エールと果実酒

文字数 2,384文字

 この世界『アルテナ』には他次元からの侵略者が襲来し、破壊の限りを尽くししていた。
 田畑を荒らし、金品を奪い、侵略者は暴力と略奪の限りを尽くしていた。怒りの限界に達したアルテナの人々は、禁忌とされていた異世界転生の儀式を行う。
 しかし、儀式は成功したにも関わらず、異世界転生してくるはずの主人公はいつまで経っても現れなかった。

「あー、もういいや!自分たちでなんとかしよ!」

 そうしてアルテナに生きる人々は力を合わせ、神々の加護を使い尽くし、侵略者たちを一か月ほどで全滅させ、もう二度と来ないように説教し、他次元へと追い返した。

 この物語はそれから数百年後のお話

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「いらっしゃいませェ!!」

 入店と同時に、どでかい声の店員が叫ぶ。
 この酒場は『ノルンの盃』。大して珍しくない外観に、大して綺麗でもなく汚くもない内装、普通の大衆酒場だ。特別な点は店員が全員オーク族であり、全員なぜかねじり鉢巻きをしている所だ。

「あで?お前、ラエルか?エルフ、皆同じに見える。席、どこでもいいぞ!!」

 オークの店員が、ねじり鉢巻きの下のあたりをポリポリかきながら言った。
 このオークはラエルの古くからの友人で、名前をディッグという。ディッグはラエルを信頼し、いい奴だと思っているが、当のラエルからは馬鹿にされている。異世界転生主人公がいつかくると信じており、主人公にいいやつだと思われたいと考えながら日々生活している。

 ラエルが適当な席に着くと、ずんずん大きな足音を立てながらディッグが近づいてくる。両手にはエールとクォッツの果実酒を持ち、それをドンとテーブルに置くと自身もラエルの卓に座った。

「かんぱぁーい!!」
「乾杯じゃなくて、仕事は?」

 ラエルは飽きれた口調できいた。おそらくこの問答は数百回、数千回は繰り返しているかもしれない。ディッグは「終わってない!ガハハ!!!」と盛大に笑ってみせたが、何が面白いのかエルフ族のラエルには分からなかった。

「おでの酒、お前も飲むか?」
「いや、クォッツの果実酒はオーク族以外の種族に毒だ。お前そんなことも知らないのか」

 もう何千回言ったかわからないセリフを、ディッグは楽しそうに聞く。そして、エールはラエルの口には合わず、一口も口を付けずに蜂蜜酒を注文した。これも何百回も繰り返してきた作業だ。

「おで、お前のその杖、気に入ってる。また見せてくれ」
「ああ、これね、高い杖だから傷つけんなよ?」

 ラエルが手渡した杖は『デマデスヤンの杖』という伝説上の杖だった。女神ユルンが彫られ、先端付近にはクリスタルがはめられ、輝いていた。
 しかし実際のところ、この杖はラエルの母親が南の国に旅行へ行った際に買ってきたお土産で、デマデスヤンの杖のレプリカだった。
 何の魔力も持たない杖を、ディッグにはあたかも高級品のようにいつも話している。

「この杖、このユルン様の彫刻が、とてもセクシー」
「お、わかってんじゃん。あとさ、このクリスタルも凄いんだ」
「おお?すごい、綺麗だけど、どこすごい?」

 ラエルはククッと笑い、邪悪な表情をしながらクリスタルを指でなぞる。

「夜になると光る」

 すげぇ!とディッグは大興奮しながら机をバンバン叩いた。周りの客はなんだなんだとラエルの席を見るが、またラエルがオークをからかってるのかと苦笑いしていた。
 そんな他愛もない話をしているうちに日も暮れ、演奏家たちが酒場に集まりだした。椅子に足をかけ酒を一気飲みする獣人、カードで負けて文句を言うドワーフ、でかいイビキをかきながら爆睡する魚人、そして演奏家に群がり口笛を吹いたり合いの手を入れる多種多様な種族。今日もこの街は活気に満ちていた。

 この国、『アルフガンド』は戦神ノルンを主神としている国ではあったが、争いに明け暮れすぎた民は抗争に飽き、他の国と唐突で一方的な平和条約を結んだ。現在は様々な思想が入り混じった豊かな国であり、世界で唯一全ての種族がクラス国である。
 その国の『ブランヘイム』の街は様々な種族が行きかう割と大きな街である。戦神ノルンの加護を受けた巨大な樹『戦神の左手』が街の中央にそびえ立ち、夏になるとその巨大樹にできた大量の蜂の巣から蜂蜜酒を造るのがこの街の伝統だ。
 ちなみに街の治安はどの地域より断トツで良い。

「あ!おい、次歌姫歌う!ザフィーネちゃん!」
「ああ、獣人の…初めて見るな」

 ザフィーネの素性は誰も知らない。いつからこの街に来たのかも分からない。謎の多い兎型の獣人だった。その天を刺すような透き通った歌声は多くの人々を感動させていた。
 ろくに整備もされていない床板を鳴らしながら、ザフィーネは壇上へ上がる。一礼をすると胸に手を当てながら演奏者たちの方を一度みると、客たちに向けて歌いだした。


 崇高なる母なる地 アルテナよ
 若木をわけて 若草をわけて
 ああ 彼の地は未だ 遠く
 豊穣の時を 待たれ 待たれ
 実らば再興 されど遠く
 ユードラウィルの血こそなれ
 毒の血にして いまは亡き
 言われなき 無常の死
 人の世の 神のなき
 我らは待とう 創造の女神
 アルテナよ

 歌い終えると歌姫ザフィーネは一礼をし、壇上を降りた。鳴りやまない歓声と拍手は彼女を笑顔にさせる。観客全員に頭を下げ、顔を上げたときザフィーネはラエルと目が合った。そして無表情でつかつかラエルの方へ歩み寄り、すれ違い様にこういった。

「麦の育つ頃、永遠の塔にて彼が待つ。始まりの福音が鳴る」

 時が止まったように感じた。
 彼女はそのまま店の扉を静かに開け、店内に一礼をしてから店を出た。

「あいつ…」
「おあ?どうした?」

 固まっているラエルを心配そうにディッグが見つめた。

「あいつ…まさか中二病か」

 夜も更け、動物たちも寝静まる時間。
 しかし、この街の熱は冷めることを知らなかった。
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