第1話
文字数 14,152文字
アトラス
奪う者と奪われる者
登場人物
凵畄迩海埜也 かんりゅうじみのや
海浪 わだなみ
銀魔 とんび
天馬 てんま
蒼真 そうま
飛闇 からす
風雅 ふうが
瑪能生 めのう
造卅 ぞうそう
邂 かい
人間はまじめに生きている限り、必ず不幸や苦しみが降りかかってくるものである。
しかし、それを自分の運命として受け止め、辛抱強く我慢し、さらに積極的に力強くその運命と戦えば、いつかは必ず勝利するものである。 ベートーヴェン
第一匠【奪う者と奪われる者】
「よし、行くとするか。お前等、準備は出来てるな?瑪能生、邂?」
「ええ、行けるわ」
女1人と男2人の3人組は、とある場所へと来ていた。
そこは山の中に佇んでいる、小さな小屋である。
そんなところにどんな人が住んでいるのかと思えば、若い男が2人、なにやら言い争いをしながら出てきた。
「だからァ!!!師匠は俺に頼んで行ったじゃねえか!お前の耳は飾りか!?」
「お前は何を聞いてたんだ。師匠は俺にと言ったんだ。まったく。これだから理解力のない奴は面倒だ」
「ああ!?ふざけんじゃねえぞ!!」
どんな理由で喧嘩をしているのか、それはこの際どうでもよいとしよう。
そんな2人の前に、3人は喧嘩の内容を聞くわけでもなく、ただ立ちはだかった。
「何だ?こいつら」
「知らん」
女は短い前髪に、左側だけなぜか長く縛ってあり、後ろは長く少しはねていて青い色をしているが、表情はあまり動かない。
白を基調としたワンピースを着ており、胸の下あたりに太めのラインが入っていて、そのワンピースの下には黒いタイツを身につけており、パンプスを履いている。
男の1人は右わけになっている前髪はふわっとしており、長い。
少し外側にはねるようにして伸びた髪は紫色をしていて、まつげも長い。
特徴的なのは、左目の下あたりに、何かの模様があり、微笑んでいる。
服装としては、白いパーカーの上に黒のジャケットを羽織っており、下は黒のズボンにブーツを履いている。
そしてもう一人の男はとにかく無表情で、黒い髪はさらっとしていて前髪は長めだが後ろは短い。
そして何よりも目は金色をしている。
この男はとてもシンプルな格好をしており、腕まくりされたワイシャツに黒いズボン、そしてスニーカーを履いている。
このあたりでは見たことのない3人に、若い男2人も警戒をする。
すると、にこにこしている男が声をかけてきた。
「海浪ってやつは、ここにいるかな?」
「師匠?師匠なら今ちょっといねぇけど、あんたら誰だ?師匠のこと知ってるのか?」
若い男のうち、ボサボサの髪で口に何か咥えている男が尋ねると、聞いてきた男は女の方を見て「いないってさ」とだけ言った。
「なら、置土産でもしていきましょう」
「そうだね。きっと喜んでくれるね」
「?なんだ?」
「・・・!天馬!!!!」
「あーあ。出かけてるなんて、タイミング悪すぎ」
「仕方ないわ。次行きましょう」
「あいよー」
3人が去って行ったあと、若い男たちは地面に倒れていた。
それからしばらくすると、そこに1人の男が戻ってきた。
短髪に顎鬚、耳にピアスをつけた欠伸をしている男は、そこに倒れている男たちを見つけると駆け寄った。
「天馬、蒼真!何があった!?」
身体を起こして声をかけるが、すでに意識がない2人からは、何も返ってこなかった。
男は2人を小屋の中に移動させると、横に寝かせる。
「・・・・・・」
熱もなさそうで、しかし一向に起きる気配もなく、ただそこで待っていようとした男だったが、ふと顔をあげると、壁に貼られた1枚の紙を見つける。
それを手に取ると、男はくしゃ、と握りつぶして、小屋から出て行った。
丁度その頃、別の場所では。
「ちょいたんま。李、ちょっと早すぎ。少し休もう」
「まったく。信は体力がないなー」
「体力がないなーじゃねえっつの。お前は浮いてるから疲れないだけだろ。ここで一回休憩。はい、決定」
ずっとでこぼこ道を歩いてきた男たち。
紫の髪をした男が、乱れた呼吸を整えるべく深く息を吸っていた。
その男から少し離れた場所に、ふよふよ浮いている金色の髪の男が腰を下ろすと、その近くにもう2人も座る。
