病気の村

文字数 3,399文字

「ばァっしょい!!!ッハァ!べらんめバーロめぇ!!」

 いたる所からくしゃみや、せき込む音、鼻をすする音が聞こえてくる。
 湿度が高く、霧がかかったこの村は『風邪の村パブ・ウーロン』。外部から客が来ることはほとんどなく、村は全員が風邪を引いている。その風邪は生涯治ることがなく、この村で生まれた子は既に風邪を引いた状態で生まれてきた。そして、その病は薬で症状を緩和することはできても、治療には至らなかった。

「あぁ、すまねぇ兄ちゃん!で、何泊するんでい?」

 宿屋の店主は、鼻をぐしぐし擦りながらそう言った。
 店主と話している人物の身体の線は細く、着ている服は少し変わった見た目をしており、所々汚れていた。右の太腿辺りにはリボルバー型の拳銃を格納するホルスターがぶらさがっていた。
 旅人は大振りのフードを降ろすと透き通るような白い髪を手で直し、少し間を置いてこう話した。

「…3泊で」
「っかー!!だよなぁ!こんな村じゃなきゃよう!長期滞在も増えていいんだろうけどよ!!ばーっしょい!にゃろうめ!!」
「大体話は分かりましたが…。この村に何があったんですか?」

 額に手を当てながらくしゃみを繰り返す店主に、旅人は尋ねた。

「まぁ、よくは知らねぇけどよ。この村は、毒の神様の『ユードラウィル』ってのが死んだ場所らしいんだなこれが。その神様はよ、女神『ユルン』の命奪ったただの毒蛇なんだけどよ、その血吸って神様になっちまったんだなあこれが!んでよ、この土地で脱皮に失敗して死んだんだとよ!迷惑な話だよな!」

 店主は鼻をぐしぐししながら更に続ける。旅人は飛んでくる唾を拭いながら相槌を打っている。

「そんな感じで、蛇神様の呪いだーって村のジジババどもは言うんだけどよ、症状がただの風邪なんだよな!俺はくしゃみと鼻水が凄くてよ、うちの母ちゃんは頭痛が酷いからってんで、生まれつき機嫌がわりぃってわけよ!!傑作だな!ダハハ!!」
「うるさいよあんたァ!!!」

 受付の奥から店主の奥さんの怒鳴り声が聞こえ、店主はしゅんとした。少々気まずい雰囲気で宿泊の手続きを済ますと、店主は「こちらへどうぞ」と、部屋に案内された。

 木造建築の建物で、広くはない建物ではあるが案外部屋の中は広く、そして綺麗だった。ランタンに照らされた部屋には、フカフカの絨毯が敷かれており、ベッドが一つと椅子、テーブルが置いてある。シャワールームもしっかり備えられている。辺境の村にしては設備が整っており、そこまで貧しい村なのが見て取れた。旅人は、ここまで綺麗な部屋は珍しいと喜んだ。

「あぁ、まぁな、朝食と夕食はつけるから、昼飯は自分で調達してくんな!」
「ありがとうございます。」

 店主が去り、少しして旅人は窓から外をみた。
 すっかり日も暮れ、月明かりが石畳の道を照らしている。雨は降っていないが、どこかしら湿っていて霧が煙のように風で揺れた。
 旅人は静かな村の風景に、旅の癒しを求めるようにしばらく眺めていた。今日は銃の手入れはサボってもう寝よう。そう思い、宿に備えられていたナイトウェアに着替え、ベッドに飛び込む。久しぶりのふかふかベッドに、旅人はすぐ眠気に襲われた。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 鳥の鳴く声が、明けたばかりの朝の風のはこばれる。
 東の国では、スズメという可愛い鳴き声の鳥が朝を知らせてくれたが、残念ながらこの村では変な鳥の不細工な鳴き声で目を覚ますしかなかった。

 旅人は昨日サボった銃の手入れをし、ストレッチしてから歯を磨き、野宿などに使う荷物はまとめてフロントのマジックチェスト(容量無制限のチェスト。次元の隙間に物を保管できる)に預けた。そして護身用のリボルバー拳銃をホルスターに挿し、少量のお金が入った小袋をもった。

「では、荷物よろしくお願いしますね」
「べっしょい!!おう!どこまで行くんだ?」
「昨日あなたが言ってた、この地にまつわる伝説に興味があって…どこかに蔵書なんかありますか?」

