八 布佐に下された御上の指示

文字数 1,107文字

 七ヶ月後。
 布佐の金貸しは順調に進んだ。
 北町奉行は藤堂八郎に、夜盗『寝首かき一味』の探索を指示した。

 皐月(五月)十日、昼四ツ(午前十時)
 布佐の家に、町人に扮した藤堂八郎が御供の若い男を連れて現われた。男を玄関の取り次ぎの間に座らせ、藤堂八郎は奥の座敷に入り、布佐と対座し早々に話した。
「布佐さん。利息を倍にして下さい。利息の届けは私が手筈を整えます。
 利息が上がればそれなりの無頼漢が押しかけるでしょうが、私たち町方が隣の室橋幻庵先生の家に詰めていますから、安心召されよ」
 これまでの利息はひと月に三分(百分の三)、十日で一分(百分の一)一日一厘(千分の一)だった。それらを二倍にするのだ。

「それと、沢庵と目刺しと小松菜の(さい)では、精が付きませぬ。精の付く物を食べて、来たるべき日に備えて下さい」
 藤堂八郎は公にはせぬが、布佐の身の上に訪れるであろう変化を、それとなく示唆した。
「わかりました、やはり目星がついていていたのですね」
「いずれ、娘にも会えまする故」
 語気を強めて言う藤堂八郎の言葉に、布佐は納得した。
「ありがとうございます。
 では、来月から利息をひと月に六分、十日で二分にいたします」
「お願いします」

 藤堂八郎は話を変えた。
「それと、連れの者に今一度、料亭兼布佐に押し入った夜盗『寝首かき一味』の特徴を聞かせて下さらぬか」
「はい。あの夜の事は、はっきり憶えています」
「では、頼みます。
 こちらに参れ。そして、料亭兼布佐に押し入った夜盗の特徴を詳しく聞くのだ」
 藤堂八郎は、玄関の取り次ぎの間にいる若い男を呼んだ。
「はいっ・・・」
 取り次ぎの間で待機していた若い男が座敷に現われた。

「ああっ・・・」
 若い男を見た布佐の目に涙が溢れた。
「十五年ぶりだが、明日からはいつでも会える。
 私は燐家におる故、四半時後に、燐家に来なさい」
「はい」
「では、燐家におる故」
 藤堂八郎は若い男にそう言い残し、布佐の家を出て燐家の鍼師の室橋幻庵宅に入った。ここには同心とその手下の岡っ引きや下っ引きが交代で詰めている。

 藤堂八郎は北町奉行から、
『安針町の布佐に会い、もう一度、料亭兼布佐に押し入った夜盗『寝首かき一味』の特徴を聞き出して夜盗を探るように』
 と指示されていた。
 若い男は布佐の倅で芳太郎(よしたろう)といい、北町奉行の采配に寄り、板前修業の後に料亭兼布佐を継いだ板前で、夜盗『寝首かき一味』の探索に北町奉行の密偵として御法度の賭場の出入りを許可されていた。大黒屋の主殺しも、料亭兼布佐に押し入った夜盗『寝首かき一味』の仕業と踏んでの探りだった。
 なお、芳太郎と母の布佐が十五年ぶりに会う理由は、後程、述べることにする。
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