-金曜日、悪魔の真の姿、UFO公園での出来事、骰子の目は五(2)-

文字数 3,209文字

 そこには山高帽をかぶったメフィストフェレスがケタケタ(わら)いながらマコトを待ち受けていた。

「田中ユウナをわたしにくれまいか、マコト君?」

「まだ時に止まってほしくないし、世界は美しくないし、ぼくはファウスト博士でもない」

「それを決めるのはお前じゃない。ユウナは16歳、日本の法律でだって結婚できる」

「ユウナはグレーヒェンじゃないし、ぼくはお前と契約(けいやく)した憶えはないぞ」

「契約済みだ、君は眠りたいと望んだ。だから君の願いを叶えてやったんだ」

「確かに不眠症だったが眠れるようにはなった。だがしかし今は違う、それは風邪で熱があってうとうとしてたから、ガチ寝したいってだけだろ。まるで単なるお節介じゃないか。ともかくぼくはお前なんかと眠りの世界を遊々闊歩(ゆうゆうかっぽ)するなんてまっぴらごめんだ、悪魔は悪魔らしく悪人のところへ行ってお手伝いするか、地獄に帰れ」

「それは出来ない相談だ、武井マコト。その上わたしは鳥の王とも契約している」

「なんだって!? 鳥の王の目的はなんだ? 言え! この悪魔野郎」

 武井マコトはメフィストフェレスの襟首(えりくび)を掴むと、(にご)ったかれの()がぎょろりとマコトを見返した。
 だがその威嚇(いかく)にも悪魔は一向に意に帰さず、平然とマコトを(いや)、マコトの向こうにある『なにか』をひたすら見ていた。

――しばらく合わない視線を交わしていたのだが、
 (つい)に諦めたマコトは悪魔の着ている薄汚れた外套(がいとう)の襟首を放し、再びメフィストフェレスと向かい合った。
 彼の外套を握っていた指先はなにやら黒っぽいものが付着していたが、(こす)ってもいないのに独りでに革が()けるようにはがれ、風に舞って何処かへと消えて行った。
 疑問というより流石は本物の悪魔だ、たとえ夢の中だったとしても。

「わかった、お前に詰問(きつもん)しても無駄だということだ」

「この姿はちと人間に対する悪魔としては相応しくないな、威嚇にしては相応しいが折角だから本来の姿に戻るか」

「――? ああ、イケメンになるんだったな」

「よくわかってるじゃないか、まあ、君にはこれ位が丁度いいだろう」

 するとさきほどマコトの指に付いた黒っぽいものが()きあがると渦を巻き、元のメフィストフェレスの姿をつむじ風のようにぐるぐると(おお)い隠すと、再び舞い戻るように元に戻り、そこには身の丈一九〇㎝ほどもある筋骨(たくま)しい美丈夫に入れ替わったメフィストフェレスが居た。

「お分かりいただけたかな、武井君」

声まで耳触りが良い。

「ああ、充分すぎる程な、だがお前と契約した気もないしユウナを差し出す気もない」

「どうかな? このわたしの世界から抜け出すことはできんぞ?」

 そこで武井マコトは不敵な笑みを見せた。

「できる、それは目を覚ますことだ!」


 言うやいなやマコトはとっぷりと日の暮れた部屋で目を覚ました。
 部屋の明かりを点すと時計は19時を回っていた。
 マコトはぐっしょりと汗をかいた寝間着(ねまき)を着替えてジャージを羽織ると階下に下りて行った。

「あらマコトもう大丈夫なの?」

 母が話しかけてきた、丁度夕食の片づけをしているところだ。

「ちっとも」

 投げやりにマコトは答えた。

「ごはん、ぼくの分は?」

「ああ、今お粥を温めるから少し待ってて」

 母はレンジで粥飯(かゆ)を温め始めた。

「卵を落とす? それとも梅干し?」

「うーん、昼間は梅干しだったから卵かな」

 暫くすると母が耐熱皿(たいねつざら)を盆に載せて持ってきた。

「はい、熱いから気を付けてね」

 マコトは無言で食べ始めた。それだけぼくは空腹だったのだ。
 蓮華(れんげ)に粥を乗せるとふーふー息を吹きかけては、ちょっとずつ口にしていき、やや冷めたころには一気に卵粥(たまごがゆ)をかき込んだ。

