返すように首を傾げる。

「知らない? 女子高生が行方不明になった事件」
「確か、あったような……」

 結衣はあやふやに答える。

「その事件ね、この都市伝説が関係してるみたいなの」
「どういう事?」
「その女子高生、どうやら前日に無言電話を受けたって親に言っていたらしいの」

結衣は神妙な表情で話す。

「じゃあ、何? その子はテレちゃんに連れて行かれたって言うの?」
「多分……」
「考えすぎだって!」

 結衣は小さく声を荒げる。

「でも、ネット上では……」
「ネットでしょ? 気にしない、気にしない」

結衣はスマートフォンをポケットに入れる。

「ごめん。ちょっとトイレ、行ってくるね……」
「え? う、うん」

 足早に教室を出た結衣を優香は罰が悪そうに見つめた。


 結衣は急ぎ足で女子トイレに入る。
 トイレの個室は全て空いており、奥の個室に足を運ぶ。
 素早く鍵を閉め、深く深呼吸する。

「噂…… だよね?」

 何度も深呼吸するが心臓の鼓動は収まらない。
 微かに震える手でポケットからスマートフォンを取り出す。

(とりあえず調べてみよう……)

 LINEのトーク画面を表示し、注意深く画面を見る。

「え?」

 結衣は目を見張った。
 なぜなら、トーク画面には例の電話をしたアカウントが無かったからだ。

「何で?」

 もう一度、探すが結果は変わらない。
「どういう事?」

 結衣の心に気味悪さと焦りが生まれる。

ギィィィ……

 その時、入口の扉が開く音が響き渡る。

コツ…… コツ……

 その直後、足音がゆっくりと聞こえる。

(この足音って…… 靴? でも、ここって……)

 やがて、足音は優香の個室で足音が止まる。

「え?」

 結衣は目の前の扉に視線をやる。

コン…… コン……

次の瞬間、扉がノックされる。
結衣の体がビクッと震える。

「……誰なの?」

 恐る恐る声を掛ける。

コン…… コン……

 しかし、返って来たのはノック音だった。

「優香なの?」

声を掛けるが反応は無い。

「ねえ? 誰なの?」

コン…… コン……

 再び、扉がノックされる。

「もう! いたずらはやめて!」

 結衣は勢い良く扉を開ける。
 しかし、目の前には誰もいなかった。

「え?」

 辺りを見渡しながら全ての個室を見るが中には誰もいない。

(どうなっているの……)

 背中に小さな悪寒を感じながら結衣は急ぎ足でトイレを出て行った。


 急ぎ足で教室に入った結衣は素早く自分の席に座った。

「ど、どうしたの?」

 戸惑いながらも優香は聞く。
 しかし、結衣は何も答えない。

「結衣?」
「……大丈夫。何でもない」
「ほんと?」

 優香の問いに結衣はゆっくりと頷く。
 その時、チャイムが鳴り響く。

「じゃあ…… 私、戻るね」

 優香は恐る恐る自分の席へと戻っていく。

(大丈夫だよね……)

 窓の外に視線をやるとそこには曇り空が広がっていた。

 
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