かれこれ山道獣道を2、3時間歩いてきただろうか。
気温も上がってきた今日この頃、水分も睡眠もほとんどなく歩くには、あまりに辛い状況だったのだ。
4人はそこで仮眠を取ろうとしていた。
しかしその時、何かの気配を感じてそちらに目をやる。
すると、そこには3人の男女がいた。
「君たち、何者かな?」
金色の髪の男が尋ねると、3人のうち、最も無口な男が、いきなり紫の男に向かって飛びかかってきた。
紫の髪の男は反射的に腰に下げてあった剣を抜こうとしたのだが、それよりも先に、隠れていた男が飛び出て来て、男の前に立ちはだかった。
「信様、お怪我ありませんか」
「ああ、俺は大丈夫だ」
どこにいたのだろうか、その男はいきなり飛びかかってきた男を睨みつけると、後ろにいた女が一歩前に出た。
「見つけた。凵畄迩海埜也」
「・・・なぜ俺の名を知っている」
自分の名が出た時点で、狙われていたのは本当は自分であったことを知ると、男、海埜也は君主でもある信を逃がす。
「海埜也!!」
「信、ここは任せよう」
置いて行くことを拒んだ信だったが、他の金色の髪の男、李たちによって引っ張られてしまった。
信達の気配が遠のいて行くのを確認すると、海埜也はふう、と相手に気付かれないように小さく呼吸をする。
「何者だ」
「俺達はただ、邪魔な奴らを消したいだけさ。お前もその1人ってだけだ」
「なぜ俺のことを知っている」
「当然だろ?別名、通り名は紅頭。その名を知らねえ奴はいないはずさ」
「・・・・・・」
何の目的があるのか、どうやってここを知ったのか、聞きたい事はあったのだが、それよりも何よりも、先には行かせないようにするしか出来ない。
というよりも、それが役目であった。
海埜也はぐっと踏み込むと、微笑み続ける男に向かって行った。
「お前の身体は動かなくなる」
「・・・!?」
急に、身体が動かなくなった。
女の口から発せられたその言葉は、海埜也の身体の動きをまるで止めてしまったかのようだ。
意識はあるのに、自分の身体なのに、なぜか動かすことが出来ない。
「何があったのか知りたいようだね」
「・・・・・・」
「まあ、教えてあげてもいいけど。邂、さっさとこいつを始末してくれ」
そう言われると、無表情の男、邂は海埜也の身体に触れようとした。
「殺せ」
ここまでか、そう思った海埜也だったが、邂に触れられるその前に、身体が急に宙に浮いた様な感覚になった。
感覚になった、というよりも、実際に宙に浮いたのだろう。
「よう、久しぶりだな」
「銀魔。どうしてここに」
「どうやら、お前も狙われたようだな」
「?」
間一髪のところで海埜也を助けたのは、海埜也が以前出会ったことのある男、銀魔だった。
長めの前髪にピアス、そして顎鬚。
その姿はまるで、誰かにそっくりである。
「なんだァ?お前等、揃いも揃って」
「海浪、まさかお前とこんなところで会うとはな」
「・・・銀魔」
この海浪という男とも、海埜也は一度だけ会ったことがある。
そして海浪と銀魔という男は、どうやら同じ師匠を持つらしく、ライバル心があるかどうかは定かではないが、こうして会うのはきっと何十年かぶりだろう。
「俺達からのプレゼント、受け取ってくれたようだな」
「プレゼントだぁ?弟子をこてんぱんにしてくれやがって。仕事が捗りゃしねえよ。どうしてくれんだ」
「俺の弟子も可愛がってくれたようだな。まさか飛闇がやられるとは思わなかったが」
この2人、見た目も性格もまあまあ似ていると思うのだが、似ているというと怒ってしまう。
それに、海浪の方が口が悪いだろうし、銀魔は生まれが違うと知っている。
まあ、今はそれは良いとして、とにかく、その3人と対峙している海埜也たち。
「ここで一気に殺せるなんて、俺達は相当運が良いらしいな」
「そうね。けど、私1人で充分だわ」
「おいおい、お前と邂の2人で、だろ?」
「あら、自分が役立たずなことは分かってるみたいね」
「なにその毒舌」
海埜也たちは武器を持っていないため、3人とも素手を構える。
「なんだ、あの能力は」
「はっ。ざまぁねぇな」
「俺達がな」
海埜也たちは、3人に負かされてしまった。
「それよりも、あいつら、師匠の名前言ってなかったか?」
