第3章

文字数 2,426文字

静寂に包まれた教室で教師が淡々と話を続けている。

「先生の話は以上だ。じゃあ、皆、気を付けて帰れよ」

 教師の言葉を皮切りに生徒達は一斉に帰り支度を始める。
 結衣も同じように帰り支度を始める。

「結衣?」

 隣に顔を向けると優香が心配そうに結衣を見つめていた。

「どうしたの?」
「トイレで何かあった?」

 優香の言葉に結衣の手が止まる。

「何で?」
「だって、あれから何か様子がおかしかったから」

 優香の言葉に結衣は静かに黙り込む。

「結衣?」
「大丈夫だよ」

 結衣は笑顔で帰り支度を始める。

「もしかして…… あの都市伝説?」
「大丈夫。気にしないで」

 帰り支度を終えた結衣は鞄を持ったまま席を立つ。

「じゃあ。私、部活があるから」
「うん」

 心配そうに頷く優香を尻目に結衣は扉に向かおうとする。

「結衣……」
「何?」

 振り向いた結衣の視線の先には寂しそうな表情で見つめる優香。

「どうしたの?」
「いや…… また、明日」
「……うん」

 静かに頷いた結衣は颯爽と教室を出て行った。


 学校のチャイムが鳴り響き、体育館の生徒達がそれぞれのコートに集まる。

「お疲れさまでした!」

 生徒達の声が一斉に声を上げ、片付けを始める。
 体操服を着た結衣はボールが入った籠を押しながら体育器具庫に入る。
 体育器具庫の中は年季の入った蛍光灯のせいで薄暗い。
 奥に進み、籠を丁寧に置く。

(さて、早く帰ろう……)

 結衣は籠に向け、歩き出す。

トーン。トン、トン。

 後ろでボールが弾む音が聞こえ、足を止める。
 振り向いた結衣の足元にバスケットボールが転がって来る。
 結衣はすぐさまボールを拾う。

(え?)

 身体を上げる直前、ある物が目に入る。
 それは血のように赤い靴を履いた少女の足だった。
 勢い良く顔を上げるが人の姿は無く、少女の足も消えていた。

(どうなっているの?)

 辺りを見渡すがもちろん誰もいない。
 背中に微かな悪寒が走り、結衣は足早に体育器具庫を出た。


 夕日はすっかり沈み、辺りから鴉の鳴き声が響き渡る。
 結衣はゆっくりと薄暗い通りを歩いている。
 やがて、ゴミ出しを行った公園に差し掛かる。
 結衣の頭にブランコが揺れる光景が浮かぶ。

(早く帰ろう……)

 急ぎ足で公園を通る。

ギィィィ…… ギィィィ……

 入口からブランコが揺れる音が響き渡る。
 ふと、結衣の足が止まる。
 入口に視線を送ると二つのブランコが揺れている。
 結衣はブランコをジッと見つめる。
 頭の中に『テレちゃん』という言葉が浮かび上がる。

(帰らないと……)

 何度も言い聞かせるが足が動かない。

ギィィィ…… ギィィィ……

 誘うようにブランコが揺れている。
(テレちゃんなんているわけない!)
 結衣は勢い良く走り出した。


 家に着いた結衣は勢い良く玄関の扉を開け、中に入る。
 扉を閉めた後、何度も深呼吸する。
 心臓の鼓動が弱まり、安心感は生まれる。
 下に視線をやると靴は一つも無い。

(お母さん、出かけてるんだ……)

 結衣はゆっくりと歩き出す。
 その時、制服のポケットが揺れる。

「お母さんかな?」

 ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見る。

「え?」

 結衣は言葉を失う。
 黒色のアイコンに数字や記号で作られた名前。
 夜中に掛かったあの画面が表示されている。

「……もしもし?」

 恐る恐る通話ボタンを押し、耳に当てる。
 しかし、何も聞こえない。

「もしもし? 聞こえないの?」

ピンポーン。

 後ろでインタ―ホンが鳴り響く。

「お母さん?」

 結衣はそのまま振り向く。
 扉は閉まったまま開く気配が無い。

「どうしたの?」

 声を掛けるが反応は無い。

『ふふ……』

 画面から少女の笑い声が聞こえる。
 突然の声に結衣は画面から耳を離す。

ピンポーン。

『お姉ちゃん…… 開けて』

 画面から聞こえた少女の声に結衣は急いで鍵を閉め、扉から離れる。

ピンポーン。ピンポーン。
ガチャ。ガチャ。ガチャ。

 インターホンとノブを回す音が玄関中に響き渡る。

(逃げないと!)

 結衣は通話を切り、急いで二階に上がった。


 部屋に入った結衣は急いで扉を閉め、鍵を掛ける。
 床に座り込み、何度も深呼吸する。
 しかし、心臓の鼓動は中々消えない。
 スマートフォンで『一一〇』とボタンを押し、電話を掛ける。

(お願い…… 早く出て……)

 祈るように目をつぶるが中々電話に出ない。

コツ…… コツ……

 扉の外から足音が小さく響き渡る。

(え?)

 結衣は扉の方に目を向ける。

コツ…… コツ。

 扉の前で足音が止まる。

コン。コン。

 扉がノックされる。

「お姉ちゃん……」

 扉の外から少女の声が聞こえる。

「いや! 来ないで!」 

 結衣は扉に向かって叫ぶ。

「お姉ちゃん……」

ガチャ。ガチャ。

 ドアノブが何度も回る。

「お願い! やめて!」

 結衣は叫びながら耳を塞ぐ。
 スマートフォンが床に落ち、鈍い音を立てる。

「どうして……」

ドン!

 少女の声と同時に力強いノック音が響き渡る。

「ひぃ!」

 結衣の体がビクッと震える。

「どうして…… どうして……」

ドン! ドン! ドン!

 力強いノック音が何度も響き渡る。

「お願い…… やめて……」

 目に涙を浮かべながら結衣は呟く。
 その瞬間、ノック音が止まった。

「え?」

 扉の方に顔を向ける。
 音一つ無い沈黙が流れる。

「終わったの?」

 辺りを見渡す結衣の足元でスマートフォンが震える。
 素早く拾い、画面を見る。
 画面には『母』と表示されており、結衣は急いで通話ボタンを押す。

「もしもし? お母さん」

 笑顔で電話に出る。

「お姉ちゃん……」

 しかし、聞こえてきたのは少女の声だった。
 結衣の身体が凍ったように固まる。

「お姉ちゃん……」

 背後から少女の声が聞こえる。
 結衣は恐る恐る振り返る。
 視線の先には一人の少女が立っていた。
 赤いワンピースを身に付け、血のように赤い靴を履いている。
 長い黒髪から青白い顔を覗かせ、目があるはずの所に全ての飲み込みそうな闇が広がっていた。

「遊ぼ……」

 少女はニコッと笑った。
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