第4話

文字数 4,330文字



アトラス
おまけ①「昔々」

おまけ①【昔々】



























 昔々、といってもそれほど昔ではないが、今から数十年前の出来事である。

 そこには、三人の男たちがいた。

 当時7歳だった少年の前に、1人の知らない男が現れたのだ。

 それまでは歳の離れた師匠と2人だけで暮らしていた少年にとって、その男の存在は興味でもあり、脅威でもあった。

 なぜなら、少年は周りの世界のことを、ほとんど知らずに育ってきたからだ。

 「師匠、あいつは誰?」

 「海浪、今日から一緒に暮らすことになる。銀魔だ。仲良くするのだぞ」

 「銀魔・・・?」

 無愛想な顔つきのその少年は、師匠によって銀魔と名付けられた。

 本当の名前があったのかなんて、聞こうとも思わなかった。

 「銀魔、何処行くんだ。師匠の言いつけ通りに修行しろよ」

 「五月蠅い。俺はお前の言う事を聞く気はない」

 「・・・師匠―――!!!銀魔が修行をさぼろうとしてるーーーー!!!」

 「なっ!!」

 別に告げ口する心算はなかったが、勝手に来て、勝手に過ごすのが許せないだけだったのだろう。

 師匠が帰ってくるまでの間、2人は大人しく水汲みや薪割り、山道を走って100往復、さらには獣との格闘をしていた。

 これだけは言っておくが、決して自ら望んでやっていることではなく、命じられたからやっているだけだ。

 海浪はそれが日課になっているから特に気にしてはいなかったが、銀魔はなぜ強くなるために来たのに、こんなことをしないといけないのかと少しだけ思っていたようだ。

 だからなのか、銀魔は少しさぼって川辺で寝そべっていた。

 「おい、さぼってんなよ」

 「・・・五月蠅い奴だ」

 「師匠は怖いんだからな。後でどうなっても知らねえからな」

 「怖いのはお前が弱いからだろ。俺は直々に手合わせを願いたいんだ」

 それでもなんとか銀魔の身体を起こそうとした海浪だったが、それが煩わしくなったのか、銀魔はいきなり海浪の足を掴むと、そのまま川の方に放り投げた。

 ばしゃん、と大きな音を立てて川に落ちた海浪は、そのまま川に流されて滝から落ちるだろうと思っていた。

 銀魔はまた寝そべり、師匠が帰ってくるのを待っていた。

 しかし、銀魔は目を見開いたかと思うと、身体を素早く移動させた。

 「!!!」

 川に落ちて流されたと思っていた海浪は、いつの間にか川から這い上がっていて、銀魔に向かって石を次々に投げてきた。

 投げてきたといっても、そんな可愛らしいものではなく、凶器になるのではと思うほど強いものだった。

 それを銀魔は素手で弾いて行くと、勢いよく足を踏み出し、海浪に向かって飛びかかって行く。

 「俺に勝てると思うな!」

 そう言うと、銀魔は同じくらいの歳の少女に姿を変えた。

 「!!!」

 それには驚いたようにぽかんとした海浪だったが、もう構えていた拳を止めることが出来ずに、そのまま少女を殴った。

 もとの姿に戻った銀魔は、殴られたところを手で押さえながら叫ぶ。

 「信じられねえ!!!お前、女を平気で殴るのか!!!」

 「いや、だってお前だろ?お前だって分かってれば殴らねえ理由にはならなくね?」

 「単細胞が!」

 そう言うと、今度は自分よりも大きな大人の大男へと姿を変えた。

 どういう現象なのかと不思議に思っていた海浪だが、それよりも何よりも、目の前にいる自分よりも強いだろうその敵に対し、とても楽しそうに笑っていた。

 恐怖などまるで感じていないかのように、その男に何何度殴られても、何度蹴られても、海浪は立ち向かって行った。

 「いい加減にしろ!!!」

 「へへ!!」

 そして気付けば夕方になり、2人は呼吸を荒げていた。

 ぜーぜーはーはー言いながら、2人はゆっくり立ち上がると、拳を作り、同時に互いに殴りかかる。

 「そこまでじゃ」

 「!?」

 「師匠!!?」

 急に2人の間に師匠が現れ止めるが、もう勢いがついてしまっている2人は動きを止めることが出来なかった。

 このままでは師匠に当たると思ったその時、2人は同時に吹き飛ばされた。

 何が起こったのかは分からなかったが、大人しくなったのは確かだ。







 「何で喧嘩になったのだ」

 「だから!こいつが勝手なことするから!ちゃんと師匠の言う通りにしろって言ったのにさぼりやがって!!!」

 「俺には俺のやり方があるんだ。あんな修行じゃなく、ちゃんと師匠本人から教わりたいんだ」

 「なんだと!?まともに薪も割れねえような奴が!」

 「それは強さには関係ない」

 「わかったから静かにせい」

 またしても喧嘩をおっ始めようとした2人を止めると、師匠はため息を吐いた。

 「銀魔、お前はなぜそんなに強さを求める?今のままでも充分強いだろう」

 「こんな奴と同等でしか戦えないのに強いわけがない」

 「こんな奴!?」

 「海浪」

 ぐっと身体を前のめりにした海浪の前に腕を出して止めると、師匠は銀魔の正面に座った。

 「海浪は強かっただろう」

 「・・・・・・別に」

 「海浪は、お前さんのように何か特別な能力があるわけでも、ましてや、生まれながらにそういった血筋を持っていたわけでもない」

 生まれてすぐに自分に預けられた小さな小さなその命こそ、今の海浪である。

 強く育てようと思ったわけでもない。

 優しく育てようと思ったわけでもない。

 ただ、真っ直ぐに自分の思うまま生きてほしいと願った。