「言ってたな」
「まあ、あの師匠のことだから、大丈夫だとは思うが」
「その師匠の弟子だってのに、なんともみっともない姿だな、俺達は」
「お取り込み中すみません」
未だ、地面に横になっていたままの海浪と銀魔、そしてその横では海埜也が1人だけ胡坐をかいて座っていた。
そこに1人、また別の男がやってきた。
パッと見た感じでは、女性にも思えるような綺麗な顔立ちの男は、海埜也を見ると適当な場所に腰を下ろした。
「まったく。俺を使うなんて偉くなったもんだね、海埜也」
「どうせ情報集めたのは朷音と燕网だろ」
「まあね」
その男が誰なのかと聞けば、男は自らこう答えた。
「俺は葡立凖。海埜也が仕えていた城で、今も働いてる」
海浪と銀魔にとっては初めましての男だったが、海埜也の知り合いということで、話しを聞いてみることにした。
葡立という男は、海埜也とは違って、口達者なのか、それとも人見知りとか物怖じをしない性格なのか、とにかく、普通の人ならば海浪や銀魔といった、大柄な男2人を目の前にして、こんなにも冷静に話しなど出来ないだろう。
「朷音と燕网に調べてもらったけど」
「誰だ?」
「さあ?」
また初めて聞く名前が出てきたが、誰かと聞こうとすれば、葡立が微笑みながらこちらを見てきたため、無言の圧力に負けた2人は大人しく聞くことにした。
「あの3人は、破滅、贖罪、絶望の通り名を持ってる、まあ、殺し屋みたいなもんだ」
「殺し屋?」
「そう。まず、1人だけ女がいたな。あの女は破滅の瑪能生。言霊を操ることが出来て、あの女が口にしたことは現実になる。まあ、ずっと遠くにいるのに、ここにいる俺達に効くかっていうと、そうではない」
破滅の名を持つ瑪能生は、その言葉一つ一つに命を宿し、確実に起こり得る未来にすることが出来るという。
続いて、あのニコニコと笑みを崩さなかった男は、贖罪の名を持つ造卅という。
この造卅という男は、読心、つまりは心を読むことが出来る。
簡単に言ってしまえば、攻撃をしようとしてもかわされてしまうし、何を考えているか分かってしまう。
そして最後の1人、絶望の名を持っている男は邂という。
この男は傀儡を操り、また、自らも傀儡となった男である。
生きている者も死んでいる者も、どちらの身体も操ることが出来、それは神も死神をも嘲笑う愚行であるとか。
「実際、攻撃力があるのは瑪能生と邂だが、防御力を考えるなら造卅だな」
「じゃあ、さっき俺達の身体が動かなくなったのも、急に苦しくなったのも、全部その瑪能生とか言う奴の言霊のせいか」
「だろうね。あわよくば、死体になったみんなを、傀儡として再利用しようとしたんだろう」
「胸糞悪ィことを」
そういえば、といって葡立が何か思い出したように呟いた。
何だろうと思って耳を澄ましていれば、葡立は身体を前のめりにしてこう言った。
「知らない名前から、知ってる名前まで、結構ぞろぞろあったみたいだ」
朷音と燕网が調べたところによると、当然、今回のことで海埜也や海浪、銀魔たちが狙われたことは分かったが、他にも数十名の名前があがっていたようだ。
「聞いたことあるとこだと、例えば、龍海とか、黒夜叉とかもあったみたいだよ」
「あいつらもか」
「他には確か・・・・・・」
「あいつらに止めを刺さなかったのは、何か理由でもあるのか?」
「別に。邂が調子悪いみたいだったから、私も適当に終わらせただけ」
「しらねぇぞ。どうなったって」
瑪能生たちは、次の小休止していた。
造卅は次は誰のとこに行こうかなー、とまるで遊園地を巡っているかのような楽しそうな表情をしていた。
「俺的には、鳳如なんてどう?」
「あそこはここから遠いわ。それに、厄介なのが多いから後回しにしましょ」
「まじかよ。じゃあ、じゃあ、ぬらりひょんとか」
「人の話を聞いてたの?たった今、私はあそこは遠いから却下だと言ったはずよ。それなのに、どうしてその名が出るのか、ちゃんとした説明をしてもらえる?」
「・・・じゃあ、シャルルとかは?あんまり遠くねえだろ?」
「あの男とは波長が合わない」
「いや、誰とも合わねえくせに、何を今更言ってんだよ」
「・・・・・・」
「すみません」
ギロッと瑪能生が睨みつければ、造卅は反論することなく謝罪する。