 宿屋の店主は困ったように頭をポリポリかき、考えた。

「いやぁ、わりぃな旅人さん。俺ぁそういうのに疎くてよ」
「…わかりました。ちょっと自分で探してみます」

 旅人は軽く会釈をし、宿屋を出た。
 この村はそれほど広くなく、村の中心に街道が走っていて、それを挟むように家が立ち並んでいる。定期的に外の町とつながるバスのようなものが通るが、この村で降りる他の地域の住人は居なさそうだった。街道の先は高い山になっていて、旅人は3日間この村で十分に休養したらその山を越える予定だった。この地の伝説を調べるのは、ちょっとした暇つぶしだ。

「あのー、すみません」

 旅人は大きなパンを抱えた獣人族の婦人に尋ねた。

「あら、旅人さん?ごほっ…どうされました?」
「この地の伝説なんかを聞けたらなぁ、と思いまして」
「あらまぁ、熱心な旅人さんね!私にこたえられるかしら」
「例えば、疫病が流行り始めた時期なんかを…」

 旅人が話している途中で獣人の住民はごほごほと激しく咳をし始めた。大丈夫ですか?と手を貸そうとすると、獣人の住民はそれを手で静止した。

「大丈夫、うつるといけないから…」

 そういうと獣人の住民は咳をしながら足早に走り去っていく。旅人は心配になりながらも、他の住民に話を聞いてまわった。
 しかし、数時間聞きまわるも、話しかけた住民は一様に、熱を出したり、咳をしたり、頭痛や吐き気を催して話ができる状況ではなかった。諦めた旅人は昼食をパン屋で買い、宿屋に戻ることにした。

「よお、おかえり!!何か収穫はあったかい!?」

 宿屋の店主がそう尋ねるが、旅人は少しおどけたような仕草で頭を横に振った。

「毒蛇の神がこの地で死んだのは確かなんですよね?」
「ああ、間違えない!あの山のてっぺんで脱皮しようとして、失敗してこの村まで落ちてきて死んだって話だな!」
「その話を誰から聞いたんですか?」
「ああ、うちの母ちゃんだ!なぁ!?母ちゃん!!」

 あたしゃ知らないよ!と奥から聞こえてきて、店主はびくっと体を硬直させた。

「まぁ、調べてるのは興味本位ですから」

 そういうと旅人は軽く会釈し、自分の部屋に向かった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 少し昼を過ぎたころ、自室でパンをかじりながら部屋の窓から外を眺めていた。この村にはほとんど外部からの客が来ないのは、ここから見ても明らかだった。
 そして今日は空気が澄んでいるからか、村の中からはほとんど咳き込む音は聞こえなかった。

「普通の村に見えるんだけどなぁ」

 旅人は特に用事がなければ部屋から出ずに、銃の整備を念入りにおこなったり、旅の途中で買った本を読みながら居眠りしたりして、残りの滞在期間をゆったりと過ごした。

 そして、旅立つ日の朝。旅人が部屋で入念にストレッチしていると、フロントから声が聞こえてきた。外にはこの国の国旗がついたトラックが止まっていたので、国の関係者が訪問したのだろう。話している内容はよくわからなかったが、しきりに咳き込む音と、「ありがとうございます!」という店主の声が聞こえてきた。トラックが別の家に行くと、トラックから出てきた人物が何か箱のような物を手渡し、住人はペコペコ何度もお辞儀をしていた。

「…なるほどね」

 旅人は小さく独り言を言うと、身支度を整えて階段を降り、フロントに向かった。

「あ、あぁ!もう行くのかい!?もっとゆっくりしていけばいいのによお!」
「ええ、3泊と決めていましたから。あと、謎も解けましたしね」

 え?というような表情で店主は旅人をみた。旅人はそういえばと言い、こう続けた。

「お風邪の具合はいかがですか?」
「あ、あぁ、ごほっ!!まぁ、これは一生もんだからなぁ!」

 旅人は少し笑いながら、そのようですねと言った。
 チェックアウトをすませ、マジックチェストから荷物を受け取る。支払った宿の料金は相場よりはるかに低く、旅人は満足した。

「短い間、お世話になりました。では」
「あぁ、またいつでも寄ってってくんな!シロさん!」

 旅人は一礼をすると、店主は手を振って見送ってくれた。
 久しぶりの荷物の重さを感じ、山道に続く道をゆっくりと歩いた。霧はすっかり晴れ、温かい日差しが道を照らしている。それがこの村にとって、久しぶりの事なのかどうかは分からないが、少なくとも気持ちの良い日であることは間違えなかった。
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