二十二 詮議
文字数 1,671文字
葉月(八月)三十日、昼九ツ半(午後一時)。
吟味与力藤堂八右衛門による詮議が始まった。
「如何なる理由があろうと、人を殺めた夜盗は磔 と獄門 だ」
磔と獄門は江戸時代の磔と獄門の二種類の刑罰を組み合わせた刑罰だ。
磔は、罪人を十字架に縛りつけて槍で突き殺し、死体をそのまま三日間晒しておく。
獄門は、牢内で首を切ったあと、その首を獄門台の上に三日間晒す。
藤堂八右衛門は、夜盗を行った咎人が町奉行所の詮議で事実を明かさぬ場合、如何なる取り扱いを受けるか説明した。
咎人は町奉行所の詮議で事実を明かさねば茅場町の大番屋送りになり、吟味与力による厳しい詮議と吟味を受ける。そこで吐かねば、伝馬町牢屋敷へ送られて牢問 を受ける。
牢問とは、牢屋敷内の穿鑿所 にて行われる拷問である。笞打 (鞭打ち)、石抱 、海老責がこれに当たる。笞打(鞭打ち)で自白せぬ場合、石抱が、さらに海老責が成される。
石抱は、断面が三角形の角材を敷き詰めた座所の上に正座させ、膝の上に石塔に似た切石を何枚も乗せて自白を強要する拷問だ。この拷問で脛の皮膚は裂けて骨は砕け、死罪になる前に苦しみながら死ぬのが落ちだ。
ここまで藤堂八右衛門が説明すると三吉は、
「磔と獄門にされるんなら、その前に苦しみたくはねえ、何でも話します・・・」
あっさり、藤堂八右衛門の詮議に応じた。
こうなると今さら言い逃れできぬ与平も、三吉の意向に従い、これまで『寝首かき一味』が行なった数々の夜盗事件を語った。
「取り潰され菱川屋の店を買い取った金子は、如何様に工面したのだ。答えよ」
藤堂八右衛門は、与平を問い詰めた。
「大店商家や料亭を襲った金子で、清兵衛が買い取って国問屋大黒屋にした・・・」
「ところで大国屋の長女の雪は、誰の娘だ。答えろ」
「料亭兼布佐の亭主の兼吉と布佐の娘の由紀だ。料亭兼布佐を襲ったとき、清兵衛の女房のお美稲 が、娘をさらってきた・・・」
清兵衛は大黒屋の主の清兵衛だ。
「何故、娘を拐かしたか、答えろ」
「お美稲は子どもを欲しがったが、清兵衛は子種がねえんだ」
「ならば、次女の多美は誰の娘だ。答えよ」
「廻船問屋紀州屋の主の荘兵衛の娘だ。夜盗に入ったとき、お美稲がさらってきた」
「次女がお前たち夜盗の片棒を担いだのは何故だ。
大黒屋を襲ったとき、次女も夜盗をしていたのを、長女が見ておる。言い逃れはするな」
「多美の生れを話したら、お美稲を許さないと言って、仲間になった」
「大黒屋を襲った訳を話せ」
「清兵衛は大黒屋が抜け荷で儲けて国問屋として繁盛すると、てめえたちが『寝首かき一味』だとばれるのを恐れていやがった。
清兵衛はてめえに女がいるくせに、三吉の様な口の軽い奴は、てめえの女に、てめえたちが『寝首かき一味』だとばらすと言って、俺たちが女を作るのを禁じた。
俺たちゃあ、ずっと清兵衛にこき使われてきた。がまんできなくなったから始末して金子を奪った。大黒屋も奪った・・・」
与平が憎しみのこもった顔でそう言った。
「娘たちも、奪ったのか」
「そんなこたあしねえ。俺たちの娘も同然だ。夜盗をやっても、人様の娘を拐かしたり、手を出したりの、阿漕 な真似はしねえ・・・」
夜盗を行なって人を斬殺した事がある与平は、妙なところで己の律儀を語った。
「次女は何処にいる」
藤堂八右衛門は与平と三吉を問い詰めた。
「わからねえ・・・」と三吉。
「次女が夜盗に荷担したのは、此度の大黒屋だけか」
「そうだ」
「役目は何だった」
「見張りだけだ」
藤堂八右衛門は、そこで詮議に詰まった。
与平も三吉も己たちが如何なる裁きを受けるか理解している。今更、詮議に嘘はつかぬ。次女はいったいどこへ雲隠れしたものか・・・・。
「次女に、男が居たのか」
藤堂八右衛門は思いついてそう訊いた。
「噂に聞いたことはあるが 確かじゃねえ・・・」
三吉はそう言って口を閉ざした。
「誰だか知っておるのか」