そんな2人の会話など興味なさそうに、邂は目を瞑ったまま規則正しい寝息を立てていた。
「それにしても、俺達の周りをコソコソと嗅ぎまわってた、あの連中は何者だ?」
「知らない。それに、私達のことを調べたところで、奴らには何も出来ない」
「ま、そりゃそうだ」
ゆっくりと目を開けた邂は、そこでまだ何かを話している瑪能生と造卅を見て、ため息を吐くとまた目を閉じた。
「てことで、あいつらに反撃することにする」
葡立が去ってから、いや、それよりもずっと前から、瑪能生たちに反撃をすることを考えていた海浪たち。
どうやって居場所を突き止めたかと言うと、なんというか、犬のような鼻を持っている男がいた、としか言いようがない。
「けど、何か考えでもおありで?」
言われるがまま着いてきた海埜也が聞いてみると、海浪と銀魔ははっきりと「ない」と答えた。
なぜこうも計画性のない奴らと一緒に此処へ来てしまったのかと、少し悔やまれた海埜也だったが、来てしまったからにはどうしようもない。
1人だけ何処かへ行くことも出来ず、ただじっと、そこで様子を窺う事にした。
瑪能生たちは動く気配がなく、先程からずっとお喋りを続けていた。
しかしその時、海埜也、海浪、銀魔の三人は三人揃ってその場から離れた。
「・・・・・・惜しかった」
「惜しいじゃねえよ、ガキが」
先程まで三人がいた場所には、太く大きな釘のようなものが幾つも地面に突き刺さっていた。
そしてその回りには、関節の動きが明らかにおかしい人間、というには程遠いような人間の姿をした者たちがいた。
カクカクと妙な動きをするその人間の後ろから、1人の男が現れた。
「お前が邂か?こんなに死体を引き連れてきやがって、そもそも何処で調達してきたんだよ」
「銀魔、お前は相変わらず変なところを突っ込むな」
三人の前に現れた邂は、こちらに向かってくる気配はなく、代わりに、少しだけ指をぴくっと動かしたのが見えた。
それと同時に、邂によって動かされた傀儡たちが三人に襲いかかってくる。
傀儡は木の上、木の陰、三人も後ろからと、様々な場所から現れて、海埜也たちを取り囲んで行く。
「ったく。こんな人数相手とは、何年ぶりかだな」
「のんびり隠居生活みてぇなことしてるからだろ。俺は余裕だ」
「ああ?俺だって余裕だ。銀魔よりも余裕だ」
「ああ?海浪より俺の方が余裕だっての」
「喧嘩なら後でやってください」
「「はい」」
なぜか互いにガンをつけ始めた海浪と銀魔に対して、海埜也が一喝入れる。
ふう、と隣から小さなため息が聞こえてきた。
「どうせ、あの造卅って奴の読心ってやつで、ここにいるのがバレたんだろ」
「なんだ、戦う前から弱音か」
「ああ?俺が今までに弱音なんて吐いたことあったか?」
「あっただろ。師匠から石の上にも三年って言われて、本当に石の上に三年ずっと人工的に水を垂らせって言われたときとか」
「んな昔のことはもう忘れた」
「昔話なら後でやってください」
「「はい」」
またしても海埜也に一喝されてしまった2人だったが、そこへ造卅と瑪能生も現れた。
「おやまあ。わざわざやられに来るなんて、余程自分の腕に自信がおありなのか、それとも余程愚かなのか」
両肘を曲げ、やれやれと言った風に肩をすくめながら近づいてきた造卅。
にこやかなその口調とは裏腹に、目の奥は笑っていないようにも見える。
「邂」
造卅の後ろにいた瑪能生に名前を呼ばれたことによって、動かしていた傀儡たちの動きを止める。
瑪能生が三人の前に立つと、三人は一気に身構える。
傀儡を操る邂相手となれば、自分達の持っている力でなんとかなるかもしれないが、言霊を操る瑪能生が相手となると、頭でも身体でも分かっているのに、抵抗出来なくなってしまう。
邂も大人しく後ろに下がると、瑪能生は何度か瞬きをした。
そしてうっすらと口を開くと、三人を見据えてこう言った。
「 」
「・・・・・・」
目を開けると、雨が降っていた。
仰向けになって寝ている自分に気付き、身体を起こす。
自分に何が起こったのかを考えていると、数日前の記憶が蘇る。
『お前たちは、大切な奴らと戦う』
その一言を聞いたあと、急に眠気というのか、意識が遠のいて行く感覚に襲われ、気付くとここにいた。