 だからといって、他人に迷惑はかけないよう、叱るときには叱ってきた心算である。

 他人を憎むな、時代を恨むなと、何度言ってきたか分からない。

 「私が相手をしなくとも、ここで生活していれば強さは身につく。それでもなお強さのみを求めるならば、私に出来ることはない。他のところへ行きなさい」

 「・・・・・・」

 その日の夜、銀魔はいなくなってしまった。

 「師匠、なんであんな奴の面倒を見ようと思ったんだよ」

 「声が聞こえた気がしたんだ」

 「声?」

 「ああ。ただただ助けを求める、そんな声がな」

 「師匠、ついに幻聴が聞こえるようになったのか」

 「海浪も分かっただろう。あいつは只者ではない。きっと、生まれながらに何かしらの運命を背負ってしまっておるのだ」

 「・・・・・・」

 確かに、世間を知らない海浪であっても、銀魔は別世界の人間のようだった。

 自分とは違う人間になれるというのは、便利なのか不便なのか。

 「師匠」

 「なんだ?」

 「例えば、俺が師匠になることって、可能か?」

 「・・・変装ならば可能。“なる”というのは不可能だろうな」

 「けど、あいつはなった・・・」

 変装というには、あまりにも別人だった。

 変装程度ならば、顔や服装、髪型などを変えれば可能だろうが、それとは全く異なった変装の類。

 骨格から顔つき、声に性格、全てが別人格になっていたのだ。

 銀魔が少女に成り変わりその少女を殴ったときにも、その身体つきも頬の感触も声も、少女そのものだった。

 大男になったときだって同じだ。

 「師匠、何か知ってるんじゃ」

 「海浪、焦げておるぞ」

 「え?」

 ふと、自分が料理をしていたことを思い出し、海浪はその焦げたものを自分の皿へと持っていくのだった。

 あれからしばらく、銀魔の姿は見えない。

 もう此処へは戻って来ないのかもしれないが、海浪には分からない。

 ご飯を食べながら、海浪は考える。

 「なんでそんなに強くなりたいのかね」

 「海浪はそういった欲望はないのか」

 「俺?俺は別に。だって、ここにいる限り、命を狙われることなんてそうそうないし。それに、そこらへんの奴には負ける気しないし」

 師匠の問いかけにそう答えると、師匠は独特の笑いをしていた。

 何かを守るために戦うこともなければ、何かを奪うために争う必要もないのだ。

 それでどうやって強くなりたいと願うのだろうか。

 「海浪、雨がきそうだ」

 「雨?」

 師匠の言ったとおり、その日の夜からずっと雨が続いた。

 それも、激しい大雨だった。

 川も氾濫しそうで、海浪は時折外の様子を見ては、眉間にシワを寄せていた。

 「こんなんじゃ獲物も取れないな」

 「・・・・・・」

 お茶を啜りながら、師匠はゆっくりと目を開いた。

 「あ?・・・師匠!師匠!!」

 何かを見つけた海浪が大声で師匠を呼ぶと、師匠はスッと立ち上がって海浪が指差す方向を見た。

 そこには動く何かがあり、海浪は大雨の中そこへと向かう。

 動いていたものとは、銀魔だった。

 「おい!大丈夫か!?」

 今まで何処にいたのか、何をしていたのか、何もわからないが、とにかく銀魔は大けがをしていた。

 海浪は銀魔の腕を自分の首にかけ、雨風をしのげる岩の中へと連れて行く。

 そして横に寝かせようとしたが、銀魔は上半身を起こしたまま、師匠の方へと身体を向けた。

 「・・・・・・」

 しばらく何も言わなかった銀魔だが、急に土下座をした。

 それには海浪も驚いてしまったが、師匠は銀魔の傍によると肩に手を置いた。

 「何があったかは聞かん。これまでの己のやり方を変えても強さを求めるなら、ここで気が済むまで過ごすと良い」

 「・・・!!」

 下を向いたままの銀魔が、この時何を思っていたのか、それは誰にもわからない。

 ただ、師匠の言葉を受け入れたのか、それからというもの、銀魔は文句を言う事もなく修行をするようになった。

 この生活が長いからなのか、海浪の方が身が軽くて、それでいて打たれ強く、野生の本能むき出しになっていた。

 それでも焦ることなく、銀魔は銀魔で成長していった。

 「はあ?武闘大会?」

 「なんで俺達がそんなもんに?」

 それから数年経った頃、武闘会などに全く興味のなかった師匠からの突然の話だった。

 「己の強さ、根性、生き様、それらを見せるにはもってこいの大会じゃ」

 「大会じゃ、じゃねえから。俺らの意見は無視か」

 師匠が言うには、自分はもう歳だからと、そろそろ海浪と銀魔には飛び立ってほしいらしいのだ。

 確かに腰は曲がってきたし、歯も抜けてきたし、髪も白くなってきたかもしれないが、はっきりいうとまだまだ現役で戦える。

 そうは思った2人だが、師匠が言うことを拒むことも出来ず、その大会とやらに出場することになった。

 そして決勝になると、銀魔はなぜか棄権してしまった。

 「海浪、俺タコ焼き喰いたくなったから、棄権するわ」

 「は?」

 それを最後に、銀魔とは会わなかった。

 無事にというか、優勝した海浪だったが、後味悪い。

 そして師匠もいなくなり、しばらくしてから隠居するとかいう適当な連絡があり、海浪は1人で小屋で生活をすることになった。







 「・・・・・・」

 「見てんじゃねえよ」

 道端で拾った一匹の野良犬によって、海浪の人生は、また大きく変わって行くのだ。




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