第4話

文字数 3,738文字

 三人は発射時刻を早めたため、見送りの人々がいないままにロケットに乗り込んだ。ジマルは見送りがないことについては全くかまわなかった。むしろ静かで良いとさえ思った。

 探査機となる部分に乗り込んで上空に向けて調整してある座席に座った。担当の者が数人やってきてシートベルトを締め付けるのを手伝ってくれた。宇宙服の頭部も再度付けて気密のチェックも行う。上空に向かって前部右にトビス、左にビヤンが着席した。二人を後ろから見るようにジマルの席があった。

 トビスとビヤンは宇宙服を着用し、視界の確保が難しかっただろうが最終チェックリストを二人で確認しあって進めた。ジマルはその様子を静かに見守った。何かの問題が報告されるはずである。完璧というのはなかなか難しい。

 チェックを終えたトビスは親指を立てて報告した。何も問題なし。

「ダブルチェックしろ」

 ジマルは即座に命令した。

 トビスとビヤンは役割を入れ替えて再度チェックリストを一からはじめた。

 耳障りな機械音が辺りに響いている。その騒音の中、ジマルは計器がたくさんならんだコクピットを見渡した。小さな窓が両側の横についていたが今は外側の隔壁が見えるだけだ。宇宙空間に出てロケットを切り離してから窓は本来の役目を果たすようになるだろう。

 トビスとビヤンの席の周りにはたくさんの計器、スイッチ類が並んで配置されていた。それぞれの席の前には操作卓があり、様々な情報を細かく表示しているモニターがあった。操作卓にはキーボードが埋め込まれていてビヤンがチェックをするために指でパチパチとボタンを押している。

 ジマルも全ての計器の見方、全ての操作スイッチの効果について記憶していた。トビスとビヤンが二人とも何らかの問題で操作できなくなった状況に備えてのことだ。第一次計画と第二次計画で最も大きな変更点は、コスト削減のために探査機のオペレータが二人から一人に削減されたことだ。一次のときはトビス役にはもう一人補佐する者がいた。一人減らすことでコストは減ったが、トビスの負担は大きくなっていた。兄星からの遠隔操作によるバックアップが可能ということで削減されたのだが、何か突発的な問題が発生したときはトビスが対応するしかない。

 その点、ビヤンがエンジニアとしても優秀なので非常に助かっていた。ビヤンが着陸船で離れるまではトビスにはバックアップ役がいるような状況だった。そんなわけで、ジマルは全操作について分かってはいても、何もしなくてもよい状況だった。

 彼は問題を告げる声を待った。完璧というのはなかなかないものなのだ。

 しかし、今度もビヤンが親指を立ててみせた。

「問題ありません」

「よし」

 ジマルは自分の席の横にある通信機を操作して管制センターに報告した。

「管制センター。こちら二号。最終チェック実行完了。何も問題なし」

「二号。こちら管制センター。最終チェック完了を了解。打ち上げまであと十五分。そのまま待機せよ」

 出発準備を手伝ってくれた作業員が探査機から出ていき、ハッチは固く閉じられた。外から聞こえていた機械音が途端に静かになった。

 三人が乗り込んだのは巨大なロケットの最上部にあるペイロードと呼ばれる貨物配置場所の中に格納された探査機の内部である。探査機は操作部と機械部に分かれていて、操作部には宇宙飛行士たちが滞在し、探査機を操作するための機能が集約されていた。機械部には探査機の推進のための機器や、燃料や酸素などのタンクが格納されていた。弟星への着陸船も折りたたまれて機械部に格納されていた。

 ジマルは格納されている各タンクの容量を示す計器を確認した。

「二号。こちら管制センター。打ち上げまで残り三分。打ち上げ最終シーケンスを開始する」

「管制センター。了解」

 いよいよだ。

 打ち上げのカウントダウンは進んだ。

 あと二分。

 あと一分。

 十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、点火!

 ゴーっという凄まじい音が聞こえてきた。同時にぐっと上から座席に押さえつけられるようにして加速Gを感じた。はじめての打ち上げを経験するビヤンは、体をぺちゃんこに潰されてしまうと心配になった。