いや、ここにいた、というのは正確ではないかもしれない。
数日前もここにはいたのだ。
ただ、ここに寝たまま時間が過ぎてしまっただけであって、居場所自体は変わっていなかった。
目を開けた三人は、互いの無事を無言で確かめると、頭をがしがしかいた。
「っだーーーー!くそ!」
「落ち着け海浪。ここで俺達三人、死んでなかっただけで運が良かったと思わねぇと、生きた心地がしねえよ」
「ちっ。情けか同情かはたまた余裕か。なんにせよ、止めも刺さねえで生かされてるなんて、それこそ生きた心地がしねぇよ」
「・・・それにしても、気になりますね」
瑪能生が言っていた、あの言葉。
誰のことを言っているのか、はっきりしたことは言えないが。
海浪は悔しそうに、何度も何度も舌打ちしていると、銀魔に「止めろ」と言われた。
不機嫌そうに眉間にシワを寄せていると、隣では銀魔も同じような表情をしていたため、海浪は人差し指と親指で自分の眉間を触って確認をした。
海埜也は自分の掌を見て、それからぎゅっと強く拳を作っていた。
「そういや」
ふとここで思い出したことがあった。
瑪能生達にやられていた自分達の弟子のことを、海浪と銀魔は思い出していた。
寝かせてはきたが大丈夫だろうか。
なにせ、血の気が多い奴らのことだ。
もしかしたら、意識を取り戻して、瑪能生たちのことを倒そうと躍起になっているかもしれない。
そこまで元気があればまだ良いのだが。
そこで、一度は小屋に戻って弟子たちの様子を見てくることにした。
数日間寝ていたということは、それだけ放っておいてしまっているということだ。
まあ、最低限の生活は出来るだろうし、野犬や山賊、その他もろもろの奴ら相手ならば、そう簡単にはやられないはずだ。
きっと何らかの身体が本来持っている力によって、もう目覚めている頃だろう。
「じゃあ、俺は先に行くぞ」
「ああ。海埜也、お前はどうする?来るか?」
「・・・お願いします」
海埜也は、一度は信のもとへ戻ろうかとも思ったのだが、止めておいた。
信のことを心配していないわけではないが、狙われている自分が行ったところで、危険な目に遭うだけかもしれない。
それに、今の信には李たちが着いている。
もしものときには、それこそ仲間である凖や朷音、燕网たちに頼んである。
今はまだ戻らない方が賢明だろうと思っていた。
海浪は先に小屋へと戻って行ってしまい、海埜也は銀魔と共に、銀魔たちが生活している場所へと向かった。
「海浪とは、何年ぶりくらいです?」
「あ?」
ふと、海埜也は尋ねてみた。
2人には同じ師匠がいて、その師匠というのは、海埜也たちも知っている、名の知れた、しかしその姿は見たことがない存在。
とはいえ、今海埜也の隣で歩いているこの男も、今見ている姿が本当の姿だとは言えないのだ。
銀魔という男は、変化に長けていた。
変化というのか、変装というのか、しかし変装というにはあまりにも別人になりすましているため、最早人間の域を越えている。
それは海浪も知っており、銀魔が変装してしまえば、きっと海浪さえ気付かないかもしれない。
どれほど変装に長けているのかと言えば、先程も言った通り、最早別人の域だ。
老若男女、それは勿論のことだが、背丈も声も、骨格も顔も、性格も何から何まで、別人になりきることが出来る。
なぜ銀魔がそのようなことが出来るのか、きっと銀魔の師匠しか知らないことかもしれない。
海埜也はその銀魔の変装を実際に見たことは一度しかないが、見事に騙されたのを覚えている。
魔術というか、魔法と言うか、そう言った類のものではないかと思うほど、銀魔の変装は素晴らしい。
一方で、海浪は変装などと言ったものは得意ではなく、海浪自身、変装はしたくないと言っているが、体力、武術、体術、そういったものは銀魔より上だろう。
もちろん銀魔も強いのだが、海浪はガタイのでかさの割には、身軽で軽やかに俊敏に動きまわる。
銀魔に聞いた話では、海浪と以前腕相撲をしたことがあったそうだが、五戦行って五敗したらしい。
歴然とした差ではないようだが、海浪は力を入れるところや抜くところが上手いようで、なかなか勝てないと言っていた。
