第3話

文字数 1,100文字

 いつの間にかじっくり見ていた私と睦美の目がぶつかった……混じりっ気のない睦美の『何?』顔が私の中の邪心を探り出しているようで、恥ずかしい気持ちが湧いてきたから話に逃げる。反射的によだれを手の甲で拭った。

「さ、3年のヨーコ先輩が抜けて……セッターのレギュラーどうなる、ですかね?!」


 インターハイ県大会ベスト4で敗れた柏手高校、ベンチ入り14名(* 全国大会は12名)の中に八千も睦美も入っていた。でも私は……。だから……。

「次は秋の国体を飛ばして、春高予選か……」

 インターハイ、国体、選手権(春高)が高校3大バレー大会と言われている。関東では県予選を勝ち抜き、関東ブロック大会で本戦出場枠4チームのイスを取り合う形が国体。8月に行われる関東ブロック大会7校に選ばれなかった柏手高校は10月の春高予選に照準を合わせる他ない。

「いいなぁ八千は。レギュラー安泰ですものね」
「セッターはソッコーとかあって合わせるのに先輩の方が有利だから、こっからだよ、この夏でみんなとコミュ取ってさ。」
「四葉先輩、ちょっと苦手かも……」

「ヨーコ先輩も技術的には良かったけど……3年の先輩達って仲良かったのかな?」
「わたしには~あんまりトス上がらなかった~菜々巳~」

「セッターとしての技術は菜々巳が部で一番だと思うよ、それに睦美の力を使いこなせるのは菜々巳しかできないんじゃないかな?!」

「でも、五和(さわ)先輩、サーブめっちゃ上手いんですけど……ハァ……」

 思わず息が深々と零れる。確かに睦美はベンチ入りしていて、出番もあったがすぐ引っ込められた。菜々巳から見てもヨーコ先輩とトスがあってないのが見て取れた。



「あっ! 蚊がいます」
「えっ? どこどこ?」

 私の声に八千がすぐさま反応する。咄嗟の反応はさすがの八千、それに比べて睦美はノーリアクションだ。私たち二人はそれほど広くもない部室で迎撃態勢をとる。
 周囲の景色と紛れないように目を凝らし、息を殺して両手を広げる。部室の明かりは端まで行き届いていない感じもして、頼りない。

「菜々巳が言うなら間違いなくいる、ほら睦美、あんたもボーっとしてないで」
「え~?! 蚊ぁ~?! 見えないよ~ハチィ~」
「ハチじゃない、八千だ!」

 そう……八千(やち)をカタカナに変換するとハチになる。それを面と向かって呼べるのは睦美だけである。懲りずに毎回このネタを繰り返している。

「菜々巳は視野が魚類並みなのよ、目だけはいいんだから!」
「ぎょっ……ぎょぎょぎょっ?! 失礼ですけど!」

 八千……それは悪口かしら? 私魚系の顔じゃないですよね? 勉強できないクセにそういう知識だけ持ち合わせているのは何故かしら?
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