 ドカンと音がして何かが離れていく音が聞こえた。きっとロケットブースターの最下部が役目を終えて切り離されたのだろう。

 機体は打ち上げ開始から凄まじい振動をしている。ガタガタと音もなった。

 トビスがあらゆる計器に目を通しながら何か問題がないか確認しているのが見えた。

 ジマルもそれに倣う。高度計は凄まじい勢いで上がっていた。その他の計器は……とくに問題ない。

 ゴオンゴオンと音がしてさらにロケットブースターを切り離した音がした。轟音は止んで加速度Gも穏やかになってきた。

「いいぞ!順調だ」

 トビスが嬉しそうな声を上げた。

 加速度Gはほとんど感じられなくなった。重力も感じなくなったので、重い宇宙服を着けていても快適に動けるようになった。

 トビスが計器をチェックしていく。

「問題ない。予定通り兄星の周回軌道に入れた」

 よし!とジマルは思った。今ごろ地上の管制センターは沸きに沸いているだろう。彼らは良い仕事をした。ここまで何も問題が発生していない。

「船体状況を確認してくれ」

 ジマルが言った。

 トビスはどうやら言われる前にはじめていたようだが。

 トビスは声に出して各システムが正常かどうかチェックしていった。

「推進システム、電力供給モジュール、環境制御システム、通信システム、熱制御システム、オーケー」

 ジマルもざっと計器を見た。燃料や酸素の残量も問題ない。トビスが続ける。

「生命維持システム、航法システム、あ、うーん、よし。問題ない」

 探査機内の各機器は機能別に管理されており、問題があった場合に備えてたいていは二重化されていた。故障してもその部分を切り離しもう一方の予備系を使うことで任務を続行できるようになっているのだ。生命維持システムなど、さらに重要な部分は三重になっていたりもした。それら予備系統についての数値も異常がないことが確認できた。

「管制センター。こちら二号。兄星周回軌道に到達。各システム異常なし」

 ピッ、ガーー。

「二号。こちら管制センター。各システム異常なし、了解。弟星着陸地点に到達するためのウィンドウを確認している。待機せよ」

「了解」

 地上との交信も問題なくできた。

「二号。こちら管制センター。およそ九十分後に弟星への軌道に移行するアペンドブースター噴射を行う。詳細なデータをそちらに送る」

「管制センター。こちら二号。了解。九十分後にデータどおり実行する」

 九十分。兄星周回軌道でおよそ一周分の猶予があった。

 ジマルたちは小さな窓を交代で覗いて兄星を眺めた。

 彼らの母星も、見慣れた弟星にそっくりだった。大きな青い海。緑豊かな大地。ときおり砂漠地帯があってそこは茶色かった。

「連邦が見える」

 ジマルが窓を覗き込みながら言った。

 トビスが身振りで見たがったのでジマルは窓の場所を譲ってやった。

 兄星では合衆国と連邦国という二つの大国が世界の覇権を争っていた。それぞれの周辺国を陣営に加えて、経済面でも軍事面でも競争をしていた。

 世界のどこかで戦争があると、応援する側に資金や武器を供与して代理戦争のようになる。愚かな行いだったが、いずれ決着がつくまで争いが止まらないと思われていた。

 打ち上げ前に見たニュースも気がかりだった。地理的に、合衆国に近い湾岸諸国に連邦国のミサイル発射基地が建設された疑いが報じられていた。小競り合い程度で終われば良いが……。

「地べたにいるときは連邦なんかになめられちゃだめだと思っていたが」

 トビスが独り言のように言った。

「ここから見てるとなんてくだらないことで争っているのかと思えてくる」

 いつもは体育会系のノリのトビスですらこのように殊勝な考えになってしまう。核兵器や化学兵器を進化させた科学文明では、大きな戦争は惑星規模の災厄に繋がりかねない。宇宙からの視点を加えれば、トビスの独り言のような意見になるのだが……。

 とはいえ、各国の首脳をここにつれてくるわけにもいくまい。

 ジマルは思った。

 いや、そのほうが手っ取り早い上に、安上がりかも分からんが……。

 そんなことを考えていると九十分はあっという間に過ぎた。

「よし。そろそろ時間だ。アペンドブースター噴射の最終確認を行ってくれ」

 ジマルが自席につきながら言った。念のため、腰のベルトは装着する。

「噴射予定データ再確認」

「ダブルチェック……オーケー」

 ビヤンとトビスがチェックして声を掛け合った。

「管制センター。こちら二号。軌道変更ブースター噴射予定データ最終確認を実行した」

 ジマルが静かな声で兄星地上と交信する。

「二号。こちら管制センター。こちらでも確認できた。問題ない」

 予定時間になり、コンピューターに予め入力されたデータを使って、アペンドブースターが決まった時間噴射されたのち、切り離された。

 ジマルたちは軽い加速度Gを感じたが大したことはなかった。

 これで探査機は弟星を含む楕円軌道に移行し、弟星に近づいてゆく。およそ四日後には弟星の周回軌道に入れるだろう。
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