何処かの武道会に出たこともあるようで、その時銀魔と海浪は決勝で戦うはずだったのだが、銀魔はタコ焼きが食べたくなって、棄権したとか。
結局2人が直接戦うことはなかったのだが、どちらが強いのかと聞けば、実際にやってみないと分からない、とのことだった。
「なんでタコ焼きなんて食べたくなったんですか」
「なんでって、急にそういう気分になるときくらいあるだろ」
「あるかもしれませんけど、決勝だけ我慢すればどの道食べられたんじゃ」
「ダメなんだよ。それじゃダメだ。喰いてぇと思ったときじゃねえと、身体は動いてくれねえんだよ」
「そういうもんですか」
良く分からない銀魔のポリシーを聞き流しながら、歩いた。
それにしても、と海埜也は思っていた。
海浪にしても銀魔にしても、まさか弟子が出来るとは思っていなかった。
海浪の弟子は男2人で、同じ歳らしい。
だからなのか、しょっちゅう喧嘩をしているようで、海浪が「うるせぇ弟が出来た見てぇだ」と言ったら、銀魔が「弟じゃなくて子供じゃねえのか」なんて言ったものだから、海浪は自分はまだそんな歳じゃないとか言っていた。
今は山の奥の方で生活をしており、薪を作っては街に売りに行ったり、近くの小屋に運んだりしているようだ。
なぜそんな生活をしているのかと聞きたくなるが、きっと海浪にとってはそのスローライフが合っているのだろう。
一方の銀魔にも弟子が2人いるが、うち1人は女である。
女といってもクノ一で、忍者だ。
男も忍者で、2人ともそれなりに手練なのだが、こちらもこちらで性格に難ありのようだ。
「男は飛闇っていうんだが」
「本名ですか」
「んなわきゃねぇだろ。俺がつけたんだよ。で、その飛闇ってのは無口で、時間がありゃあとにかく鍛錬するような奴だ」
「悪い事じゃありません」
「ま、悪くはねえんだが」
日々強くなっていくことは良いのだが、銀魔に忠誠を誓うあまりか、銀魔のようにピアスまでつけてしまった。
つけない方が良いと言ったそうなのだが、頑なに首を縦には振らなかった。
忠誠心があるのは良いことだが、銀魔としては自分に似られても困る、と言ったところだろうか。
そして女の風雅は、とにかく負けず嫌い。
男の飛闇にも力で負けたくないらしく、頻繁に勝負を挑んでいるのだが、女性ならではの瞬発力や機転を生かしても、勝てない。
しまいには、銀魔に、飛闇に特別な特訓でもしているのかと聞かれたことがあるそうだ。
「難しいんだよ。女は特にな」
「なら、女性に変装すれば良いじゃないですか」
「俺の威厳がなくなるだろうが」
「威厳、あったんですね」
銀魔のことばかり聞いていると、銀魔は海埜也についても聞いてきた。
海埜也と銀魔、海浪が出会ったのは、海埜也が凰鼎夷家に仕えてからすぐの頃。
内偵調査や城近辺調査、それ以外にも海埜也の仕事は沢山あった。
その中である日、海埜也は信が生まれてからも信の護衛を続けながら、企みを企てている者がいないか等の調査を行っていた。
その調査の最中、出会ったのが海浪と銀魔であった。
簡単に説明をすれば、海埜也がちょっとピンチだったときに、助けてもらったのだ。
「凰鼎夷家は今どうなってんだ?」
「分かりかねますが、凖の様子を見る限りでは、変わりなさそうです」
「そうか」
銀魔もまた、ある城にいたらしい。
詳しいことは何も聞いていない、というよりも、聞こうとしてもいつも銀魔にはぐらかされてしまうため、聞かない方が良いだろうという判断になった。
しかし、それはどうやら凰鼎夷家と同じように長い歴史を持っていた城で、今となっては伝説と言われている。
伝説と言われている理由としては、ある日を境に、城も、城に仕えていた者も、全員姿を消してしまったからだと聞いている。
それが嘘か真か、知る術はないのだが。
「そういや、海埜也」
「はい?」
「お前、幾つになったんだ?」
「・・・野暮なことを聞きますね」
「お前は乙女か」
もう、自分の歳を数えることなんて止めてしまった。
今自分が何年生きてきたのか、そんなこと知らない方が良い。
人間の人生なんて、いや、そういう言い方は良くないかもしれないが、人の一生はあっという間に過ぎてしまう。