「もう、食欲丸出しね、そんなにお腹が空いていたの?」

「寝てるだけでも、熱あるから消耗(しょうもう)すんだよ」

「さっさと寝なさいよ、寝ないと治らないんだからね」

「ハイハイ」

「『はい』は一度で(よろ)しい」

「お休みなさーい」


 そう言ってマコトは二階の自室に舞い戻った。

 そう簡単にお休みできるか、頭がフラフラするがユウナの話が気になって仕方がない。
 夢の中のメフィストフェレス、あいつは何者だろう? 薄暗い散らかった部屋を見回しても、答えは出なかった。
 ひとまずユウナからの連絡を待つことにしたが、テスト前な上に、自分も熱に浮かされてろくに起きてはいられない。
 寝てしまうとまたメフィストが現れそうで読み止しの本に手を伸ばしたが、やはり熱を(はか)ると37.9℃もあって今は物を考えるに向かないと諦めた。
 部屋は煌々(こうこう)と明かりがついている、というか点けた。
 だからといって悪夢が訪れない訳ではなく、起きているのか眠っているのかわからないまま、聖アントワーヌの如くマコトのベッドの周りには、様々な悍ましいものが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)していた。マコトはそれを追い払うことも出来なかったが、魑魅魍魎(ちみもうりょう)たちもマコトに危害を与えることは出来なかった。
 ぼんやりした頭でそいつらがベッドの周りを飛び回るのを見ているとLINE通話が鳴った、時刻は23時、ユウナからだ!

『はいもしもし!?』

『もしもし、マコト!? 良かった、起きていてくれたのね!』

『ん~、なんとか寝たり起きたり? でもぼくも君からの連絡を待っていた』

『どうしよう、鳥の王からメールがあったわ』

『なんだって!?』

『どうして鳥の王がユウナのメアドを』

『それがさっぱり』

『誰か内通者(ないつうしゃ)がいる――タケシかも』

『やめて、考えたくない』

『それより昨日UFO公園で起こったことを聞きたい』

『ええ、それを話すためにかけたようなものだから』

ユウナの話はこうだった。



――タケシのバイクに二人乗りで通用門から学校を出たの、その後は市街地に向かって走っているみたいだけど物凄いスピードを出していたわ、怖いくらいよ。
 10分くらい走って見覚えのあるところにたどり着いたと思ったらUFO公園だったの。
 雨は降り続いているし、掴まれた左の二の腕が痣になってきてひどく痛かったから、早く帰りたいしタケシとの別れを真剣に考えたわ。
 そしたら例のUFOの遊具の影から鳥のマスクを被ってうちの制服を着た男が現れたのよ! こいつが鳥の王だと確信したわ。
 そしてこう言ったの。

「田中ユウナ、お前はこの七日間の世界の救済――ひいては崩壊を防ぐために死ななければならない」

 と。冗談じゃないわ、しかもボイスチェンジャーを使っているのよ、その鳥の王って! 私たちの知っている誰かに違いないわ、例えばアキヒコとか。まあその可能性は低いけど。
 で、鳥の王、シムルグによるとこの雨の七日間によって世界は再生され生まれ変わり、リリスたる田中ユウナの死によってそれは完全な物となる。ああそういえば今日、入梅したのよ知ってた? そしてシムルグが私に言ったの、

「お前は来週の月曜階段から落ちて死ぬ、運命は変えられない。それが家の階段であっても学校の階段であっても、だ」

 そして鳥の王は公園から出て行ったんだけど、タケシのやつ(うやうや)しく頭で下げて。
 で、鳥の王が居なくなったら私に向き直ったわ。勿論、貞操の危機を感じたから身を固くしたんだけれど……まあタケシには力で勝てないじゃない。
 そしたらあいつ、

「ごめんな」

 とか何とか言ってキスしてきたのよ! もう吃驚(びっくり)したじゃない、しかも舌まで入れて。
 なんとなくファーストキスってあいつだと思っていたから、そんなに嫌じゃなかったけどあんなことがあった直後でしょ、ドン引きよ。
 その後バイクで家まで送ってったんだけど終始無言よ。
 明日だって絶対口なんて利いてやるもんですか。


武井メモ
聖アントワーヌの誘惑:ギュスターヴ・フローベールの文学作品。紀元3世紀の聖者アントワーヌ(アントニウス)が、テーベの山頂の庵で一夜にして古今東西の様々な宗教・神話の神々や魑魅魍魎の幻覚を経験した後、生命の始原を垣間見、やがて昇り始めた朝日のなかにキリストの顔を見出すまでを絵巻物のように綴っていく幻想的な作品。
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