「・・・大工の又八が言うにゃあ、右胸に赤い龍の彫り物がある男だと」
与平がそう言った。
「そうか・・・」
藤堂八右衛門は、その男に心当りがあった。
吟味与力藤堂八右衛門による詮議が始まった。
「如何なる理由があろうと、人を殺めた夜盗は
磔と獄門は江戸時代の磔と獄門の二種類の刑罰を組み合わせた刑罰だ。
磔は、罪人を十字架に縛りつけて槍で突き殺し、死体をそのまま三日間晒しておく。
獄門は、牢内で首を切ったあと、その首を獄門台の上に三日間晒す。
藤堂八右衛門は、夜盗を行った咎人が町奉行所の詮議で事実を明かさぬ場合、如何なる取り扱いを受けるか説明した。
咎人は町奉行所の詮議で事実を明かさねば茅場町の大番屋送りになり、吟味与力による厳しい詮議と吟味を受ける。そこで吐かねば、伝馬町牢屋敷へ送られて
牢問とは、牢屋敷内の
石抱は、断面が三角形の角材を敷き詰めた座所の上に正座させ、膝の上に石塔に似た切石を何枚も乗せて自白を強要する拷問だ。この拷問で脛の皮膚は裂けて骨は砕け、死罪になる前に苦しみながら死ぬのが落ちだ。
ここまで藤堂八右衛門が説明すると三吉は、
「磔と獄門にされるんなら、その前に苦しみたくはねえ、何でも話します・・・」
あっさり、藤堂八右衛門の詮議に応じた。
こうなると今さら言い逃れできぬ与平も、三吉の意向に従い、これまで『寝首かき一味』が行なった数々の夜盗事件を語った。
「取り潰され菱川屋の店を買い取った金子は、如何様に工面したのだ。答えよ」
藤堂八右衛門は、与平を問い詰めた。
「大店商家や料亭を襲った金子で、清兵衛が買い取って国問屋大黒屋にした・・・」
「ところで大国屋の長女の雪は、誰の娘だ。答えろ」
「料亭兼布佐の亭主の兼吉と布佐の娘の由紀だ。料亭兼布佐を襲ったとき、清兵衛の女房のお
清兵衛は大黒屋の主の清兵衛だ。
「何故、娘を拐かしたか、答えろ」
「お美稲は子どもを欲しがったが、清兵衛は子種がねえんだ」
「ならば、次女の多美は誰の娘だ。答えよ」
「廻船問屋紀州屋の主の荘兵衛の娘だ。夜盗に入ったとき、お美稲がさらってきた」
「次女がお前たち夜盗の片棒を担いだのは何故だ。
大黒屋を襲ったとき、次女も夜盗をしていたのを、長女が見ておる。言い逃れはするな」
「多美の生れを話したら、お美稲を許さないと言って、仲間になった」
「大黒屋を襲った訳を話せ」
「清兵衛は大黒屋が抜け荷で儲けて国問屋として繁盛すると、てめえたちが『寝首かき一味』だとばれるのを恐れていやがった。
清兵衛はてめえに女がいるくせに、三吉の様な口の軽い奴は、てめえの女に、てめえたちが『寝首かき一味』だとばらすと言って、俺たちが女を作るのを禁じた。
俺たちゃあ、ずっと清兵衛にこき使われてきた。がまんできなくなったから始末して金子を奪った。大黒屋も奪った・・・」
与平が憎しみのこもった顔でそう言った。
「娘たちも、奪ったのか」
「そんなこたあしねえ。俺たちの娘も同然だ。夜盗をやっても、人様の娘を拐かしたり、手を出したりの、
夜盗を行なって人を斬殺した事がある与平は、妙なところで己の律儀を語った。
「次女は何処にいる」
藤堂八右衛門は与平と三吉を問い詰めた。
「わからねえ・・・」と三吉。
「次女が夜盗に荷担したのは、此度の大黒屋だけか」
「そうだ」
「役目は何だった」
「見張りだけだ」
藤堂八右衛門は、そこで詮議に詰まった。
与平も三吉も己たちが如何なる裁きを受けるか理解している。今更、詮議に嘘はつかぬ。次女はいったいどこへ雲隠れしたものか・・・・。
「次女に、男が居たのか」
藤堂八右衛門は思いついてそう訊いた。
「噂に聞いたことはあるが 確かじゃねえ・・・」
三吉はそう言って口を閉ざした。
「誰だか知っておるのか」
「・・・大工の又八が言うにゃあ、右胸に赤い龍の彫り物がある男だと」
与平がそう言った。
「そうか・・・」
藤堂八右衛門は、その男に心当りがあった。