勿論、人間の寿命よりも短い生命体も数多くあることだろうが、その中でも、人間ほど本能を抑えて生きている生物はいないだろう。
生きている間だけでも人に好かれようとしたり、金持ちになろうとしたり、仕事が出来るようになろうとしたり、孤独にならないようにしたり。
他の動物からしてみれば、きっと愚かな思考回路を持っている。
なんでもかんでも自分達のものにしたがる人間は、脅威でしかない。
境界線なんてないこの世界で、境界線をわざわざ引いて、自分達のものだという縄張りを作る。
それは生きて行くためではなく、欲望のためだといっても過言ではない。
「相変わらず、生きてると嫌なことだらけが目につくな」
「本当ですね」
いつ死んでも構わないと思いながら生きてきた。
時代も世界も景色も、めまぐるしく変化を続けて行く中で、足元にある大切な何かを常に見落としている。
だからこそ、人間は時として自然の脅威に脅かされ、技術の進歩を頼みの綱とする。
「どれだけ未来が来ようとも、行き着く先は同じだと言うのに」
人間が足を踏み入れてはならない場所へと入りこんでしまったその時、人間は初めて知るのだろう。
「世界には、こんなにも素晴らしい世界があったのかと」
そしてその風景を技術によって広め、知ってほしいと願うあまりに、自然に手をつけ、それさえも人間のものにしようとする。
海の底へも、空の彼方へも、星のその先へも、そして未来へも。
行きたいと願えば願うほど、人間の欲求は満たされず、また新しい欲求を作る。
「いつの世か、奪い合いなどない時代が来るのでしょうか」
「・・・難しいだろうな。人間てのは、いつだって欲しがる生き物だ。愛も物も金も居場所も。そうやって自分を確立していかなきゃ、生きてる実感が沸かねえのさ」
「虚しいものですね。ただそこにいるだけで、鼓動は聞こえるというのに」
「哀れなもんさ。己が今生きている状況を愛せねえなんて」
「・・・そういうこと言うんですね」
「聞き流してくれ」
そんなこんなで話していると、銀魔たちが生活している小屋に辿りついた。
「ここだ」
「意外とちゃんとした小屋ですね」
「だろ?俺のお手製だからな」
「・・・急に不安になりました」
鍵などついていないその小屋に近づくと、中の人の気配がする。
きっと2人とも起きたのだろうと思って扉を開けてみるが、まだ2人は寝たままだった。
「適当にかけてくれ」
適当に、と言われたため、海埜也は言われた通り、椅子があるのに床にそのまま胡坐をかいて座った。
「なんで床なんだよ」
「こっちの方が落ち着きます。椅子の方が良いなら椅子に座ります」
「まあいい。好きにしてろ」
銀魔は、近くの川に水を汲んでくるとかで、小屋から出て行った。
そして少し待つと両手にバケツを持って戻ってきた。
「コーヒーでいいか?」
「はい」
手際よくお湯を沸かすと、コーヒーをふたつ、用意した。
一つを床に座っている海埜也に渡して、もう一つは自分の口に含むと、銀魔は椅子に座って足を組んだ。
カップを持っていない方の肘を椅子の背もたれにかけながら、しばし沈黙が続いた。
猫舌なのか、海埜也は熱いそれに、何度も何度も息を吹きかけて冷ますと、少しずつ飲み始める。
そして二口目をつけようとしたとき、海埜也と銀魔は一斉に立ち上がった。
丁度同じころ、海浪も小屋についており、まだ寝ている天馬と蒼真を見て、ふうっと一安心するのだった。
仰向けに寝ている天馬の喉には、蒼真の腕が置いてある。
苦しくないのかと思っていると、徐々に天馬がうめきだしたため、海浪は蒼真の腕を天馬から離した。
海浪は頭にタオルを巻いて、しばらくはあの三人にやられたことを忘れたいのか、がむしゃらに薪を割っていた。
身体を動かしたことで少しスッキリしたのか、海浪はタオルで汗を拭きながら小屋に戻り、お茶を啜る。
「ふー」
首をコキコキと鳴らしながらのんびりしていると、急に、殺気を感じた。
「・・・!?」
手に持っていた湯のみを、殺気がする方に向けて投げると、そこには寝ていたはずの天馬と蒼真がいた。
「!?お前等・・・!?」
見てすぐに分かるが、いつもの天馬と蒼真ではない。
本人たちに意識があるのかないのか、それさえはっきりとは分からないが、多分、意識はない。
海浪が投げた湯のみを手で放つと、湯のみは虚しくも壁に弾かれて割れてしまった。
新しい湯のみを、少し離れた場所にいる陶芸家の知り合いに頼まないと、などと考えていると、急に蒼真が襲いかかってきた。
「・・・!!」
剣で襲われた海浪は、ただただそれを避けることしか出来ない。
蒼真だけに注意をしていると、ふと背中に空気を感じ、海浪は思わず身体を屈めた。
すると、間一髪のところで、後ろから天馬が蹴りを入れてきたのを、避けることが出来たのだが、身を屈めたことによって、蒼真の攻撃が間近に迫っていた。
「ちっ」
師匠にも銀魔にも、舌打ちの癖を止めろと言われたが、舌打ちは海浪にとっては精神安定をさせるためのものでもあった。
ルーティーンとまでは言わないが、それに似たようなものだ。
蒼真の剣を避けようとした海浪だったが、足を天馬に掴まれてしまったため、上半身だけをなんとか捻って回避する。
そして両手に力を入れてバランスを取ると、足を掴んでいる天馬ごと身体を浮かせ、蒼真に向けて放った。
2人は互いに直撃し、倒れた。
その隙に体勢を取り戻した海浪だったが、今度は自分の身体が動かなくなった。
「・・・・・・邂か」
まるで糸で身体を操られているような感覚に、海浪はこれがどこかにいる邂の仕業だと気付いた。
きっと海浪たちを気絶させている間に此処へ来て、2人に何かしたのだろう。
小屋にも罠を張って、天馬と蒼真に海浪を殺させようというのだろうか。
両腕をあげた状態になってしまった海浪の前には、天馬と蒼真が立っている。
そして一歩一歩と、確実に海浪の方へと近づいてくるが、海浪はその糸に抵抗さえしようとしない。
「・・・・・・」
ただじっと2人の動きを見ていた。
だが、ニヤリと笑うと、また舌打ちをする。
「情けねえじゃねえか。自由になりてぇとほざいてたガキが、2人揃って今や操り人形ってわけか」
海浪の言葉にも、何の反応も示さない。
「だが、俺が弟子のお前たちに対しても、そこまで優しくねえってのは、分かってるはずだな?」
そう言うと、海浪は動かなくなっている腕に力を入れ始める。
グググ、と力を入れれば入れるほど、糸によって腕にはくぼみが生じてしまう。
しかし、そんなことお構いなしに、海浪はさらに力を込めて行くと、ぷち、と何かの音がしたかと思うと、海浪の腕からは血が出てき始めた。
「俺の腕が先か、糸が先か。ただそれだけの話だな」
果たして、先にちぎれるのはどちらかと、まるでゲームでもしているかのように、海浪は笑っていた。
つー、ぽた、と流れて行く血なんて気にもせず、海浪が糸と格闘している間に、蒼真が剣を振りあげた。
天馬も武術の身構えをするのが分かると、蒼真の剣が一気に振り下ろされる。
それと同時に、天馬の蹴りもやってくる。
ぶちぶち・・・
勢いよく糸を引き千切ると、海浪は右手で蒼真の剣を素手で受け止め、左手で天馬の蹴りを受け止めた。
海浪に掴まれた剣も足も、ピクリとも動かなくなってしまい、2人は掴まれた剣と足を自分の方へと引っ張る。
すると急に力を緩められてしまい、2人はすてん、と後ろに転んでしまった。
海浪は指をポキポキならしながら2人に近づくと、蒼真の手にある剣を蹴ると、それは壁に突き刺さった。
「ようしお前等。まだ仕置きも躾も足りなかったみてぇだな。一から叩きこんでやるよ」
「風雅!飛闇!」
「なぜ急にこんなことに?」
「さあな。海埜也、お前に頼みたい事がある」
「分かっています」
「つまらないわ」
「つまらないって、仕方ないだろ。そもそも、瑪能生がこの計画を思い付いたんだろ?つまらないなんて文句言うくらいなら、始めから自分の手でやっときゃ良かったんだよ」
「それは簡単だけど、退屈よ」
「じゃあ何か?師弟同士で殺し合いさせるのが楽しいってか?」
「楽しくはないけど、退屈じゃないわ。破滅を導くのは、いつだって己自身だもの」
「へいへい」
瑪能生は窓の外をじっと見つめていたが、外は雨だった。
急に降ってきた雨は、恵の雨か。
それとも、世の末を悼んでのものか。
「それにしても、邪魔な連中が次々に現れるな。イデアムに隼人・・・?後で調べておくか」
「・・・誰が相手でも平気。私達なら、きっとやれる」